私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

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ヴェネリーア島-6

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『愛するダビデとレオナルド
 あなたたちは私の宝物
 私の生きる理由 私の生きた証 私の全て
 一度全てを捨てた私に 全てを与えてくれた
 どうか私を忘れないで 私がいなくなっても
 愛していることを忘れないで
 忘れないで――』

 最後の言葉は、特に強く消されていた。
 サクラの心情は、奏澄には推し量ることしかできない。
 絵を見れば、サクラが二人を心から愛していたことはわかる。二人が読むことを見越したメッセージならば、二人への愛と感謝を、幸せを願う言葉だけを綴っただろう。
 これは、誰にも読まれることはないと思って書いた言葉だ。サクラが零した、祈るような願い。

 忘れないで。

 確かなものが何もないサクラにとって、家族だけが、この世界との繋がりだった。
 二人に忘れられてしまえば、自分の存在が消えてしまう。自分のいない二人の絵を見て、そんな恐怖に駆られたのかもしれない。それを文字にして、誰にも読めないとわかっていて、それでも消した。自分の心を打ち消すように。
 その心を暴いてしまったのは、果たしてサクラにとって良かったのかどうか。

 奏澄は、何も言わないレオナルドの横顔を見た。何と声をかけていいのかわからない。
 無意味に口を開いては閉じた。

「母さんは」

 沈黙を破ったレオナルドの声に、奏澄は大げさに肩を跳ねさせた。

「いつも笑っていて、強い人だと思ってた。うんとガキの頃は。でも、すぐにわかったよ。本当は弱い人だって。だから、俺が守ってやるんだって、子どもながらに思ってた」
「レオナルドさん……」

 何か言葉をかけようとして、突然横から強い力で抱き寄せられた。

「レオナルドさん!?」

 レオナルドに両腕でしっかりと抱き締められて、奏澄は身を捩った。

「こうやって、抱き締めてあげられると、思ってたんだ。母さんが俺にしてくれたように。大人になったら、俺が母さんにしてあげたいこと、たくさんあったのに」

 その声を聞いて、奏澄は動きを止めた。そして少し迷って、レオナルドを抱き締め返した。

「忘れない、忘れるわけがない」
「そうですね。覚えていてあげてください。お母様のこと、お母様が話した故郷のこと」

 サクラがレオナルドに故郷の話をしたのは、きっと覚えていてくれる人が欲しかったから。
 自分が生まれ育った場所を、無かったことにはしたくなかった。そうでなければ、絵に残したりはしないはずだ。
 一度全てを捨てた。
 その言葉の真意はわからないが、故郷を切り捨てたのであれば、レオナルドに桜を見せたいなどとは言わないだろう。
 レオナルドはサクラが帰りたがっていたと言ったが、おそらくこの世界から離れたいという意味ではない。サクラはこの世界に大切なものができて、それを幸福に思っていた。
 家族に故郷を見せたかったか、故郷に家族を見せたかったのか。その気持ちは、奏澄にもわかる。
 奏澄も、決して忘れないだろう。サクラという女性のことを。自分とよく似た同胞を。



 レオナルドの気持ちが落ちつくまで、と奏澄は抱き合ったまま動かずにいたが、やがてレオナルドがゆっくりと腕を緩めた。

「悪かったな、急に」
「いえ。落ちつきましたか?」
「おかげさまで」

 答えたレオナルドは、幾分かすっきりとした顔をしていた。

「迷惑かけたから、あれはサービスで直しとくよ」

 そう言って、レオナルドはアントーニオが置いていった調理器具を指し示した。

「えっちゃんと代金払いますよ! こちらが頼んで話を聞かせてもらったんですし」
「いいから。二日後に取りに来て。それまでに終わらせとく」
「でも」

 言い募る奏澄に、レオナルドはずいと顔を近づけた。

「余計なお世話かもしれないけど、いくら弱ってても男に拘束されたら、ちょっとは抵抗した方がいいぜ」
「な」
「こういう時も」

 眼前で不敵に笑うレオナルドに、奏澄は言葉を無くして、慌てて席を立った。

「わかりました! 二日後ですね、よろしくお願いします!」

 言い捨てて、奏澄は出口へ向かった。
 くつくつと笑って手を振るレオナルドに、奏澄はわざと音を立てて扉を閉めた。

 上がった心拍数を抑えようと努めていると、アントーニオの焦ったような声がかかった。

「カスミ、良かった。話終わった?」
「あっアントーニオさん、お待たせしてすみませ……ん?」

 視線を向けて、奏澄は再び心拍数が跳ね上がった。何故か、メイズが不穏な空気を発している。

「あの、待ってる間に、メイズに何か……?」

 奏澄はアントーニオに問うたが、メイズはじろりと奏澄を睨んだ。
 蛇に睨まれた蛙のように、一瞬で固まる奏澄。

「と、とりあえず移動しよっか。お店の前じゃ邪魔になるし」
「そ、そうですね!」



 三人は場所を変え、人の少ない水路近くに腰かけた。夕暮れ時の涼しげな風が肌を撫でる。
 少しだけ寒そうにした奏澄に、アントーニオが露店でホットコーヒーを買ってきた。奏澄とメイズに手渡し、自分は奏澄を挟んでメイズと反対側に座る。

「ヴェネリーアはコーヒーも美味しいんだよね」
「そうなんですね。いい香り」

 立ち上る香ばしい匂いに、奏澄は頬を緩めた。できればカフェで甘い物のひとつも頼みたかったが、メイズが殺気立っている状態で店に入るのは気が引ける。営業妨害になりかねない。

「修理は二日で済むみたいです。取りに行く時は私も行きますね」
「早いね、良かった。見積書貰った?」
「あ、えぇっと……代金はサービスしてくれるとのことで」
「えぇ!? なんでまた」
「お母様の言葉を伝えたお礼、ですかね……?」

 おそらく、多分。はっきりそう言われたわけではないが、文脈から読み取ればそうだろう、と奏澄は自分を納得させた。

「それだけか」

 刺々しい言葉が差し挟まれて、奏澄は黙った。可哀そうにアントーニオも冷や汗をかいている。

「他に、何か」
「随分親身になってやってたじゃないか」
「……? それは、ご両親を亡くされてるわけだから」

 メイズが何に怒っているのかわからない奏澄は、眉を寄せた。

「カスミ、カスミ」

 アントーニオに小声で呼ばれて、カスミは耳を寄せた。

「その、あの店、外から中が見えるから」
「ああ、そうでしたね」

 だからメイズが大人しく出ていった、というのもあるだろう。中の様子が全くわからないなら、初対面の人間と奏澄を二人きりにはさせなかったはずだ。

「それで、その……レオナルドさんと、抱き合ってたでしょ」
「あれは……! 落ちつかせてただけです!」
「でも、その後、キスされてなかった?」
「キ……ッ!?」

 とんでもない誤解だ。奏澄はあんぐりと口を開けた。

「メイズさん乗り込もうとするから、止めるの大変だったよ」

 遠い目をするアントーニオに、奏澄は心底同情した。気の弱いアントーニオがメイズを引き留めるのは、さぞ苦労したことだろう。
 とにかく、誤解は解いておかなくてはならない。奏澄はメイズに向き直り、アントーニオにも聞こえるように言った。

「レオナルドさんとは、何も、ありません」

 きっぱりと言い切った奏澄を、メイズはじろりと一瞥した。

「角度によっては誤解を与える体勢に見えたかもしれないけど、本当に何もなかったから」
「それは別にいい」
「じゃあ何!」
「お前が隙だらけだって話だ」
「今そういう話だった?」
「あのな」

 語気が強くなったところで、メイズは口を噤んだ。視線は奏澄を通り過ぎて、アントーニオに向いている。
 奏澄の背後では、アントーニオが大きくバツ印を作っていた。その後、抑えて、というように手を下げるジャスチャーをする。
 他人に指摘されたことでいくらか冷静になったメイズは、一つ息を吐いて、乱暴に頭をかいた。

「心配にもなるだろ。あの状況で、なんで抵抗の一つもしない」

 それはレオナルド本人からも言われたが、奏澄は腑に落ちなかった。母親の話を聞きだしたのは奏澄の方だ。人の傷を抉っておいて、あの状況で相手を拒絶するのは鬼の所業じゃないだろうか。

「親愛のハグくらいするでしょ。なんならこの島の人たち、歓迎のハグだってしてるじゃない」
「それは人目があるだろ」
「さっきだってメイズたちが見えるとこにいた」

 メイズの方は一度冷静になったのに、奏澄の方が熱くなってきてしまった。言い争いたいわけではないのに、どうしてうまくいかないのか。

「カスミ、ちょっとごめんね」

 言葉とともに後ろからアントーニオの腕が伸びてきて、奏澄を片手で抱きかかえるようにした。

「アントーニオさん?」

 意図が読めなくて、奏澄は申し訳なさそうな顔をしたアントーニオを見上げた。

「カスミ、これ外せる?」
「え?」

 きょとん、とした顔で奏澄はアントーニオの腕に手を添えた。よくわからないまま力を込めてみたが、当然びくともしない。

「えっと……?」
「このままぼくが何かしようとしたら、カスミどうする?」
「……メイズに助けを求めますね」
「まぁ今は目の前にいるからね……」

 メイズもアントーニオの行動は意外だったようで、僅かに困惑している。

「でも、例えばぼくが片手に銃を持ってて、近づいたら君を撃つ、って言ったら、メイズさんでもすぐ動けるかな」

 奏澄は黙った。さすがにアントーニオの言いたいことはわかった。その状況なら、奏澄が拘束された時点で詰みだ。

「扉越しで、何を話してるのかもわからなくて、初対面の男性をそこまで信用しろって方が無理だよ。悪い人じゃなさそうだったけど、悪そうに見える人ばっかりじゃないんだから」
「……ごめんなさい」

 奏澄は素直に謝った。危機感は持っているつもりだったが、やはりメイズたちから見れば甘いのだろう。アントーニオには嫌な役をさせた。
 アントーニオは微笑んで、奏澄に回した腕を解いた。

「ぼくこそごめんね。大丈夫? どこも痛めてない?」
「大丈夫。ありがとう、アントーニオさん」

 アントーニオに微笑み返して、奏澄は気まずく思いながらもメイズに向き直った。

「メイズも、ごめん。もうちょっと気をつける」
「是非そうしてくれ」

 呆れたような言葉に、むう、と口を尖らせたものの、言い返すことはできない。せっかくアントーニオが収めてくれたのだから。

 そのまま三人で少し早い夕食を取り、アントーニオは数軒食べ歩くとのことで奏澄たちと別れた。
 奏澄とメイズは宿が埋まってしまう前に、早めに部屋を押さえることにした。
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