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幸士郎の気持ち

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 幸士郎が抱いた結の第一印象は、儚げで弱々しいものだった。何事にも消極的で、流されやすい性格のように思えた。

 だが結は優秀な人形使いであるとともに、確固たる信念を持った女性だった。人形使いの能力で人形を傷つける事には断固反対した。そして幸士郎が幼い頃からずっと恐れていた父の兼光にも堂々と意見をのべてくれたのだ。

 結は幸士郎が守ってやらなければいけない女性ではない。自分の信じる人形使いの信念を持った強い女性なのだ。

 幸士郎はまたチラリと結を見た。桜姫は結が来てから、彼女にべったりだ。結が広い桐生家で困らないように桜姫に結の世話をいいつけたのは幸士郎自身だが、桜姫は心から結を好きになってしまったようだ。

 まるで幼子が母を求めるように甘えている。アイアンロボまでもがちゃっかり結になついている。

 少しだけうらやましくなってしまったのだ。桜姫とアイアンロボが。幸士郎は結に話しかけた。

「結、加奈子の事思ってくれてありがとう。人形使いの家の女性の地位はとても低く見られているんだ。俺がいずれ桐生家の当主になったら、悲しい女性がいなくなるようにしたいんだ」
「悲しい女性?」
「ああ。人形使いの家に生まれ、人形使いの能力がなかった女性には自由が許されない。本家が嫁に欲しいと言えば、嫌だとは言えないんだ。たとえ婚約者がいても、引き離される」
「ひどい、」
「ああ、ひどい行いだ。俺の母親もそうだった。桐生家とは遠縁で、人形使いの家に嫁ぐ事はないと思っていたんだろう。だけどお父さんが嫁にしようとした女性が行方不明になってしまい、急きょ俺の母親がお父さんの嫁になる事になった。俺はその話しを母親が死んでから知った」

 結がヒュッと息を飲むのがわかった。結は恐る恐る質問した。

「幸士郎くんのお母さん、亡くなったの?」
「ああ、病気でな。お父さんに怯えるだけの人生だった。俺が人形をうまく操れないと、母親が叱られた。母親はいつも陰で泣いていた。母親はきっとお父さんも俺の事も怨んでいただろうな。俺はもう母親には恩を返せない。だからこれからの人形使いの家の女性だけでも普通の暮らしをさせたいんだ」

 結が何も言葉を発しないので、幸士郎は結に振り向いてアッと声をあげそうになった。

 結は泣いていた。大きな瞳からポロポロと涙を流していた。幸士郎は慌てて言った。

「ゆ、結。どうしたんだ?」
「ご、ごめんなさい。こ、幸士郎くんが辛いのに、私のママも病気で、死んじゃったから、ママの事思い出しちゃって、」

 幸士郎は心の中で舌打ちした。そうだった、結も幼い頃、母親を亡くしていたのだ。その事に思いいたらなかった。幸士郎が弱音を吐いたら、結か優しくなぐさめてくれるのではないかと考えてしまったのだ。

 幸士郎は自分の事しか考えないで結を傷つけてしまった。結は泣きながらしきりに言った。

「幸士郎くん、のお母さんは、幸士郎くんの事、うらんでなんか絶対ないんだからね?お母さんは、幸士郎くんの事、大好きなんだからね?だからそんな悲しい事言わないで?」

 結は自分が傷ついているのに、幸士郎をはげまそうと必死なのだ。テディベアのココがしきりに結をなぐさめる。桜姫もアイアンロボも結のひざをさすって泣き止まそうとしている。

 だが結の涙は容易には止まらなかった。ココと桜姫とアイアンロボが幸士郎をにらむ。お前が泣かせたんだ、何とかしろという目だ。

 幸士郎は困惑した。どうやって結をなぐさめればよいのか。そこで小さい頃の事を思い出した。

 幸士郎が人形がうまく操れなくて泣いていると、母親が幸士郎をギュッと抱きしめて言ってくれたのだ。

 幸士郎、お母さんがずっと側にいるよ。

 その言葉は、母親は常に幸士郎の味方なのだと教えてくれた。幸士郎はその言葉に何度救われたかわからない。

 幸士郎はかんまんな動作でゆっくりと結を抱きしめた。結の身体は細くて柔らかくて、強く抱きしめたら折れてしまいそうだった。

「結、俺がずっと側にいるよ?」

 幸士郎のうめくような言葉に、結ははっと幸士郎を見つめた。泣きはらした結の顔は、痛々しいのにとても美しかった。

 幸士郎は、突然強い力で結から引き離された。見上げると、顔を真っ赤にした父親の兼光が立っていた。

「ばかもん!結さんとの婚約はまだしてないんだぞ!」

 兼光は幸士郎を結から引き離すと、怒りながら行ってしまった。

 

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