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it is no use crying over spilt milk.
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『もう私には関係ないから』
瑞穂の言葉が、胸に刺さった。
自分が別れを言い出したくせに、傷ついた。瑞穂にとって俺はそんなにもどうでもいい男だったのかと。
瑞穂の背中が遠ざかっていく。俺はただそれを見送ることしかできなかった。
瑞穂と俺が初めて話をしたのは高校の時、放課後の図書室だ。
瑞穂は昔から本が好きで、しょっちゅう図書室に入り浸っていたちょっと可愛いマイペース女子。俺はといえばごく普通の、時々エロい話をしながら周りと騒いでいるのが好きな男子中学生だった。実は本が結構好きでそこそこ読書はするほうだったのだが、そんなことを言えば友達から浮いてしまうので黙っていた。本の話なんてしなくても、ゲームとマンガとエロい話に遊びやファッション、話題には困らないし。
瑞穂と俺はクラスも離れていたし、連む人間のタイプが違うので接点は全くと言っていいほどなかった。だから、本当にたまたまだったのだ。接点が持てたのは。
俺が放課後に教師から呼び出しをくらった後、図書室の前の廊下を歩いていた時、丁度図書室から数冊の本を抱えて出て来た瑞穂とぶつかって、アイツは小説を落とした。ごめんと言って俺は小説を拾い上げる。その小説は探偵ものでシリーズ化もされていた、俺も好きな作品だった。俺の周りには同じ作品を好きな奴がいなかったから、すごく嬉しくて。
『あ、これ俺もスゲー好きなんだよね』
思わず話しかけた。すると瑞穂は一瞬驚いたような顔をして、それから破顔した。
『マジで? 私も! 嬉しい!』
この瑞穂の満面の笑顔に俺は一発でやられた。話を聞けば、瑞穂の周りにもこの作品を好きな人間がいなかったらしい。だから、ものすごく喜ばれた。これがきっかけで俺たちはよく話すようになった。登下校も一緒にするようになった頃、告白したらOKをもらえた。友達には意外な組み合わせだと驚かれたが、気があったからとだけ言うに止めておく。俺たちの好きなものを馬鹿にされたくないし、汚されたくなかったから。
付き合い始めはそれはもうイチャイチャし倒した。金がないし、男女のあれこれにも興味があるお年頃なのですぐに行為に及べるおうちデートは俺にとって都合が良い。だから毎回うちに誘っては瑞穂としていた。瑞穂が喘ぎ声を上げるたびに俺は満たされた。だけど。
『アレばっかじゃなくて違うことして過ごそうよ』
毎回セックスばかりだったことを不満に思ったのか、瑞穂がそんなことを言い出した。性欲ガチガチなのは俺だけであって、瑞穂はそうでもなかったらしい。瑞穂の提案もあって、それからは普通に出かけるようになった。出かけるのも楽しい。お互い好きなものにそれぞれ付き合うのも新鮮だ。けれど、思春期真っ只中の俺は瑞穂を抱きたくて仕方ない。瑞穂を抱けない日は自分で自分を慰めながら、寂しさを感じていた。
大学二年になって毎日会っていたのが一日置き、二日置きになった。瑞穂から自分の時間も欲しいし、壮史も他の友達とも過ごした方がいいと言われたのだ。世界が狭まるよ、と。確かに俺は瑞穂と付き合い始めてから、瑞穂とばかり過ごしていた気がする。
俺は渋々ながらサークルに入った。昔みたいに友達が増えた。友達付き合いもそれなりに楽しい。正直、瑞穂と一緒に居られる方がいいのだけれど。
仲間と過ごす時間を作る分、瑞穂との時間は減った。けれど瑞穂は別にいい、俺が楽しそうでなによりだと言う。瑞穂も友達と楽しそうにしている。複雑な気持ちになった。俺がいない時間をもっと寂しがってくれてもいいのに。
年度が変わって、サークルに新入生が入ってきた。その中に莉々夏がいた。フワフワした髪とホワホワした性格の小動物みたいな女の子。莉々夏は可愛い。ドジだけど一生懸命で甘えん坊で、つい支えたくなってしまうと、サークル内の男共から大人気だ。そんな莉々夏を俺も妹のように可愛がっていたのだが。
『壮史先輩、好きです』
莉々夏は俺を男として見ていたらしい。俺には瑞穂がいるからと何度か断ったけれど、莉々夏は諦めなかった。俺に抱きついて言った。
『彼女さんより私の方が先輩のこと大切にできます。私ならいつも一緒にいたい』
俺はサークルの飲み会で彼女との時間が減っていること、彼女はそれをそんなに残念がっていないと零したことがある。それを覚えていたのだろう。
『先輩。私、先輩としたい。私なら彼女さんじゃできないこともしてあげます……だから』
莉々夏が俺の下腹部へと手を伸ばし、するりと撫でる。
『……っ、』
この時の俺は瑞穂とする回数が減り、自分自身を慰める夜が増えていた。だから可愛い女から刺激を受けた俺の雄は簡単に反応した。動物的な本能に抗えない。莉々夏はにっこり笑って俺に口付けてきた。そのあとはもうなし崩し的に抱いた。最初は瑞穂と重ねて、次第に愛を囁いてくれる莉々夏自身に絆されて……何度も体を重ねた。瑞穂との時間は楽しいことがたくさんあるし心地いい。抱ける時は満たされるけれど、それ以外はどこか寂しい。それを莉々夏が埋めてくれる。すぐに俺に甘えてきて、抱かれたがる莉々夏。
『先輩の真実の愛で結ばれた運命の恋人は私なのに、出会うのが遅れちゃったのが悔しい……もう少し早ければ私が先輩の彼女だったのに。私の方が絶対先輩のことが好きなのに』
真実の愛、運命の恋人。恋愛小説にありがちなセリフ。俺の上で腰を振りながら莉々夏が言う。
ベッドの上での莉々夏は、ふわふわとしている普段の印象と違ってかなり積極的だ。求められていると思うと嬉しい。俺たちは暇があれば体を重ねた。莉々夏はセックスばかりでもいいらしい。俺が好きだからと。
……じゃあ、瑞穂は?俺のことが好きじゃないのか?
そう考えたら寂しくなる。一瞬顔が曇った俺を、莉々夏が抱き締めてくれた。そして、瑞穂は薄情な女だ、だから自分を選んで欲しいと言ってきた。
莉々夏との方が俺は幸せになれるのかもしれない。運命の相手は莉々夏なのかもしれない。そう思ううちに莉々夏と一緒に過ごす時間はどんどん長くなった。瑞穂との関係は解消しないままに。
『まだ、私は一番になれないんですか? もう私、壮史先輩がいない生活なんて考えられないのに』
『……タイミングが合わないんだ。いずれちゃんとするよ』
莉々夏の質問に対して、俺はいつも曖昧に濁す。瑞穂とは未だに共通の趣味やくだらないことで笑いあったり楽しい時間を過ごしている。そんな時間もやはり楽しいのは楽しい。実はキスも、たまにセックスもしている。そのときの充足感が手放せない。莉々夏を選ぶと決めたとはいえ、踏ん切りはつかなかった。どうしても次の約束を取り付けてしまう。会えなくなるのは嫌だった。だからずっと莉々夏の問いかけをのらりくらりと躱していた。
そんな俺の態度に莉々夏はついにしびれを切らしたのか、俺と瑞穂のデート中に姿を現した。
どうしてここに。瑞穂とのデートがいつかなんて当然教えてなどいない。デートについての記載があるのはSNSアプリでのやり取りと、スマホのスケジュール帳だけだ。ロックもかかっていたが、寝ている間にでもパスワードを破られてしまったのか。確かに俺は『いずれちゃんとする』とは言った、でもそれは今日じゃない。こんな形で瑞穂にバレたくなかった。最悪だ。
『え、何?』
瑞穂が戸惑いの声を漏らす。
莉々香は満面の笑みを浮かべて俺に駆け寄り、抱きついてきた。うん、可愛い。可愛いんだけど、瑞穂の前ではやめてくれ。
『はぁ!? ちょっと離れてくれない』
瑞穂の苛立ち混じりの声と共にこちらの方に手が伸びてきた。それからばちんと音がして、莉々夏が悲鳴を上げる。
『痛いっ! 壮史先輩、この人怖いっ!』
声も体も震わせながら、俺に抱きつく莉々夏。あの短い一瞬で何があったのかと思い瑞穂に目をやると、彼女は顔を顰めていた。珍しく不愉快さを露わにしている。二人を見比べて俺は悟った、きっと瑞穂が嫉妬して莉々夏を叩いたのだろう、と。現に莉々夏はひどく怯えている。
『ゴメン瑞穂、莉々夏が怯えるからやめてやってくれないか』
俺がそう言うと瑞穂は『何言ってんだお前』というような顔をした。莉々夏が蚊の鳴くような声で俺を呼ぶので莉々夏に目を向けると、彼女は更に身を強張らせた。そして言う、瑞穂が睨んできたと。瑞穂は結構気が強いから、きっと横恋慕した莉々夏に腹を立てて睨みつけたのだ。ヤキモチだと思うとは嬉しさがこみ上げてきたが、脅しは良くない。俺は瑞穂を窘めて半泣きの莉々夏を可哀想に思い、頭を撫でてやる。
瑞穂はいつの間にこんな酷い女になってしまったのだろう。軽く失望した俺は深い溜息を吐いて瑞穂に別れを告げた。畳み掛けるように莉々夏も瑞穂に別れろと言う。瑞穂はそれをしばらく黙って聞いていた。莉々夏の口調は強めでいつものようにふわふわした感じもか弱そうな感じも受けない。むしろ気が強そうに思える。なんだ、この違和感は。
不意に、瑞穂の視線が俺に寄越された。俺は思わず目を逸らす。真実の愛とか言って正当性を訴えたところで浮気は所詮浮気なのだ。気まずい。
『う……』
瑞穂が小さく声を漏らしたので逸らしていた視線を瑞穂へ戻すと、彼女は唐突に手の甲で唇を拭い出した。
『……瑞穂?』
心配になり、手を伸ばす。しかし莉々夏によって阻まれた。瑞穂が大丈夫とでも言うように微笑んだ。でもまだ顔色は良くない、心配だ。なのに俺を気遣って笑顔を返してくれるなんて、瑞穂は気遣いができるいい女だ。向けられた笑顔にときめいてしまう。一方で、具合の悪そうな瑞穂を睨みつける莉々夏にがっかりした。
もしかして俺の、いや、男たちと女の前でこいつ、態度が違う?瑞穂は態度を変える真似はしないのに。瑞穂なら……あれ、もしかして俺はまだ瑞穂の方が好きなのではなかろうか。だったら別れないほうがいいのでは……
俺の中で迷いが生まれる。しかし、迷っている間も莉々夏は話を進めていく。
『お願いですから、壮史先輩と素直に別れてください』
瑞穂を睨みながら莉々夏が言った。
俺は瑞穂はすぐに拒否してくれると思っていた。しかし。
『いいよ』
『え?』
瑞穂の返事に愕然とした。聞き間違いかと思った。だが追い討ちをかけるように今すぐ別れようと続いた。聞き間違いではないようだ。しかも、もう名前を呼ぶなとまで言われた。清々しい笑みを浮かべた後、瑞穂がくるりと踵を返す。これで終わりとか、信じたくない。咄嗟に瑞穂を呼び止めるが、振り返った瑞穂は迷惑そうな顔をしていた。そんな表情を向けられたのは初めてだ。どんなに怒らせても呆れられても、迷惑そうにされたことはなかった。いつも仕方がないなぁと許してくれた。今更気づく、不安にならなくても不満に思わなくても良かった。確かに俺は瑞穂から愛されていたのだと。だが、もう遅い。……いや、もしかしたら強がっているだけかもしれない。そうであって欲しい。そうなら俺は今度こそ瑞穂を、もう二度と疑わずに瑞穂だけを愛すると誓う。
『いいのか、本当に?』
良くないと言って欲しい、今でも好きだと言ってくれ。祈るような気持ちで瑞穂に問う。
『真実の愛を貫きたいんでしょ?』
『そ、れは……そうだけど……』
俺にとって貫きたい真実の愛は、瑞穂との愛だ。でも先程莉々夏との愛こそ真実の愛とか豪語した手前、自分からは言い出せない。情けなくも、ゴニョゴニョと口ごもってしまう。
『もう私には関係ないから。じゃ、今度こそサヨウナラ』
そう言って、瑞穂が遠ざかっていく。ズキズキと胸のあたりが痛んだ。そんなに簡単に俺を手離せるのか。お前にとって俺はその程度だったのか。
……追い縋ったら、まだ間に合うだろうか。
瑞穂を追うべく、一歩足を踏み出す。強い力で腕を引かれた。莉々夏がしがみついている。
『これでようやく私が先輩の彼女ですね』
嬉しそうな声と、巻きついた腕。今の俺にとっては重い枷でしかないそれは、俺が選んだ結果。過ちの結果だ。
俺は遠ざかる瑞穂の背中を引き止めることも叶わず、ただ見送るしか出来なかった。
瑞穂の言葉が、胸に刺さった。
自分が別れを言い出したくせに、傷ついた。瑞穂にとって俺はそんなにもどうでもいい男だったのかと。
瑞穂の背中が遠ざかっていく。俺はただそれを見送ることしかできなかった。
瑞穂と俺が初めて話をしたのは高校の時、放課後の図書室だ。
瑞穂は昔から本が好きで、しょっちゅう図書室に入り浸っていたちょっと可愛いマイペース女子。俺はといえばごく普通の、時々エロい話をしながら周りと騒いでいるのが好きな男子中学生だった。実は本が結構好きでそこそこ読書はするほうだったのだが、そんなことを言えば友達から浮いてしまうので黙っていた。本の話なんてしなくても、ゲームとマンガとエロい話に遊びやファッション、話題には困らないし。
瑞穂と俺はクラスも離れていたし、連む人間のタイプが違うので接点は全くと言っていいほどなかった。だから、本当にたまたまだったのだ。接点が持てたのは。
俺が放課後に教師から呼び出しをくらった後、図書室の前の廊下を歩いていた時、丁度図書室から数冊の本を抱えて出て来た瑞穂とぶつかって、アイツは小説を落とした。ごめんと言って俺は小説を拾い上げる。その小説は探偵ものでシリーズ化もされていた、俺も好きな作品だった。俺の周りには同じ作品を好きな奴がいなかったから、すごく嬉しくて。
『あ、これ俺もスゲー好きなんだよね』
思わず話しかけた。すると瑞穂は一瞬驚いたような顔をして、それから破顔した。
『マジで? 私も! 嬉しい!』
この瑞穂の満面の笑顔に俺は一発でやられた。話を聞けば、瑞穂の周りにもこの作品を好きな人間がいなかったらしい。だから、ものすごく喜ばれた。これがきっかけで俺たちはよく話すようになった。登下校も一緒にするようになった頃、告白したらOKをもらえた。友達には意外な組み合わせだと驚かれたが、気があったからとだけ言うに止めておく。俺たちの好きなものを馬鹿にされたくないし、汚されたくなかったから。
付き合い始めはそれはもうイチャイチャし倒した。金がないし、男女のあれこれにも興味があるお年頃なのですぐに行為に及べるおうちデートは俺にとって都合が良い。だから毎回うちに誘っては瑞穂としていた。瑞穂が喘ぎ声を上げるたびに俺は満たされた。だけど。
『アレばっかじゃなくて違うことして過ごそうよ』
毎回セックスばかりだったことを不満に思ったのか、瑞穂がそんなことを言い出した。性欲ガチガチなのは俺だけであって、瑞穂はそうでもなかったらしい。瑞穂の提案もあって、それからは普通に出かけるようになった。出かけるのも楽しい。お互い好きなものにそれぞれ付き合うのも新鮮だ。けれど、思春期真っ只中の俺は瑞穂を抱きたくて仕方ない。瑞穂を抱けない日は自分で自分を慰めながら、寂しさを感じていた。
大学二年になって毎日会っていたのが一日置き、二日置きになった。瑞穂から自分の時間も欲しいし、壮史も他の友達とも過ごした方がいいと言われたのだ。世界が狭まるよ、と。確かに俺は瑞穂と付き合い始めてから、瑞穂とばかり過ごしていた気がする。
俺は渋々ながらサークルに入った。昔みたいに友達が増えた。友達付き合いもそれなりに楽しい。正直、瑞穂と一緒に居られる方がいいのだけれど。
仲間と過ごす時間を作る分、瑞穂との時間は減った。けれど瑞穂は別にいい、俺が楽しそうでなによりだと言う。瑞穂も友達と楽しそうにしている。複雑な気持ちになった。俺がいない時間をもっと寂しがってくれてもいいのに。
年度が変わって、サークルに新入生が入ってきた。その中に莉々夏がいた。フワフワした髪とホワホワした性格の小動物みたいな女の子。莉々夏は可愛い。ドジだけど一生懸命で甘えん坊で、つい支えたくなってしまうと、サークル内の男共から大人気だ。そんな莉々夏を俺も妹のように可愛がっていたのだが。
『壮史先輩、好きです』
莉々夏は俺を男として見ていたらしい。俺には瑞穂がいるからと何度か断ったけれど、莉々夏は諦めなかった。俺に抱きついて言った。
『彼女さんより私の方が先輩のこと大切にできます。私ならいつも一緒にいたい』
俺はサークルの飲み会で彼女との時間が減っていること、彼女はそれをそんなに残念がっていないと零したことがある。それを覚えていたのだろう。
『先輩。私、先輩としたい。私なら彼女さんじゃできないこともしてあげます……だから』
莉々夏が俺の下腹部へと手を伸ばし、するりと撫でる。
『……っ、』
この時の俺は瑞穂とする回数が減り、自分自身を慰める夜が増えていた。だから可愛い女から刺激を受けた俺の雄は簡単に反応した。動物的な本能に抗えない。莉々夏はにっこり笑って俺に口付けてきた。そのあとはもうなし崩し的に抱いた。最初は瑞穂と重ねて、次第に愛を囁いてくれる莉々夏自身に絆されて……何度も体を重ねた。瑞穂との時間は楽しいことがたくさんあるし心地いい。抱ける時は満たされるけれど、それ以外はどこか寂しい。それを莉々夏が埋めてくれる。すぐに俺に甘えてきて、抱かれたがる莉々夏。
『先輩の真実の愛で結ばれた運命の恋人は私なのに、出会うのが遅れちゃったのが悔しい……もう少し早ければ私が先輩の彼女だったのに。私の方が絶対先輩のことが好きなのに』
真実の愛、運命の恋人。恋愛小説にありがちなセリフ。俺の上で腰を振りながら莉々夏が言う。
ベッドの上での莉々夏は、ふわふわとしている普段の印象と違ってかなり積極的だ。求められていると思うと嬉しい。俺たちは暇があれば体を重ねた。莉々夏はセックスばかりでもいいらしい。俺が好きだからと。
……じゃあ、瑞穂は?俺のことが好きじゃないのか?
そう考えたら寂しくなる。一瞬顔が曇った俺を、莉々夏が抱き締めてくれた。そして、瑞穂は薄情な女だ、だから自分を選んで欲しいと言ってきた。
莉々夏との方が俺は幸せになれるのかもしれない。運命の相手は莉々夏なのかもしれない。そう思ううちに莉々夏と一緒に過ごす時間はどんどん長くなった。瑞穂との関係は解消しないままに。
『まだ、私は一番になれないんですか? もう私、壮史先輩がいない生活なんて考えられないのに』
『……タイミングが合わないんだ。いずれちゃんとするよ』
莉々夏の質問に対して、俺はいつも曖昧に濁す。瑞穂とは未だに共通の趣味やくだらないことで笑いあったり楽しい時間を過ごしている。そんな時間もやはり楽しいのは楽しい。実はキスも、たまにセックスもしている。そのときの充足感が手放せない。莉々夏を選ぶと決めたとはいえ、踏ん切りはつかなかった。どうしても次の約束を取り付けてしまう。会えなくなるのは嫌だった。だからずっと莉々夏の問いかけをのらりくらりと躱していた。
そんな俺の態度に莉々夏はついにしびれを切らしたのか、俺と瑞穂のデート中に姿を現した。
どうしてここに。瑞穂とのデートがいつかなんて当然教えてなどいない。デートについての記載があるのはSNSアプリでのやり取りと、スマホのスケジュール帳だけだ。ロックもかかっていたが、寝ている間にでもパスワードを破られてしまったのか。確かに俺は『いずれちゃんとする』とは言った、でもそれは今日じゃない。こんな形で瑞穂にバレたくなかった。最悪だ。
『え、何?』
瑞穂が戸惑いの声を漏らす。
莉々香は満面の笑みを浮かべて俺に駆け寄り、抱きついてきた。うん、可愛い。可愛いんだけど、瑞穂の前ではやめてくれ。
『はぁ!? ちょっと離れてくれない』
瑞穂の苛立ち混じりの声と共にこちらの方に手が伸びてきた。それからばちんと音がして、莉々夏が悲鳴を上げる。
『痛いっ! 壮史先輩、この人怖いっ!』
声も体も震わせながら、俺に抱きつく莉々夏。あの短い一瞬で何があったのかと思い瑞穂に目をやると、彼女は顔を顰めていた。珍しく不愉快さを露わにしている。二人を見比べて俺は悟った、きっと瑞穂が嫉妬して莉々夏を叩いたのだろう、と。現に莉々夏はひどく怯えている。
『ゴメン瑞穂、莉々夏が怯えるからやめてやってくれないか』
俺がそう言うと瑞穂は『何言ってんだお前』というような顔をした。莉々夏が蚊の鳴くような声で俺を呼ぶので莉々夏に目を向けると、彼女は更に身を強張らせた。そして言う、瑞穂が睨んできたと。瑞穂は結構気が強いから、きっと横恋慕した莉々夏に腹を立てて睨みつけたのだ。ヤキモチだと思うとは嬉しさがこみ上げてきたが、脅しは良くない。俺は瑞穂を窘めて半泣きの莉々夏を可哀想に思い、頭を撫でてやる。
瑞穂はいつの間にこんな酷い女になってしまったのだろう。軽く失望した俺は深い溜息を吐いて瑞穂に別れを告げた。畳み掛けるように莉々夏も瑞穂に別れろと言う。瑞穂はそれをしばらく黙って聞いていた。莉々夏の口調は強めでいつものようにふわふわした感じもか弱そうな感じも受けない。むしろ気が強そうに思える。なんだ、この違和感は。
不意に、瑞穂の視線が俺に寄越された。俺は思わず目を逸らす。真実の愛とか言って正当性を訴えたところで浮気は所詮浮気なのだ。気まずい。
『う……』
瑞穂が小さく声を漏らしたので逸らしていた視線を瑞穂へ戻すと、彼女は唐突に手の甲で唇を拭い出した。
『……瑞穂?』
心配になり、手を伸ばす。しかし莉々夏によって阻まれた。瑞穂が大丈夫とでも言うように微笑んだ。でもまだ顔色は良くない、心配だ。なのに俺を気遣って笑顔を返してくれるなんて、瑞穂は気遣いができるいい女だ。向けられた笑顔にときめいてしまう。一方で、具合の悪そうな瑞穂を睨みつける莉々夏にがっかりした。
もしかして俺の、いや、男たちと女の前でこいつ、態度が違う?瑞穂は態度を変える真似はしないのに。瑞穂なら……あれ、もしかして俺はまだ瑞穂の方が好きなのではなかろうか。だったら別れないほうがいいのでは……
俺の中で迷いが生まれる。しかし、迷っている間も莉々夏は話を進めていく。
『お願いですから、壮史先輩と素直に別れてください』
瑞穂を睨みながら莉々夏が言った。
俺は瑞穂はすぐに拒否してくれると思っていた。しかし。
『いいよ』
『え?』
瑞穂の返事に愕然とした。聞き間違いかと思った。だが追い討ちをかけるように今すぐ別れようと続いた。聞き間違いではないようだ。しかも、もう名前を呼ぶなとまで言われた。清々しい笑みを浮かべた後、瑞穂がくるりと踵を返す。これで終わりとか、信じたくない。咄嗟に瑞穂を呼び止めるが、振り返った瑞穂は迷惑そうな顔をしていた。そんな表情を向けられたのは初めてだ。どんなに怒らせても呆れられても、迷惑そうにされたことはなかった。いつも仕方がないなぁと許してくれた。今更気づく、不安にならなくても不満に思わなくても良かった。確かに俺は瑞穂から愛されていたのだと。だが、もう遅い。……いや、もしかしたら強がっているだけかもしれない。そうであって欲しい。そうなら俺は今度こそ瑞穂を、もう二度と疑わずに瑞穂だけを愛すると誓う。
『いいのか、本当に?』
良くないと言って欲しい、今でも好きだと言ってくれ。祈るような気持ちで瑞穂に問う。
『真実の愛を貫きたいんでしょ?』
『そ、れは……そうだけど……』
俺にとって貫きたい真実の愛は、瑞穂との愛だ。でも先程莉々夏との愛こそ真実の愛とか豪語した手前、自分からは言い出せない。情けなくも、ゴニョゴニョと口ごもってしまう。
『もう私には関係ないから。じゃ、今度こそサヨウナラ』
そう言って、瑞穂が遠ざかっていく。ズキズキと胸のあたりが痛んだ。そんなに簡単に俺を手離せるのか。お前にとって俺はその程度だったのか。
……追い縋ったら、まだ間に合うだろうか。
瑞穂を追うべく、一歩足を踏み出す。強い力で腕を引かれた。莉々夏がしがみついている。
『これでようやく私が先輩の彼女ですね』
嬉しそうな声と、巻きついた腕。今の俺にとっては重い枷でしかないそれは、俺が選んだ結果。過ちの結果だ。
俺は遠ざかる瑞穂の背中を引き止めることも叶わず、ただ見送るしか出来なかった。
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