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依頼主

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 哲太たちは六時間かけて大阪の依頼主の元に到着した。そこは見事な日本家屋だった。哲太たちは依頼主の部屋に通された。そこにはガッチリとした男が堂々と座っていた。

 依頼主の蛭間剛三は、吉田組の組長だった。歳の頃は六十近いが、肌艶は良かった。

 剛三は、人形使いの伊織を見て、満足そうにうなずいた。ベテランの人形使いが来たと思ったのだろう。だが伊織は出戻りで、人形使いのブランクは十七年間で、それまでは全く別の肉体労働をしていたという。

 つまり伊織は人形使いの仕事を始めたばかりで、全くの新人なのだ。だが伊織はそのような事はおくびにも出さないで剛三に言った。

「それでは、三日後の討ち入りの際、吉田組の方たちに加勢をするという依頼内容でよろしいですか?」

 剛三は大きくうなずいて答えた。

「いかにも。よろしく頼みます。ところで、こちらの大きな兄さんも人形使いなんですか?」

 剛三は、伊織からの視線を、後ろに座っている哲太に移して言った。伊織はチラリと哲太をにらんでから剛三に向きなおって答えた。

「この者は人形師です。もし人形が壊れた場合、修理するために同行しております」
「そうですか。それはそれは」

 剛三は哲太を見てニンマリと笑った。つまり、依頼したのは人形使いだけで、人形師は頼んでいない。人形使いの依頼料しか払わない、といっているのだ。

 ケチな親父め。哲太は心の中で毒ついたが、大きな身体をかがめてかしこまっていた。

 依頼人の剛三との目通りの後、組の若い衆に連れられて、討ち入りに行く者たちを紹介された。

 皆若く、頭が悪そうだった。哲太は小さくため息をついた。討ち入りだなんて江戸時代じゃあるまいし。現代の世に何たる時代錯誤か、と考えてから。自身も平安の世から連綿と続く人形使いの操る人形師である事に思いいたった。

 哲太自身も大概時代錯誤の産物なのだ。ただ今回伊織の依頼に無理を言って同行したのは、自分の作った戦人形がどう戦うのかこの目で見たかったのだ。

 目の前で自分の人形の戦いを目の当たりにすれば、自分に誇りを持つ事ができるのではないかと考えているのだ。

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