転移した世界で最強目指す!

RozaLe

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第二一話 蟻地獄

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 モンスターの大群を避難させ、その足で砂漠を走っている。ターラの眼は便利だ、その場で過去にあった出来事を見る事ができる。そして残された霧の残留する先こそ、俺たちの標的がいる所だ。正体不明のモンスター。低級モンスターを大量に喰ったとされ、過去にその同種と思しき物はかつての勇者を殺している。俺たちは今明らかに死地に向かっているが、不思議と自信が溢れてくる。俺たちは相応に強いと自負し、また他者もそれを認めている。苦しい物になるだろうが、負けない自信が皆あった。
 先頭のターラは何も無い砂漠を右へ左へと何度も方向を変えながら駆けている。一体彼にどんな物が見えているか想像も出来ないが、恐らく残滓のような物を辿っているのだろう。ふとした時にターラが歩き出した、辺りを見渡し探っているような行動だ。それにスピットが声を掛けた。
「おい、どうした?」
「やはり砂中のモンスターだ、発見したは良いが追うのが難しい」
 ターラが言うにはこんな事だった。モンスター達の逃げている最中元凶のモンスターXが襲来、ひとしきり襲った後何処かへ行ってしまった。姿を見せなかったし、移動する際は他の砂中のモンスター同様砂の隆起を起こさせない。だから追いづらいのだと言った。だが、それでも微かに霧を発生させているらしく、よく見て追えば問題はないと言う。それを理由に、ここからは歩きになった。
 歩いては立ち止まり、今までの比でなく時間をかけて追跡する。既に我らが未踏の地へ入り込みここが何処であるかもさっぱりだ。だんだんと霧は濃くなっているとターラが言った、それは俺たちがそいつに近づいている証拠だった。
「ここから、また霧が濃くなった。確実に近づいている」
 ここにも幾つもの砂丘が乱立し、所によって小高い丘を作っている。よく見かけたり通って来た場所からはとうに外れ、少なくとも俺は一度も踏み入った事のない場所にいた。不意にターラの足が速まった、皆がハッとし直ぐに追いかける。ターラが早足になってすぐに、俺は砂の流れる音が耳に入ってきた。この砂漠で一度も見た事のない流砂の音だ。しかも底なし沼の様な物ではない、それは常に流れる砂の音だった。ついにターラの足が止まった、皆がその横に並んだ、ここが終点らしい。
「ここに居る。あの流砂の中心に、怒りを抱えたモンスターが居るぞ」
 目の前に広がったのは半径だけで100メートルはありそうな巨大な流砂だった。砂粒が細かいため斜面は急、中心へ常に流れ続けている砂は悉くが飲み込まれて行き、二度と戻っては来ないだろう。これは俗に言う蟻地獄だった。
「始めるか」
 スピットは流砂を見下ろし、双剣を抜き去り言った。皆も同様に武器を手に取り戦闘体制に入った。
「作戦はどうする?」
 ジラフが言った。
「相手のやり方が分からない以上最初は慎重に、俺だけで行ってみて後からどうするか指示するよ。んじゃ、ご挨拶するか」
 スピットはダッと駆け出し斜面を急速で降りて行った。流砂は常に中心へ流れて行っている為に足を取られそうになっている。しかし、砂に呑まれるより先に蹴り足を浮かせ、どんどんと加速して行った。スピットは瞬く間に底に近づいて行き両手に持つ双剣を振り上げ、砂の消える中心を叩き切り飛び上がった。
 勢いよく舞い上がる砂の下、一瞬だけポッカリと空いた穴から岩が姿を覗かせた。それは異様な岩だった。一方向にだけ同じ模様が続き、めくれ上がり、まるで身を守る棘の様に見えただ。スピットはそれを見て目を丸くしていた。だがそれは現れたのが岩だったからでは無い。俺も遠くから何か赤黒く光る物が見えていた。
「目だ」
 すると突然ドスンと砂が音を立て、ある一箇所を中心に飲み込み始めた。そこは丁度スピットの着地しようとしていた場所だった。俺がそのまま飲み込まれてしまうのかと思っていると、再びドスンと鳴り響いた。気づけばスピットは氷の上に立っていた。
「ありがとう!一旦戻る!」
 それから次々と出現する氷を乗り継ぎ、蟻地獄の縁へと彼は戻った。一仕事終えたメルはスピットに聞く。
「ねぇ、あいつは何なの?砂を割った時何が見えたの?」
「目だよ」
 スピットは簡潔に答えた。皆は鎮まり彼に注目が集まり、今分かった事を話していった。
「砂を操るモンスター。見えた目は頭に対して大きいけど、その頭だけで俺の体の半分はありそうだった。結構大きいよ、アイツ」
 その時から範囲は広がらないものの、流砂は流れる強さを増していった。そしてその中心からゆっくりと浮き上がる物がみえた。あの刺々しい岩石が砂の水面から現れ、同時に頭も覗かせた。目と鼻だけを晒し、その他は殻と砂の中に隠している。その目は赤く、細い瞳孔はギロリと俺達を睨んでいる。
「やる事は簡単だな」
 ターラがそれを見下ろして小さく、だがはっきりと言った。
「そうだな、ただアレの中身を叩けば良い。ま、そう易々とやらせてはくれないだろうけどね」
 スピットは彼の言葉に応えると、流砂の縁を歩いて考え出した。モンスターと睨み合いながらいくらか歩いた後、俺達に向き直り作戦を述べた。
「近接組、俺、ジラフ、ターラが交代でアイツに攻撃する。多分アイツはあの場所から動こうとしないか、動けない。絶え間無く攻撃して、壊せれば殻を壊して本体に攻撃して、それ以前に隙があるなら直接攻撃する。バトラは俺達が交代する時や攻撃に隙間が空いた時、爆ぜ矢を打って間を補ってくれ。魔法組はアイツの魔法の防御を頼む。もちろん俺らも防御はするさ」
 皆静かに頷いた。この六人の中で、恐らく一番戦い慣れているのはスピットだ。彼の経験則から、アイツがどんな攻撃を行うかもう大方察しがついているのだろう。そう言うより、アイツがどれだけ高次の存在か理解したと言った方が正しいかもしれない。俺でさえ今までに感じたことの無い圧力を感じる。土魔法を使い上位の存在なら、ほぼ全ての魔法を使えても何ら不思議では無い。
「行くよ皆」
「「ああ」」
 皆が手に武器を取る。決して負けられない戦いが幕を開けた。
「散れ」
 バトラを残し皆が散開した。近接三人が流砂を下り、俺とメルは二手に分かれて縁を駆けて行く。モンスターは自らに接近する三つの影にだけ標的を絞り、早速仕掛けて来た。奴の手前から、いくつかの砂の塊が津波の様に押し寄せる。近づくにつれ徐々に大きさを増し、一つ一つが数メートルの垂直の壁として行く手を阻んだ。
 ジラフとターラは横へ移動してそれを回避し、スピットはそれをほぼ水平に切って無効化した。一つずつ回避し、小さい物は叩き壊し、着実に本体に近づいて行った。そして三人ほぼ同時にモンスターが間合いに入った。綺麗な正三角に取り囲み、剣と槍は同時に振り下ろされた。
 しかし聞こえて来たのはギャリッと言う様な、不快な鉄の削れる音。見てみると背中の殻にはダメージがあった、砕かれた殻が飛び散っているのが見える。だが正面からのスピットの一刀は、強靭な顎で止められていた。大きく首を捻り、肩が殻からはみ出ている。
「ヒカルくん!来るよ!」
 メルが叫んだのを聞いた瞬間、流砂から何本もの塊が触腕の様に伸び、先端は鋭く中心にいる三人に向かって飛んでいった。透かさず俺とメルは防御に当たった。数えてみれば合計七本の砂の槍を、メルが氷魔法で二つ、俺が風魔法で三つ、スピットとジラフが一つずつ破壊した。先端が壊されるとそれ以外も瞬時に崩れ去る。刹那、中心で真空波が巻き起こった。ターラが技を使ったのだ。俺との戦いでも放った『一閃』だ、今回は一点を攻撃する『重撃』の方だろう。そして今度の殻へのダメージはさっきの比ではなく、中身が見える程に殻を破壊できた。
「はぁ、面倒だ」
 ターラはそう言った。小さい声だったからスピットとジラフにしか聞こえていなかったが、異変は誰にでも確認できた。誰も飛び散った破片を確認していなかったのだ。ターラが一旦引き下がり、いつの間に作られた氷の床に着地する。他二人も同様にし、皆が全貌を露わにしたモンスターに目を向けた。砂に紛れる黄土色の外殻と鱗、顎の付け根辺りから伸びる左右二本の大きな牙、ヒレのついた前腕と分厚い胸板を持つが、腰も脚も持っていなさそうだった。モンスターは殻から完全に上体を出し鼻先は天を向いている。しかし赤黒い眼は爛々とし、一点だけを睨んでいる。
「殻の性質を変えたな」
 睨まれるターラは姿勢低く剣を正面に構える。彼がそうした瞬間、再び斜面から砂が噴き出した。今度は触腕が無く、先端も尖ってはいないし、弾速も比較的遅かった。それはただ、暗雲の様に彼らを取り囲んでいった。
「私達じゃ突破は無理か…二人とも、足場を頼む!」
 俺とメルに指示を出し、砂が舞い霞む先でターラが駆けた。モンスターはそれに対し砂雲から槍を降らせる、それはついさっき皆で撃墜した触腕の先端部分の物に見えた。彼はそれを容易に叩き切るが、そこかしこに雨の如く槍は降り続ける。ターラが次の氷の床に辿り着く頃にはどの床も降り続く槍によって穴だらけになっていた。壊れかけの足場で踏み込み、疾風と共にモンスターの露出した胴を切り裂いた。剥がれた鱗と血飛沫が彼について行く、しかし先に足場は無く、他二人は自分の足場を守る事に徹して動けないでいる。流砂は攻撃に利用される毎に早く流れるようになり、一度足を取られれば逃げ出せはしない事は明らかだった。ターラはドッと流砂に着地した。しかし流されるどころか、そこで踏み込み再びモンスターを斬りつけた。モンスターは狼狽え、身を隠すまでとはいかないが身を丸くして防御の姿勢を取った。
「成程な、お前が頼りだ。ロヴェル、ゼル、ここは私に任せておけ」
 その目が捉えたのは、流砂の上に立ち止まったターラの姿だった。流される事なく、剣を横に広げて自らを見据えていた。彼は予備動作も見せずに何かを蹴り、『雨』も気にせずモンスターを攻撃し始めた。守りに徹し始めたモンスターに攻撃はできるものの、その刃は総じて届いていなかった。だが時間が経ち、ターラが流砂以外にも何かを蹴り始めた時、その刃はモンスターに届くようになった。
(これはヒカルの、空気の壁か。よくあそこから私が見えるな)
 ターラが蹴っているのは俺の作り出した空気の壁だ。俺もメルみたいに氷の足場を作っても良かったが、俺が作れるのはもっと貧弱で不安定な物になる。だから俺は一つの賭けに出た。ターラはその目で痕跡が見える。過去の出来事、そこで使われた魔法、感情も、残滓として目に映る。それが現在進行形でも適応されるなら、俺の見えない床にも反応できると。
 結果、反応できた。どのように見えているかは定かじゃ無いが、彼は空気の壁を利用している。可能性の確率で言えば高かった。人の感情はその時その時で変わり、それを彼は随時見抜いていた。例えそれが魔力の流れに変わっても、見抜くに変わりは無いだろうと。
「ぬっ!」
 鉄が鉄を押し潰す鈍く歪んだ音を響かせ、いきなりターラが真下に落とされた。流砂に飲まれぬ様になんとかクッションを挟む事に成功した。しかし、他にも既に足場を用意していると言うのに、一向にターラがそこで停滞し動く事は無かった。ここからあの雲の内側は見えにくい、だから大まかな位置しか把握出来ず何が起こっているのか分かり辛い。何も出来ず、雲の向こうを凝視していると、不意に悪寒に襲われた。その時、奴の赤黒い眼が俺を雲越しに覗き込んでいるのに気づいた。
(見られただけで心が勝手に震える程か…)
「グアァッ!!」
 目線が合うや否や、奴は大音声かつ砂如きなら簡単に吹き飛ばす衝撃波を放った。俺は飛んでくる砂が目に入らぬように反射的に顔を腕で覆った。少しばかり横を見てみると、バトラもメルもその砂と風にやられまいと必死になっていた。その最中、足元が急にぐらついた。大地が蛇のように畝ったと思ったが、気づけばその場に倒れていた。その時俺は不自然な陰りを感じ、咄嗟に空を見上げた。
「あぁ…」
 俺は冠の中にいた。砂で形造られた刀身に囲まれていて、その一つは俺へ刃を振り下ろしていた。その刀身がこの身に迫った時、剣は破裂し、砂粒に戻っていた。他数本の剣も同様に爆散し、俺は冠の包囲から逃れた。
(なんとか『風刃』が間に合った)
 間一髪で状況を打破できた。もう少し反応が遅れてたら確実に死んでいたか、少なくともダメージを負っていた。だが、これでもあの雲よりも殺傷力が低い。本体から遠いからか、精密性を重視し攻撃力を劣らせたと思った。
 物思いをしていると、ドスっと砂を打つ音が聞こえた。バトラのいる方からだ。彼は俺と同じように砂の冠に囚われていたようだが、見る限り冠の残骸しかなく、彼の手には大きな刃のついた矢が握られていた。確かケシュタルの水晶で見た大刃の矢だ、確かにあれなら近接も問題ないだろう。
 そして俺はそのままメルの方へ目を向けた。彼女は俺が冠から出た時には何事も無かった風に平然としていた。よく見ればしっかりと冠の跡もあった、やはりいち早くあれから抜け出していたみたいだ。
 しかし、これで俺たちは今まで通り見ているだけではダメだと悟った。さっきまでの近接組との戦闘では、俺たちの傍観は切り捨てられていた。しかし俺とメルのサポートによってこっちにもターゲットが向いた。当然放っておくなんて事はないだろう。メルだけがサポートをしていた時にこちらに無反応だったのは、恐らく戦闘に支障が無いからだったろう。
「来るよ!」
 じっと下を見つめていたメルが凄みを利かせて皆に言った。瞬間、俺たちの目の前に津波の如き砂の塊が押し寄せた。しかも、それは大小様々であり、迫り来る速さもまちまちで、波は個々に刃や鈍器が備えられていた。
「マジで…!」
 上に居た三人はその波の対応に追われた。波はホーミングなどの機能は無く、ただ無差別に辺りを飲み込み攻撃している。ただそれ故に、殺意は在れど察知できず、隠れたいた波には肝を冷やす。しかもこの状況でも俺は足場を維持しなければならなかった。それも下で再び戦闘が起こっていたのが原因だった。津波の迫る音に混じり、聞き覚えのある金属音が反響し耳に届いていた。しかし、ここで可哀想なのがバトラである。彼の目は遠くまで見通せる為に比較的波は避けやすいが、彼にそれが降り掛かる義理はもとより無かった。それゆえ聞こえてきたのがこの声だった。
「おい!なんで俺まで!何もしてねぇだろ!」

 あのモンスターが叫び、上でも何かが起こった。それは私の目が映してくれるから分かりきった事だが、その後、徐々に暗雲は晴れて行った。今まで氷を死守し、氷に取り残された者らは束の間の休息をとった。それもすぐに終わってしまい、今は再び刃を交えている。だが下の者らは皆、流砂の速度が落ちている事に気が付いていた。私は無論、ロヴェルもゼルも戦闘可と判断し、再び武器を強く握った。そして現在、私たちは更に戦闘狂と化したモンスターと対峙していた。爪を立て、牙を剥き、魔法と殻による反撃を伴う防御。そのどれもが脅威に値する破壊力を持っていた。
「まだイケるか!?」
「問題無い!戦いってなりゃ底無しさ!こんなに楽しいのは久しぶりだ!」
 これに応えたロヴェルは私よりも早く駆け回り、率先して攻撃を受け捌き、また攻撃を当てようとしていた。ゼルは私よりも駆ける速度は遅いものの、余裕を持って立ち回っていた。モンスターは上手く殻に隠れながら瞬間的に身を乗り出し、そのヒレの先にある爪や強靭な顎で攻撃を仕掛けて来る。見た感じではあるが、私のつけた傷はもう塞がっており、些細な後遺症も無さそうだった。もとより傷は浅く期待などついでの感覚だった、想定から外れていない。ただ、上からの援護は見込めそうに無かった。地下を魔力が這って居るのが時折見える、力は分散されているが代わりに私たちだけで何とかする他残っていない。
「考えは同じか!?」
 数瞬の休息がてら二人に言った。この状況を分かっていない彼らでは無い。奴の牙をいなした時、分かりきった答えが返ってくる。
「もちろん!」
 もうこうするしかないのだ。当初の戦略とは大きく外れ、また想定以上の力を見せたモンスターだったが、こう魔力が分散してしまえば脅威は半減し、警戒すべき物は全て可視化された。最初に思い描いたこの場だけの戦いで無く、上とも同時に戦わせる。そうする事で不本意ながらも確実な勝機が見えたのだった。
「行こう」
 スピットの声が小さく、だがはっきりと聞こえ、最後の攻防が始まった。
 奴は私を眼前に捉え魔法で槍を作り出す、手前、中段、後方と横並びに出現した。私たちは奴を取り囲む陣形をしていた為、それぞれに同じ三段階の槍が向けられた。それが間を開けず放たれると、何の捻りもせず直線で飛んでくる。身を翻し、必要な分だけ叩き落とすと、足元の流砂が振動していた。それを認識した時には、更に鋭く巨大な槍が我が身を貫こうとしていた。例え鎧を着ていようと重傷以上は確実だ。
(それで止められるとでも?)
 翻した身には未だ回転する力が残っていた。それを前方へ集め、頭を抱え込み身を屈めた。結果足先を掠めただけで済み、そのまま大地に突き出た槍を台にし強く蹴った。
 それが消えていれば当たっていただろうが、地形的にも、時間的にも待つ事は機会を無駄にする。だからこのタイミングで打つしか無かったのだろう。勝機はこう言う所でも見える物だ、わざと避けさせ確実な追撃を狙う。それは知能ある証拠だが、結果を急き過ぎだ。単純な攻撃には追撃が来やすいと、容易く想像が出来てしまう。
 私が詰め寄るその顔は巨大で、しかし目を見開き牙も見せていない。奴にとって予想外だったのだろう。
「シッ」
 私は飛び上がり、呆けたつらを顎から両断する為切り上げた。しかし、直前で正気に戻ったのか仰け反り避けられた。奴が私を目で追うと、その光景に二度目の衝撃を受けていた。私は虚空に足を着き、『一閃』を繰り出そうとしていたのだから。
 ずっと残っているのが不思議だった。援護が不可能な程に上でも攻防があると言うのに、あの空気の足場は消える事なくずっと残っていた。その時、奴は私たちを見下していると感じたのを覚えている。恐らく気を散らして足場の消滅を狙っていたんだろうが、私だけには消えない足場が見えていた。ならばこの錯覚を利用する他ない。あえて足場を使わず普段通りの戦闘をした。そこにはまだ足場が多くあった。
 そして今、この場にもまだ沢山の足場が残っていた。この場所でなら全て見下ろせる。他二人に何の動きも無いと思えば、いばらの茂みの中で奮闘していた。どうやら私とは違う追撃があった様だ。一瞬の内に状況の全てを把握した。再び呆けた顔を拝み、空を蹴り、『一閃』を殻に目がけて振るった。しかし、その斬撃は硬い岩に弾かれた。私の体は蹴った勢いのまま流砂にぶつかった。
 ぶつかった地点には足場も何も無い、モンスターの操る流砂が受け止めた。流砂はモンスターの意志の通り、無様にも隙を晒した者の足を飲み込んでいく。しかし、太陽は仮面の暗い眼窩を照らし出し、不自然に細く、吊り上がった赤い目をモンスターに見せた。それが笑んでいると理解するのにさほど時間は掛からなかった。
 その時突如として場を轟音が支配した。同時に発生した黒煙は何かが爆ぜた事を教えてくれた。モンスターの上体が揺らぎ、意識は体を離れ一瞬彷徨った。モンスターが気がつくと、背後にあるはずの荊は崩壊を始めており、おおよそ右の後頭部から首辺りが鈍く痛み、眼前に居たはずの影は消えている。
「二度目ならどうだ?」
 上空から声が聞こえたと思い咄嗟に見上げる。さっきと同じ場所に、さっきと同じ様にそこに居た。だが、虚空は炎を上げ円盤を作っていた。それはモンスターにとって、太陽よりも眩しく感じられた。
「『一閃・旋撃せんげき』」
 声と共に剣は舞い、備えも施していない殻は針の先端から順に壊れていった。それを自覚出来ないままに、モンスターの体は深い裂傷に覆われた。魔法の維持も出来ず、目を開ける事すらままならなくなっていた。砂の上に影が降り立つのを最後に見て、重い体は地に伏した。
「…やったな、ターラ」
 剣を納めたロヴェルが笑顔で、だが少し名残惜しそうに話しかけてきた。いつもであれば何も言わないだろうが、今回ばかりは物を言った。
「全く、何を残念がる必要があるんだ?私たちは勝ったんだぞ。まぁ、お前が恋してたなら話は別だが」
「は?ちょ、おい!」
 内心笑いながら追いかけてくるスピットから逃げる。戦闘時以外でもあの速度で走れるだろうに、彼は普通の子供と同じように鈍く走っていた。その時、上の奴らもここへ降りてきていた。

 俺たちは波に奮闘していた。それが爆発音と共に動かない砂の山になった時には全て終わっていたらしい。バトラが蟻地獄の縁で手を振っているのが見えたと思えば、彼は足速に斜面を駆け降りていった。少し目を移せばそれにメルがついて行くのも見えた。俺はすぐさま同様に駆け降りた。
 下に着くと、スピットがターラを睨みつけており、ジラフは愉快に笑っていた。その空気にそぐわず、彼らの背後にはモンスターの亡骸が倒れていた。
「来たか」
 下に居た三人の内、今一番冷静だろうターラが声を掛けてきた。普段なら珍しい事だったが、この場ではそれも仕方ないと思えた。
「やれたんだな、俺ら」
 先に下に到着していたバトラが感慨深く言った。
「そうだな。かつての勇者パーティの仇を打てた訳だからな、私も同じ思いだ」
 ターラはバトラの抱く感情を見て言った。こんな時はどんな色なのか分からないが、俺も同じ気持ちだった。もしかして、喜びと同じくオレンジ色なんだろうか。
「だが、長くここにいるのは危ないぞ」
 ターラが不意に真剣になり、ある事を告げた。
「ここはかなり無理な角度の流砂だった。砂の性質からして、最大でも20°位までしか角度が急にならないはずなんだ。ここの角度は30°超え。意味は分かるな?」
 その時、砂が足元に徐々に雪崩れ込んでいることに気がついた。
「ああそうだな、早く出よう」
 そこからどうやって脱出するか手早く話し合い、『転身』で一気にディザントまで帰ることになった。誰にも見られていなかったが、言わずともその亡骸は砂に埋もれていった。流れ落ちた砂が頭を覆った時、小さな浮き沈みがあった事に気付けるはずもなかった。
 気付けば視界は暗く、背は激しく痛み、そこに触れる砂が湿っていた。そこで自分が負けた事を思い出した。どうしようもない憤り、だがそれを解決できうる方法を一つ知っていた。だが、それは自らを殺す事を意味していた。
『それが何だ』
 課された宿命に応えるべく、先祖と同じ道を歩んだ。それを妨害する者らが現れ、それは叶わないと思っていた。だが、この場合順序はどうでも良かった。少し時期が早まるだけで、同じ事をするつもりでいたから。
 その覚悟を決めた瞬間、体は眩い光に包まれていた。軽くなった体で砂から飛び出し、新たな憎しみを抱えて飛び立った。
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