聖女召喚に応じて参上しました男子高校生です。

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

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エアルって誰だよ

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 眠っている俺の髪を、誰かが撫でている。
 ひどく優しい手つきで、大事で仕方ないものに触れるようだった。
 こんな手つきを、俺は知らない。母親に撫でられたのだって、もう遠い記憶だ。殴られた記憶に上書きされてもはや思い出せない。母ちゃんコワイ。
 
「――エアル――」

 手つきと同じ、優しい声だった。大切な宝物を呼ぶ声だ。
 多分、人の名前なのだと思う。でも俺はその名を知らない。
 誰だよ、エアルって。
 なんかちょっともやもやして、眉間に皺が寄る。
 するとくすりと笑ったような気配がして、額に柔らかい感触が触れる。
 俺は更に眉間に力が入り、瞼を震わせて、うっすらと目を開けた。

「起きたか? ハルト」
「――――……」

 俺は思わず呼吸を止めた。

「………………退け」
「なんだ。可愛い寝顔を見ていたかったのだが」

 ぞわぞわと全身に鳥肌が立った。
 超至近距離の笑みに寒気がする。
 勢いで起き上がらなくて良かった。大事故が起こっていたかもしれない。
 しっしっと手を払った俺に、ダリアンは微笑みながら顔を離した。それを確認して、俺も起き上がる。

「俺どのくらい寝てた?」
「一時間も経っていない」
「なんだ、そんなもんか」

 くわ、と大口であくびをする。時間は短かったようだが、幾分かすっきりした。
 目をこする俺を眺めながら、ダリアンは何かを取り出した。

「ハルトに渡したいものがある」
「渡したいもの?」
「これだ」

 手のひらに乗せられたのは、深紅の石がついたピアスだった。ただし、片方だけ。

「ピアス?」
「加工した魔石だ。これは転移魔法に用いるもので、対となる魔石を持っている者の元へ一瞬で転移できる」
「あ、それ知ってる。ってことは」

 ダリアンが髪をかきあげて、自分の右耳を見せた。そこには、同じ深紅のピアスがあった。

「これで直接俺の元へ来れば、馬車に乗る必要はない」
「おお、それはありがたい!」

 言ってから、はたと気づいた。俺一人が来るのは、まずいのでは?

「なぁ、これって、誰か一緒に連れてきたりできる?」
「なに?」
「俺一人でこっち来るのは止められてるんだよ」
「……従者は後から馬車で来ればいいのではないか」

 ふい、と不機嫌そうに顔を背けたダリアンに、俺は溜息を吐いた。
 仕方ない、同時転移が可能なのかは後でアルベールに聞こう。
 でもできたところで転移先がダリアンなのだとしたら、やっぱまずいよな。目の前に現れちゃうわけだから。
 ……こっそり行ってこっそり帰ってくる、とかはできそうだな。バレたら大目玉だろうけど。
 それにしても。

「なんか俺、これ見たことある気がするんだよなぁ」

 俺はピアスをつまんで、まじまじと見た。
 ピアスそのものではない。ただ、この深紅の石に見覚えがある。
 どっかで。昔、昔。なんだっけ。

「っあ! 思い出した。これ、俺が生まれた時に握ってたって石に似てるんだ」
「……石を、握って?」
「おう。俺が生まれた時、手を固く握りしめててさ。やっとのことで開かせたら、小さな赤い石を握り込んでたんだって。腹の中でそんなものができるわけないし、血の塊かなんかかと思われたらしいんだけど、結局なんだかよくわかんなかったらしくて。母ちゃんが珍しいし記念に、って箱に入れてとっといてさ。そんで俺も見たことがあったんだよ。あの石の色に似てるんだ」
 
 そうだそうだ、すっきりした。やっと思い出した。
 まぁ、似たような色の石なんていくらでもあるか、と思っていたら。
 ダリアンが、俺を強く抱きしめた。

「うおお!? なんだ!?」
「いや……そうか。そうだったか……」
「なにが!? 一人で完結しないでくれる!?」

 わけがわからない。情緒不安定か。
 どうしたものかと思っていると、ダリアンが俺の頬に手を添えて、そのまま手を滑らせて右耳をなぞった。

「今、つけてもいいか?」
「え、あ、無理。俺穴開けてないもん」
「なんだ、そんなことか。なら開けてやろう」
「え」

 何でもないように言って、どこから取り出したのか作り出したのか、ダリアンは手に鋭い針を持っていた。それを魔法で出した火で炙る。おいまさか。

「すぐ終わる」
「いや無理無理無理、せめて医者を呼んでください」
「痛いのは一瞬だ」
「一瞬でも痛いのは嫌だよ!」

 ピアッサーならまだしも、針で無理やり穴開けられるとかどんな拷問だ。無理、絶対無理。
 じりじりと迫るダリアンに、俺は既に半泣きだった。これは本気でガチで無理なやつ。俺注射も苦手だもん。

「~~~った、助けてラウルーー!」
「っ!?」

 強く念じた瞬間、腕輪が光って魔法陣が展開した。次の瞬間、俺はその場から姿を消した。

 □■□

 奇妙な浮遊感の後、俺の目の前にはラウルの姿があった。
 ラウルの顔を見て安心した俺とは正反対に、ラウルは俺の顔を見た途端、目を丸くしてからひどく険しい顔をした。
 案の定よろけた俺を抱きとめたラウルに、俺は力の抜けた声で礼を告げた。

「あ、ありがと、ラウル」
「何がありました」
「へぇっ!?」

 ラウルは何故か俺を抱きしめたまま放さず、顔は見えないのだが、声がめっちゃ低い。ていうか怖い。思わず変な声が出た。

「いや、ちょっとな。びびって思わず使っちまっただけで、大したことじゃないから」

 言った途端、ラウルが俺の両肩を掴んで向き合った。その表情を見た瞬間、俺は正直やっちまったと思った。

「大したことあるだろ! 泣いてんだろうが!!」

 その剣幕に、俺は落ち着きかけた涙がまたじわりと込み上げるのがわかった。
 ラウルはそれを見てはっとして、ふいと顔を背けた。

「大声出してすみません。とにかく、今日はもう帰りましょう」
「おう……」

 俺はひどく情けない気分で馬車に乗った。
 ラウルは護衛なので、同じ馬車の中には乗らない。内側にいると外からの反応に遅れるとのことで、馬に乗って馬車と並走している。
 馬車の中で、俺は膝を抱えた。情けない。恥ずかしい。消えてしまいたい。
 ていうかピアス穴であそこまでびびるとか、中学生か。そりゃ俺らの時代はピアッサーがメインだけどさ。ニードルで開ける奴とか、中には安ピンで開ける奴もいんじゃん。俺は絶対嫌だけど。
 少なくとも、泣くようなことじゃない。完全にやらかした。

「お前のせいでもあるんだぞ……」

 俺は手の中のピアスを見ながら、そう呟いた。
 確かに俺はやらかしたが、半分はダリアンのせいだ。次会ったら絶対文句を言ってやる。
 俺はちょっと考えて、ピアスを服の襟に刺した。ブローチみたいな感じ。
 これだと使う時に手で触れないといけないけど、手に握ってるよりは失くさないだろう。
 服着替える時に外すの忘れないようにしないとな、とぼんやり考えた。
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