上 下
78 / 82

響の努力

しおりを挟む
 響はカルチャーセンターの絵画教室にひたすら通い続けた。だが一向に絵が上達するきざしはなかった。

 響は女性講師に辰治が描いた土鍋と食器の静物画を見せて言った。自分の友人は絵の勉強をした事がないのに、この絵をスラスラ描いたのだと。

 女性講師は少し困った顔をしてから、驚くべき事を言った。絵が描けるのは才能なのだと。響もうすうすは感じていたのだ。自分にはまったくといっていいほど絵の才能がないと。響が落ち込んでいると、女性講師はなぐさめるように話しをしてくれた。

 かくいう女性講師も、小さい頃からとくに勉強しなくても絵が上手だったそうだ。彼女は将来画家を志し、美術学校に通った。だが彼女は画家としては大成できなかったようだ。

 そこで女性講師はこう断言した。画家で大成するためには、絵の技術だけではなく、インスピレーションと熱意が大切なのだと。

 女性講師は絵の技術と熱意はあったが、神から与えられるひとしずくのインスピレーション
はついにやって来なかったという。

 女性講師は響に質問した。

「潮山さんはアンリ・ルソーという画家はご存じ?」

 響は知らないと答えると、女性講師はスマートホンで検索して、アンリ・ルソーの絵を見せてくれた。

 はっきり言って下手な絵だった。まるで小さな子供が描いたようなユーモラスな絵。だがどこか人を惹きつける絵でもあった。密林の中で慌てて雨から逃げようとする虎。ジャングルの中にいる不思議な動物たち。髪をふり乱した少女が奇妙な馬と共に死体の山の上を飛んでいる。まるで死んだように眠るジプシーの娘、そのかたわらには巨大な獅子がいる。だが獅子は娘を襲う事はせず、無音のような静寂の中ただ娘を見下ろしている。

 アンリ・ルソーは素朴派を代表する画家だ。本格的に絵を学んだ事は無い。だが彼は神からのインスピレーションを受け取った画家だったのだ。

 女性講師は熱っぽく響にルソーの素晴らしさを語った。そして、響は素朴派の画家のように自由に絵筆をふるった方がいいのではないかと言った。

 つまり響には写実的な絵を描くのは無理ではないかと遠回しに言われたのだ。響はがっくりしたが、当然だとも思った。

 だが絵を描く事は不思議と楽しかった。響がつたない絵を描くと、ジュリアがとても喜んでくれるからだ。

 

 
しおりを挟む

処理中です...