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ダンジョン学校編

佐藤さんの事情その1

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「~♪~~♪♪」
 今流行の片思いの歌を鼻歌で歌いながら、スマートフォンでとった動画を音を出さずにチェックする。なかなか上手に撮れていて、佐藤は満足して頷いた。ホント、スマホって便利。
 薄暗い照明と広い部屋。大きなベッドは乱れていて、先ほどまで何をしていたのかは一目瞭然だった。相手の男は、今シャワーを浴びていて佐藤は一人で乱れたベッドでスマートフォンをいじっていた。

(ヘッタクソだったなぁ)

 何がとは言わないけどリアルダンジョン攻略サイトを開きながら思った。真面目そうな山崎や近寄りがたい東山と違って適当に遊んでそうな神田を自分のお友達として選んだが、思った以上に使いやすい。上目遣いにちょっとしたボディタッチするだけで色々良くしてくれる・・・・・・・・・・

(見た目は、そこそこ良くてチャラそうなのにぃ)

 あれはおそらく意外と奥手で純情だ。チャラそうに偽装しているだけな気もする。佐藤はそんな人間は嫌いではない。お付き合いは論外ではあるが、そんな男ほどお願い・・・をしやすい。ただし、お願いしやすい人がいたからといって、問題が解決したわけではないから苛立ちが募る。
 サイトにはパーティーを組むと、組んだ相手の名前や性別がわかることが書かれてある。見たい相手の許可をすればステータスも見れるようになるらしい。

「…パーティーを組むだなんて聞いてない」

 思わず爪を噛む。ああ、いけない。この癖を直したくて綺麗なジェルネイルをしたのに、つい噛んでしまう。爪を口から離して深々とため息をつく。
 パンフレットには書いてあったかもしれないが、文字を読むのが嫌いな佐藤は適当にしか読んでいない。ちゃんと読んでおけばよかった。

「パーティー組むとレベルアップが遅くなるなら、組まなきゃいいのよ」

 先生つきの集団でダンジョンをうろうろしてるのだから、困ることはないだろう。経験値が分散されるパーティーなんて組まずに、低レベルなんだから一刻も早くレベルアップするべきだと佐藤は思った。しかし、カリキュラムに組み込まれている以上、ただの生徒である佐藤が何を言っても無意味だろう。
 バレる前に、やれるだけやってレベルアップしておけばいい。この程度なら、ちょっとした瑕疵だ。ここがダメでも間を開けて別のダンジョン学校に入学してライセンスを取れば何の問題もない。
 写真の一覧から、尊くんの写真を選んでため息をつく。いつだって尊くんはカッコいい。初めて会ったときだってカッコよかった。
 


 佐藤の家庭は気がつくと崩壊していた。お互いに恋愛に力を入れる両親ではなかったので浮気は無いようだが、エネルギーの全てを仕事に注ぎ込んでいるような両親だった。
 朝早くに出社し夜遅くに帰ってくる生活を何年も続けている。佐藤は世間体のために結婚した両親の失敗・・だったが、小学校低学年ぐらいまでは、それなりに気を使ってくれていた。
 しかし、佐藤が十歳を過ぎればそんな気遣いもいらない、と言わんばかりに仕事一辺倒になった。それでも離婚していないのは、離婚するのが面倒臭い、その時間を仕事に使いたいとかそんな理由だろう。
 両親がいないのが普通で、ポンと食卓にお金が乗っているだけというのも珍しくなかった。
 掃除も洗濯も料理も週に何度か通ってくる家政婦任せ。
 そんな孫を可哀想だ、不憫だと近くに住む祖父母はことのほか可愛がった。佐藤が祖母に似ていたというのも可愛がってくれた要因だ。孫の可愛さに祖父母は色々なものを買い与えてくれた。
 祖父母に注意されても、何年経っても両親の態度は変わることなく、いつしか佐藤も金さえ稼いでくれればいいや、と思うようになっていた。進学する学校の報告などはとりあえずはするが、親が何か言ってきたことはない。自分が友達の家をフラフラ渡り歩いても、適当なところで帰ってきなさい程度ぐらいしか言ってこない。
 家出と帰宅を繰り返して、適当に年齢を誤魔化してバイトして、お金が足りなかったら祖父母にねだるかパパ活して好きな韓流アイドルを追いかけて生活する毎日。
 楽しくないわけではなかったが、なんとなく物足りないと感じながら駅近のマンションに帰宅しようとしたその日が、佐藤は自分が変わった日だと自覚している。
 自宅近くにある駅は、近年急激に利用者数が多くなっている中規模な駅だ。元々は住宅街が近いためサラリーマンや学生が使うことの多かったのだが、ダンジョンの出現とともに初心者にも入りやすい初級ダンジョンへの最寄り駅になったことで特に若い男性が利用することが多くなっていた。
 ダンジョンに行く男は無条件に自分がモテると思っている人も少なくない。そんな男性に、若く愛らしい佐藤はよく声をかけられた。

「やめてください」
「やめてくださいだって、 かわい~」
「ね、暇でしょ。おにーさんたちと遊ぼーよ」
「そーだよ、これでも俺ら結構有名な冒険者なんだァ。色々ダンジョンの話とかしちゃう」

 しちゃうじゃねーよ。
 佐藤はダンジョンに一切興味がない。数年前に結構おっきな地震が来てダンジョンができたという話は知っているし、色々ダンジョンから出てくるアイテムで何かしてることは知っているが、ふ~んという感じだ。っていうか、就職に失敗した人が行く場所じゃない?とも思っている。まともに稼げるかもわからない、怪我をするかもしれない最悪死ぬような場所に行くとかバカでしょ。
 何を言っても無駄だと判断して早足で立ち去ろうとするが、男たちはバカだから佐藤が不快だということを理解してくれない。

「ちょっと無視しないでよー」

 そう言って腕を掴まれた。セクハラだ。許しもなく女の子に触れるとかクソだ。なんでお金をくれない相手に触れられなきゃならない。駅だからたくさんの通行人がいるのに、誰も助けてくれないことにも腹が立つ。

「触んないで!」

 拒否をしているのに、男は掴んでいる力をこめる。

「ぃたっ!」

 思わず声が出た。その途端、よく通る声が腕を掴んでる男の背後から聞こえた。
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