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響の怒り

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 響は目の前の光景が理解できなかった。大切なジュリアが血まみれになって座りこんでいたからだ。その横には憎っくきエグモントが立っていた。響は怒りのあまり叫んだ。

「貴様ぁ!よくもジュリアを傷つけたな!」

 ジュリアは響を見て叫んだ。

「響!逃げなさい!私は大丈夫だから!」

 怒りで頭に血がのぼった響にはジュリアの声は聞こえていなかった。目の前のエグモントを倒して、ジュリアを助け出す事しか頭になかった。

 響はエグモントに向かって走った。エグモントははりつけた笑みを浮かべて右手を振るような仕草をした。次の瞬間、響は何かによって跳ね飛ばされた。

 響はボールのように何度がリバンドして止まった。何かがおかしい。響はとても小さくなってしまった気がした。

 すぐに起きあがろうとしたのに身体を動かす事ができない。遠くにジュリアが見えた。ジュリアが絶叫した。

「キャァ!響!」

 響はジュリアの側に行きたかった。側に行って大丈夫だと安心させてあげたかった。だが響はジュリアのもとに行けなかった。何故なら響の首は斬られ、頭と胴体が分かれてしまったからだ。

 響の頭部に辰治が近づいて言った。

「響。お前生きているのか?」
「当たり前だろう!辰治!俺の頭をエグモントに投げてくれ!奴の首に噛みついてやる!そのすきにジュリアを連れて逃げてくれ!」
「はぁ?何言ってんだよ響。そんな事できるわけねぇだろ!」
「辰治!お前はジュリアに救われただろ!ジュリアの眷属でもあるはずだ!主人を助けろ!」

 頭部だけの響と辰治がもめていると、ジュリアの鋭い声が聞こえた。

「辰治!響を連れて逃げなさい!」

 辰治はギクリと身体を震わせると、響の胴体を担ぎ上げ、響の頭部をボールのように脇に抱えて走りだした。
  
 響の胴体はバタバタと暴れ、頭部は激しく叫び続けた。

「辰治!バカ!ジュリアの所に戻れ!」
「バカはお前だ響!俺たちが束になったってご主人さまに勝てねぇ。姐さんは大丈夫だ。弱い俺たちが正面からご主人さまに立ち向かったってすぐに殺されるのがオチだ。弱い俺たちがご主人さまと戦うなら頭を使わなければだめだ」

 響は辰治に正論で諭されたが、ジュリアを置いて逃げた自分を許せなかった。何とかして辰治をジュリアの元に向かわせたかった。響は自分の頭を抱えている辰治の手に噛みついた。

「イッテェ!何しやがんだ響!」
「辰治!早く俺の首と胴体をくっつけろ!すぐにジュリアの所に戻る!」

 辰治は舌打ちしてから響の胴体を下ろして頭を持ち上げて言った。

「なんか傷口に砂がついちゃってるけどそのままくっつけていい?」
「嫌だよ!どっかで洗ってくれよ!」
「首だけでしゃべるなよ。気持ち悪いなぁ。平将門かお前は」
「気持ち悪いって何だよ!俺たち仲間だろ?!お前だって首もげたらこうなるよ!」
「俺はそんなになったら死にますぅ!おかしいのは響ですぅ」

 響と響の頭を持ち上げた辰治はくだらない言い合いを続けた。辰治は再び響の胴体を抱え、響の首を持ち水場に急いでくれた。人気のない公園に到着すると、辰治は響の首の傷口を水道で洗ってくれる。辰治はブツブツ文句を言いながらも丁寧に洗ってくれた。

「こんなところ警察に見られたら俺逮捕されちまうよ」
「大丈夫だよ、マジックの練習してるって言えば」
「響、言ったよな。首のまましゃべるなって」

 辰治は響の胴体に首をくっつけてくれた。響は礼を言って両手で首を固定する。深呼吸をして回復を早めた。しばらくしてしっかりと首がつながった。

 響は辰治に振り向いて言った。

「辰治、お前人間の時はヤクザをやっていって言ってたよな?なぁ、そのツテで武器を手に入れられないか?」
「はぁ?俺が組にいたのは三十年前の話しだぞ?」
「武器の隠し場所とか知らないのか?」
「隠し場所って、まさか盗むつもりか?!まてよ、うぅん。まぁ、当てがないでもないか」

 辰治はそう言って一人うなずいた。



 
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