続・私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

文字の大きさ
6 / 52
本編

黒と白の神話-3

しおりを挟む
 落とされた島で、フランツは暫くの滞在を余儀なくされた。この空間から出るには次元を越える必要があり、今のフランツにはそのための魔力が不足していた。無理やりこの島に落とされた時に、かなりの魔力を消耗してしまったのだ。魔力が回復するまでは、ここに留まるしかない。
 使役するための魔物を生み出すには、人間の悪意が要る。しかしこの島には、悪意を持つ人間が存在しない。手足となって動く存在を失った彼はどうしたか。
 何も、しなかった。

「ちょっと、フランツ!」

 怒ったようなマリアの声に、フランツは一度瞼を開くと、うっとおしそうに視線をやってそのまま閉じた。

「もう! この島に来てから、ごろごろしてばっかりで何もしないじゃない! ちょっとは手伝ってよ!」
「知るか」
「そんなこと言うなら、ごはんあげないんだからね!」
「頼んでねェ」

 口ではそう言いながらも、マリアはフランツの横に、採ってきた果物を置いた。
 フランツは転がったままそれを手にして、口に運んだ。
 別に、食事をとらなくても死にはしない。悪魔の体は不老不死である。この身を滅ぼせるものは、神だけだ。それと同時に、神を殺せるのも悪魔であるフランツだけ。だから神は不用意にフランツに接触してこない。
 食事も睡眠も必須ではないが、マリアはそのことを知らない。食物を摂取すれば多少なりとも魔力は回復する。睡眠も然り。都合が良いので、フランツは黙ってマリアに貢がせていた。

「フランツは、この先どうするつもりなの?」
「回復したら出ていく」
「えっ!? ここ出られるの!?」
「俺はな」

 フランツは、魔力さえ回復すれば次元の壁を破って元いた地上へ帰れる。しかし、マリアは違う。彼女は世界のことわりから外れている。仮にフランツが連れて行こうとしても、マリアはここを出られない。

「そう……そうなの。フランツは、いなくなっちゃうのね」

 マリアは寂しげに呟いた。彼女にとっては、生贄として殺されるより、無人島での生活を強いられるより、孤独が何より辛いようだった。だから、自分を殺しかけた男にも、こうして尽くそうとする。

「わたしね、今家を作ろうとしてるの。フランツにも手伝ってほしかったけど……ずっと生活するわけじゃないなら、フランツには要らないわよね。でも、気が向いた時にでも、ちょっと手を貸してくれたら嬉しいな」

 明るく取り繕ったマリアに、フランツは黙って果物を齧った。
 人間は脆いから、生活基盤が必要なのだろう。しかしフランツにはどうでもよかった。自分がいなくなった後のことになど興味は無い。今だって生きてはいるのだから、家など無くても死にはしないだろう。
 そう思って、彼女が毎日あくせく働くのを横目に見ていた。



 水の気配に、フランツは顔を上げた。この島は霧に覆われている。いつでも湿度が高いため気づきにくいが、目を凝らせば雨雲が見えた。間もなく、強い雨が降り出す。この島の天候は固定されているとばかり思っていた。想定外のことに、フランツは舌打ちした。フランツにも、雨に濡れれば不快だと思う感覚はある。別段体に支障はきたさないので、このまま雨に打たれていてもどうということはないが。
 あの女は。
 気にかけてやる義理など無いが、あれが死ぬと自分の世話をする者がいなくなる。
 様子を見に行くだけだ、とフランツはマリアの元へ足を向けた。

 マリアは、木の根元に座り込んでいた。しかしこれだけの強い雨だ。枝も葉もそれほど雨避けの役割は果たしてくれずに、彼女はずぶ濡れになっていた。

「いい格好だな」
「フランツ」

 嘲笑うようなフランツに、マリアが顔を向ける。その顔を見て、フランツは口を噤んだ。
 マリアの顔は真っ青だった。唇は色を無くし、体は小刻みに震えている。
 悪魔の肉体の強度は、人間とは比にならない。暑さや寒さにやられることはまずない。
 けれど、彼女は。弱くて脆くて、ただの人間であるマリアは。
 この程度で、死んでしまう。
 マリアが死んでも困らない。下僕がいなくなれば多少の不便はあるかもしれないが、大したことではない。
 ただ。ここには、他に人間がいない。彼女がいなくなれば、遊べるおもちゃが無くなる。それは退屈だ。
 退屈は嫌いだ。永久の時を生きるフランツにとって、刺激は必要なことだった。

 フランツは、黙ったまま指先から黒い弦を出した。それにマリアが目を瞠る。首を絞められた時を思い出したのかもしれない。
 しかしその弦は絡み合い、マリアを囲うようにドーム状で固まった。鋼鉄のようなそれは水をしっかりと弾き、水滴の一つも入ってこない。

「あ、ありがと」

 感情の読めないフランツに、マリアは戸惑いながらも礼を告げた。フランツは、答えなかった。
 雨に濡れ続ける彼に、マリアはドームの中から声をかけた。

「ねぇ、フランツも入ったら? 濡れるよ」

 と言っても、フランツもマリア同様、既にずぶ濡れである。今更、と思いながらも、フランツはマリアの言葉に従った。
 ドームの中で、マリアはまだ震えていた。濡れた体が乾いたわけじゃない。寒さは続いているのだろう。

「……ねぇ。くっついても、いい?」

 遠慮がちに、マリアはフランツに尋ねた。寒さに耐えかねたのだろう。火の無いこの場では、人肌くらいしか暖を取れるものがない。
 魔術を使えば火を起こすこと自体はできるが、燃やし続けるには魔力を消耗する。今のフランツの状態で、ドームを維持したままそれを行うのは厳しい。自然に燃焼させ続けるには、乾いた薪を用意しなければならない。この雨の中、それを探しに行ってもすぐには見つからないだろう。

「服脱げよ」
「えっ!?」

 慌てるマリアをよそに、フランツは着ているものを脱いで水を絞った。フランツは単に不快だからだが、マリアは違う。水は吸熱する。蒸発する時に熱を多く使うので、濡れた服は着ているだけでどんどん体温を奪われる。
 フランツの調子から、よこしまな感情は無いことを悟ったのだろう。マリアもおそるおそる服を脱ぎ、それを絞った。絞った服で髪や体を軽く拭って、更に絞る。
 それから遠慮がちにフランツにくっついたマリアを、フランツが抱え込んだ。

「ひょわぁ!?」
「うるせェ」

 珍妙な悲鳴を上げたマリアは、フランツの一声で黙った。
 そのまま、沈黙が続く。
 雨の音が、葉を弾く音が、水が流れる音が、響く。
 フランツは、視界を遮るように目を閉じた。そうすると、余計に感じ取ってしまう。自分以外の命を。
 マリアの体は冷え切っているはずなのに、熱い。いや、熱いのは、自分の方なのかもしれない。

 この腕の中に。呼吸が。鼓動が。体温が。

 喚き散らしたい気分だった。今すぐ壊してしまいたい衝動に駆られた。
 不快だった。理解のできない何かが、自分の中にあるということが。
 跡形もなく粉々にしてしまえば。全て、無かったことになるんじゃないか。

「あったかいね」

 沈黙に耐えかねたのか、マリアが照れくさそうにそう零した。

「フランツがいてくれて、良かった」

 そう言って、マリアは微笑んだ。

 ――良かった。俺がいて。悪魔の、俺がいて。

 悪魔の自分の存在を、望んだ者などいない。望まれて生まれた存在ではない。
 それをどう思ったこともない。そういうものだった。そういう生き物だった。悪意から生まれた悪魔は、ただ悪意をばらまくだけの災害。だというのに。

 ――俺は、いて、良かったのか。

 震えた息は、雨音に混ざって溶けて消えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

きぼうダイアリー  ~三つ目看板猫の平凡で優雅な日常~

矢立まほろ
恋愛
 とある個人経営の小さな喫茶店。  そこには、額に目のような傷がついた黒猫がいた。  名前はソルテ。自由気ままに毎日を生きる元気な男の子。  彼の日常はひどく平凡。  しかし、彼を取り巻く人間達は違う様子。  ある日、「昔の思い人」が自分に当てた暗号のようなメッセージを持った少女が来客する。彼女との奇妙な縁により、平凡だったソルテの日常が、ほんの少し、変わっていく。  他にも、いつまでも深い絆で繋がれている老夫婦や、少女の友人達の恋模様。いろいろな人間達がソルテの周りで生活し、一喜一憂に心を動かしていく。  喫茶店の看板猫からの視点で描かれる、十人十色の群像劇。  ささやかで、けれども大切で、少しほろっとするような、日常ハートフルストーリーがいま、始まります。 ※小説家になろうにて全話先行公開中!  応援よろしくお願いいたします!

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~

高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。 先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。 先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。 普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。 「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」 たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。 そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。 はちみつ色の髪をした竜王曰く。 「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」 番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!

処理中です...