私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

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セルフパロディ

箱詰め!~奏澄とメイズの場合~

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某所にて「箱」というお題で書いたセルフパロディです。
本編とは一切関係ないお遊びですので悪しからず。
ざっくり無印の緑~青の間くらいの距離感。

===========================

「おい、そっちいたか!」
「いやいない、向こうの方も探せ!」
「くそ、どこ行きやがった……!」

 ガラの悪い男たちの怒号が響く。それを聞きながら、奏澄かすみは自分の心臓の音が耳まで響くのを感じていた。
 それは恐怖によるもの――だけではない。
 メイズの大きな体が自分を包んでいる。骨ばった手が頭を庇うように押さえていて、少しだけこもった力が彼の気持ちのようで顔が熱くなった。
 当の本人は奏澄の動揺に全く気づかず、箱の隙間から外を窺っている。

 箱。そう、今奏澄は、メイズと共に箱の中にいる。

 旅の途中に寄った島。奏澄はいつものようにメイズと共に行動していたが、ほんの一瞬一人になった隙に、ガラの悪い男に絡まれてしまった。
 当然のようにそれを見たメイズは容易く相手を制圧したが、想定外だったのはすぐ近くに男の仲間がいたことだ。
 さすがに多人数相手では分が悪い、騒ぎを起こして目立つのも得策ではない。奏澄の手を引いて逃げたメイズは、路地裏にあった木箱に奏澄を放り込み、自分もその中に入って隠れた。狭さのせいもあるだろうが、万が一箱の外から衝撃を加えられた時に備えてか、メイズはすっぽりと自分の体で覆うように奏澄を抱え込んで座った。
 目の粗い木箱は、隙間から外を見ることもできる。メイズの注意は今全て外側へ向いていて、腕の中の奏澄の状態まではさほど気にかけていない。

 奏澄は奏澄で、メイズの邪魔にならないように、身じろぎ一つしないように気を配りながら、声も息も殺していた。しかし、動いてはならない、と思うほど体に妙な力が入るし、呼吸の音すら響いてしまう気がして、どうやって息を吸って吐けばいいのかすらわからなくなるほど混乱していた。
 加えてメイズとの密着具合。夜同じベッドで寝ているのに何を今更という感じだが、状況が違う。しかもこれほど密着はしない。
 相手の香りが濃いほどに感じられて眩暈がする。同時に、自分の匂いも同じようにわかってしまうのだろうかと考えると別の意味で眩暈がする。けれど恥ずかしいなどという理由で離れられる状況ではない。
 だから目と頭をぐるぐると回しながらも、奏澄は必死で耐えていた。

 外から聞こえていた声は、だんだん小さくなって、遠ざかる足音がした。それでもメイズが何も言わないので、奏澄もそのままの状態で暫く待つ。
 少しして、メイズがゆっくりと口を開いた。

「行ったと思うが……戻ってくるかもしれない。少しだけ待ってから出よう」
「わ、わかった」

 上ずった声で返答した奏澄に、ようやくメイズは奏澄の様子がおかしいことに気づいた。

「どうした?」
「え、いや、別に。どうも、しないけど」

 言いながら微妙に距離を取ろうとする奏澄の体を、メイズが抱え直す。

「この箱ぼろいから、離れるな。上から破片が落ちてくるかもしれない」
「だ、大丈夫だよ、そのくらい」
「刺さったらどうする」
「そんなのメイズも同じじゃない」
「俺とお前じゃ違うだろ」

 その台詞に、奏澄はむっとした。奏澄がメイズと比較して脆弱なのは事実だが、メイズだったら怪我をしていいということはない。

「そういう言い方……っ」

 ぐいとメイズの服を引きながら顔を上げると、至近距離で目が合った。
 吐息がかかるような距離に、思わず息が止まる。
 意外なことに、メイズの方も目を瞠っていた。もっと平然としているかと思った。
 数秒の間見つめ合って、先にメイズが目を逸らした。

「もう出てもいいだろ」

 それはこの場から逃げたいからなのか、それとも。
 納得いかない奏澄をよそに、メイズは箱の蓋を開けて周囲を一度確認してから、完全に外へと出た。それから、箱の中にいた奏澄の体を持ち上げて出す。
 自分で出られるのに、と思いながら、奏澄は大人しく荷物扱いされた。

 先程の男たちと鉢合わせないように気をつけながら、コバルト号へと戻る。
 奏澄は隣を歩くメイズの顔をちらりと盗み見た。別段不機嫌には見えないが、話を途中で切られたからか、なんとなく気まずい。

「あの人たち、暫く島にいるのかな」
「そうかもな。顔を覚えられただろうし、お前は暫く船にいた方がいいだろ」
「私だけ? メイズだって覚えられたでしょ」
「俺一人ならどうとでもなる」

 その言葉に奏澄は足を止めた。
 それは、その通りだろうけど。
 メイズ一人なら、きっと隠れる必要なんてなかった。何人に囲まれようと、逃げたりもしなかっただろう。
 奏澄がいたから。メイズはあの行動を選択したのだ。

「カスミ?」

 反射的に謝ってしまいそうだった。自分が荷物になっている。
 でも、そうじゃない。
 荷物じゃない、重しだ。奏澄がいるから、メイズはあの男たちを殺さなかったのだ。
 殺すことを絶対的に禁じているわけではない。命を狙われるようなことがあれば、身を守るために殺さなければならないこともあるだろう。
 けれどメイズは、奏澄になるべくそれを見せないように気を配っている。
 だとしたら。奏澄がいることで、メイズになるべくその選択をさせずに済むのなら。

「一人にしないでよ」

 きゅっと手を握った奏澄に、メイズは僅かに動揺したようだった。

「……船にいれば、一人じゃないだろ」
「そうだけど。いいじゃない、一緒にいてよ」

 その言葉をどう捉えたのか。メイズはついと目を伏せた。
 黙ったままメイズは歩き出したが、奏澄の手を解くことはなかった。

 

 そういえば。
 就寝前になって、奏澄はふとあることを思い出した。

「メイズ、メイズ。ちょっとここ座って」

 ぼすぼすとベッドの上を叩く奏澄に怪訝な顔をしながらも、メイズは大人しくベッドに上がって、胡坐をかいた。

「なんだ」
「なんかメイズは簡単に人のこと抱えるけどさ、抱えられる方の気持ちをわかってないと思うんだよね」

 妙なことを言い出した、と顔を顰めるメイズの反応は想定内だ。
 いいのだ、これは自分ばかりやられっぱなしな気がしている奏澄のただの意趣返しなのだ。
 奏澄はメイズの正面に膝立ちになると、その頭を抱え込むようにした。

「っおい!?」

 背の高い人は頭を撫でられなれていない、という説がある。
 なら、背の高いメイズは、多分こうやって抱えられる経験もさほどないだろう。だから簡単に人のことを抱えるのだ。メイズも経験すればいい。
 奏澄の体格だとすっぽりと体を抱え込むことは難しいが、頭を抱き込むくらいならできる。
 メイズの体が少しだけ強張ったのが分かって、奏澄はにんまりとした。

「抱えられる方の気持ちはわかりましたかー」

 やはりこうする方が楽だ。主導権が自分にある気がするし、自分からは相手の反応が見えるが、相手からは見えない。
 メイズばかりこちらの立場というのはずるいな、と奏澄はメイズの髪を撫ぜた。普段は見えないつむじが見えて、小さく笑みが零れる。

「…………お前これ他の奴にやってないだろうな」
「え? まさか」
「ならいい……いや良くはないな」

 体を離したメイズは、頭痛を堪えるように頭を押さえていた。

「以前から思っていたんだが、お前のその警戒心の無さはどこから来てるんだ」
「相手選んでるもの。メイズに警戒する必要ないじゃない」
「あのな……俺だって」

 メイズはそこで言葉を区切った。続く言葉がわからなくて、奏澄は首を傾げる。
 海賊だ、とでも言いたいのだろうか。そんなことは最初からわかっている。メイズが海賊だとしても、奏澄に危害を加えることは絶対にない。今更気にすることだろうか。
 疑問符を浮かべる奏澄に、メイズは深く息を吐いた。

「いや、今更か。どうせ俺は毛布だしな」

 拗ねたような言い草に目を瞬かせる。もしや何かプライド的なものを刺激してしまったのだろうか。

「もういい、寝るぞ」
「え、う、うん」

 諦めたようなメイズに訊きたいことがないではないが、深掘りするのは止めた方がいいと直感が告げていた。
 大人しくベッドに潜ると、明かりを落としたメイズはベッドの中で奏澄を抱え込んだ。

「え、ちょっと、なに」
「やられたことをやりかえしてるだけだが」
「いや先にやったのメイズだから」
「寝ろ」

 寝ろ、と言われても。
 あやすように軽く抱えられることは今までもあったが、こんな風にぴったりと密着するような姿勢はなかったと思う。
 足まで絡められて、拘束されているような気すらしてくる。
 もしかして何か怒っているのだろうか、と顔を窺おうとするが、頭が胸元に押さえられていて、顔が上げられなかった。
 視界が胸元で埋まっている。なんかちょっと、と思って視線を逸らしたところで、はたと気づく。
 頭を抱えれば、自然と位置は胸元に固定される。ということは。

 ――もしや、先ほどの自分は、セクハラをかましたのでは……?

 男性と違って、女性の胸は性的な部位と捉えられる。それを無理やり視界に入れる、あるいは押しつけるといった行為はセクハラ、つまり性的加害である。相手が嫌だと言わなかったからといって、不快に思っていないということにはならない。
 自覚した瞬間、奏澄の血の気がざっと引く。
 これは謝るべきだろうか。けれど相手が同じことをやり返してきている現状を思うと、これを大人しく受け入れて手打ちとした方が平穏かもしれない。メイズの性格的に、心底不愉快だったら直接言うだろう。こうしている時点で、わかったらもうやるなよ、という意思表示なのだ。
 奏澄は軽率な行いを反省して、大人しく抱えられたまま眠りについた。
 こんな状態では眠れないと思っていたのだが、慣れた体温と香りに、案外と普通に睡魔は襲ってきた。それに逆らわずに身を任せれば、普段となんら違うことなどなかった。
 安心する腕の中で、自分の全てを預けて、深い眠りへと落ちる。

 

 ほとんど身動きの取れない状態で平然と眠る奏澄を見下ろして、メイズは呆れたように溜息を吐いた。

「こいつ本当に俺のこと男だと思ってないな……」
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