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ダンジョン学校編

二日目:授業開始

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 一時間目は、今日入る獣系ダンジョンの説明だ。今日入るダンジョンの地図が配られた。小学校で渡されるようなプリントで少し懐かしい。
 ダンジョン学校では、二週間と言う期間を使って生徒だけのパーティーで二階を制覇し、最終的には一人で三階まで行くことまでを目的にしている。ダンジョンに入るということは、その目的への第一歩となる。
 一階に出てくる動物はネズミとスライムで、どちらも体当たりを主な攻撃としているモンスターだ。ネズミの体調は三十~四十五cm程度の個体が多く、スライムも同等の大きさなことがことが多い。ネズミは度胸でどうにかなるが、特に気をつけたいのがスライムで、無色のため見え辛く音もなく近づいてくるため気がついたら体に取り付かれていたというケースがあるらしい。
 取り付かれた場合は、その取り付かれた部分にいるスライムにナイフを静かに入れて核を壊すのが正解。スライムは天井から降ってくることもあるため、頭上にも注意が必要。天井から降ってきたスライムが顔にへばりついてしまうこともあるが、そんな時には顔に武器を向けるのではなく多少痛くても思っ切り壁に頭突きをすることで、スライムにダメージを与えられる。
 頭部に取りつかれると人はパニックになりやすいため、慌てず騒がずナイフで引き剥がすよりもシンプルに攻撃した方が効くと山田は無情に告げた。できる気がしない。

 座学が終わると、後の時間は武器を使った戦闘訓練だ。
 昨日と同じように武器を取りに行くと運動できる部屋に行きラジオ体操をすると、その後はひたすら武器の反復練習を行い、少しの休憩後に打ち合いである。
 相変わらず、いい動きですね、昨日より良くなってますよ!と褒めてくれる講師の元、ひたすら佐藤と打ち合うが佐藤は割とすぐにバテる。もともと体力がないのに加えて朝食を食べていないのに、ハードな運動をするのも原因だろう。佐藤がへばっている時には、宮古と打ち合うが全くもって勝てる気がしない。
 五分程度打ち合うと休憩となる。徐々に宮古の動きについて行けているのがわかるため、きついが若干楽しくなってきているのを作菜は自覚した。
 運動自体は嫌いじゃない。社会人になってからは、やる気力がなくなっていたが。

「野上さん、意外と動けてますね。…何か運動していましたか?」

 軽く息を整えると頷く。学生時代には、部活で地方大会まで行った、と告げると納得したように運動の講師はああと納得した。

「運動の下地があるのはいいことですよ」
「でも学生時代のようには動きませんね」

 イメージする動きと体がついていかない。当然のこととは言え、体も重い。ストレスを食欲で発散していたことを、とても後悔している。

「まぁ、社会人になるとジムにでも行かないと、きちんとしたトレーニングはなかなか行わないものですし!」

 フォローのような宮古のそんな言葉に、うなずきながらフゥーと長めに息を吐き出すともう一度、棒を構える。

「もう一本お願いします」

 作菜の言葉に、宮古のタレ目がちな温和そうな顔が笑顔になる。すっと自然に棒を構える姿だけで、素人とはすでに違うことを感じた。
 ピンと空気が張り詰める。

「その心意気や良しってやつですね」

 笑顔が肉食獣のように見えて、もう一本お願いしたことを若干後悔した。
 
 容赦無く突きや払いを食らう。こちらも反撃しようと思うのだが、上手くいかず結局棒が当たらないように防御することが多くなる。痛くはあるが、だんだん棒がどこに来るのかが見えるようになってきた。
 足を押さえ込まれそうになるのを防ぎ、そのまま上段に払うがあっさりかわされてしまう。攻めようとするが、素早く押さえ込まれてしまった。

「防御は良くなってきますね!」
「ありがとうございます…」

 すぐに強くなれるとは思っていないが、手も足も出ないとなると落ち込みそうになる。その様子を理解したのか、宮古は苦笑いすると休憩していてください、と告げた。
 体力の無さと、棒の扱いの下手さがどうにも気になる。素振りと基本の型かな、と思いながら壁際に座り込む。運動部に入っていたせいか、基礎練と反復練習は行うものということが擦り込まれている。
 壁際で男子の方を見ていた佐藤が、「終わったんですかー?」と言いながらしぶしぶといった感じに立ち上がった。こういう態度が、どうしてこの子はここにいるんだろう、と周りが思っている原因になっているのだが、本人は気づいているのか、いないのかはわからない。
 少なくとも印象は悪い。印象は悪いが講師が放っておくわけにもいかないため、優しく宮古は佐藤を指名した。

「佐藤さんの番ですよ」
「えーやんなきゃダメですかぁ?あたしー、魔法使い志望なんでぇ」
「魔法使い志望でも、体力なきゃダンジョンではやっていけません」
「でもぉ、あたし尊くんに守ってもらうから」

 流石の宮古でもその言葉には、キュッと眉間にシワがよった。作菜としては、大丈夫かそれ?で終わるのだが、ダンジョン学校の講師としては聞き逃せない類の言葉なのだろう。

「ミコトさんが誰かは知りませんが、自分で自分の身を守るのがダンジョンの基本です。誰かにおんぶに抱っこを前提にダンジョンに入るつもりなら、退校にするしかありませんね」

 ダンジョン学校では、その辺の裁量も任されている。ダンジョン内でトラブルが起きるのは仕方がない。仕方がないが、できるだけトラブルを減らすことが望まれる。だったら、トラブルを起こす人間をできるだけダンジョン内に入れないようにしよう、という方針だ。
 人の集まりやすいダンジョンは、トラブルを防ぐ一環として一~三階にかけては警備目的の警察が巡回しているため、存外トラブルは少ない。しかし、それ以降になると警察も巡回しておらず、敵も徐々に強くなってくるためトラブルも増えてくる。そんなトラブルを防ぐためにも、ダンジョンに入る人自体を選びたいというのが政府の本音だ。
 佐藤の駄々をこねる姿になるほど、トラブルが起こりやすい人は弾かれる、と納得できる姿だった。しかし、退校の言葉に渋々武器を持つ。

「冒険者になれないのはヤダァ」

 流石にここに来るだけあって、冒険者になれないのは嫌らしい。

「じゃあ、やりましょうね」
「はぁい」
(幼稚園児っぽい)

 2人のやりとりを見ながらそんな感想を抱く。トラブルを減らすためにはトラブルを起こす人間はできるだけ落とす方針に納得しつつ、作菜は他の人に視線を移した。
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