私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

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本編

ブエルシナ島-5

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「となると、旅の準備をしないといけないな。資金は、それで足りるだろう」
「あ、そうだ……お金、あの、ありがとうございます。いつになるかわかりませんが、ちゃんと返しますので」
「気にするな。それはお前の金だ。それに、稼ぐあてもないだろう」
「それは……そうですけど……」

 金銭面を全面的に頼るというのは人としてどうなのか、と思わなくもないが、現状奏澄に金を稼ぐ手段は無い。約束もできないので、そのまま黙ってしまう。

「まずは服をなんとかしないとな」

 言われて、奏澄は自分の姿を見下ろした。メイズの手当てをするために破ってしまったので、確かにこのまま出歩くのはためらわれる。それに海水を吸ったせいで塩が付いている。
 ついでに髪を触って、ぱらぱらと落ちてくる塩に顔を歪めた。顔や目立つ部分は濡らした布で軽く拭ったが、できれば髪も洗いたい。

「あの……できれば、なんですけど。お風呂に入れるような場所は、ありますか……?」

 おずおずと遠慮がちに声をかける。わがままになってしまわないか心配だったが、日本人として衛生面はやはり気になる。聞くだけ聞いておきたい。もしかしたら、銭湯のような場所があるかもしれない。

「この島には、風呂屋は無かった気がするな。宿屋でなら湯を貰えると思うが」
「そうですか……」

 宿屋、ということは宿泊施設だ。泊まらないのに風呂だけ借りるのは無理だろう。
 奏澄はしゅんとしたが、メイズは少し考えて口を開いた。

「泊まるか」
「えっ、いいんですか」
「船を手配する必要もある。昨晩は倉庫だったし、一晩ベッドで体を休めてから出発した方がいいだろう」

 願ってもない提案に、奏澄は内心両手を上げて喜んだ。宿泊費用というのは結構かかるイメージがあったので、ちゃんとした宿屋に泊まるとなると資金が足りないのではないかと不安だった。もしかしたらこの先野宿かもしれないとすら覚悟していた。意外にあっさりと泊まる選択肢が出てきたことで、罪悪感も僅かに薄らいだ。

 とにもかくにも、まずは着替えが必要ということで、二人は服屋に向かった。
 奏澄は並べられた服を手に取り、シンプルなものを数枚ピックアップしていく。

「すみません、決まったので、これでお会計で」

 奏澄はこちらの貨幣がわからないので、財布はメイズが持っている。ものの数分で服を選び終えた奏澄に、メイズは驚いたようだった。

「早いな」
「機能性だけなら大差ないですし、おかしくない程度であればいいので」
「女の買い物ってのは、もっと時間がかかるもんだと思ってたが」

 メイズの台詞に、奏澄は苦笑を返した。勿論、自分も普段ならもっと時間をかけて、あれこれ試してみたくもなっただろうけれど。
 船旅におしゃれも何もないだろう。そのあたりは最初から捨てた。それに、正直こちらのファッションセンスはよくわからないので、自分の価値観で決めても良いものが選べる気がしない。無難が一番、という結論になっただけのことだった。

 金銭のやりとりを見て学んでおこう、とメイズの隣で顔を覗かせていると、店員の女性が朗らかに笑いながら声をかけた。

「親子で買い物ですか? 仲がよろしいんですね」
「親……? ち、違います、兄です!」
「あら、ご兄妹でしたか。失礼しました」

 言われた言葉に驚いて、咄嗟に嘘をついてしまった。ちらりとメイズの顔を窺うが、平然としている。別に関係性を答える必要も無いのだから、適当に笑って流しておけば良かったのに。もしかしたらメイズがショックを受けるのでは、などと余計な気を回して変なフォローをしてしまった。自分が空回ったようで恥ずかしくなる。

 品物を受け取って宿屋へ向かう道中、こっそりとメイズの顔を眺める。二人で歩いていたら、どんな関係に見えるのだろう。全然似ていないのだから、親子というのはやはり無理がありそうな気がする。それでいくと、兄妹も無理がある。いやでも、家族だからといって血縁関係があるとは限らない、などと思考していると、メイズが視線に気づいた。

「どうした」
「えっ。あ、いえその。私たち、はたから見ると、どういう関係に見えるのかと」
「ああ、さっきのか。聞かれたら、適当に親子でも兄妹でも言っとけばいいんじゃないか」
「親子というほど、離れてないでしょう」
「そうでもないぞ。お前くらいの娘ならいてもおかしくはない」
「……失礼でなければ、メイズはいくつなんですか?」
「正確に数えちゃいないが……多分、三十五かそこらだな」

 三十五。年齢を差し引きして、こちらではいくつくらいから家庭を持つのだろうなぁと考えながら、やはり奏澄の常識では不可だ。

「うーん……やっぱりちょっと無理があるような」
「お前はいくつなんだ?」
「女性に年齢を尋ねるものではありませんよ。まぁ、一応成人はしてます」
「成人……?」
「ああ、成人年齢が違うかもですね。私のところはニ十歳はたちで成人なんですけど」

 そう答えると、メイズが目に見えて驚いた。その反応に、嫌な予感がする。

「あの……いくつだと思ってたんですか?」
「てっきり十五、六のガキかと」

 アジア人は幼く見えると言うが、ショックではある。まさか子どもだと思われていたとは。恩人だから優しくしてくれているものと思っていたが、もしかしたら子ども扱いが含まれていたのかもしれない。
 そんなに子どもっぽく見えるだろうか、とむくれる奏澄に、メイズは気まずそうに頬をかいた。

「女ってのは、若く見られたいもんだろ。いいじゃねぇか」
「若く見られるのと、幼く見られるのは違います」
「大差ないだろ……」

 言いながらも、困ったように見えるのは、悪かったと思っているのかもしれない。奏澄も別に怒っているわけではないのだが、内心の不満が顔に出てしまったことは、大人げなかったと反省した。

 そうこうしている内に宿屋に着き、メイズが主人に声をかける。

「二部屋、空いてるか」
「二部屋、ですか? 二人部屋ではなく?」
「いや、二部屋で」

 それを聞いて、奏澄は部屋の相談をしていなかったことに気づいた。メイズは当然のように二部屋、と言ったが、普通に考えて二部屋取る方が費用がかかるに決まっている。最初からそのつもりだったのかもしれないが、もしかしたら、先ほど成人していると伝えたことで、気をつかわせたのかもしれない。
 常であれば奏澄とて成人した異性と同室に泊まろうなどとは思わないが、状況が状況である。可能な限り節約した方が良い。
 この世界に来て、金が無いために水も食料も手に入れられなかった奏澄は、金銭に敏感になっていた。

「メイズ、もし嫌でなければ、同室にしましょう」

 奏澄の提案に、メイズは驚いたようだった。意図が間違って伝わったかもしれない、と慌てて続ける。

「これからたくさんお金がかかるんですから、できる限り節約しましょう。それに、護衛と言うなら、見えるところにいてくれた方が安心です」
「……お前がそれでいいなら」

 メイズは主人に声をかけ、二人部屋を用意してもらうようだった。それを見届けて、奏澄はほっと胸を撫で下ろす。
 実は内心どきどきしていた。今まで、奏澄はあまり自分の意見を通すということをしてこなかった。主義主張が無いわけではないが、特別必要な場面でなければ、周りに合わせるタイプだった。
 でも、これからはそうはいかない。メイズはあくまで、奏澄に随伴している。旅の主導は奏澄だ。目的、指針、規律。そういったことは、奏澄が自ら考えて主張していかなければ何も進まない。

 ――変わらなければ。

 口には出さずに、奏澄はそっと決意した。
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