転移した世界で最強目指す!

RozaLe

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第四話 トーピード

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「おっしゃー!二十匹めー!」
 初クエストからから早くも一週間経った。二日に一回は『薬草採取』『スライムコア収拾』とか『コーネノの一定数納品』など、難易度Iの最も簡単なクエストをこなす様にしていた。今も『コーネノの一定数納品』のクエストの最中だ。中でも中級と細分化されている俺の受けたクエストは、捕獲もしくは狩猟数が五匹に設定されている。因みに初級と上級はそれぞれ三匹と七匹だ。
「これで良し。カーゴ、クエスト終了だ、街に戻るぞ」
 俺の後ろに随行する白い機体。背中にある縦型洗濯機みたいな収納にはコーネノらが折り重なり、今そこにもう一匹追加された。同時にカーゴのランプがオレンジから緑に変わった。それはクエスト中の警戒、待機状態ではなく、運搬状態になった証だ。
 この初めて見るカーゴと言う運搬用魔道具は、今みたいに多くの獲物を捉える場合や、討伐の証となる部位が大きい場合、持ち運ぶ事が難しい若者や老人の為にあると言う。また、この世界では珍しい完全な機械に見える。三色に色を変える状態を表すランプ、前述した真っ白で角の取れた直方体の機体と背中の大きめの収納スペース、こいつは頭だと主張する単眼のついた独立ユニット。そして底面には魔法による浮遊機構がある。
「リョウカイ。コイチジカンデ20ヒキモアツメラレルトハ、ヤリマスネェ」
 あとよく喋る。暇な時間だと判断した時は、事務的な事でもそうでなくても話しかけてくる。お陰で退屈しないが、いい加減うんざりして来る。機械音声っぽいが、妙に情緒や抑揚が人間っぽいんだ。ともあれ、集会所に帰って早速クエストの精算だ。
「お帰りヒカル君…うわぁ前回の倍じゃない…」
 メイラさんはカーゴの収納に積み重なったコーネノを集計して気味悪がっていた。ただコーネノの逃げる先に『絡み』で網を張っておけば、奴らは勝手に飛び込んで自滅してくれる。それにコーネノが集団でいたなら、捕獲のペースは格段に上がる。
(うん、まだ余裕だな、レベルってやつが上がったからかな?)
 高い受付の台に手を掛け顎を乗せていると、メイラさんがコーネノを一気に持ち出して受付右奥の裏方に消えた。ちょっと気になっているが、あの裏方はどうなっているんだろうか。ここから見えるのは棚に入った複数色のファイルと何かしらの陶器だけで、更に奥はこの角度からは見えない。あまり詮索する気は無いから、俺はここから頭を動かしはしなかった。メイラさんが受付に帰って来ると、受付に置いてあった依頼書に完了の判を押し、木のトレイに報酬金を束て置いた。
「はい、大銅貨二十枚よ」
 大銅貨に限らず、どの貨幣にも中央に直径4ミリ程の穴がある。そこに糸を通して束ね、財布に入れて持ち歩いたり棚や金庫に入れるのが通例らしい。
「ありがとうございまーす」
 合計2000ユーロ、二万円の稼ぎを受け取り集会所から出て行こうとすると、メイラさんが「あ、ちょっと待って貰えるかしら」と言って俺の足を止めた。何かと思い「何ですか」と聞き返すと、一つやって欲しい事があると言った。そして手元に別のファイルを置き、そこから一枚の依頼書を抜き取った。
「ねぇ、そろそろ昇格クエストを受けてみない?丁度昨日良さそうな依頼が入ったのよ」
 そう言われて提示された依頼の内容は、狩猟ではなく討伐だった。

 『<対象討伐> 難易度Ⅱ
  <概要>
  エータルの森にてトーピードの討伐。
  個体数上昇により、薬草をはじめとした
  有用な植物の減少が確認された。
  トーピードを、基準値を下回るまで
  狩り続けて貰いたい。          』

 この世界のモンスターは、どれも英雄以外の一般職に勝てるものではなく、それでいて人類に危害を加える種が多い。危険度が上がるにつれ個体数も少なくなるから、死亡例は少ないそうだし、全体の六割強が弱い部類のモンスターの被害で、軽い怪我や農害の類らしい。
 確かに、難易度最低と設定されているはずのコーネノが自動車並みの速さで逃げるのだから、到底英雄では無い人らが手に出せる様な相手じゃない。この俺だって、一週間前まで一般人の範疇だったはず、だから「俺の昇格は早すぎるのではないか?」と彼女に問いかけたが、彼女は自分のことの様に自信あり気にこう返してきた。
「確かに早いかも。でもあなた『基礎値』が異常に高いでしょ?だから推奨レベル10以上でも貴方なら大丈夫かなって思って~」
 だそうだ。そもそも普通の『基礎値』が分かってないからなんとも言えない。それに関してはおそらく常識だから教えなくても良いだろうと考えているだろうな。それか、もうヴィザーオッサンから教えられているのだろうと思っているだろう。残念ながら、それについて未だに何か言われた事は無い。
「あ、そうだ!それなら今のレベルが気になるわ!今度は結構いいやつ持ってきたから!」
 メイラさんはそう言うとすぐ台の下から解石を取り出した。おそらくもうずっと近くに用意してあったのだろう。ただ今度は緑に少し青みがかった色の光を放っていた。促されるままに前回と同じ様に触れると、やっぱり光が一瞬強くなった。性能が上がっているのか前回より短い時間でステータスが表示された。

『  [ヒカル]  [魔導士] LV.6  [年齢:14]
    『基礎値』
    『攻撃』[152] 『防御』[140] 『速度』[137]
    『知力』[80] 『耐性』『高』
    『耐性』:物理耐性 :属性耐性
       :化学耐性 :精神耐性
    『スキル』
    『統火』『賢流』『括風』
    『格闘』『魔法合成』『****』

    『ユニークスキル』
   『eqoiufzon』              』

 メイラさんはこれをまじまじと見て吐息を洩らし、間を置いて言った。
「やっぱりあなた規格外ね、レベル6でそこらの四等英雄と肩を並べるほどね…。これじゃトーピードの試験も難なく突破するかもしれないわね。なんならこのまま行っちゃう?まだ午前中だし…余裕そうだし…」
 彼女は俺に疲れが見えず息も全く上がっていない事を確認して言ってきた。言われた通り余裕はあるし、そこまで太鼓判を押されては断る気も起きない物だ。
「分かった、それ受けるよ。手続きは勝手に済ませて置いてください」
 俺はそう言葉を残して転身で森に入った。メイラさんはその言葉を聞いて判子を手に取って前を見ると、もう声の主は居なかった。
「行っちゃった…。羨ましいわねぇ、強いって。にしてもこのユニークスキル何よ、上手く表示されてないじゃない。『スキル』も一つ非表示だし、てか魔法合成そんなコトできたんか。しかも『統火』『賢流』『括風』ってモンスターが持ってるやつじゃないかしら?…まさか『獣人』?…な訳ないか」

 森の中、俺はトーピードというモンスターを探し始めた。そいつは体長50センチ程度、敏感に周囲の変化を感じ取るヒゲを持ち、鋭い手足の爪と、こいつも風を操る力を持つと言うモンスター。オッサンの家の棚にあった『モンスター総覧書』と言う図鑑のような本によるとそう書いてあったし、図解では毛の逆立ったモグラに見えた。生息する土地は草原か森林地帯で、基本的に地面に潜って生活する。
「『生息地、森林。その中でも比較的暗所を好むが、反して開けた場所に居つく』。となると、ここじゃね?」
 この情報を元に居そうな場所を探して見つけたのは、コーネノが居た辺りと街からの距離はさほど変わらない場所。コーネノは大抵森の東側に多かったが、ここは正反対の西側。そこには奇妙な木が生えていて、それらそれぞれの間隔は広く開いているにも関わらず、間伐されたように幹から延びる枝が無い。その代わり木の天辺に不自然な程の高密度に樹冠が広がり、光を殆ど遮っている。そして森全体の湿気も当然ある。
「まさか作ったのか?」
 明らかに整形された木と、暗いも広い空間。そしてこの場所に近付くにつれて柔らかくなる地面。それは高度な知恵と、人間に近い傲慢さも持っていると考えられる。
 生物の気配の無い暗い森を見渡し探す。俺の知っている手がかりはモグラと同じ掘り返した跡、しかも普通のモグラより掘るのが荒く、移動すれば通った場所が一目で分かるくらいに土が盛り上がる。あの小さなモグラの様に、出入り口だけでは無いらしい。だがどこを見てもその様な痕跡は見当たらない。いつだって見つけるまでが大変だ。
 俺はただただ盛り上がった土を探して歩き回った。この場所は隠れるにも隠れられる場所が無く、草木も柔らかい土では思う様に根が張れず、この木以外には存在しない。この通った視界なら、痕跡か盛り上がっていく土を見れば、向こうに気付かれるより早くこちらが発見できる筈だ。だから今回はこの空間を無尽に歩き回り、隠れる事は考えず柔らかい土を踏み歩いて行った。
(何か、畑みたいな土だな。靴に土が入ってきそうだぞ)
 ぬかるんではいないが、適度に湿っていて冷たい。くるぶし辺りにそんな空気が触れて少し身震いが起きる。奇妙な木に近づいてよく見てみると、それはこの森に広く分布する種だった。しかし微かに魔力が流れていて、通常とは違う成育になる様に変えられている。だとすればこの土だってそうかも知れない。俺の風魔法の原理で言う所の、土中の栄養分の操作で薬草などが生えない様になっている可能性がある。
 俺は木を離れ、また歩き回り始めた。足元ばかりを見ていたから、少し遠くを見る為に顔も上げた。さっきから何の変わりも無い、遠くで何かが鳴いているだけの静かな森のままだ。そう思った瞬間だった。冷たいばかりだったくるぶしを撫でる風が急に強く、更に暖かくなった。
「…?」
 その直後、暖かな風の後を追い鎌鼬が襲いかかった。
「ッぐォ!?」
 突如として俺を襲った見えざる鎌は、容易く俺を吹き飛ばし転ばせた。浮き上がった時、前のめりに半周と少し回転し、俺は肩から地面に落ちた。不自然な風が吹いた故、念の為の甘いガードを挟んだお陰で大したダメージにはなっていないが、ズキズキと痛むそこからは赤黒い血が流れ出る。
 俺はすぐに体勢を立て直し周囲を警戒した。そこには確実に居るのだから。ズボンの裾を上げて患部を確認すると、もらった傷は四本の爪跡のように見えた。更に後ろに下がり木まで後退する。足については何のことはなさそうだ、皮と表面の細い静脈が切れただけだった。
(クソッ…やられたか先に!だが何処からだ…!それらしい物は全く…。あっ…)
 その時、どんなに自分が愚かか気が付いた。トーピードの痕跡はだ。それは農作物を育てる時、土を柔らかくして水捌けを良くし植物が植えてある場所だと一目でわかる様にする為だ。じゃあここの土はどうなっていると俺は思った?まさしく畑だと考えていた筈だ。そしてここはトーピードが作ったマイフィールド。なぜ考え至らなかった。
(隠れる為か!自分の移動が見えなくなるまで、先にで地面全てを覆う!移動は悟られず、侵入者を地面の下から一方的に狩るのか)
 それを可能にするのが俺と同じような魔法。多分使っている魔法は『風刃ふうじん』と言う、ありきたりな名の風魔法。圧縮し、加速させた風で擬似的に刃を作りそれを撃ち放つ。それをトーピードらは自身の爪に添い纏わせる事ができ、この傷の通りに四つに分割できるわけだ、しかも威力は分割前と変わらない。
(救いは、予兆がある事か)
 風刃が襲う前に、二秒ほど風が吹く。それは生暖かく、さっきもくるぶしを撫でる風の後に鎌鼬が来た、それも同じ風向からだ。
 「…ぁ」
 周囲の警戒は無駄とばかりに、ジャケットの開いた胸に温風が入り込んで来た。俺は咄嗟に視線を落としてしゃがみ込み、頭の後ろからガリッと木の皮が削られ捲れた音が聞こえた。飛び散った木の破片を頭に被りながら目線を上げると、そこにはトーピードが顔を出していた。「ここから出て行け、さもなくば殺す」、そう言葉にしたいかの様な佇まいと表情、威圧感を放ちながら。しかしこれはギルドからのお達しで、四級英雄と認められる為の試験。引く理由は無い。
 相対した両者の目線がかち合った時、意思と意思もぶつかり合い、同時に交渉は決裂した。そうと分かった瞬間、トーピードは再び地面に潜った。そこからは一度姿を見せたなら隠れ立てする必要は無いと言う様に、更に地面を掘り起こしながら猛スピードで移動し始めた。
(を読まれていると分かって戦法を変えたか)
 トーピードは右へ曲がり左へ、俺の周りを殆ど一定の距離を保ちながら移動し続ける。俺は奴が何かを仕掛けて来る前に、風刃で何十回と攻撃し続けた。狙いはもこもこと突き進み続ける畝の先端。風刃を放つ度に奴は避け、木を盾にし、反撃をして来る時もあったが、油断などもうしていないから当たらない。それは攻撃の起こりを掴まれている事を再確認する様な行動だった。
 固定砲台の様に木を背にし続け風刃を飛ばし続け、遂に一発命中した。奴の方が確実に体力を消耗している筈だし、いつかはこうなる事は確実だった。地面から飛び出すトーピードには傷が見えた。後ろ脚だ。脚の上部に切れ込みが入り、俺の傷と違う鮮やかな血飛沫が舞っている。だがさすが好戦的なモンスター、すぐに地中に戻り再び高速移動を再開した。
 (何がしたい?その傷じゃ、消耗は激しくなるだけだぞ)
 変わり映えのしない追っ立ての作業も再開する。確かに奴の移動の速度は大して変わらないが、先よりも方向転換する頻度がかなり減っている。しかも俺の風刃を避けるのに、方向転換ではなく急停止でずらして始めた。やはり派手に動き辛くなっている。
「これで終わりだ」
 確実にそこにいる。掘り返された一番先。推進力の落ちた畝に向かって風刃を放った。風刃には弾速があり、偏差を多少考える必要があるが、それも奴のフェイントも折り込み済み。これで確実に倒す事ができる。風刃は一直線に畝の頭に向かい、衝突は絶対に避けられない。そして畝に風刃が命中、柔い大地はドカンと盛大に飛び散った。しかしそのつぶての中に、血や肉は存在せず、不自然に強い破裂だけが在るだけだった。
(居ないッ!?)
 予想外の事態に面食らっている中、身の毛もよだつ感覚が体を包んだ。鎌鼬の予兆である暖かい風が、足元から全身にかけて登って来る。ハッとして目線を下に向けた時、足元の土が急激に盛り上がり始め、それは破裂し俺の背後の樹木諸共俺を空中に放り投げた。
(なんだっ!この風!)
 グルグルと回る視界の中見えたのは、足元だった場所に顔を出しているトーピードの姿だった。その時分かった。トーピードの魔法は『爪風刃』だけにあらず。俺の攻撃した畝も今の上昇気流も攻撃の手段。奴は囮を作り、俺を強制的に空中に誘う為にもう作戦を遂行していた。俺はまんまと嵌ってしまった。しかもこの上昇気流には爪風刃には劣るものの、物を刻める性能は持っていた。そのせいで俺と共に空中に浮き上がる木は表面から少しずつ捲れ上がり、俺の体は小さな傷が多数あっという間に浮かび上がって来ていた。
(ヤバいなこれ…ガードの上から効かされる!早く脱出しないと…)
 もはや暴風と言える強さのそれの中で、俺は小さな空気の塊を作る。このカミソリには壊せない圧縮空気、それを俺の近くで破裂させ、その衝撃波で辛うじて脱出出来た。身動きの取れない時、駆け出すより速く距離を詰める時にこの魔法は使われる。逃げに使う事の方が多いから、名前は『離破りは』と名付けている。
「ったく、やってくれる…」
 ドスンと皮の剥がれた木も落下した。落下ある程度レベルが上がったお陰だ、少し高所から落ちただけではダメージにならない。それはこの地面のせいもあるが、あの木が受けていたより酷い傷も無い。だが、たった刃渡り数ミリのカミソリで絶え間なく刻まれ続けた事に変わりは無く、小さくも夥しい数の傷がある。顔も体も腕も脚も、じわじわと血が滲んで来る。服は青色だった筈が、黒く染まりつつあった。
(早く片付けないと、こっちが持たない)
 地面から顔を出し、俺に有効打を与えた事に喜ぶトーピード。読めない表情の代わりに、自身の爪を打ち鳴らし、目だけは真っ直ぐ俺を付け狙う。恐らく仕留めにかかって来るだろう。あいつも俺も長く持つか怪しいから。
 奴が一際強く爪を打った瞬間、俺の周囲半径十メートルの場所に周回する風の盾が出現、行動範囲を制限された。また奴は地面の下へ、そして潜った地点から四方向に畝が発進した。分かっている、あれ全てが風の地雷だ。俺は認識を誤っていた。赤子ほどの小さな体、加えて弱いモンスターと評価されていても多彩な力を持っていた。知り合いの龍にも赤子サイズにして台風より強い力を宿したひとがいる。それと同じだ。
 畝はさっきと同じ、トーピードに似た挙動で動き回る。あの気流は破裂させる角度か方向を適宜変えられるだろうか?いや、可能だと考えた方が良い。俺が不審な動きをした瞬間、カミソリを含んだ突風が俺を襲うだろう。それに対して俺は対応出来るだろうか、さっきみたいに脱出出来たとして、まだあと三つ残っている。それでは先に体の限界が来そうだ。
 俺は不完全だ、持つ魔法は力が偏っている。火は弱く、水は強く、風はその中間以下。水は強力ではあるが、スライムでこの属性相手じゃ意味は薄いと分かっている。火は効果があるかどうか分からない。その知り合いの龍なら一秒あれば火を根本から消火できるが…。そして風に関しても意味を持ち得ない。先に地面に当たるし、あの畝を狙った所で先に技の出を潰されるだろう。本体は土の中で大人しくしていて居場所が分からない。格闘も普段なら選択肢として存在するが、こんな相手では役に立たない。
(打つ手なしか…この地面に潜んでいると察してりゃ、先に打てる手段はあったってのに)
 他でも無い自分がこの状況を作った。断り無く敵の城に踏み入った。しかもこっちはそんな認識が不足していた。故に先制を許し、状況の不利に地形の不利も背負った。
 反省会をしているうちに、トーピードが遂に仕掛けて来た。前方と右半身から、背と左半身にかけて暖かな風が吹いた。ドッと足を踏み込み埋めながら力強く斜め後ろへ飛び上がる。出血のせいで足が思う様に動かなくなっていたが、翔で空中に行く方がリスクが大きい。ごろっと背から着地し、その上を十字に旋風がキリキリと音を上げながら通過して行った。だが同時に再び予兆が体を覆う。今度はまた下から、前後で俺を挟み上げる様な軌道で。
 ドオッと風が巻き上がり、俺はまた空中に巻き上げられた。目だけはガードする様に心がけ、先よりも刃の鋭利な風に体を羽目になった。表面だけだった傷は容易く筋肉まで届き、皮の薄い箇所は骨が削られ始めた。腕による目元のガードの隙間から、トーピードが顔を出して嘲笑う光景が見えた。俺はどうしようも無い状況で、無性に苛立って来た。だがそんな時、気が付いた。
(…待て、なぜ呼吸ができてる?)
 魔法による拘束や攻撃の渦中に、呼吸が出来る。これは俺の当たり前から外れていた。通常、攻撃用の風魔法には必ず酸素は含めない。これが常識だった。火を使われた場合燃え移り自爆してしまう可能性があるからだ。『アウランジュ』もそうしていた。消火に風が有効な理由の一つでもあった。無欠に思えたトーピードだったが、これで光明は見えた。確定だ、トーピードはそこらの空気を掻き集め、自身の魔法として使っているに過ぎないと。
(『離破』)
 やるべき事は分かった。先ほどと同じ様に爆風から逃れる。すると俺を取り逃がした旋風は途端に消え失せ、また地面に盛り上がりが増える。顔を出していたトーピードはその場に潜り、再び雲隠れをした。しかし俺はトーピードの潜ったその場所に重い体に鞭を打って走らせた。翔は使わない。翔にも無酸素のことわりがあるから、気付かれない様に。畝は俺の突飛な行動に反応し、その全てが俺に向かって来た。そして合計六方向から温風が吹いた。畝の本数、加えてトーピード本体からだ。俺はそれを感じ、勝利を確信した。
「ありがとう。お前の奢りが敗因だ」
 鋭い刃を含んだ竜巻が一斉に襲い来る。しかし俺はその場に急停止しうずくまり、中指で人差し指の先端を擦った。それはライターの着火と似た火花。普段は使っても薪に火を起こす時だけだろう。だが今回はこれで良い。相手は無造作に吹く風であり、その中に酸素はたっぷりある。
 その小さな火は巻き込まれた塵に引火、とめどなく流れ来る酸素によって勢いを増し、いずれ竜巻の全てに火は行き渡る。よって、間も無く大地が爆ぜた。その場にあった木や大地を全てを吹き飛ばし、後には焼け跡だけが残った。どうやら地下にも空気が入り込んでいたらしく、一帯の地面が一瞬で飛び散り穴が出来た。これでは奴も黒焦げか木っ端微塵か、対して俺には焼け焦げ一つ存在しなかった。
「これで良いだろ…。焼けた森も、いつか再生するだろうさ」
 俺は最後にだけあのトーピードに教えてやった。酸素を含まぬ燃えぬ盾。何者をも通さない最強の盾を。そのお陰で自爆しなくて済んだのだ。この魔法に名前は無い、使ったのも二年以上ぶり。ただ持てる力の全てを使い、堅い空気の層を作るだけだから。
 問題なのはずっしりと重いこの体だ、もう既に立つのも奇跡なほど弱ってしまっていた。
「しょうがない、力を貸してくれ」
 俺は誰もいないこの場で呟いた。すると、俺の足元から水がせり上がり覆われて行く。ゆっくりと体に沿って全身を包み、そこから十数秒経つと、水は足元から徐々に引いていった。すると全身から痛みもなくなり、傷も汚れも無く健康な状態に回復した。
「うっし、やっぱ役立つな。ありがとよ、『ロイ』」
 俺の独り言は誰も聞き手は居なかった。しかしそれに応える様に水の魔石が淡く輝いた。
 改めて周囲を見渡すと、壮大に吹き飛び黒焦げになった木々や地面が広がっている。俺は少しうんざりした。トーピードを討った証を持ち帰らねばならないが、この中から探すのは骨が折れそうだったから。しかし探し始めれば、その中に何か小さく、だが目につく物が飛び込んできた。近づいて見てみると、それはさっきまで戦っていたトーピードの頭だった。それを手に持って引き上げると体もズルッと出て来た。熱によって焦げてはいるが、毛の色も分かる程度に焼けているだけだった。流石モンスターと言いたい、もっと損傷が激しいと思っていたから。
 トーピードと戦い、森の一部を吹き飛ばす結果になってしまったが、倒せたには変わりはない。早速俺は集会所へ戻る事にした。

 集会所へ入ったら、オッサンとメイラさんが話していた。確か一週間前も同じような状況だった。
「なぁメイラ、クエットから二回目出てみろって言われたんだ、俺にできると思うか?」
 何故かヴィザーオッサンが居た。帰りが遅かったから無理もないが、手にはビール、しかも今さっき来たばかりっぽい。
「…言っちゃ悪いけど今回は確実に無理ね。『ウノン・カピト』の独壇場だろうし…。パーティとしても個々としても最強クラス。やってみる価値はあるけど、おすすめは出来ないわ」
「そうか、そうだよな」
 メイラさんに苦い回答を伝えられ、オッサンは天を仰いだ。
「でも出たは出たで意味はあると思いますよ?」
 オッサンは何も答えない。
「じゃあ、見にはいくんですか?」
「…ああ、端からそのつもりだ」
 オッサンは天井から目線をビールに移し、一口啜ってまた置いた。なんだからしくないオッサンの目の前で、メイラさんは何か考え事を始めた。
「そう…んー、今回は会場に入れるかしら、また無理じゃ嫌ねぇ…。あら、帰って来たわ」
 ここでメイラさんに気付かれた、流石に少しづつ歩いて来れば気づかれるか。そしてメイラさんはまた控えめにも驚いた声を漏らす。
「まさか無傷で帰って来るなんて思わなかったわ…」
 実際はかなり追い詰められていたのだが、それは言うべきだろうか。結果的に無傷なのは確かだが、あの回復魔法のせいで水の魔力が枯渇寸前だ。
「やっぱりこの難易度だとまだ簡単だったかしら…でも!これで四等英雄に成れたわね!」
 やっぱり言うのは辞めておこうか。他人事をここまで喜んでくれているのに気落ちさせる事は言えない。
「そーだな!まずは祝おうか!」
 オッサンがいつもの調子に戻ったのか、快活な声で提案した。それに少し安心しつつも、俺は思った。目立ち過ぎでは無いかと。いや、仕方の無い事か。速すぎる出世なのは間違いないが、階級は上がれば祝われて当然のはずだ。
「ああ、そうしようぜ」
 俺はオッサンの提案に快く乗った。そしていつもの勢い任せな所を発揮し始めた。
「おぅし!本人も乗り気だ!酒場行こうぜ!」
「ん?はぁ!?なんで酒場なんだよ!」
「いいじゃねぇか盛り上がるぜ?飯も酒も旨いとこ知ってんだ」
「ああ、あそこね?私は仕事が終わったらいくわ」
「よーし行こうか!俺のダチも誘うからよー!」
「おっさんだらけかよ!もっと歳の近い奴いねぇのか!」
「おっさんだけじゃねーさ!27の知り合いもいるぜ?」
「十分俺と遠いじゃねぇか!」
 何故か最初から酒場確定で、最低年齢差も十三歳と決まった。頼むからレストランか何かにして欲しいと言ったが聞き入れられず、流されるまま集会所から出て行き、その酒場に直行させられた。程なくして酒場にはメイラさん一人となり、彼女は仕切り直し仕事を再開するが、あることを思い出す。
「あ、報酬金渡してないや…。んー後でいっか」
 カウンターの下にある小空間に四角形の銀貨を置き、メイラさんは残る仕事に取り掛かった。
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