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戦闘記録 アンジェラとアナトリア

序:鋼の教えと燃える海:Ⅰ

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 海とは母親のようなものである。
 そう言う話を、アンジェラは少し前に救助した、とあるエンジニアから聞いた。確かに、人間には水や塩分が必要なので、そう言う意味での重要さは理解できたが、母親と言うものは理解できなかった。
 非番の日に少々勉強してみると、全ての生物は海から生まれたらしいという事と、母親と言うものは生物を産む機能を持つらしいという事を知ることが出来た。
「……という事だから、海が母親と言う概念で理解されることもあるそうだよ。面白いね。アナ」
 自分が聞いた話と、それらを学習した経緯を、アンジェラは相棒であるアナトリアへと、これから戦場に突入しようとしている愛機の中で教えていた。
「そう。私にもよく分からないわね」
 アンジェラは軽くため息を吐くと、自分の視覚に投影されている周辺環境の情報を、仮想キーボードで簡単にまとめてからアンジェラの視覚へと飛ばしていく。
「親と言える存在すら居ない私達には、どうしようもなく縁遠い考え方だからね。ところでアンジー。そろそろ目的地に着くわけだけど。機体の制御に集中してもらえないかしら?」
「ああ、そうだね。直ぐに、戦闘できるようにするよ」
 アナトリアの小言にも全く悪びれた様子も無く、アンジェラは装置に覆われた手足を動かし、機体へと新たな動作指示を飛ばし始めるのだった。

 今、二人が居るのは、戦闘物資の輸送路ともなっている海上だった。
 そこは、人々からは『サファイア・オーシャン』と呼ばれている。
 どこまでも広く、蒼一色に染まっている海であることがその名の由来だ。時に魚や鳥の群が行き交い、イルカやクジラの宴にも巡り合うことが出来る、まさに自然の宝石箱と言えた。
 しかし同時に、この海は『ウェスタン・オーシャン』とも呼ばれている。
 ただ、ここでいう「ウェスタン」は“西”を表す単語ではなく、とある映画のスタイルに由来すると言われている。
実際のところ、この場所を主戦場としている二人には、後者の名前の方が通りは良かった。
「フロートシステムの出力を上昇。海上の高速移動に問題なしっと。武装は展開済みだけど、どうだい?目標は」
 目標地点付近に到着した段階で、アンジェラが手足を動かし、機体各所に装備されている補助ブースターや展開された搭載火器の動きが、しっかりと自分に追従しているかの確認をしている。
 一方で、アナトリアは人ならざる高速度で仮想キーボードを叩き、周辺状況の収集を行っている。彼女の視覚映像には、機体のセンサーが得た情報や、所属クランの衛星が収集して送信した情報などが、文字や数字、グラフとして表示されている。
 彼女はそれらの情報を統合したうえで、データをアンジェラと共有している戦術画面へと反映させていく。これにより味方は青、敵は赤、護衛目標は緑で、それらの予測進路はそれぞれの色の点線で、簡易的に表示されるようになった。
「いつもながら、アナのデータは分かり易くて助かるね」
 それらを目で捉えながら、アンジェラが微笑を浮かべつつ感想を口にする。
「……で、今見えているように、攻撃目標は依然、護衛対象に向けて接近中。護衛対象も変わらず進行中。攻め方は任せるけれど、どうする?」
「そうだなぁ……。相手はMLメタルレイバーのキラーヴァル五機。弱点は確か、後部のブースターとランチャーポッドだったね。あれ、改善しないのかな?」
 視覚情報に表示された敵データを確認しつつ、アンジェラが率直な意見を述べるも、アナトリアは特に感慨も無さそうな声音で、それを肯定する。
「でも、改善されたら弱点がほぼ無くなるから、商売が成り立たなくなるでしょう?そう言う事よ」
「あー、ごもっともで。それなら有難く、そこを撃ち抜くとしましょうか」
「了解よ。エネルギーガン“レイピア”を準備」
 アナトリアの声と同時に、機体の腕が稼働。現在の装備であるマシンガンを腰部ハードポイントへと移動させる。代わりに、背部のハードポイントに装備されている細身なシルエットのライフルが、固定アームによって空いた手へと運ばれた。
 見ると、その武装は細身でありながら、独立したエネルギー発生装置を有しており、携行に適した形態を有していることが窺い知れた。
「装備よし。では、メインブースター始動!脚部フロートユニット、高速機動モード!」
 機体の挙動の完了を見届けた直後。アンジェラは足を動かしつつ、視覚情報に表示されている機体動作表一覧から、視線で、機体背部に搭載されているブースターの始動を選択。
 すると、背部メインブースターの露出と同時に、機体本体と脚部の付け根付近に装備されている、数基のブースターが迫り出して連動。ほぼ同時に蒼白い噴射炎を放ち始める。
「加速開始、飛ばしていく!」
 そして、そのアンジェラの言葉を引き金に機体は急発進。噴射炎を盛大に吐き出しつつ、一気に海上を邁進していくのだった。
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