若い魔術師と英雄の街

Poyzow_eltonica

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第七話後譚 痕跡

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 森を突っ切り、ある街を目指すパーティがいた。メンバーは『身体中に傷のある少年』『眼鏡を掛けた弓兵』『透明な何かに包まれ物理的に浮いている海エルフ』『鎧らしい鎧を着ていない槍使いの老兵』『全身を鎧で包む仮面の剣士』という、統一感の無い癖の塊みたいなメンバーではあったが、個としても軍としてもその実力は確かな物だった。
「やっぱりこうやって森の中をいく方がいいかなぁ、あの近くには無い大自然?ってやつを感じれるし」
 少年が頭の後ろに手を組んでゆったりと歩きながら言った。森の奥、強力なモンスターも居るだろう場所を往くのに緊張感が無く、むしろリラックスした様子だった。そんな彼の背中には、何年もの間使い古された双剣が担がれ、身につける鎧は胴と腰のみ。装甲が無く露出した頭や手足に数えきれない傷があった。
「おれも同意だなー。でも、湿地があるのは嫌だぞ?もうぬかるみで転びたくないからな」
 眼鏡を掛けた弓使いは同意しながらもぼやいていた。ついさっき、戦闘終わりに転び、鎧も、落とした弓も矢筒も泥まみれになってしまったからだ。
「ああ、あれね?結構派手にいったよね~」
 そう言って笑っているのは海エルフの女性だった。浮遊している彼女にとっては転ぶことなど頭に無い。それも、彼女が身に着けている特殊な鎧のおかげである。基本は海でしか生きられない種族故に、地上で暮らす上ではこの鎧に入っていないといけないのだ。
「お前、戦闘以外だと結構…、ドジだからな」
 槍を背負った老兵は言葉を選ぼうとしたが、結局最初に浮かび、言い方も悪い言葉になってしまった。彼は金属製の鎧では無く、エラストマー素材の防具で腰から足首までを覆っている。上半身は樹脂製防刃スーツ、胸にはとあるドラゴンの角の意匠がある。
「笑うな、こっちはマジで嫌なんだからさ。ジラフも言い方…」
「ごめんごめん」
 弓使いに対して海エルフは軽く謝った。老兵も「すまん」としょんぼりとしたが、ちっとも尾を引かず話し続けた。
「エータルの森は特に植生が入り組んでいるからな。環境は常に不安定で、モンスターも多い。殆どが低級だがな」
 これは英雄皆が知っている常識だった。しかしそれをわざわざ言うのは、ある一人が為だった。
「それなのにだ、なぜ突っ切ろうなんて言い出したんだ?森の中心を通って。時間はあるんだ、遠回りでも良かっただろ?」
 それは先頭をルンルンと歩く少年に向けてだった。
「え?掃滅するためさ」
 少年はその問いに満面の笑みで答え老兵を見据えた。いつのまにか彼は背負っていた双剣を手にしていて、戦闘準備に入っていた。
「やっぱりか…」
 頭を抱える老兵をよそに、スピットは周囲の気配を感じ、次いで目ざとくモンスターを発見した。
「あ!あそこにイーヴン発見!突撃ー!」
 少年は単騎でモンスターに突撃した。それを追う者は一人も居らず、いやむしろ目もくれずにそのまままっすぐ歩いている。それも、もう慣れた光景だったからだ。
「なぁジラフ、あれでもう6回目だぜ。があんなんでいいのかい?」
 弓使いは老兵に向かって問いかけた。このパーティに参入した順では二番目に新参者であった彼にとって、未だに信じられない事だったからだ。
「仕方ないだろ?止める理由が無い。実力は知っての通りだしな」
 遠くでドンパチやり合う音を聞きながら、また頭を抱えて老兵は言った。もう何度も道を外れ、そのせいで時間が予想以上にかかってしまっているのだ。戦えばレベルは上がる、それは良いのだが時間が掛かっては良い迷惑だ。この状況に弓取りは何か言いたい様だ。
「それもそうだが、俺が言いたいのは威厳の…」
「ねぇねぇ!ターラがなんか見つけたってー!」
 老兵と弓使いが話していると、海エルフを介して仮面から召集の命が下った。二人は「なんだ?」と顔を見合わせ、海エルフの女性と共に仮面の居る所に向かった。
「なんだ?お前が声をかけるとは珍しい…」
 老兵が仮面の居る現場に着き、仮面の見る先へ目移すと、そこには少し開けた森の小道があった。老兵は「ここがどうかしたのか?」と訊いたが反応は乏しかった。そこは小道と言えど、獣道と呼ぶ方が正しい位に草が茂っていた。しばらくすると仮面の男は歩き始め、ある場所で立ち止まった。
「何だ…これは…?」
 仮面に付いて行って見つけたのは、どうにも不可思議な大穴と残骸だった。最大の深さは4メートルを超え、周りにはモンスターの触手が落ちていた。まだ完全に干からびていない所から、これが最近の出来事だと分かった。穴はモンスターが入っていた空間で、なぜかそこを中心に大地が掘り返され、更にはそのモンスターが縦に引き裂かれた様に朽ちていた。
「見ての通りだ、何があったかは。ネヴェンデストが内側から破られた」
 その言葉に、居合わせた者たちは皆揃って目を見開き驚愕した。このモンスターはどんなに実力があろうと、内から叩けば原型は残るからだ。どんな者だろうとそれは変わらない。この様に破るには、外からでないといけない。
「は!?ネヴェンデストって『未満無効以上半減』だよな!?少なくともレベル40か50じゃねぇと…」
 驚きを隠せない弓取りは叫んだ。仮面は冷静なまま続ける。
「…この街にいるを達した者。いくつか名を挙げれば、アーサー、チャレド、レスタ、ヴィザーやらだが、どいつもこいつも170以上の身長だ。一人は既に故人だしな」
 仮面が言い出した名の知れた実力者、それぞれ剣士も魔導師も区別なく挙げていった。
「…?なんだ?何で身長の話が出てくる?」
 弓使いは片眉を上げて言った。老兵も発言の奇妙さに気が付いていて同じく首を捻り、海エルフは「あっ」と言われて気がついた様子だった。仮面はその質問を待っていたと言わんばかりに、穴を見つめていた視線を仲間に向けてこう言った。
「こいつは身長150センチ程度だ。子供だ、十二歳前後の」
「はぁぁあ!?」
 弓取りはこれまた信じられず叫んだ。近くにいた老兵、海エルフの二人はうるさ過ぎて耳を手で塞いだ。それに構わず弓使いは声を大にして続けた。
「スピットでも無理だってのにっ!どんな奴だってんだ!?」
 バカっぽく騒ぎ立てる弓取りに少々呆れながらも、仮面がそれに答える。
「見えないな、黄金の霧で全身が覆われていた。こんな事は初めてだ」
「待て、霧と言う事は…」
 ある事を察して老兵が言った。仮面は老兵を見て小さく頷き、少し間を置き一つの提案を投げかけた。
「…こう言う奴は、敵か味方か分からない。なら、?」
 仮面の言葉を受け、三人は黙り考えた。ぶつぶつとそれぞれの口から聞こえはするが、表立って発声する者は無かった。三人の考える内容はまさに三者三様。加えて仮面は心に決めた対応を既に持っていた。そんな張り詰めた空間に、ようやく少年が帰ってきた。モンスターの亡骸は無いが、傷も負っていない。
「よー、どしたー?やっぱイーヴン魔力性なのかねぇ?倒すと消えちゃうんだけ…ど…」
 彼は空気の落ち込みに気がついて、さらに穴にも気が付きそれに近づいていった。
「早かったな、これだよ…」
 少年が目の前を通る時に弓使いがそうつぶやいた。大穴の目の前に立った彼は、それまでの陽気さがなりを潜め、黙ると共に穴と残骸をまじまじと見て言う。
「うわぁ…ひでぇなこりゃ。特に匂いが」
 大穴を離れるスピットに、老兵が訊ねる。
「お前もこれが出来そうか?」
 少年はまだ穴を見据えながら言う。
「無理だね。多分コイツのユニークスキル発動してないよ?」
「「「え?」」」
 スピットの何気なく発した言葉は、知る者にとってあり得ない事象だった。
「奴のスキルのメカニズムは、口腔そのものと、口腔と外皮の間で起る。完全に死ぬまでスキルが発動するから、どうやったってだって外皮は壊れない。内側からったんならどうなっても原型は残るし、死んだ後に引き裂いたにしては穴が地に埋もれ過ぎてる。うん、破れるって言うより削れるだな、これ」
「…」
 皆が何も言わずにどっと穴に集まり、再びネヴェンデストの死骸を見る。くしゃっと潰れた、二つの緑と赤で織りなす薄い皮。返の役を担う歯列も綺麗に残っているのに、円盤型に大地ごと削られたぽっかりと空いた空間に含まれた肉体は一切無い。ただの一撃でこの様と言う証だった。仮面の者だけが知る光景でも、犯人は裂く時間を設けずその場を離れている。それを知った者どもらは、口を閉ざし、考えを改め始めた。しかしそれこそ、仮面が考えていた計画だった。
「それじゃあこうしようか。報告はしない。優先度は低いがそいつの正体を突き止める」
「それ…本気?」
 海エルフが仮面に訊ねた。「得体の知れない何かを追う事は、本当に私達の仕事か?」と、「もし味方であるとして、何をしようとしているのかと」。その様な意味を含んだ質問だったが、また仮面は自分の見る世界だけで物を言う。その言葉は重く、感受性の高い海エルフの女性には、あまりに可哀想だと思っていた。
「そうだな、私の願いが叶う…」
 仮面の奥の瞳が太陽に照らされ、それは紅く煌めいた。まっすぐ遠くの景色を見つめる確かな視線、海エルフの女性はそこから目を離せなかった。そして同時に、少年は密かに滾っていた。
「そっか。誰だか知らないけど、だなぁ」
 少年は笑んだ。それはそれは恐ろしく。誰にも見えなかったその瞳孔は、龍の様に細かった。
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