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俊作と兼光

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 俊作は依頼されたビスクドールの修復にはげんでいた。近頃はアンティークの人気が上がり、ビスクドールの持ち主がドールを売ろうと考えた時、ドールをいかに美しく補修するかにかかっているのだ。

 俊作は人形修復の仕事を生業としているが、この仕事を続けるのは、ひとえに人形たちの幸せのためだ。

 人形は大切にしてくれる人間の側にいられる事が一番の幸せなのだ。俊作の相棒のトトは、パパがんばれと作業場をピョンピョン飛び回っている。

 俊作は作業に疲れると、手を止めてトトの愛らしい姿を眺める。トトは愛する妻紅子の命が入っているのだ。

 俊作は娘の結の事を考えた。結は人形劇の動画がきっかけで、人形使いに襲われてしまった。結の相棒のココが、自分が結を守るから大丈夫だ、と言っていたのでとりあえずは安心している。

 だがこの間結からの電話で驚くべき事を聞いた。結は今桐生家という人形使いの家に保護されているというのだ。

 結は桐生家から仕事に通っているらしい。桐生家といえば、妻の紅子が嫁にさせられそうになって逃げて来た家だ。

 俊作は娘に、紅子が桐生家に追われていた事を話していない。俊作は娘の結が桐生家に無理矢理嫁がされてしまうのではないかと心配し、いつになく声を荒げてしまった。

 桐生家の世話になるくらいなら仕事を辞めて戻って来いと言うと、頑固な結はそれに反発した。結局結の安全が保証されるまで桐生家にやっかいになる事になってしまった。

 これは今度桐生家にお礼のあいさつをしに行かなければいけない。俊作が憂うつになっていると、外に続く作業場のドアをノックする音が聞こえた。

 郵便だろうか。俊作は一日の大半この作業場にいる。郵便局員は、もうそれをこころえていて、作業場の方に来てくれるのだ。

 俊作が作業場のドアを開けると、そこには和装の紳士が立っていた。歳の頃は五十歳くらいだろうか、俊作に心当たりはなかった。俊作がいぶかしげに紳士を見ると、紳士はえしゃくして言った。

「松永俊作さんですね?私は桐生兼光と申します」

 俊作の顔がこわばった。この男が紅子を嫁にしようと付け狙っていたのだ。俊作の視線が険しくなる。それに反して兼光はおうように微笑んで言った。

「私が来たからにはお話の趣旨はお分かりでしょうが、娘の結さんを息子の嫁にいただきたい」

 やはり狙いは結だった。俊作はくちびるを噛みしめてから答えた。

「お断りします。娘がお宅にご厄介になっている事は感謝しています。ですがそれとこれとは別です」
「ええ勿論です。ですが息子の幸士郎と結さんはとても仲がいいのです。二人もまんざらではないのでは」
「幸士郎くんはまだ高校生ではないですか!」
「ええ、ですからいずれ結さんを桐生家の嫁にと。松永さん。恨み言は言いたくありませんが、私から佐渡紅子を奪ったのは貴方だ」
「紅子は貴方との結婚を嫌がっていた!」
「人形使いの家に生まれた以上、人形使いの家に嫁ぐのは当然の事」
「!。話しになりません!結の婚約の話しはお断りします、お引き取りください」

 俊作は兼光を外に追い出しドアを閉めてしまった。トトが心配そうに俊作を見上げて声をかけた。

「ぱぱ、だいじょうぶ?ゆいはきりゅうけにおよめにいくの?」
「いいやトト、結は桐生家に嫁いだりなんかしないよ」

 俊作は無理に笑顔を作ってトトを抱き上げた。
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