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同情の余地あり、と思った俺がバカだった
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あまりにもな言葉に、俺はほぼ反射で返していた。
それにダリアンは気を悪くした風もなく、微笑みを崩さなかった。
「なに、長いこと一人でいるとな、鬱陶しいのが群がってくる。妃がいれば文句はないだろう」
「いやいやいやおかしいおかしい」
「どこがだ?」
「何もかもおかしいけど、第一に、妃って女じゃなきゃ意味ないだろ!」
その言葉に、ダリアンは心底嫌そうに顔を歪めた。
「女などと番う気はない」
「いやだって、王様なんだろ? 後継ぎとか必要だろ。だから周りも放っておかないんじゃねーの」
「それが嫌なんだ」
吐き捨てたダリアンに、俺はびくりと肩を震わせた。
これは冗談なんかじゃない。本気の怒りが滲んでいる。
「王なのだから、世継ぎが必要だから、などともっともらしいことを並べ立てて。勝手に寝所に潜り込んだり、職務中にべたべたと纏わりついたり、食事に媚薬を盛ったり。女というのは手段を選ばん。どうせ金と権力だけが目当てのくせに」
手段に関してはお前が言えたことではない。
と思いつつも、俺は僅かばかり同情した。そりゃそんな目に遭ってきたなら、女が嫌になるのもわからんでもない。
「それに魔族は長命だ。後継ぎなど急いで作らずとも、この先数百年は問題ない」
「えっダリアンいくつ!?」
「さぁな。数えていない」
「ざっくり! ざっくりでいいから!」
「そうだな……五百年程度は、過ごしていると思うが」
ごひゃくねん。
マジか、二十代半ばくらいにしか見えない。
目の前のわがまま男が、急に得体の知れないものに思えてきた。
ぽかんと口を開けた俺の頬に、ダリアンが手を滑らせる。
「だからハルトの一生など、俺にとっては大した時間ではない。その間子どもが作れなくても問題ない」
「いやそんなことは全く気にしてないし、問題はそこじゃないから」
なんで俺が条件に渋ってるみたいになってるんだよ。そもそも花嫁とかいう戯言を聞き入れてねーよ。
「俺はダリアンの花嫁なんかになる気はねぇよ。こんなんでも一応、マベルデ王国の『聖女』として召喚されてんだからな。給料分は働かねぇと。ってことで、さっさと帰せ。ダリアンのせいで苦しんでる女の子たちの呪いを解いてやらないと」
「女など、放っておけばいい」
「俺は女の子大好きなの! 言っとくけど、お前が呪いをかけたことに関しちゃ、結構本気で怒ってるんだからな! ダリアンは女が嫌いかもしれないけど、性別を無理やり変えられるなんて、嫌に決まってるだろ。どんな理由があっても、許されることじゃない。俺も許さない」
怖いから殴るのは無理だけど、ここはきっぱり言わせてもらう。
どういうわけだか、ダリアンは俺に対して好意的なようだ。
だったらこれくらいは言っても平気だろう、と俺は強気の姿勢で告げた。
内心どきどきしながらも、虚勢を張って睨み上げる俺に、ダリアンは考えるように目を伏せた。
「そうか。なら、こうしよう」
それは本日二度目の爆弾だった。
「ハルトが俺の花嫁になるなら、全ての人間の呪いを解こう」
思考が止まって、俺は目を見開いたまま固まった。
「どうした。何を迷う必要がある。ハルトは聖女の役目を果たしたいのだろう? 憐れな女たちを救いたいのだろう? 俺と共にいると約束してくれるなら、その願いが叶うぞ。悪い話ではないだろう」
「ば、か言え。俺は、一年後に、元の世界に帰してもらうんだ。ダリアンの花嫁なんかになったら、帰れないだろう」
「なんだ。一年で帰る気だったのか。それでは、女たちの呪いを解ききることはできないな。口では救いたいと言いながら、中途半端に希望だけちらつかせて、救えなかった者を放置して帰るつもりなのか」
ダリアンの言葉が耳に響く。それは、俺も、気にしていたことだ。
でも、一年で、帰っていいって。そしたら、ちゃんとした聖女を、呼び直すって。
言い訳が脳を巡る。けどその聖女は、魔王に勝てるのだろうか。ダリアンの女に対する憎悪の片鱗を目にした今では、聖女が来たとして、殺されないとは言い切れない。カインたちは交渉していると言っていたが、ダリアンが呪いをやめるとは思えなかった。
なら、俺のしていることは。
無責任なんじゃないだろうか。
「かわいそうにな。聖女などと勝手に崇められ、重荷を一人で背負わされて」
「違う……そんなんじゃ」
「俺は決してお前に辛い思いなどさせない。こちらに来るなら、うんと甘やかしてやるぞ」
とろりと蜂蜜のように流し込まれる言葉は、俺の脳を溶かしていった。
にいと唇を吊り上げたダリアンは、まるで恋人のような優しさで俺を包んだ。
「とはいえ、そうすぐに決断はできまい。ゆっくり考えるが良い。何せ時間はたっぷりある。魔族である俺には、な」
魔族である魔王は、いつまでも待てる。そのまま一年が過ぎて、俺が元の世界に帰ったとしても。今までのように、女に呪いをかけ続けるだけ。どうしても俺を手に入れたいというほどではないのだろう。
けれど、人間である女たちには時間がない。呪いを解かれなかった者たちは、その短い人生の内の何年かを、あるいは聖女が再び現れなければこの先一生を、男として過ごすことになる。
それを憐れに思うなら、迷っている時間は、そう長くはとれない。
「今日のところは一度帰してやろう。マベルデ王国の者たちとも、よく話し合うが良い。婚姻後に攻め込まれても面倒だからな。負ける気はせんが、双方納得の上で引き渡した方が向こうの外聞も良かろう」
「お気づかいどーも」
皮肉たっぷりに返した俺に、ダリアンは楽しげな顔を崩さなかった。
「ではな。色良い返事を期待している」
ダリアンがぱちりと指を鳴らすと、空間に魔法陣が展開し。
一瞬の内に、俺は見慣れた聖堂内に転移していた。
すっかり暗くなったそこには誰もおらず、がらんとした空間の中で、俺は一人床を叩いた。
「なんだってんだよ、ちくしょう……っ!」
その声は虚しく聖堂内に響くばかりで。
答える声は、なかった。
それにダリアンは気を悪くした風もなく、微笑みを崩さなかった。
「なに、長いこと一人でいるとな、鬱陶しいのが群がってくる。妃がいれば文句はないだろう」
「いやいやいやおかしいおかしい」
「どこがだ?」
「何もかもおかしいけど、第一に、妃って女じゃなきゃ意味ないだろ!」
その言葉に、ダリアンは心底嫌そうに顔を歪めた。
「女などと番う気はない」
「いやだって、王様なんだろ? 後継ぎとか必要だろ。だから周りも放っておかないんじゃねーの」
「それが嫌なんだ」
吐き捨てたダリアンに、俺はびくりと肩を震わせた。
これは冗談なんかじゃない。本気の怒りが滲んでいる。
「王なのだから、世継ぎが必要だから、などともっともらしいことを並べ立てて。勝手に寝所に潜り込んだり、職務中にべたべたと纏わりついたり、食事に媚薬を盛ったり。女というのは手段を選ばん。どうせ金と権力だけが目当てのくせに」
手段に関してはお前が言えたことではない。
と思いつつも、俺は僅かばかり同情した。そりゃそんな目に遭ってきたなら、女が嫌になるのもわからんでもない。
「それに魔族は長命だ。後継ぎなど急いで作らずとも、この先数百年は問題ない」
「えっダリアンいくつ!?」
「さぁな。数えていない」
「ざっくり! ざっくりでいいから!」
「そうだな……五百年程度は、過ごしていると思うが」
ごひゃくねん。
マジか、二十代半ばくらいにしか見えない。
目の前のわがまま男が、急に得体の知れないものに思えてきた。
ぽかんと口を開けた俺の頬に、ダリアンが手を滑らせる。
「だからハルトの一生など、俺にとっては大した時間ではない。その間子どもが作れなくても問題ない」
「いやそんなことは全く気にしてないし、問題はそこじゃないから」
なんで俺が条件に渋ってるみたいになってるんだよ。そもそも花嫁とかいう戯言を聞き入れてねーよ。
「俺はダリアンの花嫁なんかになる気はねぇよ。こんなんでも一応、マベルデ王国の『聖女』として召喚されてんだからな。給料分は働かねぇと。ってことで、さっさと帰せ。ダリアンのせいで苦しんでる女の子たちの呪いを解いてやらないと」
「女など、放っておけばいい」
「俺は女の子大好きなの! 言っとくけど、お前が呪いをかけたことに関しちゃ、結構本気で怒ってるんだからな! ダリアンは女が嫌いかもしれないけど、性別を無理やり変えられるなんて、嫌に決まってるだろ。どんな理由があっても、許されることじゃない。俺も許さない」
怖いから殴るのは無理だけど、ここはきっぱり言わせてもらう。
どういうわけだか、ダリアンは俺に対して好意的なようだ。
だったらこれくらいは言っても平気だろう、と俺は強気の姿勢で告げた。
内心どきどきしながらも、虚勢を張って睨み上げる俺に、ダリアンは考えるように目を伏せた。
「そうか。なら、こうしよう」
それは本日二度目の爆弾だった。
「ハルトが俺の花嫁になるなら、全ての人間の呪いを解こう」
思考が止まって、俺は目を見開いたまま固まった。
「どうした。何を迷う必要がある。ハルトは聖女の役目を果たしたいのだろう? 憐れな女たちを救いたいのだろう? 俺と共にいると約束してくれるなら、その願いが叶うぞ。悪い話ではないだろう」
「ば、か言え。俺は、一年後に、元の世界に帰してもらうんだ。ダリアンの花嫁なんかになったら、帰れないだろう」
「なんだ。一年で帰る気だったのか。それでは、女たちの呪いを解ききることはできないな。口では救いたいと言いながら、中途半端に希望だけちらつかせて、救えなかった者を放置して帰るつもりなのか」
ダリアンの言葉が耳に響く。それは、俺も、気にしていたことだ。
でも、一年で、帰っていいって。そしたら、ちゃんとした聖女を、呼び直すって。
言い訳が脳を巡る。けどその聖女は、魔王に勝てるのだろうか。ダリアンの女に対する憎悪の片鱗を目にした今では、聖女が来たとして、殺されないとは言い切れない。カインたちは交渉していると言っていたが、ダリアンが呪いをやめるとは思えなかった。
なら、俺のしていることは。
無責任なんじゃないだろうか。
「かわいそうにな。聖女などと勝手に崇められ、重荷を一人で背負わされて」
「違う……そんなんじゃ」
「俺は決してお前に辛い思いなどさせない。こちらに来るなら、うんと甘やかしてやるぞ」
とろりと蜂蜜のように流し込まれる言葉は、俺の脳を溶かしていった。
にいと唇を吊り上げたダリアンは、まるで恋人のような優しさで俺を包んだ。
「とはいえ、そうすぐに決断はできまい。ゆっくり考えるが良い。何せ時間はたっぷりある。魔族である俺には、な」
魔族である魔王は、いつまでも待てる。そのまま一年が過ぎて、俺が元の世界に帰ったとしても。今までのように、女に呪いをかけ続けるだけ。どうしても俺を手に入れたいというほどではないのだろう。
けれど、人間である女たちには時間がない。呪いを解かれなかった者たちは、その短い人生の内の何年かを、あるいは聖女が再び現れなければこの先一生を、男として過ごすことになる。
それを憐れに思うなら、迷っている時間は、そう長くはとれない。
「今日のところは一度帰してやろう。マベルデ王国の者たちとも、よく話し合うが良い。婚姻後に攻め込まれても面倒だからな。負ける気はせんが、双方納得の上で引き渡した方が向こうの外聞も良かろう」
「お気づかいどーも」
皮肉たっぷりに返した俺に、ダリアンは楽しげな顔を崩さなかった。
「ではな。色良い返事を期待している」
ダリアンがぱちりと指を鳴らすと、空間に魔法陣が展開し。
一瞬の内に、俺は見慣れた聖堂内に転移していた。
すっかり暗くなったそこには誰もおらず、がらんとした空間の中で、俺は一人床を叩いた。
「なんだってんだよ、ちくしょう……っ!」
その声は虚しく聖堂内に響くばかりで。
答える声は、なかった。
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