私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

文字の大きさ
12 / 82
本編

出航

しおりを挟む
 太陽の眩しさを感じて、段々と意識が覚醒する。ぼうっとしたまま、奏澄は目をぱちぱちと瞬かせた。

「起きたか」

 声をかけられて、反射的にがばっと身を起こす。

「そう慌てなくても、まだ時間はあるぞ」
「おはよう、ございます」

 先に起きていたのだろうメイズは、すっかり身支度を整えていた。髪がぐちゃぐちゃになっていないか、変な顔をしていないか気になって、何となく隠しながら挨拶をする。しかし、今更な気もしていた。なんだかんだで随分な姿を見られている。
 衝立を挟んで、奏澄も身支度を済ませる。ぐっすり眠れたので、幾分顔色もいい。最後にナイフを差し、よし、と軽く頬を叩いて気合を入れた。今日からはいよいよ、旅に出るのだ。

「お待たせしました」

 衝立を片付けて、メイズに声をかける。今日の予定を確認し、朝食は船で取ることにして、宿を出た。船着き場に向かうと、商船の乗組員たちが騒がしく準備をしていた。

「わぁ……」

 思わず口を開けて眺めてしまう奏澄。初めて目にする光景に興味を惹かれるが、あまりじろじろ見ても失礼だろう、と視線を外す。それでも、隠し切れない好奇心から、ちらちらと窺ってしまう。

「商船にも、武装した人たちがいるんですね」
「あれは護衛だな。乗組員が兼ねていることもあるが、この船は割と真っ当な商船だから、外部の者を雇ったんだろう」
「真っ当な……。ちなみに、真っ当でない商船というのは」
「海賊」
「ですよね」

 船長に挨拶を済ませ、ハッチから船内に乗り込む。邪魔にならないスペースに腰を落ちつかせると、大きな声がして船が動き出した。どうやら出航したようだ。揺れで落とさないように注意しながら、簡単な朝食を取る。

「そういえば、船に乗った経験はあるのか」
「短時間なら。でも、帆船は初めてです」
「そうか。慣れない内は酔うかもな。吐く時は言え、上の甲板に連れてってやる」
「アリガトウゴザイマス」

 つまり吐く時は海に吐け、ということだろう。あまり見られたい姿でもないから、吐きそうになったら自力でトイレに行こう、と奏澄は心に決めた。
 とはいえ、酔わないに越したことはない。食後だし、船内にいるより外の空気を吸った方が幾分ましだろうと考え、奏澄は立ち上がった。

「上に出ても大丈夫ですかね」
「邪魔にならない範囲ならいいんじゃないか」

 揺れる船内をおっかなびっくり歩いて上甲板に出ると、心地いい海風が肌を撫でた。海が太陽の光を受けてキラキラと光っている。新鮮なような、懐かしいような気持ちになって、奏澄は目を細めた。

 ――世界が違っても、やはり海は美しい。

 海に突き落とされ、溺れかけ、見知らぬ世界に飛ばされた。我ながら海が嫌いになってもおかしくない境遇だと思うが、そうはならなかった。きっと、自分はずっと海と共にある運命なのだろう。
 そんなことを考えて、思わず笑ってしまった奏澄を、メイズが訝しげに見た。何でもないというように首を振って、端の方を歩き出す。
 視線を感じて甲板を見渡すと、こちらを見ている者や、視線を逸らす者が見てとれた。少し後ろをメイズがついて歩いているから、メイズに対するものかもしれないが、どうも見られているようだ。

「やっぱり部外者がうろちょろしてると気が散るんでしょうか」
「いや、定期船の無い島では商船に人が同乗するのは珍しくない。単にお前が珍しいんだろ」
「私が?」
「役人でも商人でもない女が島から出るのは珍しい」
「あ、そういう感じの」
「あとはまぁ……組み合わせだろ」

 ブエルシナ島でも奇異の目で見られたことはあったが、確かにメイズと奏澄の関係性は不思議に思えるだろう。それを踏まえてもう一度乗組員の様子を見てみると、心配そうに窺っている者がいる。
 少し考えて、奏澄はメイズの手を取った。

「おい」
「仲良しアピールしておきましょう。誘拐じゃありませんよって」
「あのな……それだけじゃ」
「わかってますよ」

 そう答えると、メイズは口を噤んだ。わかっている。下世話な視線は無視すればいい。そういう目で見るものは、何を言ったところで面白可笑しく取るのだから。とりあえず、被害者ではないと伝わればそれでいい。

 暫く手を繋いで上甲板を散歩していたが、急にメイズが何かに反応した。

「メイズ?」
「中に戻るぞ」
「え?」

 強く手を引かれ、足早に船内へ戻る。すぐに後ろが騒がしくなった。何かあったのだ。
 聞きたいが、説明しないということは、聞かない方がいいのかもしれない。ハッチから離れた部屋に入ると、メイズは奏澄を部屋の奥へ押しやった。

「隠れてろ。少し外の様子を見てくる」
「ま、待ってください。この船にも護衛はいるんですよね? 何かあれば、その人たちが」
「念のためだ。心配するな」
「でも、まだ怪我だって完治してないでしょう」
「カスミ」

 聞き分けのない子どもにするように、メイズがくしゃりと頭を撫でた。これでは、もう何も言えない。

「……怪我、しないで」
「ああ」

 短く返事をして、メイズは外へ出ていった。
 奏澄はその場で蹲った。結局、何も説明してくれなかった。何があったのか。どうして行ったのか。どうするつもりなのか。
 まだ自分は、話すに足る器ではないのだ。



*~*~*



 外の喧騒に怯えながらも、奏澄は息を潜めて部屋の隅に隠れていた。
 どれだけそうしていたかわからない。長い長い時間が経ったように感じたが、実際はそれほどでもなかったかもしれない。
 部屋のドアがノックされ、びくりと肩を震わせた。心臓が大きな音を立てる。

「カスミ、俺だ」
「……メイズ?」

 奏澄の返事を聞いて、メイズが遠慮がちにドアを開けた。その姿を視認して、奏澄は勢いよく飛びついた。

「待て、カスミ、汚れる」

 ぐいと引き剥がされてよく見れば、服が血で濡れていた。

「怪我!」
「違う、俺のじゃない」

 言われてみれば、確かにメイズは大きな怪我はしていないようだった。顔には、血を擦ったような跡がある。おそらく、奏澄に姿を見せる前に血を拭ったはいいが、服まではどうにもならなかったのだろう。ほっとして、涙が滲んだ。

「無事で良かった」
「……ああ」

 縋りつく奏澄の頭を、メイズはおそるおそる撫でた。

「そうだ、いい知らせがある。船が手に入った」
「え? 船が?」

 上甲板に移動しながら話を聞くと、この船は海賊に襲われていたらしい。商船が海賊に襲われるのはよくあることで、だから護衛を雇っているそうだ。
 メイズが気づいたのは見張り台の様子が変わったことだった。その時点では海賊かどうかはわからなかったが、何かを見つけたことは間違いないだろうと、用心して奏澄を隠したらしい。
 海賊が海賊旗を掲げているとは限らず、商船に成りすましている場合もある。何事もない可能性もあるため、不安にさせないように黙っていたようだった。何も説明が無かったことで、奏澄は余計に不安になったのだが。

「それで、どうして船が手に入ることに?」

 上甲板に上がると、ざわめきが聞こえた。何事かと見渡せば、乗った時とは打って変わって、怯えた表情でこちらを見ている。視線の先は、メイズだ。奏澄はメイズの横顔を窺ったが、そこからは何も読み取れなかった。

「あれだ」

 メイズが示した先には、二本マストのブリガンティン船があった。商船と繋げられ、乗組員が数名向こうの船に乗り込んでいる。

「あれは……」
「海賊が乗ってきた船だ」

 乗ってきた船。ということは、あれは海賊船だ。だが、海賊の姿はどこにも見当たらない。
 緊張で喉が渇く。それでも、聞かないわけにはいかない。あの船に乗るというのなら、尚更。奏澄は努めて平静を装って、メイズに尋ねた。

「あの船に乗っていた人たちは……どうしたんですか?」
「ああ……まとめて海に放り出した。心配するな、ああいう奴らは図太いんだ」
「そう、ですか。良かった」

 ほっと息を吐く。その様子を見て、メイズも心なしか安堵したようだった。

「船って戦利品ですよね。商船の人たちと山分けとかにならないんですか?」
「働きに応じた分配だ。中に積まれていた荷は商船の奴らに渡す」

 働きに応じた、ということは、メイズはそれなりの活躍を見せたということだ。
 彼が所持しているマスケットは、本来の武器ではないという。奏澄は武器に明るくないが、銃でこれほど血を被るとも思えない。いったいどのようにして戦ったのか。
 マスケットの柄についた血を見ないようにして、奏澄は船の話を続けた。

「でも、私たち二人で船、というのは……動かせるものなんですか?」
「無理だ」
「えぇ……なら何故なぜ船を……」
「暫くは要らないと思っていたんだがな……貰えるなら貰っておいて損はない。通常の船が出入りしない場所に行くなら、いずれ必要になる。買うと高くつくしな」

 船の値段はわからないが、決して安くないことくらいは奏澄にも想像がつく。いざという時に買えないくらいなら、持っておいてもいいのかもしれない。

「アルメイシャまでは商船の奴らが運んでくれる。中の整理もな。島についたら、乗組員を探すなり雇うなり考えよう。どうにもならなければ売り払ってもいい」
「わかりました」

 何となく、ずっと二人で旅をするような気がしていた。しかし海を渡っていくとなると、そうもいかないのだろう。それは少し寂しい気もするが、必要なことならば、奏澄が頑張らなければならない。これは奏澄の旅なのだから。
 船を見つめて、奏澄は気合を入れ直した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……? しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし! 危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。 彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。 頼む騎士様、どうか私を保護してください! あれ、でもこの人なんか怖くない? 心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……? どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ! 人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける! ……うん、詰んだ。 ★「小説家になろう」先行投稿中です★

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜

蝋梅
恋愛
 仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。 短編ではありませんが短めです。 別視点あり

【完結】異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

七夜かなた
恋愛
仕事中に突然異世界に転移された、向先唯奈 29歳 どうやら聖女召喚に巻き込まれたらしい。 一緒に召喚されたのはお金持ち女子校の美少女、財前麗。当然誰もが彼女を聖女と認定する。 聖女じゃない方だと認定されたが、国として責任は取ると言われ、取り敢えず王族の家に居候して面倒見てもらうことになった。 居候先はアドルファス・レインズフォードの邸宅。 左顔面に大きな傷跡を持ち、片脚を少し引きずっている。 かつて優秀な騎士だった彼は魔獣討伐の折にその傷を負ったということだった。 今は現役を退き王立学園の教授を勤めているという。 彼の元で帰れる日が来ることを願い日々を過ごすことになった。 怪我のせいで今は女性から嫌厭されているが、元は女性との付き合いも派手な伊達男だったらしいアドルファスから恋人にならないかと迫られて ムーライトノベルでも先行掲載しています。 前半はあまりイチャイチャはありません。 イラストは青ちょびれさんに依頼しました 118話完結です。 ムーライトノベル、ベリーズカフェでも掲載しています。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...