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ダンジョン学校編

職員室のあれこれ

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 食べ終わる頃にはいい時間帯になっていた。二人で少しだけ急いで駅前に行けば、あれ?と声をかけられた。

「二人とも遊びに行ってたんじゃなかったんですかぁ?」

 振り向けば佐藤と神田が立っていた。デートと言うだけあって二人でそれなりにおしゃれをしているのだが、あれ、と妙な違和感を感じる。しかし、その違和感がなんなのかわからず、わずかに作菜は小首を傾げた。

「昼食食べてきたところだよ。観光タクシー頼んだからそれ待ってるの」
「へー、そんなのあるんだぁ」

 二人は?と話をすれば、レンタカー借りてドライブという返事が返ってくる。神田の運転でうろうろするらしい。レンタルの時間が迫っているということで、二人とはすぐに別れた。
 姿が見えなくなったところであの二人の関係はなんなんだろうね、と二人で言い合う。ただの同級生にしては親しいような気がするし、かといってすごく気が合っているようにも見えない。デートと言うからには男女の仲を疑えるのだが、そう言う色っぽい雰囲気は皆無。
 なんなんだろうね?ともう一度言い合ったところでタクシーがやって来た。作菜と小川はタクシーに乗り込み、タクシーの運転手から観光の内容の説明を受ける。
 タクシーが動き出したところで、違和感の正体に気がついた。

「あ」
「あ?」
「なんか変だなと思ったんだけど、あんだけおしゃれしといて、佐藤さん、いつものスニーカーだったんだよね」

 おしゃれには手を抜かなそうなのに、変なところで手を抜くものだと違和感を抱く。デートならヒールかミュールでも履きそうなのに。


******


 冷めたコーヒーを啜って、小野川は生徒の一人の取得を希望するスキルを書き出したプリントを眺めた。なんというか、夢見がちなスキル構成だ。極端に魔法に振っていて、このままだと紙防御になるぞと忠告したのだが、大丈夫ですと笑顔で言い返された。あくまで本人が選択するものなので、講師はあくまでも「相談」にしか乗れない。思い込みの激しい人間だとちょっと冷静になれという言葉も聞かずに、初心者では扱いにくいスキルを身につけてしまうケースも多い。
 死ぬかな?と思わないでもないが、このスキル構成はやめておけという言葉は受け入れられそうにないため頭が痛い。はぁーと長いため息が漏れた。
 奇を衒うスキルを使って冒険するというライトノベルが流行ったが、現実でそんなスキルを活用して活躍できることは少ない。オーソドックス・王道とは、使いやすいという意味でもあるのだ。

「参ってますねー、小野川先生」

 宮古がヒョイっと後ろから覗き込む。そして、あちゃーと軽く言った。

(まぁ、そういうリアクションになるよな)
「これはひどい。いや、肉壁があるならありか。肉壁作ることが前提で行動してる感がありますもんね、佐藤さん」

 支援魔法と回復魔法の二択。この二つがあるならとりあえず下手を打たなきゃ上層階で死ぬことはないだろうが、佐藤の問題は体力がないのと自分を守ることすら難しそうな筋力の無さだ。本人もそれを自覚しつつ、私魔法使いになるもん、という態度で過ごしている。これで大人気ない生徒がいたら揉め事につながるだろうが、他の生徒が大人な分だけサラッと流されている。
 小川などは気に食わないという態度を隠さないが、喧嘩になる程突っかかることもない。
 それはそれで、問題だなと頭を抱えた。これは、ダンジョン学校卒業後に揉め事が起こるパターン。

「ダンジョンは自己責任ってことが分かってないんだろうな」
「あー。わかります。その点佐藤さんと同い年くらいだけど、小川さんは意外とシビアですよね」

 隣の席に座りながら男子高校生が愛用するような弁当箱を取り出しながら、宮古が頷く。佐藤さん、フワッフワなんですよ、と言いながら、弁当の蓋を開ける。二段になった弁当の下には焼きそば。上の段にはアスパラベーコンや卵焼きなどの定番のおかずが彩りよく詰められていた。レベルが上がるほど食費が増えていく、ダンジョン攻略者あるあるの悩み。

「厳しい爺さんに剣道を習ってたと言ってたぞ。見た目は完全にギャルだけど」
「見た目派手ですけど、しっかりしてますよねー」

 同僚が弁当に集中し始めたのを横目に政府から送られてくる資料をまとめた棚に向かい、そこから全国のダンジョンが載っている資料を取り出す。大して厚くないファイルには新しいダンジョンの情報が追加されていた。隣の県で発見された新しいダンジョン。政府直営のダンジョン学校には、いち早く新しいダンジョンの情報が降りてくる。情報が早く入るのはいざというときには、近くのダンジョン学校が対処しろという意味があった。
 土地の所有者の名前を見れば、生徒の一人と同じ苗字が確認できた。
 なるほど、と思いながらダンジョンの特徴をチェックする。獣系の初級ダンジョンであることを確認すると、少しだけ安堵した。これで虫系だったり、特殊攻撃が厄介な植物系であれば野上を徹底的に鍛える必要があった。獣系なら基本的には物理でなんとかなることが多いため、スキル取得の失敗も少ないだろう。年齢的にも性格的にも無理に攻略することもないだろうから、とりあえずは安心できる。
 ダンジョン学校は、死なせないための技術や知識を渡すところだ。講師たちは死なせたく無いから、ダンジョンの歩き方を教え込む。中には、佐藤のようなタイプもいるが、あの手のタイプは現実と理想のダンジョン攻略の違いに癇癪を起こして攻略をやめてしまうことも多い。ある意味しぶといタイプ。

「あ、そういえば」
「ん?」

 宮古の声に振り返る。促すような視線に、いや大したことじゃないんですがね、と前置きした後に彼女は話を続けた。

「東山くんが、まめに資料室に通ってるみたいなんですよ」
「そりゃ珍しいな」

 教室のある階の一室には、生徒が使える資料室が完備されていた。今わかっているモンスターの特徴や弱点、得られるアイテムなど様々なことがまとめられた資料に、ダンジョンの専門書などが揃っているが、今はインターネットを使えば簡単に知ることもできる情報も多いため生徒が利用することは少ないのが現状だ。
 興味本位で行く生徒もいるが、専門書に尻込みするケースも多い。

「あの子、ポーションに興味があるみたいですね。資料置きに行ったら真剣にポーション関係の資料漁ってて、ダンジョンじゃどれぐらいの頻度で手に入るのか聞かれました」
「ポーション、か」

 ポーションと言っても現在は2種類見つかっていて、それぞれ効果が違う。その効果の違いは、医学的にも注目されている。資料室には、今現在わかっていることをまとめたものや、医学的な観点から書かれた論文まで揃ってる。
 ただ、ポーションがドロップする確率は本当に低い。正直ダンジョン1日目でいきなり野上がドロップしたのは、実は内心かなり驚いた。
 小野川は、東山の見た目にそぐわず取得スキルで真っ先に取得候補に挙げていたのは回復魔法だったな、と思い出した。
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