若い魔術師と英雄の街

Poyzow_eltonica

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第十七話 ディザント

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 砂中都市ディザント、宝石細工や研究が盛んな街、面積で言えばそんなに広くはないが思った以上に人がいる。住人及び英雄職の人が半数、もう半数が前述の人達という感じで、皆が確かな理由を持ってここにいるようだ。また自宅兼作業部屋、研究所としている者も多い。
 そしてこの街には、ギルドにあたる『オアシス』という施設が存在する、ディザント有数の高身長の建造物で、そこでは名の通りに人々に水を配っていて、いつ何時でも必ずタンクを持った人がいる。だがそれも一角に過ぎない、その列の隣、仕切りもなく広がった空間にギルドが設けられ、テーブルも多いのに全て英雄達が座っている。
「うわぁ…意外と多いな」
「当たり前だよ、ここしかないんだもん」
 マニラウほどではないにしろここもそれなりに広い、しかし街の半分は学者である故に娯楽施設が少ないようで、こうやってオアシスにとんでもなく集まると言う。そうだよな、自宅兼研究所の隣でワイワイやってたら苦情が出るだろうし、無くて正解だ。
「スピットはどこ行ったんだ?」
「それがな、ウノン・ジードの奴らに捕まったんだ」
「…それって呼ばれたって意味だよな?」
「うむ」
「珍しいよな、あの人達から寄って来るなんてさ」
 そのパーティはディザントランキング一位のパーティの事で、別名リーラパーティ。この砂漠地帯では武勲をたてる事は難しい、だから一等英雄なんてものに成れたら、神にも等しいとされている。そして遂にディザントから一等英雄が一人生まれた、それが現ウノン・ジードのリーダー、リーラである。
「オアシスに何しにきたんだっけ?」
「明日のクエストと、今日から泊まる宿探し」
「なんかここだけで完結してんな」
 水の列の横に溜まり場、その奥にクエスト受付があり、その真隣の居眠りをした男が受け持つのが宿の紹介だ。別の街からの英雄や行商人などが極端に少ないせいで仕事がなく、どうも怠慢に見えるが、これが現状である。それにジラフが声を大にし話しかける。
「テスラ起きろ!客だぞ!」
 ガタッとテーブルを蹴り、寝ぼけた顔をして俺たちを見回す。状況が飲み込めると正しく座り直し、あくび混じりで言った。
「来たのか、今度はどれくらいだ?」
 あご付近が膨らみかけた少し太ったテスラと言う男は、ジラフと親しいように話す。
「一ヶ月位だな、悪いがそれ以上止まるかもしれん」
「そうか、まぁ客も居ないんだ、いつもの部屋も空いてるぜ」
「そいつは助かるな、気に入ってるんだ」
 男は手を組み視線を俺に向けてきた。
「ゼルや、そいつが例の新入りか?」
「そうだ、贔屓目抜きに強い魔導師さ。モルソルの大群を一気に沈めたんだ」
「お前が言うんならそうなのか、あの遠目でも分かる黒傘を破ったのは確かにすげぇな」
 あの空のモンスターはモルソルと言うようだ、落ちてきた奴らの顔を見るとコウモリのようで、翼膜は光を通さない作りになっている。そして、どいつもこいつもげっそり痩せ細っていた。心苦しい気はするが、キャラバンも商売道具を失う訳にはいかない、ここで退けておいて正解だったと信じよう。
「そう言やゼルってジラフの事?勝手に話進んでるけど」
 バトラに耳打ちで問いかける。さっきから少し気になっていたんだ。
「ああ、あいつのミドルネームだよ、『ゼーソル・ゼル・ジラフ』があの人のフルネームね?因みに俺は『バトラ・リキオル・ドーラ』で、彼女は『メル・クリオネア』、『ターラ・ブルーニー』と来て、リーダーが『スピット・ロヴェル・ヴォイルーゴ』な。てか、確かお前には苗字無いんだったな」
 なるほど、初めて知ったな。別にみんなが呼んでる名前だけで事足りるから聞こうともしてなかった。
 そのまま話に花が咲き、立ったまま話し込んでいた。ふとすると、駆けてくる音が大きくなってきた。少し目線をやると、人と人との隙間を縫ってスピットが戻ってきた。
「おーい!ここにいたのか!」
 少し息が荒くなりつつ、スピットは話を続ける。
「なんだよ、一番奥にいやがって、めっちゃ探したんだぞ!」
「ああすまんな…で、あいつらは何て?」
「それがさ、ヒカルを預かるとか言ってんだ」
「は?」
「聞いて、ウノン・ジードのリーダーがヒカルを知ってるみたいでさ、宿代嵩張るだろ?なら俺の所に預けるのはどうだ?ってさ。俺たちは別に気にしないからって断ったんだがなー…聴かなくて了承したんだ」
「いや、何してんの」
「ごめんって…あの人融通効かなくてさ」
 なんかオッサンみたいな人だな。
「つー訳で、部屋は一つ少なくしても良さそうだな」
「へい」
 テスラさんとジラフは簡単な会話で済ませて、テスラは机に向かう。
「薄情な奴」
「ヒカル、そんな怒るなって。あの人お前と話したい事があるって言ってたしさ」
「え?」
 程なくして、俺たちはオアシスを去った。クエストはその時その時で貼ってある物が変わるため、今ある中でキープできるものは無かった。代わりに今はディザントの街を練り歩いている所だ。マニラウと違って一般人はほぼいないから声をかけられることも無い。
 道は広いところもあるが、どちらかと言えば狭い事が多い気がする。居酒屋やレストランなども見かけるが、小さいし誰も寄る気配がない。ちなみに今行こうとしているのは宝石店だ、「ディザントと言えば」って言われるくらいの名店だと言う。
「よーし、もう着くぞ」
 言われて目を上げると、またまたこぢんまりした店が姿を表した。店のかしこに装飾として宝石が飾られている、看板には『カーライル純宝』とあるし、その隣には見せつける様に巨大な宝石が飾られていた。
「主張が激しいな…」
「世界一を自負してる宝石店だからだろうね、あれだけで何ユーロするんだろうなぁ…」
 俺はメルがゲスい顔を浮かべて居るのかと少し顔を覗いたが、その表情は計り知れないだろう金額に怯える顔、小動物にも似る表情を浮かべていた。あの宝石は紫色で透明感があり、その上ラメの様な光沢まであった、しかも大きさはメルと同じか少し上回るほど…個人的には億は行くと思う。
 巨大な宝石を目の当たりにして気圧されるのは良いが、それで足は止まっちゃいけない、どれもこれも吹っ切れた値段の世界へ飛び込んだ。
 少し店の中へ入った途端に目に映るのは棚にぎっしり詰まった宝石の数々。ルビーやサファイア、トパーズエメラルドダイアモンド、店の一角を陣取ったアメジストの塊。他にも名も知らない宝石が数多くある、その中には俺が持っている青い宝石『砂漠の蒼星』もあった。
「はぁ…ここに来るといつも金銭感覚がおかしくなる…一番安くて5桁じゃあなー…」
「いやぁ、言うて俺らの装備も5桁だぞ?…まぁこいつらの方が何十倍も小さいけどな…」
「砂漠の蒼星…全部同じ値段だ」
「これだけは売り方作り方違うからね」
 店は思っていたより縦に長く、更に右に曲がっていた。ここには宝石の原石らしき物が乱雑に置かれていた、しかし埃は被っておらず手入れも行き届いている。乾燥した砂漠で水が無く、気温も魔石によって気にならないが街中の日陰でも40℃は超える気温。この二つによって金属はほぼ錆びないのだろう。
 ああ、そう考えると一般の人は魔石は基本高くて買えない、だからこの地獄の様な気温のであるディザントには住めないし居ないんじゃなかろうか。
 色々物色していると、奥からドタドタと聞こえてきた。自然と目が向き皆が注視した。
「なんだ客か?珍しいな。その成りじゃ英雄か?」
 痩せこけた背の高い男、天井が低いため彼が背を伸ばせば届いてしまいそうだ、現にもっと低いドアからは出てきた時におじぎの様に屈んでいた。
「ここの奴は質良く高価なもんばかり取り扱っている、頑張りゃ二等でも買える値だがな」
 彼については後から聞いた。カーライル純宝を営むのは4代目店主である『ペリドット・カーライル』、初代『ジャスパー・カーライル』から代々受け継ぐ事200年だと言う。桁が一つ違うと思って彼をよく見ると耳が尖っている、カーライル家は砂漠に住むエルフの一家なのだ。そして彼、ペリドットは歴代店主の中でも才能に優れ、店主として働きながら数多の宝石の加工ができ、魔法にも優れると言う。
「とは言えね、俺は守護系統の魔法しか習わなんだ。しかももう100を超えて老いてゆく身だしな、あの女みたいに戦えるかってんだ」
 そう彼は言っていた、現在彼の息子は店主になるために勉強中、彼自身も身を引いた後宝石職人になろうと言う事だった。
「そうか…あんたら勇者だったか…もうそんな時期か」
 パイプをふかしながら言う、どうやらペリドットは勇選会が行われた事を知らない様だった。実際彼は全てにおいて無頓着だった。たまたま店を継ぎ、たまたま才能を持ち合わせ、たまたま良い人脈を持っただけだったからだ。
 そんな彼がこう言ってきた。
「さっきもカス程度に口にしたが、俺の少ない知り合いに英雄がいてな、エルフでよわい170を超えてなお戦い続けてる。あいつは次の勇選会には出ようかと言っていたが、結果を知ってる奴はいるか?」
 彼は思いの外饒舌になった。言っているのは『フィーク・オロウ』の事だろう、ここにいる皆が見ていたし恐らく白熱しただろう。これにジラフが切り出した。
「ああ知っているとも、何百という中から上位32名に選ばれた、戦力を見ても32人中半分は彼女に敵わない。だが、初戦同門の後輩と刃を交え、読みの差で敗退した」
 聞いている間、目だけジラフに向けていたが、終わると目を瞑りため息を吐くと一言「さよか」とだけ言った。
「そうだ、言うの遅れたけど、ここにきた理由があるんだ」
 スピットが声色高らかに言った。
「ここってを取り扱ってるだろ?小さいのでいい」
「…何に使う」
「新入りのナイフだよ」
 ペリドットはそれを聞き、奥へとぼとぼ歩いて行った。スピットの言うアレとは何のことなのだろうか。
「なぁ、俺にナイフ必要か?一応魔法で何とかなるんだけど」
「お前さ、自分がどんな戦い方してるか分かってる?魔法を使う時はそりゃ普通の魔導師の内だけどな、あの光の獣の状態じゃどう見ても近接メインなんだ。&アンド体術、あんな事するのヒカルが初めてかも知れない。それとナイフを合わせりゃ良い戦術を編み出せるかも知んねーしな」
「そういう事…」
 この人達もあの『獣稟』の姿を気にしていない訳じゃ無いのか、だがこれは良い、引き出しが増えるのはいつだってありがたいものだ。
 しばらくしてペリドットが戻ってきた、手に布で包まれた何かを持って。その包みは分厚く丁重に保管されていた様だ。彼は包装を剥がしながら話す。
「ここから少し東に行けば俺の長男がいる、加工の腕も十分だ、アイツに頼め」
「技術と知識を平行して学ばせていた、先に技術が実ったようだ」
「さあ、持ってきな」
 途切れ途切れに話しながら、包装はついに無くなった。一体元の大きさから何分の一になっただろうか、現れたのは長さ10㎝にも満たない黒い破片、若干紫色の光沢がある。俺はそれを受け取った、ただ丁寧にそれを手で包む。
「紋様金三枚、金貨四枚、方金貨八枚」
 値段の事だ、俺が知っているのは紋様銀がある事まで、全て一桁区切りで種類が決まっている。銀貨が万の位、紋様銀が十万の位。その上をもって考えると…あの破片で3億4800万ユーロになる。日本円で約35億…とんでもねぇ。それをサッと出せてしまうスピットも恐ろしいもんである。
「ほんと…悪いなそんな高いもん買ってもらって…」
「別に気にしちゃいないぜ?だって財布も銀行も入んねーもん、何より経済回らんし」
「あー…そう…それバトラにも言われたよ」
「え?あ、そうなの?」
 ちょっとだけ笑いが起こったが、それも束の間、話はその破片に戻った。
「じゃあカーライルさん、説明頼む。こいつはまだ武具に疎いからさ」
 しょうがねぇなと言わんばかりの苦い顔を浮かべ、ペリドットは間を置いて話した。
「それは命の欠片だ、とある龍が命を落とし、継承が成り立った証。百年以上譲り受ける事はないし、初代と先代は見る事すら叶わなかった。それが最後の破片だ、お前は運がいいんだろうな。こりゃ宝石じゃない、命を売るから値も張るさ。…これでも安すぎるがな」
 龍の命、彼はそれを譲り受けたと言った。今、命を持っている自覚はとても薄い、しかしなんとも言えないような強力なエネルギーにより、俺の体は上手く動かないでいた。
「さっ、用は済んだか?済んだならとっとと帰れ」
「オッケー、そうする。行こうぜ!」
 急に重くなった体を動かし、皆について行った。置かれた原石と棚によって狭くなった道を戻る。最後にスピットが列の後を追っていく、それをカーライルは見ていた。正確には彼の背に括られた刀身だった。
「ああ…あの子供か、だからの事も知ってたのか。うん、あの爪がよく鍛えられている」
 カーライルは人の顔を覚えられない、しかし同じ鉱物ならどんなに見た目が変わろうが同じ物だと分かるのだ。以前現れたオニキスの爪を持つ少年、その子と交わした約束。『俺は持つべき人にオニキスの心を渡そうと思ってる、だからその最後の欠片はその時まで取って置いてくれ』と、今までとんと忘れていたが、確かに思い出し、約束は果たされた。
 東へ向かう足は鈍重、それは人通りが多い事が理由である。あの場所から少しでもこちらへ来れば、もうそこは加工屋の職場だった。互いに必要な工程を互いにこなし、一つの作品を作るためである。大体がブレスレットや首飾りになるという。単に東へ行けと言われても詳細は知らされていないが、ジラフは少し知っていた。どうやらカーライルと立札に名があるとのこと、場所までは覚えていなかったがそれで十分だろう。歩いているうちにそれらしき立札を見つけた。『錬磨カーライル』求める場所はここだろう。
「お?御客かい?父さんとこから来たんだろ?さっ、何を磨けばいい?」
 入ったと同時に物腰柔らかい感じで見た目は青年っぽい男が話しかけてきた、彼がペリドットの長男だろう。そしてここを進めたのが父であると察している、恐らくいつもそうだったのだろう。
「ってか、よく見たらウノン・カピトの…あれ、また一人増えてるじゃん。んで、何すればいい?」
「先に言っておくけど、俺たちはもう英雄じゃないんだ、勇者になったからね」
「え!マジで!っああ!そうか勇選会今年か!もう終わってたのかぁ…見たかったなぁ」
 この人はテンションが素で高そうだ、ペリドットのように情報に疎いようでは無く、ただ知らずにいただけのようだった。まぁこんな砂漠の中じゃ情報なんて簡単には手に入らないだろうからしょうがないか。
「え~何々~?記念でいい宝石打って貰おう的な~?」
 簡単にジェスチャーを交えてニヤニヤしながら言った。それに対してスピットが返す。
「確かに記念かも知れないけど、今回打ってほしいのは宝石じゃない。ヒカル、見せて」
 小さく頷きその欠片を差し出した、途端にカーライルの顔から笑みは消え、真剣な眼差しとなった。
「これを使ってナイフを作って欲しい、刃渡りは15㎝程度。それでどうだ?ヒカル」
「ああ、それでいい」
 まだ異質な圧力でまともに会話も移動もできないでいた、それを見越してかカーライルが歩み寄ってきた。
「オーケー承知。これじゃ片方しか刃が作れないけど、構わない?」
「うん、その方が扱いやすいよ」
 いつのまにか手袋を嵌めた手で、丁重に欠片を持って行った。それでやっと俺は息苦しさから解放された。
「よかった、腹とかみねはなるべく軽くて砕けにくい鋼を使うよ。完成は大体一ヶ月後になる、踏む工程が面倒だし接着も完璧にしたいからさ。お代は完成した時に払ってくれればいいよ」
 声色は変わらず高いままだが明らかに気の入り方が違かった。
「別にいつも真剣じゃなかった訳じゃ無いけど、これだけは気合が入っちゃうね」
 後は任せてよ、と言ったのを聞き俺たちはそこから出て行った。
 さて、体の重みで気にしてはいられなかったが兎にも角にも腹が減っていた。護衛任務からそのまま魔石を買い、オアシスに寄り、ナイフ作成の依頼をして、早くも日が沈みかけていた。昼食をとる間も無いまま夕になり、気にした途端に腹が鳴る。そこでバトラが目を付けたのは一軒の店、それは居酒屋に見えた。
 入ると、左右でテーブルとカウンターの別れたオーソドックスな形をした構造だった。これはどうもラーメン屋と似ている。客は二人しかおらず物寂しかった。そこでは皆静かになり、会話も小声のみとなった。
 出て来る料理は数種の香料の香る焼き肉だった。今まで見たことのない肉で、どこか魚のようだったが食感も味も普通の肉、食感は胸肉のようで脂っこさが無く、味は豚のようだった。
 美味しく食べている内に日が沈み、砂漠としては寒くなるが、魔石のおかげで気温が下がった事にも気が付かなかった。それから皆は借りた宿へ行くと言い、そこで一旦別れる事になった。スピットは去り際にだが、忘れていたかのように紙を取り出し俺に渡してきた。そこには簡単な地図があった、俺がこれからお世話になる人の家の地図。コミカルに『ココダヨ‼︎』って書いてある。俺と話がしたいだけじゃないはずなんだ、でなきゃ結構な期間泊めてもいいとはならないはずだから。俺は少し不安を覚えつつも赤い点の示す場所へ向かった。
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