若い魔術師と英雄の街

Poyzow_eltonica

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第一話 転移した地

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 俺は魔法使いだ。と言っても、かの有名な魔法学校のように杖を使う事は無いし、呪文も大方必要ない。というアイテムにより、念じるだけで魔法が使える。想像力が重要なんだ。だからイメージを強くする為に動作をつける事も多いし、俺もそうしてる。
「ここは何処だよ…見た感じ森の中だけど」
 転移して早々、歩むべき道がわからない。なにせ何の整備も整ってない森林地帯だからだ。人間の様に知性を持った種族がいる世界に来る設定のはずだが、三度目だと言うのに近くにそんな存在がいた試しが無い。何処かに行けば出会えるはずではあるが、いかんせんそれまでがいつも長い。まぁそんな事どうでもいい、慣れた事だ。一つ前の世界じゃ海の中に文明があったから、それよりはましだ。繰り返した事だが手始めに、この世界がどんなものか見て回る必要がある。
「飛ぶか」
 手っ取り早く、木の上の視界の開けたところまで飛んでみる事にした。ここらの樹高は八メートル位、陰樹が多い典型的な変遷を終えた森。枝や葉っぱは地上三メートル以下には無いから、結構開けた印象がある。しかし暗い。昼間っぽいのに空気がじめっとしている。そんな場所から早く抜け出したいのもあるが、適度に暖かい日差しも恋しいのだ。
 俺の持つ魔石の一つ、『風の魔石』を使い、空を飛ぶイメージをすれば簡単に体を浮かせられる。鳥の様に飛び立つイメージを持つ人は大手を広げ羽ばたくが、俺は違う。見えない糸で釣り上げられるだとか、床がそのまま迫り上がるだとか、およそのイメージはこんな具合だ。
 スッと体が浮き上がり、そのまま枝にぶつからない様に浮上する。しかしこのまま樹冠を突っ切ろうと思ったら、意図せず段々と速度が落ちてきて、ついには止まった。平行にはあちこち移動は出来たからどうしたものかと思った。そして移動し続け検証して分かった。それはここにある木よりも上に行けないと言う事だった。
「嘘だろ?移動に制限あるのか?」
 どの場所でも、樹冠、つまり木々のてっぺんから人一人分下の位置で必ず浮上出来なくなる。突き抜けるには勢い良く突っ込んで魔法を解除してぶっ飛ぶか、自力で登らないといけない。実際はそんな事緊急時しかしないから、普段こうして飛ぶ時には必ず木々を律儀に避けながら水平に飛ぶ様に心掛けよう。それに伴いあまり速度は出せないが仕方ない。
「いいさ、久々に木登りでもするさ」
 仕方なく小学生みたいに振る舞う事にした。木の枝は上へ行くほど細くなるが、あまりにも密度が高い。一度に沢山の枝を掴めるし、体重が分散されて折れる気配が無かった。しかし気温は夏の様に汗の出るほどでは無いのに、ツルやツタとかもあって結構引っかかる。それでもあまり時間をかけずに木の上まで来れた。
 ほぼ一面が緑の世界。ぐるっと見渡して発見した象徴的な物は、森の中にそびえる高さ五十メートルはある巨木、ほぼ真上に昇る燦々とした太陽、遠くに見える防壁で囲まれた街。丁度街の反対に巨木があって、巨木の向こうには村や町の影は無くまだまだ森が続く。もう一度街の方へ目を向けて、今度は目を凝らしてよく見てみる。どうやら街は近代の建物はなく、木造とレンガ造の建物が見える。魔法に対して制限をかけられるあたり、ここは狩場の一つだったりするのだろうか。
「にしても、この森広いな」
 もしかしなくても知的生物があの街にいる、それが分かっただけで収穫はあった。森の広さは最初に俺が訪れた世界と同じか、もっと狭いか?。判明しているのは、俺の現れた場所は森の結構端っこと言える場所だった。距離は目測一キロメートル、これなら歩いて街へ向かえる距離だし、俺は木から降りてその方向に歩き出した。
「とりあえず、現地人と会うまでどんな世界なのか確証が持てないな」
 歩いてる内に、俺が経験した今までの事についておおまかに話しておこう。俺は自分の意思でいくつか世界を渡って来ている。一つはこの世界に似た世界。ただ魔法は無く、文明も古い。竜と呼ばれる多種多様な大型のモンスターが居て、それを狩れる熟達した武器使いもいた。もう一つは水没した未来の世界で、人から進化し、手足に水掻き、柔らかめの水色の鱗を持つ魚人がいた。魚みたいな新人類はいなかった。ぱっと見なら「青い人間」って感じだった。質素でゆったりした服、各々様々な長さの尻尾を持つ。彼らは結構表情豊かで、そこで料理も教わった。そして、三つ目のこの世界。まだ人も動物もモンスターらしきものも見かけない。
(本当に居るんだよな?人の出入りも多いはずだけど)
 鳥の声もさざめきも無く、何の変わりもない森の中を真っ直ぐ歩いていると、音も無く何かブヨブヨかプヨプヨした緑の物体がひょこっと飛び出して来た。
「あ、あれは!」
 あまりにも見覚えがあると言うか、親しみがあると言うか、それは俺の叫び声に反応してこちらを向いた。俺の膝までぐらいの高さ、手足は無くまんまるなボディに、頭頂部はソフトクリームのようにチョンと跳ねてる。そして、瞬き一つしないつぶらな瞳。
「かわ…いや、怖えな…」
 どこかのゲームのスライムと近い容姿だ。しかしあのスライム、目が一つだし口らしい物も無い。緑色で半透明な体の中心にはコアらしき黒っぽい球体があった。
(…じっとして、襲ってくる気配はないな。もしかして敵対して無いのか?)
 そう思って恐る恐る近づいた。それが迂闊だった。スライムは突然幕状に広がり飛びついて来た。驚いて叫ぶ間も無く、俺の頭をすっぽり覆ってしまった。覆ってすぐにスライムは元の形へ戻り、側から見れば何とも言えないような、被り物をしている様な少し笑える姿になった。
「………!!」
 そりゃ側から見りゃ被り物に見えるかも知れないが、単純でいて恐ろしい状態になった。これが酸性とかで、物を溶かす性質を持っていないのが幸いだが、それでも頭は、鼻も口もスライムの体の中。
(!)
 俺の場合制限時間は60秒余り。本来はもっと保つが、中途半端に息を吸った状態だったし、焦りもあって長続きしない。早くこいつを倒さねば俺の命はここで終わる、転移して来てほんの数十分なのに。
 敵だと言うのなら躊躇は無い。俺は思い切りスライムに向かって殴りかかった、自分の顔面を殴る様にだ。しかしその甲斐なく拳はブヨんと弾かれた、衝撃が吸収されたらしい。俺の手には殴ったと言う感覚が無かったんだ。
(物理がダメなら魔法で何とかするしかない!)
 次に俺が繰り出したのは『水槍みずやり』。俺の持つ魔石は三つ、その二つ目『水の魔石』を使い、圧力を高めた水流の槍を作る。水圧カッターと言う物があるが、これはそれよりパワーは無いが、ゴリゴリと触れる物を削って行く。これも俺の脳天へ躊躇わずに打ち込む事にした。
 蛇の様にうねる水の塊は鋭く整形され槍を形成する。それは標準を定めると一気にスライムへ突撃していった。この攻撃を喰らったら鉄板でも穴が開く、生物相手ならどうなるか言わなくても分かるだろう。スライムは俺の頭から離れようとせず、水槍は直撃した。手応えも感じた。コアを壊さなければならないだろう事は勘付いているが、まずは引き剥がせないだろうかと考えていた。しかし現実は上手く行かなかった。水槍が当たった直後から、何とスライムが肥大化し始めたのだ。
(マジか!こいつ水を吸収すんのか!?)
 半透明で緑色の視界の外で、水槍がどんどん外へ追いやられて行く。巨大化を続けるスライムはついに水槍を受け止め切りその全てを吸収してしまった。俺は巨大化と共に重さの増したそれに押し潰されてしまった。スライムは先程より柔らかく、倒れた俺の体に密着している。下手な事をしない限り骨が折れる事は無いだろうが、全く立ち上がれる気がしない。
(属性相性か!?…しょうがない、)
 俺は、スライムこいつをどう倒すか悩んだ。水は駄目、も起こせない。ならば今はこれが良い。
(アウランジュ直伝だぜ。『迅閃じんせん』!)
 風の魔石と、俺の両目が淡く翡翠に輝いた。すると、周囲の空気が集結し一つの塊になり、スライムの眼球の目前に留まった。野球ボールの大きさに押さえ込まれた膨大なエネルギーを、鎌鼬として解き放つ。大きな破裂音が鳴り響き、台風の如く疾風も吹き荒れる。至近距離でそれを受けたスライムは、鋭い刃と化した風にサイコロレベルまで細切れにされた。その時コアをも散り散りにされて絶命した。
 俺は勝った。が、ついでに大量のスライムだったものを浴びてしまった。
「うわっ…やっぱり汁みたいなの被っちゃったな…」
 自分がやった事だし予想もしていたが、すっかり全身緑色だ。この汚れが落ちる類の汚れだと信じたい。
(はぁ、ちょっと不安だな。この先属性考えて攻撃せにゃあかんのかい…)
 この世界に存在していた属性の相性について体についたスライムのカケラや汁を落としながら考えた。塊っぽくへばりついたかけらは素直に落ちていったが、どうにも汁っぽいのは染み込んで色が着いてしまった。「あーあ…」と、ぐちょぐちょする服を乾かそうと思った時、俺に話しかける男が現れた。
「よお!そこのガキンチョー!」
 その声は絶妙に低いのか高いのか判断し辛く、適度に枯れている様な質だった。なんだか親しみのある、近所のオッサンと言う印象だったし、草の擦れる音の向こうから案の定、声の印象に合致するようなオッサンが現れた。オッサンは赤い髪に太い眉を持ち、金属と何か赤い鱗で作られた鎧を着ている。背中には鍔の刺々しい金属の大剣を掛けてあった。
「お前、見ない顔だな。防具も武器もねぇのにモンスターを倒せるのか…。良いねえ!見た目の割に、いいだこって」
 思ったよりも早い人類との出会いだった。前の世界じゃ居るのが水中だったのもあって三日掛かったし、この世界でも街に行くまでお預けかと思っていたから。しかし好都合だ、早いに越した事は無いし、案内人も必要だ。
「俺は『赤竜の剣士せきりゅうのけんしヴィザー』お前さん、名前はなんてんだい?」
 どう見ても敵意は全く無いし、心地の良い微笑みに対して俺も名乗りを上げた。
「ああ、俺はひかるだ」
 二年間。それが俺が決めたこの世界にいる時間。ヴィザーと言うこのオッサンに出会って、俺は急速にこの世界で名を上げて行く事になる。
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