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戦人形コング

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 伊織は暗い気持ちで哲太の工房に入っていった。哲太はいつものように作業台の上にウィスキーのボトルを置いて飲んだくれていた。

「今帰った。・・・。すまない、花雪を桐生家に奪われた」

 伊織の声に、哲太はにごった目を向けた。

「破壊されたのか?」
「いいや。俺が桐生家のガキに捕まりそうになったから、花雪が逃してくれたんだ」
「・・・。そうか、花雪はお前の事が好きだったんだな。・・・、花雪を大切にしてくれて、ありがとう」
「・・・」

 哲太のいつにないしゅしょうな言葉に面食らってしまい、伊織は口をつぐんだ。

 哲太はウイスキーのボトルを掴んでそのままゴクリと飲んでから言った。

「どのみち花雪ではクマに勝てなかった。伊織、こっちに来い」

 哲太はふらふらと別な作業場に歩いて行った。もう一つの作業場は大型の人形製作に使われる部屋だ。伊織は嫌な予感がした。

 伊織が中に入ると、哲太が電気を点けた。突然異質な物体が現れ、伊織は小さく悲鳴をあげた。そこには巨大なゴリラがいた。身長は二メートルほど、大きくなった松永結の戦人形と同じ大きさだ。

 哲太は花雪がクマに負けた事をとても悔しがっていた。絶対にクマに対抗できる戦人形を作ると息まいていたのだ。

 伊織は花雪としか仕事をしないと決めていたので、話半分で聞いていたのだが、大きさとパワーで対抗するという単純な作戦だったとは。

 伊織はどうやって断ろうかと考えながら口を開いた。

「おお、哲太。これはすごい戦人形だ。だがなぁ、これを連れて街を歩いら街中がパニックになっちまうぞ?」
「大丈夫だ。中に人間が入っているという事にしておけ。よくあるだろう?スーパーの新装開店事に着ぐるみがチラシを配っているやつ。あれの感じでいけば大丈夫だ」

 大丈夫なわけがない。だが伊織は大切な花雪を奪われてしまった。おそらく哲太はこの戦人形しか用意してはくれないだろう。伊織は覚悟を決めた。

「こいつの名前は?」
「コングだ!」

 哲太は誇らしげに言った。伊織はため息をつきながらコングの黒い瞳を見つめた。すると熱風のような風が胸を突き抜けた。

 伊織がコングを操る。コングはたくましい両腕を振り上げて、胸を叩いた。

 
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