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俺を見ろ!
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□■□
アルベールに調べてもらった魔石には、結局転移以外の機能はないらしい。
安全が確認できたので、ひとまず返してもらった。けどまだ使用はしていない。
というか、俺が腕輪を使ったあの日以来、暫く魔王城に行けてない。具体的に言うとひと月くらい。
カインからNGが出ている。ラウルの奴、どういう報告をしたのか。
ラウルいわく「暫く反省させときゃいいんですよ」とのことだったが、そろそろ痺れを切らせたダリアンがこっちに乗り込んでくるのではないかと俺はひやひやしている。
それにあまり時間を無駄にしたくない気持ちもあった。この世界に来てから、既に半年以上経過している。
「聞きたいこともあるしなぁ……」
一日を終えて、ベッドに転がりながら、俺はピアスを手に持って眺めていた。
バレたら怒られる。絶対怒られる。
ていうかラウルどっかで見てるかな。いやでもいくらあいつでも、不眠不休で俺に張りついているのは不可能なはずだ。前にノックをせずに勝手に部屋に入るな、とも言ってあるし。たまに守られてないけど。
試しに呼んでみるかどうか迷って、呼んだら来てしまいそうだからやめた。
転移途中に失くしたら事なので、襟元にピアスをつける。さすがにこの時間に寝ていることはないだろう。迷惑そうだったらすぐに帰ろう。帰ろうっていうか、帰してもらわないといけないんだけど。
深呼吸をして、石の部分に触れながら、ダリアンの顔を思い浮かべた。
ピアスを中心に、魔法陣が展開する。そろそろ慣れたい浮遊感が襲って、
「うおっ!?」
「おっと」
俺は誰かの腕の中に落ちた。
「わ、悪い!」
「……驚いた。夜這いか? ハルト」
色気たっぷりに微笑んだのは、ダリアンだった。
いや、そりゃダリアンの元に来る転移魔法なんだからいるだろうけど。なんかいつもと着地が違う、と思うと、ダリアンがいたのはベッドだった。
なるほど、地面じゃないから。ダリアンが横になっていたせいなのか、俺はダリアンの上に落ちる形になったわけだ。
「なかなか来れなかったからさ、黙って来たんだ。だからあんまり長居はできないんだけど、ちょっと話したくて」
「そうか。反対を押し切ってまで来てくれたのだな。可愛い奴め」
「おい曲解やめろ。ていうかいい加減放せよ」
「何故だ? このままでも話せるだろう」
「嫌だよこんな体勢で!」
落ちた俺を受けとめた後、腰を抱かれたままなので起き上がれないしダリアンの上から退けない。
この体勢でまともに話ができる奴がどこにいる。無茶言うな。
「さんざん俺を焦らしたのはお前の方だろう。むしろこのくらいで済んでいることを感謝するんだな」
「ふざけんな接近禁止令が出てただけだっつのなんかのプレイみたいに言うな気色悪い」
一息で言い切った俺に、ダリアンは楽しげにくつくつと笑った。
調子狂うな。怒ってるんだがこっちは。
手を放してくれないので、仕方なく俺はダリアンの上で力を抜いた。もうこういう布団だと思おう。硬いけど。
「あのさ。答えたくなかったら、無視していいんだけど」
「なんだ?」
「お前が俺に甘いっつーか……こういう対応なのってさ。もしかして、エアルって人が関係ある?」
その名を出した途端、ダリアンが息を呑んだ。
まずったか、と思った瞬間視界が反転して、俺はダリアンを見上げていた。
「――思い出したのか」
「は、はぁ……?」
ベッドに押さえつけられた手が痛くて文句を言いたかったが、切羽詰まったダリアンの顔を見てしまったら、それどころではなかった。
人がこんなに切ない表情をするのを、初めて見た。この目で見つめられると、動けない。
「エアル……」
「ちょちょちょちょ!!」
動けないとか言ってる場合じゃなかった。
顔を近づけてきたダリアンに全力で抵抗する。
なんで急にサカってやがるんだこの魔王様は!!
「質問しただけだろ! なんだよ思い出したって!」
「……記憶が戻ったんじゃないのか」
「あぁ!?」
ガチギレ五秒前、といった様子の俺に、ダリアンはしゅんとして見えた。
急に尻尾垂らすな。落差が激しい。
俺絶対悪くないのに、何故だか罪悪感が刺激されて胸が痛んだ。
「あのさ。今も……前にも多分、エアルって呼んだことあるだろ。俺のこと」
「……そうだったか」
「気のせいならいいけど。一応釘刺しとくけど、俺はエアルじゃないからな。ハルトだ、ハルト」
「わかっている」
「本当かよ」
「わかっているんだ」
ダリアンが泣きそうな声で、俺の肩口に額をつけた。
「魂が同じでも、別人だ。わかっているのに……似たところを見つけては、どうしようもなく思い出す」
はっきり言うことは避けたのに。ダリアンのこの台詞で、俺の予想が当たっていたことを確信してしまった。
色々な感情を込めて、俺は深く溜息を吐いた。
「俺転生もの地雷なんだよ」
「地雷……?」
聞き慣れない言葉に、ダリアンが顔を上げた。
きょとんとした表情を見上げたまま、俺はつらつらと続ける。
「前世でどんな関係だったとしてもさ。今は別人じゃん。別の人間として、別の人生を生きてきて、別の人格があるわけじゃん。なのに前世の人間の方がまるでメインのように語るのおかしくない? 思い出したとか、記憶が戻ったって言い方も気に食わないんだよ。そっちが正しいみたいじゃん。違うだろ、他人の記憶だろ。他人のアルバム見た、くらいのもんだろ。今生きてんのは、今生の人間じゃん。なのに今の人間を無視して、過去の関係を再現してハッピーエンドみたいなの、めちゃくちゃ吐き気すんの。今の人格どこ行ったんだよ」
喋りながらイライラして、力が緩んでいた拘束を振り払って、俺はダリアンの胸倉を掴んだ。
「俺はハルトだ! ハルトとして見る気がないなら、二度とこういう扱い方すんな! その結果ダリアンと敵対することになっても、いない人間の面影を探されるよりよっぽどマシだ!!」
息を荒げて青筋を立てた俺に、ダリアンは唖然としたように目を瞠っていた。
そして少し沈黙した後、急に笑い出して、俺を抱きしめた。
「っおい! お前話聞いてたのかよ!」
「聞いていたとも。ハルトをハルトとして見るのなら、こういう扱い方をしてもいいのだろう?」
「はあ!?」
俺の頬に手を添えたダリアンは、何故だかひどく嬉しそうだった。
「まさか、前世の自分に嫉妬するとは」
「全ッ然ちげぇ!! やっぱ話聞いてなかっただろ!」
「確かに、きっかけはエアルの魂を持っていたことだ。だからこの世界に呼んだ」
「ん、え、ちょっと待て今聞き捨てならないことを」
「けれど会えばわかる。エアルはもういない。ハルトはエアルではない。共に過ごせば過ごすほど、それはよくわかった」
俺は口を噤んだ。こういう表情はズルい。
「或いは記憶が戻れば、とも考えた。別人だったとしても、あの頃の思い出を、また語らうことができるのではないかと。だが、違うな。もう戻らないから。俺とエアルだけの思い出だから、こんなにも愛おしいんだ」
「……そうだよ。ダリアンと、エアルだけの時間だろ。大事にしろよ。それを覚えているのは、ダリアンだけなんだから」
「……ああ」
緩く微笑んで、ダリアンは俺と額を合わせた。
「今はハルトの話が聞きたい。ハルトのことを、もっと教えてくれ」
「それはいいけど、また今度な。言ったろ、長居できないって。そろそろ戻らないと」
「泊まっていけばいい」
「話を聞け。帰るっつの。あ、帰るっつか、悪いけど送ってくれ。魔石で来たから、俺一人だと帰れない」
「そうか、家の者に黙って来たのだったか。悪い子だな」
「家出少年みたいに言うんじゃねぇ」
そういや元の世界では俺の扱いどうなってんだろ。家出? 行方不明?
戻った時が恐ろしいな。母ちゃんごめん。親父は多分平気。
「せっかく夜這いに来てもらったのに、何もないというのも味気ないな」
「夜這いじゃねぇって、ちょ、っ」
鎖骨のあたりに唇を這わせたダリアンを殴ろうと拳を握った瞬間、ちりりとした痛みが走った。
何したコイツ。まさか噛んだ!?
「おやすみ、ハルト。また会いに来てくれ」
「え、おわっ!?」
ダリアンが触れたところから魔法陣が展開する。
浮遊感の後、俺は自室のベッドの上にぼすりと落ちた。
「おお……さすがダリアン」
どこに送られるかと思っていたが、元いた場所ぴったりとは。やっぱ凄いのかなあいつ。
とりあえず無事に戻ってこれて良かった、と肩を回すと。
「おかえりなさい、ハルト様」
「おぅわっ!?」
驚き過ぎてベッドに座ったまま三センチくらい跳び上がった。
ぎぎぎ、と音がしそうなほど固い動きで声の方に首を動かすと、超絶笑顔のラウルが腕組みをして立っていた。
詰 ん だ。
アルベールに調べてもらった魔石には、結局転移以外の機能はないらしい。
安全が確認できたので、ひとまず返してもらった。けどまだ使用はしていない。
というか、俺が腕輪を使ったあの日以来、暫く魔王城に行けてない。具体的に言うとひと月くらい。
カインからNGが出ている。ラウルの奴、どういう報告をしたのか。
ラウルいわく「暫く反省させときゃいいんですよ」とのことだったが、そろそろ痺れを切らせたダリアンがこっちに乗り込んでくるのではないかと俺はひやひやしている。
それにあまり時間を無駄にしたくない気持ちもあった。この世界に来てから、既に半年以上経過している。
「聞きたいこともあるしなぁ……」
一日を終えて、ベッドに転がりながら、俺はピアスを手に持って眺めていた。
バレたら怒られる。絶対怒られる。
ていうかラウルどっかで見てるかな。いやでもいくらあいつでも、不眠不休で俺に張りついているのは不可能なはずだ。前にノックをせずに勝手に部屋に入るな、とも言ってあるし。たまに守られてないけど。
試しに呼んでみるかどうか迷って、呼んだら来てしまいそうだからやめた。
転移途中に失くしたら事なので、襟元にピアスをつける。さすがにこの時間に寝ていることはないだろう。迷惑そうだったらすぐに帰ろう。帰ろうっていうか、帰してもらわないといけないんだけど。
深呼吸をして、石の部分に触れながら、ダリアンの顔を思い浮かべた。
ピアスを中心に、魔法陣が展開する。そろそろ慣れたい浮遊感が襲って、
「うおっ!?」
「おっと」
俺は誰かの腕の中に落ちた。
「わ、悪い!」
「……驚いた。夜這いか? ハルト」
色気たっぷりに微笑んだのは、ダリアンだった。
いや、そりゃダリアンの元に来る転移魔法なんだからいるだろうけど。なんかいつもと着地が違う、と思うと、ダリアンがいたのはベッドだった。
なるほど、地面じゃないから。ダリアンが横になっていたせいなのか、俺はダリアンの上に落ちる形になったわけだ。
「なかなか来れなかったからさ、黙って来たんだ。だからあんまり長居はできないんだけど、ちょっと話したくて」
「そうか。反対を押し切ってまで来てくれたのだな。可愛い奴め」
「おい曲解やめろ。ていうかいい加減放せよ」
「何故だ? このままでも話せるだろう」
「嫌だよこんな体勢で!」
落ちた俺を受けとめた後、腰を抱かれたままなので起き上がれないしダリアンの上から退けない。
この体勢でまともに話ができる奴がどこにいる。無茶言うな。
「さんざん俺を焦らしたのはお前の方だろう。むしろこのくらいで済んでいることを感謝するんだな」
「ふざけんな接近禁止令が出てただけだっつのなんかのプレイみたいに言うな気色悪い」
一息で言い切った俺に、ダリアンは楽しげにくつくつと笑った。
調子狂うな。怒ってるんだがこっちは。
手を放してくれないので、仕方なく俺はダリアンの上で力を抜いた。もうこういう布団だと思おう。硬いけど。
「あのさ。答えたくなかったら、無視していいんだけど」
「なんだ?」
「お前が俺に甘いっつーか……こういう対応なのってさ。もしかして、エアルって人が関係ある?」
その名を出した途端、ダリアンが息を呑んだ。
まずったか、と思った瞬間視界が反転して、俺はダリアンを見上げていた。
「――思い出したのか」
「は、はぁ……?」
ベッドに押さえつけられた手が痛くて文句を言いたかったが、切羽詰まったダリアンの顔を見てしまったら、それどころではなかった。
人がこんなに切ない表情をするのを、初めて見た。この目で見つめられると、動けない。
「エアル……」
「ちょちょちょちょ!!」
動けないとか言ってる場合じゃなかった。
顔を近づけてきたダリアンに全力で抵抗する。
なんで急にサカってやがるんだこの魔王様は!!
「質問しただけだろ! なんだよ思い出したって!」
「……記憶が戻ったんじゃないのか」
「あぁ!?」
ガチギレ五秒前、といった様子の俺に、ダリアンはしゅんとして見えた。
急に尻尾垂らすな。落差が激しい。
俺絶対悪くないのに、何故だか罪悪感が刺激されて胸が痛んだ。
「あのさ。今も……前にも多分、エアルって呼んだことあるだろ。俺のこと」
「……そうだったか」
「気のせいならいいけど。一応釘刺しとくけど、俺はエアルじゃないからな。ハルトだ、ハルト」
「わかっている」
「本当かよ」
「わかっているんだ」
ダリアンが泣きそうな声で、俺の肩口に額をつけた。
「魂が同じでも、別人だ。わかっているのに……似たところを見つけては、どうしようもなく思い出す」
はっきり言うことは避けたのに。ダリアンのこの台詞で、俺の予想が当たっていたことを確信してしまった。
色々な感情を込めて、俺は深く溜息を吐いた。
「俺転生もの地雷なんだよ」
「地雷……?」
聞き慣れない言葉に、ダリアンが顔を上げた。
きょとんとした表情を見上げたまま、俺はつらつらと続ける。
「前世でどんな関係だったとしてもさ。今は別人じゃん。別の人間として、別の人生を生きてきて、別の人格があるわけじゃん。なのに前世の人間の方がまるでメインのように語るのおかしくない? 思い出したとか、記憶が戻ったって言い方も気に食わないんだよ。そっちが正しいみたいじゃん。違うだろ、他人の記憶だろ。他人のアルバム見た、くらいのもんだろ。今生きてんのは、今生の人間じゃん。なのに今の人間を無視して、過去の関係を再現してハッピーエンドみたいなの、めちゃくちゃ吐き気すんの。今の人格どこ行ったんだよ」
喋りながらイライラして、力が緩んでいた拘束を振り払って、俺はダリアンの胸倉を掴んだ。
「俺はハルトだ! ハルトとして見る気がないなら、二度とこういう扱い方すんな! その結果ダリアンと敵対することになっても、いない人間の面影を探されるよりよっぽどマシだ!!」
息を荒げて青筋を立てた俺に、ダリアンは唖然としたように目を瞠っていた。
そして少し沈黙した後、急に笑い出して、俺を抱きしめた。
「っおい! お前話聞いてたのかよ!」
「聞いていたとも。ハルトをハルトとして見るのなら、こういう扱い方をしてもいいのだろう?」
「はあ!?」
俺の頬に手を添えたダリアンは、何故だかひどく嬉しそうだった。
「まさか、前世の自分に嫉妬するとは」
「全ッ然ちげぇ!! やっぱ話聞いてなかっただろ!」
「確かに、きっかけはエアルの魂を持っていたことだ。だからこの世界に呼んだ」
「ん、え、ちょっと待て今聞き捨てならないことを」
「けれど会えばわかる。エアルはもういない。ハルトはエアルではない。共に過ごせば過ごすほど、それはよくわかった」
俺は口を噤んだ。こういう表情はズルい。
「或いは記憶が戻れば、とも考えた。別人だったとしても、あの頃の思い出を、また語らうことができるのではないかと。だが、違うな。もう戻らないから。俺とエアルだけの思い出だから、こんなにも愛おしいんだ」
「……そうだよ。ダリアンと、エアルだけの時間だろ。大事にしろよ。それを覚えているのは、ダリアンだけなんだから」
「……ああ」
緩く微笑んで、ダリアンは俺と額を合わせた。
「今はハルトの話が聞きたい。ハルトのことを、もっと教えてくれ」
「それはいいけど、また今度な。言ったろ、長居できないって。そろそろ戻らないと」
「泊まっていけばいい」
「話を聞け。帰るっつの。あ、帰るっつか、悪いけど送ってくれ。魔石で来たから、俺一人だと帰れない」
「そうか、家の者に黙って来たのだったか。悪い子だな」
「家出少年みたいに言うんじゃねぇ」
そういや元の世界では俺の扱いどうなってんだろ。家出? 行方不明?
戻った時が恐ろしいな。母ちゃんごめん。親父は多分平気。
「せっかく夜這いに来てもらったのに、何もないというのも味気ないな」
「夜這いじゃねぇって、ちょ、っ」
鎖骨のあたりに唇を這わせたダリアンを殴ろうと拳を握った瞬間、ちりりとした痛みが走った。
何したコイツ。まさか噛んだ!?
「おやすみ、ハルト。また会いに来てくれ」
「え、おわっ!?」
ダリアンが触れたところから魔法陣が展開する。
浮遊感の後、俺は自室のベッドの上にぼすりと落ちた。
「おお……さすがダリアン」
どこに送られるかと思っていたが、元いた場所ぴったりとは。やっぱ凄いのかなあいつ。
とりあえず無事に戻ってこれて良かった、と肩を回すと。
「おかえりなさい、ハルト様」
「おぅわっ!?」
驚き過ぎてベッドに座ったまま三センチくらい跳び上がった。
ぎぎぎ、と音がしそうなほど固い動きで声の方に首を動かすと、超絶笑顔のラウルが腕組みをして立っていた。
詰 ん だ。
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