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ジュリアの危機

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 ジュリアは地面にしゃがみこんだまま、夫だった優しい隆成の事を思い出してまた静かに涙を流した。

 ふと何かの気配を感じた。ジュリアはすぐさま立ち上がり、辺りを警戒した。ガサリと草音がした方向に振り向くと、そこにはジュリアと同じ純血の吸血鬼エグモントが立っていた。

 ジュリアはエグモントをにらんで言った。

「レディの泣き顔を見ようなんて、貴方は何て恥知らずなの?」
「ジュリア、涙に濡れた貴女も美しい。だが私の前では笑っていてほしい。その涙の原因は、あの眷属なのだろう?」

 ジュリアは舌打ちをした。この間ジュリアはエグモントの眷属である辰治に血を分けあたえた。そのためエグモントは、辰治を通してジュリアの感情を読む事ができるのだ。エグモントは笑顔を崩さないまま言った。

「ジュリア、貴女はあの眷属と共に生きようとしているようだが、しょせん奴は元人間。嫉妬とさい疑心ですぐに心が破綻する。ジュリア、貴女と共に永遠の命を生きるのはこの私なのだ」
「何寝言いってるの?気持ち悪い。私と響のきずなは固く結ばれているの!貴方なんか入るすきなんてないのよ!」

 ジュリアは内心の焦りをエグモントに気づかれないように笑った。この場に響がいなくて良かったと心底思う。響は吸血鬼になっても、吸血鬼の能力をうまく使いこなす事ができなかった。そのためジュリアの探る事もできないのだ。

 恐らくエグモントは目障りな響を消したいと思っているだろう。それだけは絶対にさせるわけにはいかない。ジュリアは低い声でエグモントに言った。

「この間言ったわよね?私の前に現れたら容赦しないって」
「ほぉ?どうするのだ?」
「貴方を倒す」
「貴女にできるのなら、お手並みはいけんするとしよう」

 エグモントの言葉が終わらないうちに、ジュリアは地面をひとけりして、エグモントの間合いに入り、左足でエグモントの胴をけった。エグモントはジュリアのけりが当たる直前に横に避けて距離を取って言った。

「とんだじゃじゃ馬だ。少し躾が必要なようだ」

 今度はエグモントがジュリアの間合いまでつめ、ジュリアの顔面にこぶしを入れた。ジュリアはすんでのところでよけたが、頬が切れて出血した。

 ジュリアはすぐに傷口を再生させて、エグモントが打ち込むこぶしを手で流して方向を変えながら、ふたたびエグモントの左の胴に左のケリをお見舞いした。今度はエグモントの左脇腹に鋭いケリが入った。エグモントが顔をしかめる。ジュリアはらさに攻撃しようとした瞬間、エグモントがジュリアの左足を抱え上げた。

 これはエグモントの罠だったのだ。エグモントはジュリアの左足を持って放り投げた。ジュリアは勢いよく投げ飛ばされ、大木に背中を打ちつけた。背骨が折れてしまった。早く回復させなければ。

 ジュリアは少しずつ焦りだしていた。ジュリアとエグモントでは、エグモントの方が強いのだ。このままではジュリアの方が負けてしまう。焦っている事を悟られないように打開策を考える。エグモントは優美な笑みを浮かべながら、ジュリアに近づいて言った。

「治癒力が早い。これではらちがあかないな」

 エグモントはジュリアに向かって手を振るような動作をした。すると突然、ジュリアののどぶえが斬り裂かれた。ジュリアは痛みのためにキャアッと叫んだ。ジュリアの首からドボドボと血が流れた。

 早く傷口をふさがなければ。失血しすぎると動けなくなってしまう。ジュリアは回復に集中していて、エグモントの次の動作に気づかなかった。エグモントはもう一度手を振った。今度はジュリアの手と足から血がふき出した。

 どうやらエグモントは、空気を刃のようにしてジュリアを傷つけているようだ。ジュリアが受けた一番大きな傷は首の傷だ。失血を防ぐためにやはり首の傷をふさぐのが先決だ。だが足の傷を治さなければ動く事ができない。

 ジュリアがジリジリしながら傷をふさいでいると、最悪な状態になった。

「ジュリア!」

 響が辰治と共にこの場にやって来てしまったのだ。辰治にはジュリアの居場所もエグモントの居場所もわかってしまうからだ。
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