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第二話 マニラウ
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ヴィザーと名乗るオッサンに連れられて、さっき木の上から見下ろした街に向かっている。このオッサンはあの街に住んでいる英雄らしいが、その他にもやたらと英雄が居るらしく、話していると新しい名前がポンポン出てくる。しかもそれはマニラウ所属の英雄の話だけで、その他にもまだ大きな街は存在するし、そこにも同数かそれ以上の英雄がいると言う。
話の中心だったこのオッサンの住む街は『商業都市マニラウ』と呼ばれ、名の通りの商いの街。この世で一番縫製業が盛んであり、武器防具の作製も高い水準で行なっている。それこそ誰でも知るような英雄もわざわざマニラウで武具を作ってもらうほどだと言う。
会話は一方通行で、どこか言い聞かせの様な感じではあったが、今から行くマニラウについてオッサンから色々教えてもらいながら歩いていった。あれやこれやと話しながら進むこと数十分、ようやくその街の門が立ち塞がった。防壁の東西南北にある内の北側の門らしい。
「うっし!着いたぜ、ここがマニラウだ!門を開けてくれー!」
オッサンがそう言うと、門の中から掛け声の様なものが聞こえ、恐らく手動で解放されていった。ずりずりと大地を削って、ガラガラと歯車の音を響かせて、ゆっくりゆっくりと扉が開く。向こう側が見えて来た。隙間から建物が太陽を眩しく照り返し、俺は目を瞑ってしまった。じきに慣れて目を開けると、美しい街並みが見えた。
白やベージュの石畳の大通り、レンガの壁面と木の骨組みで造られた多くの建物、街の中心にある超巨大建造物。中心のあれに関しては、高さも幅も100メートルは余裕で超えているだろう。家々には細かなガラスや金属の装飾があり、それぞれの個性を持ち、石畳には繊細な紋様が規則正しく彫り込まれていた。
「どうだ?すげぇだろ、俺の暮らす街は」
「すげぇ…」
俺は鉄筋で組まれた建物や、ガラスの敷き詰められたビルも知っている。だがこの街は、中世ヨーロッパの街並みに似ていながら、とても輝かしく豪華に見えた。ここから見える範囲の建物はどれも三階建。北側の住宅はそれが当たり前らしく、後から知ったが、その昔貴族だった者たちやその関係者の邸宅だそうだ。
「初めてここに来た奴はみんなお前みたいな反応をするよ、この街は常に美しくなり続けてるんだ」
そこから俺たちは歩き出した、行先はオッサンの家だ。「家を持てるようになるまで俺の家で預かってやる」と言われて。それほど大きな収入はどうやって入るのか、今までの話から分かり切っているが今は気にしないでおこう。
到着したのは一階建ての家、外見はさっきの家々と違い質素だった。レンガ造りでそこそこ大きな窓があり、屋根も瓦に見えたが湾曲して無い。よくよく見ればそれは瓦の様に組まれた薄いレンガだった。
中には入りなと言われたので入ると、そこはだだっ広いリビングダイニングキッチンだった。まず目立つのは、天井が無く支柱とその他木の骨組みが見え、屋根の裏側がもろに見えていた事。広い空間にあるのはテーブル、椅子、本棚、作業机、クローゼット、ベッド、置物、端に階段、その上に空いた案外広そうなスペース。そこは大体太いL字型の住居になっていた。
「今日からここがお前の家だ、あの空きスペースにベッドやらを置いてやっからよ」
ヴィザーは俺の視線の先にある二階を指差して言った。なぜ丁度それ用のスペースが用意されてあるのかは聞かないでおこう。
「俺あそこで寝るのか?」
俺は目線をどこかに移さずに瞼を半分ほど閉じた。オッサンは「紹介なら見せたからいらねぇだろ?」と言う様に、既に俺には目もくれずに何かをしていた。しかし、言葉だけは景気良く返ってくる。
「そこ結構良い場所だぜ?風通し良いし朝は太陽の陽で起きられる」
それを聞いて悪い感じはしなかったが、どうにも腑に落ちない。なんだか、こうして誰かを迎える事に慣れている風だから。
「よし、じゃあちょっと待ってろ?」
そう言うとオッサンは今まで着ていた防具を全て脱ぎ、クローゼットから私服を取り出して着た。背負われてた巨大な剣は置物に立てかけられ、鎧は広い作業机の上にドカッと置かれそのまま放置された。そしてオッサンは少しの支度を終えると俺に言った。
「さて、この街について大方説明したいし、やる事もあるからな、行くぞ!」
オッサンはそう言ってまた外へ歩き出した、明らかに俺も連れて行く気だし。いきなり出かけると言われ、何をする気なんだとして少し抵抗があったが、どうやら俺に拒否権は無いらしい。せめて行き先を教えてはくれまいか。
「…え?どこに?」
「色々さ、まぁ街案内だと思ってくれ。やるべき事はあるがな」
「へぇ…」
ここまで長ったらしく歩いて来たのにまた歩き出すのか。長く歩くのは慣れているがどちらかと言えば嫌いだ。馬らしき生物は見当たらないし、代わりの何かも無い、この世界では歩きが普通なんだろう。トンボ返りの様に家を出てついて行き、それから30分弱、先ずは街の中心にやってきた。ここはあの巨大建造物の足元だ。周りにはやたらと人が多く、どうやらその殆どはこの建物や近くで働いているらしい。みんな同じような作業服を着て店を行き来していた。昼頃だし丁度休憩時間なのだろうか。よく耳を澄ますと、建物内から鉄を打つ音が聞こえて来る。恐らくあの巨大建造物が武器防具を作る場所なんだろう。
「この周りにゃレストランも沢山ある。ちょうど今の時間帯は混雑するんだ」
思った通り今は昼休憩だそうだ、今度来た時にオッサンの言ったレストランに行こうか。だが今日は移動に時間がかかると言う理由でパス。ただ説明して一目見るだけと早めに切り上げ、次の場所へ行く事に。次は俺たちのやって来た場所の真反対、マニラウの最南の門。ここでは他の町との交易が行われているそうだ。多くの人達が言葉と物を交わしている。
「こことは別に、東にも交易場があるんだが、そっちはたった一つの街との交易だけに使われているな」
オッサンの解説の間に観察して気づいたのだが、この世界にはエルフが存在するらしい。しっかり耳が尖っているし、やっぱり美男美女しかいない。しかもよく見たら種類もたくさんあるようだ。肌の色が違ったり、眼球それ自体が真っ黒だったり。だがそれを確かめるには時間が不足し過ぎていて、詳細は分からなかった。オッサンが「次だ!次!」と急かすから。
出会ったのが昼頃とは言え歩くのには時間が掛かり、もうすぐ空が赤くなって来る頃になってようやく最後の紹介場所に辿り着いた。そこは一見教会にも見える造りの建物だったが、中に入ると一本のカーペットが敷かれ、それは受付カウンターに続いていた。その傍には円テーブル席が計8つ程あり、既に3グループほど座っていた。掲示板らしい物にいくらか張り紙があるが、大きなそれにぽつぽつとあるだけで活気が良いとは思えない。
「ん?おぅおぅヴィザーじゃねぇか!三日ぶりだな!」
俺達に気づいた一人がオッサンに話しかけた。オッサンも「ああ!」と声を返した。周りを見てもほぼ全員同じような反応をしている。この人、かなり顔が広そうだ。
「ようウーデン!そうか、今日行ったのか」
「そうさ、いんや~今回は多くて困っちまってよ~!」
ウーデンと呼ばれた細身のおじさんは、一旦テーブルから離れてオッサンの肩をゆすった。何か仕事を終えた後だそうだが、テーブルには木製のジョッキだろうか、もう飲んでいるらしい。
「何を言う!お前の実力じゃへでもねぇじゃねーか!」
「その通りだ!いつもと変わらん時間で終わったぜ!まあ腰には少し来ちまったがな!」
高らかに笑い合う二人。俺がそれをじっと見ていたら、ウーデンと同じ席の居る一人の男が言った。
「おいヴィザー、また連れて来たのか?」
その言葉に俺はムッとなった。今確かに彼は「また」と言ったし、なんだかそれが周知の事実と言う空気になっていた。
「いやいや、今回は大丈夫だっての正真正銘才能ありだからよ!」
彼に対するオッサンの言葉がこれである。「何度か」って、それが一番信用ならない言葉だと気付いてくれ。
「全く信用なりませんなー」
ほら、他の人からも思った通りの言葉が出た。
「誰が何と言おうと関係ないねぇ!」
それを聞かず、ガキの様に周りの言葉を跳ね退けるオッサンも大概にしてほしい。
「さぁ行った行った、カウンターで登録しな」
「ん?」
そう言われ押されて進んだ先は誰もいないカウンター。そこに置かれているのは羽ペンと下敷きと少しの紙束。そこにある全て紙は上部に太文字、その下に幾らか文が続き、一番下に赤くハンコが押されている。カウンターの向こう側の棚にはファイルが積み重ねて置いてあった。大体A4サイズ用に見える。
「おーいメイラー!出てこーい!」
オッサンがカウンターの奥へ声を響かせた。カウンター右側には奥へ続く扉が開きっぱなしになっていて、そこからすぐに声が返って来た。
「はーいはい、今行きますからー!」
メイラと呼ばれた人が遠くで返事をした、それは気持ち低めの女性の声だった。程なくして出て来たのは、メガネをかけた銀髪の女性だった。役員らしくきちっとした服装だった。彼女は手に持ったクリップボードをカウンターに置くと、オッサンと俺とで目線を行き来させ、深くため息をついた後にこう言った。
「…ヴィザーさん、あなたこれで何度目かお分かりですか?」
「あー…。さあな」
「六回目です」
即答だった。オッサンが「さあな」と言って両の掌を空に向けた途端に返答され、オッサンはギクっとなって固まった。
「人数で言ったら七人目…まあ良いでしょう、さっさと『英雄登録』を済ませましょうか」
どう考えても色々とオッサンのせいで事が勝手に進んで行く。それに軽い苛立ちを覚えながら、俺は言われた事を頭で復唱した。『英雄登録』だとさ。その時の俺の表情が苦かったのだろう、直ぐにメイラさんから軽く説明が入った。
「あ、英雄っていうのは、『英志を持つ男』と言う意味で、英雄の始祖がそうだったの。魔王を討ち、世界に平和をもたらすって志のある人だったらしいわ。でも今は『栄雄』とも言えるわね。『栄光を掴むべき者』って意味が変わってるわ。今は人数も多くて強さもまちまち、だから階級制を導入して、一等がその栄光と言われているわ。まあ実際はちょっと違うんだけど、そんな認識で大丈夫よ。という訳で、登録したらまずは五等英雄として活動できるわ、登録するのは名前と年齢だけで良いし、三等までは特別なカードも要らないし、簡単に済むわよ」
説明が終わると、まだ眉間に皺を寄せる俺を放ってメイラさんは何かゴソゴソとカウンターの下を漁り始めた。そして取り出したるは、緑の光が漏れる掌よりも大きな石板だった。俺はそれを目前にほいと出された時、寄った皺がそのまま上に跳ね上がった。
「とまぁこれが『解石』って言う魔道具で、触れれば自分のステータスがある程度分かるわ。これは一番簡易的な物だから詳しくは出ないわ」
さあさあと勧められてその石に触れると、石板から漏れる緑の光は少し強くなり、何かしらの読み込みを開始した。なんだかコピー機みたいに下から上に向かって強く光る部分が上がってくる。しかも超ゆっくり。
「これ時間かかるからそのまま触ってて、その間に名前と年齢を教えて下さい」
一番簡易的なやつとは言え触れ続けないといけないのが少し苦痛だった。なんせカウンターの高さが一メートルくらいあるから腕が痛くなってくる。
「俺は光、14歳」
「ヒカルさんで、14歳と。若いわねぇ、ってぇ最年少じゃないです?」
「俺が連れてきた中でな、お前そんな歳だったんだな、もうちょい若いと思ってたぜ」
みんなが俺をじっと見つめて来ていた。「そんな声なんだな」と言ってくる人もいた。声変わりも未だ来ないから高いままなんだ。
「そんな顔されても困る」
なんかボケっとした顔をしてこっちを見ていたから自然に言葉が出た。
「ほう、にしちゃぁ今まで一番威勢がいいねぇ。『小さい』のに結構据わってるね」
小さいか、たしかに身長は150センチ位だ。慣れたもんだが、どうにも遠回しに弱そうって言ってるような気がして良い気がしなかった。
「あ、でました…ぁ?」
メイラさんがホログラフの様に解石の表示したデータを見たまま、気の抜けた息を吐いて固まってしまった。
「出たのか?…どした?固まって…」
オッサンが心配したのか声をかけ、メイラさんに向かって表示されたそれを覗き込む。数秒読み込み時間を挟んだ後、オッサンは目だけを真ん丸にしてまた固まった。周囲がなんだなんだと騒がしくなって来た頃、軽く怖じけた様子でメイラが声を出した。
「あの…故障でしょうかね?」
メイラさんが解石を回転させ、こちらに表示が見えやすい様にした。遂に集結した皆がその表示を一斉に覗き込んむと、そこから空気が更におかしくなった。言わずもがな最低身長の俺はそれを見るのが最後になった。おじさん共の腕を退かし、一体何が表示されているのか、少し背伸びをしてようやく見えた。そこにはこんな表が表示されていた。
『 [ヒカル] [魔導士] LV.2 [年齢:14]
『基礎値』
『攻撃』[148] 『防御』[134] 『速度』[131]
『知力』[79] 『耐性』[高]
『ユニークスキル』
『l*i#vt-e$』 』
「あのさ、これってどうなの?」
俺にはどこがそんなに黙るところがあるのか分からなかった。こんな反応が返ってくると言う事はそう言う事なんだろうが。場には少しの沈黙が広がり、間を開けて皆が皆口も息も揃えてただ一言。
「「バケモン」」
話の中心だったこのオッサンの住む街は『商業都市マニラウ』と呼ばれ、名の通りの商いの街。この世で一番縫製業が盛んであり、武器防具の作製も高い水準で行なっている。それこそ誰でも知るような英雄もわざわざマニラウで武具を作ってもらうほどだと言う。
会話は一方通行で、どこか言い聞かせの様な感じではあったが、今から行くマニラウについてオッサンから色々教えてもらいながら歩いていった。あれやこれやと話しながら進むこと数十分、ようやくその街の門が立ち塞がった。防壁の東西南北にある内の北側の門らしい。
「うっし!着いたぜ、ここがマニラウだ!門を開けてくれー!」
オッサンがそう言うと、門の中から掛け声の様なものが聞こえ、恐らく手動で解放されていった。ずりずりと大地を削って、ガラガラと歯車の音を響かせて、ゆっくりゆっくりと扉が開く。向こう側が見えて来た。隙間から建物が太陽を眩しく照り返し、俺は目を瞑ってしまった。じきに慣れて目を開けると、美しい街並みが見えた。
白やベージュの石畳の大通り、レンガの壁面と木の骨組みで造られた多くの建物、街の中心にある超巨大建造物。中心のあれに関しては、高さも幅も100メートルは余裕で超えているだろう。家々には細かなガラスや金属の装飾があり、それぞれの個性を持ち、石畳には繊細な紋様が規則正しく彫り込まれていた。
「どうだ?すげぇだろ、俺の暮らす街は」
「すげぇ…」
俺は鉄筋で組まれた建物や、ガラスの敷き詰められたビルも知っている。だがこの街は、中世ヨーロッパの街並みに似ていながら、とても輝かしく豪華に見えた。ここから見える範囲の建物はどれも三階建。北側の住宅はそれが当たり前らしく、後から知ったが、その昔貴族だった者たちやその関係者の邸宅だそうだ。
「初めてここに来た奴はみんなお前みたいな反応をするよ、この街は常に美しくなり続けてるんだ」
そこから俺たちは歩き出した、行先はオッサンの家だ。「家を持てるようになるまで俺の家で預かってやる」と言われて。それほど大きな収入はどうやって入るのか、今までの話から分かり切っているが今は気にしないでおこう。
到着したのは一階建ての家、外見はさっきの家々と違い質素だった。レンガ造りでそこそこ大きな窓があり、屋根も瓦に見えたが湾曲して無い。よくよく見ればそれは瓦の様に組まれた薄いレンガだった。
中には入りなと言われたので入ると、そこはだだっ広いリビングダイニングキッチンだった。まず目立つのは、天井が無く支柱とその他木の骨組みが見え、屋根の裏側がもろに見えていた事。広い空間にあるのはテーブル、椅子、本棚、作業机、クローゼット、ベッド、置物、端に階段、その上に空いた案外広そうなスペース。そこは大体太いL字型の住居になっていた。
「今日からここがお前の家だ、あの空きスペースにベッドやらを置いてやっからよ」
ヴィザーは俺の視線の先にある二階を指差して言った。なぜ丁度それ用のスペースが用意されてあるのかは聞かないでおこう。
「俺あそこで寝るのか?」
俺は目線をどこかに移さずに瞼を半分ほど閉じた。オッサンは「紹介なら見せたからいらねぇだろ?」と言う様に、既に俺には目もくれずに何かをしていた。しかし、言葉だけは景気良く返ってくる。
「そこ結構良い場所だぜ?風通し良いし朝は太陽の陽で起きられる」
それを聞いて悪い感じはしなかったが、どうにも腑に落ちない。なんだか、こうして誰かを迎える事に慣れている風だから。
「よし、じゃあちょっと待ってろ?」
そう言うとオッサンは今まで着ていた防具を全て脱ぎ、クローゼットから私服を取り出して着た。背負われてた巨大な剣は置物に立てかけられ、鎧は広い作業机の上にドカッと置かれそのまま放置された。そしてオッサンは少しの支度を終えると俺に言った。
「さて、この街について大方説明したいし、やる事もあるからな、行くぞ!」
オッサンはそう言ってまた外へ歩き出した、明らかに俺も連れて行く気だし。いきなり出かけると言われ、何をする気なんだとして少し抵抗があったが、どうやら俺に拒否権は無いらしい。せめて行き先を教えてはくれまいか。
「…え?どこに?」
「色々さ、まぁ街案内だと思ってくれ。やるべき事はあるがな」
「へぇ…」
ここまで長ったらしく歩いて来たのにまた歩き出すのか。長く歩くのは慣れているがどちらかと言えば嫌いだ。馬らしき生物は見当たらないし、代わりの何かも無い、この世界では歩きが普通なんだろう。トンボ返りの様に家を出てついて行き、それから30分弱、先ずは街の中心にやってきた。ここはあの巨大建造物の足元だ。周りにはやたらと人が多く、どうやらその殆どはこの建物や近くで働いているらしい。みんな同じような作業服を着て店を行き来していた。昼頃だし丁度休憩時間なのだろうか。よく耳を澄ますと、建物内から鉄を打つ音が聞こえて来る。恐らくあの巨大建造物が武器防具を作る場所なんだろう。
「この周りにゃレストランも沢山ある。ちょうど今の時間帯は混雑するんだ」
思った通り今は昼休憩だそうだ、今度来た時にオッサンの言ったレストランに行こうか。だが今日は移動に時間がかかると言う理由でパス。ただ説明して一目見るだけと早めに切り上げ、次の場所へ行く事に。次は俺たちのやって来た場所の真反対、マニラウの最南の門。ここでは他の町との交易が行われているそうだ。多くの人達が言葉と物を交わしている。
「こことは別に、東にも交易場があるんだが、そっちはたった一つの街との交易だけに使われているな」
オッサンの解説の間に観察して気づいたのだが、この世界にはエルフが存在するらしい。しっかり耳が尖っているし、やっぱり美男美女しかいない。しかもよく見たら種類もたくさんあるようだ。肌の色が違ったり、眼球それ自体が真っ黒だったり。だがそれを確かめるには時間が不足し過ぎていて、詳細は分からなかった。オッサンが「次だ!次!」と急かすから。
出会ったのが昼頃とは言え歩くのには時間が掛かり、もうすぐ空が赤くなって来る頃になってようやく最後の紹介場所に辿り着いた。そこは一見教会にも見える造りの建物だったが、中に入ると一本のカーペットが敷かれ、それは受付カウンターに続いていた。その傍には円テーブル席が計8つ程あり、既に3グループほど座っていた。掲示板らしい物にいくらか張り紙があるが、大きなそれにぽつぽつとあるだけで活気が良いとは思えない。
「ん?おぅおぅヴィザーじゃねぇか!三日ぶりだな!」
俺達に気づいた一人がオッサンに話しかけた。オッサンも「ああ!」と声を返した。周りを見てもほぼ全員同じような反応をしている。この人、かなり顔が広そうだ。
「ようウーデン!そうか、今日行ったのか」
「そうさ、いんや~今回は多くて困っちまってよ~!」
ウーデンと呼ばれた細身のおじさんは、一旦テーブルから離れてオッサンの肩をゆすった。何か仕事を終えた後だそうだが、テーブルには木製のジョッキだろうか、もう飲んでいるらしい。
「何を言う!お前の実力じゃへでもねぇじゃねーか!」
「その通りだ!いつもと変わらん時間で終わったぜ!まあ腰には少し来ちまったがな!」
高らかに笑い合う二人。俺がそれをじっと見ていたら、ウーデンと同じ席の居る一人の男が言った。
「おいヴィザー、また連れて来たのか?」
その言葉に俺はムッとなった。今確かに彼は「また」と言ったし、なんだかそれが周知の事実と言う空気になっていた。
「いやいや、今回は大丈夫だっての正真正銘才能ありだからよ!」
彼に対するオッサンの言葉がこれである。「何度か」って、それが一番信用ならない言葉だと気付いてくれ。
「全く信用なりませんなー」
ほら、他の人からも思った通りの言葉が出た。
「誰が何と言おうと関係ないねぇ!」
それを聞かず、ガキの様に周りの言葉を跳ね退けるオッサンも大概にしてほしい。
「さぁ行った行った、カウンターで登録しな」
「ん?」
そう言われ押されて進んだ先は誰もいないカウンター。そこに置かれているのは羽ペンと下敷きと少しの紙束。そこにある全て紙は上部に太文字、その下に幾らか文が続き、一番下に赤くハンコが押されている。カウンターの向こう側の棚にはファイルが積み重ねて置いてあった。大体A4サイズ用に見える。
「おーいメイラー!出てこーい!」
オッサンがカウンターの奥へ声を響かせた。カウンター右側には奥へ続く扉が開きっぱなしになっていて、そこからすぐに声が返って来た。
「はーいはい、今行きますからー!」
メイラと呼ばれた人が遠くで返事をした、それは気持ち低めの女性の声だった。程なくして出て来たのは、メガネをかけた銀髪の女性だった。役員らしくきちっとした服装だった。彼女は手に持ったクリップボードをカウンターに置くと、オッサンと俺とで目線を行き来させ、深くため息をついた後にこう言った。
「…ヴィザーさん、あなたこれで何度目かお分かりですか?」
「あー…。さあな」
「六回目です」
即答だった。オッサンが「さあな」と言って両の掌を空に向けた途端に返答され、オッサンはギクっとなって固まった。
「人数で言ったら七人目…まあ良いでしょう、さっさと『英雄登録』を済ませましょうか」
どう考えても色々とオッサンのせいで事が勝手に進んで行く。それに軽い苛立ちを覚えながら、俺は言われた事を頭で復唱した。『英雄登録』だとさ。その時の俺の表情が苦かったのだろう、直ぐにメイラさんから軽く説明が入った。
「あ、英雄っていうのは、『英志を持つ男』と言う意味で、英雄の始祖がそうだったの。魔王を討ち、世界に平和をもたらすって志のある人だったらしいわ。でも今は『栄雄』とも言えるわね。『栄光を掴むべき者』って意味が変わってるわ。今は人数も多くて強さもまちまち、だから階級制を導入して、一等がその栄光と言われているわ。まあ実際はちょっと違うんだけど、そんな認識で大丈夫よ。という訳で、登録したらまずは五等英雄として活動できるわ、登録するのは名前と年齢だけで良いし、三等までは特別なカードも要らないし、簡単に済むわよ」
説明が終わると、まだ眉間に皺を寄せる俺を放ってメイラさんは何かゴソゴソとカウンターの下を漁り始めた。そして取り出したるは、緑の光が漏れる掌よりも大きな石板だった。俺はそれを目前にほいと出された時、寄った皺がそのまま上に跳ね上がった。
「とまぁこれが『解石』って言う魔道具で、触れれば自分のステータスがある程度分かるわ。これは一番簡易的な物だから詳しくは出ないわ」
さあさあと勧められてその石に触れると、石板から漏れる緑の光は少し強くなり、何かしらの読み込みを開始した。なんだかコピー機みたいに下から上に向かって強く光る部分が上がってくる。しかも超ゆっくり。
「これ時間かかるからそのまま触ってて、その間に名前と年齢を教えて下さい」
一番簡易的なやつとは言え触れ続けないといけないのが少し苦痛だった。なんせカウンターの高さが一メートルくらいあるから腕が痛くなってくる。
「俺は光、14歳」
「ヒカルさんで、14歳と。若いわねぇ、ってぇ最年少じゃないです?」
「俺が連れてきた中でな、お前そんな歳だったんだな、もうちょい若いと思ってたぜ」
みんなが俺をじっと見つめて来ていた。「そんな声なんだな」と言ってくる人もいた。声変わりも未だ来ないから高いままなんだ。
「そんな顔されても困る」
なんかボケっとした顔をしてこっちを見ていたから自然に言葉が出た。
「ほう、にしちゃぁ今まで一番威勢がいいねぇ。『小さい』のに結構据わってるね」
小さいか、たしかに身長は150センチ位だ。慣れたもんだが、どうにも遠回しに弱そうって言ってるような気がして良い気がしなかった。
「あ、でました…ぁ?」
メイラさんがホログラフの様に解石の表示したデータを見たまま、気の抜けた息を吐いて固まってしまった。
「出たのか?…どした?固まって…」
オッサンが心配したのか声をかけ、メイラさんに向かって表示されたそれを覗き込む。数秒読み込み時間を挟んだ後、オッサンは目だけを真ん丸にしてまた固まった。周囲がなんだなんだと騒がしくなって来た頃、軽く怖じけた様子でメイラが声を出した。
「あの…故障でしょうかね?」
メイラさんが解石を回転させ、こちらに表示が見えやすい様にした。遂に集結した皆がその表示を一斉に覗き込んむと、そこから空気が更におかしくなった。言わずもがな最低身長の俺はそれを見るのが最後になった。おじさん共の腕を退かし、一体何が表示されているのか、少し背伸びをしてようやく見えた。そこにはこんな表が表示されていた。
『 [ヒカル] [魔導士] LV.2 [年齢:14]
『基礎値』
『攻撃』[148] 『防御』[134] 『速度』[131]
『知力』[79] 『耐性』[高]
『ユニークスキル』
『l*i#vt-e$』 』
「あのさ、これってどうなの?」
俺にはどこがそんなに黙るところがあるのか分からなかった。こんな反応が返ってくると言う事はそう言う事なんだろうが。場には少しの沈黙が広がり、間を開けて皆が皆口も息も揃えてただ一言。
「「バケモン」」
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