転移した世界で最強目指す!

RozaLe

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第二二話 黄金狂

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 無事に『転身』で戻ってきた。行きが大体三時間、戦闘は十分と掛からず終わった。想定していたよりかなり早く帰還した俺たちを見て、街に残った者たちは驚き、同時に喜んだ。日は高くなってお腹は空き、砂の入り込んだ靴や服に、皆が多少の不快感を抱えていた。そんな時、砂丘隊のテレンスがゆっくり歩き街へ入ろうとする俺たちへ足速に駆け寄り言った。
「まさか貴方達、あのモンスターを倒したのか!?」
 人々の騒ぎの中から情報を聞きつけたのか、帰ってきた意味を察したのか、目を丸くして慌ただしく言う。スピットが誇らしげにグッドサインを出すと、彼はその手を両手で包んで興奮気味に縦に振った。
「やりましたな!砂漠の危機はこれで終息するぞ!」
 目に見えて大喜びし、大手を広げて他の砂丘隊メンバーの所へ急いだ。この確かな情報をいち早く知らせるために。
 今街の中にはあまり人がいない。と言うのも、ここは研究所のある区域ではなく、主に英雄職の人々の住宅地であるからだ。ほぼ全員が外側の岩盤に派遣されるか自主的に向かい、モンスター達の管理を行なっているから人通りも少ない。時たま人とすれ違ったが、水入りの大きなボトルを持って外へ向かっていた。そういえば『ラック』、『ザーク』『コーレット』の三種は陸地に対応している為、門の内側にまで入り込んでいるのも確認できた。
 ある程度街を歩いていると、前方からまた一人やって来るのが見えた。彼に皆が気を止めたのは、そのシルエットに見覚えがあるからだった。小さな背を丸め一定の歩幅で歩くのは、砂丘隊のルイスだった。彼は目線を落としていたが、視界にこれまた見覚えのある集団が見え、ふと顔を上げたのだった。彼は開口一番こう言った。
「おや、もう帰ってきたのか」
 何処か気怠けそうに物を言っていた、しかしやはり無事だった安堵から微笑みが浮かんで来た。ルイスは続けた。
「流石、今度の勇者は格が違う。伝承にあった砂嵐が無かったおかげか、それともやはり君達が強過ぎるのかね」
 クククと小さく笑う彼に釣られ、スピットが調子に乗って一緒に笑った。バトラとジラフも笑み、俺含めたその他三人は反応に困っていた。
 すると唐突にルイスの顔から笑みが消え、何か俺たちの後ろを鋭くじっと見つめて微動だにしなくなった。同時に皆背後が薄暗くなった事を感じた。振り向くと暗さは回復しつつあり、その代わりに何か明るく輝く物が浮いていた。そう言うより、飛んでいたとする方が正しかった。それは天高く飛び上がり、徐々に下降していっている。
「君達、今の光に見覚えはあるかい?」
 ルイスが表情を変えずに皆に投げかけた。多少の沈黙の後にバトラが言った。
「全く。貴方には分かるのですか?」
 ルイスはバトラの額から汗が一筋伝って行くのを見てこれに答えた。
「進化の光」
 何人かの顔色が変わる。どれだけ重大な事態かを察したのだ。
「モンスターには進化する種としない種がいる。これは分かっているはずだ。そのモンスター等は、自らのエネルギーと身の回りのエネルギーを吸収し、増幅させ、傷も癒えた新たな強い肉体として生まれ変わる。これが奴らの進化だ。進化の際の吸収されるエネルギーには、光そのものと光エネルギーも含まれる為に、青白い光の柱と局所的な陰りが出来る。そのモンスターが強い程、もしくは強いエネルギーを欲するほどに、光と陰りは大きくなる。あれほど巨大な物は見た事が無い。さあ、早く行った方がいい。でなければ皆が死ぬだろう」
 ルイスの長い説明が終わった頃には、皆戦う覚悟が出来ていた。誰も何も言わず、ルイスに背を向けて足速に去った。その足は小走りになり、いつしか全てが疾走に変わていた。
「あいつ死んで無かったのか!?」
 街の端まで来てやっとスピットの口が開いた。同時に街の外で予想通りの騒ぎが起こっているのも聞こえてくる。
「確認する暇は無かった。だが、浮かれて穴に飛び込んで来たのが悪手だった。上に戻るだけで良かった」
「って事は俺のせいか?悪かったな浮かれてさ!」
 嫌に冷静なターラの言葉に、強い口調でバトラが返す。確かに、一目散に流れの止まった蟻地獄を駆け降りたのは彼だった。それ故に『転身』を使う事になり、を見る事はできなかった。
「喧嘩しないで!反省なら後でたくさん出来るんだから!」
 メルが二人を仲裁した所で門を抜けた。ここにいる人達もモンスターも、同じ方向を見つめて等しく不安を露わにしている。それを一瞥したターラの目にはどんな風に見えただろうか。
 行きよりも早く走り、同じ道の砂を掘り返しながら進んだ。今朝の様な意気込みも忘れて、張り詰めた空気の中、無言で砂丘を走り抜けた。そしてある地点で足が止まった。遠吠えが聞こえたのだ。丁度ここら一帯は低地であり、標高はマイナス値になる。
「なあ、ここに居ていいのか?埋められるぞ」
 さっきから一転し、バトラが冷静に状況を見た。だがスピットもターラもここでも良いと答えた。その言葉は、どこに居ても変わらないとも取れる言い方だった。二人は辺りを見渡し、低地の中でも比較的高い場所に全体を移動させてその予測を言葉にした。
「書いてあった事、ルイスが読んでただろ?今と同じ状況で、あのモンスターと戦った事。でもさ、さっきの戦いでアイツは砂嵐を起こして来なかった。と言うか、あの状態じゃ出来なかったんだろ」
 静かに語るスピットを静かに見守った。各々がこの時点で全てを理解していた。それを分かっていて、彼は更に続けた。
「あの光をルイスは進化の光と言った。さっきまでのアイツは別のモンスターになって、伝承にあった砂嵐を巻き起こす存在になっているとしたら」
 誰かが息を呑むのが分かった。あの状態でさえ俺達に苦戦を強いるモンスター。進化してどんな姿になるのか、どういう形で攻撃するのかも分からなくなった。これほどの絶望を感じる事は俺も皆も恐らく初めてだった、突破口が見つからないと言えば『デーモンコア』を思い出す。しかし今回はどう想像しても、転がる先には敗北しかなかった。誰が『砂嵐』を殺せるか。
 どこかからさっきの遠吠が聞こえて来た、明らかにその声は近付いて来ていた。ジラフとバトラは無意識に武器を手に取っていた。遠吠はまた響いてきた、また近くなっている。そしてバトラが空の一点を見つめ出し、釣られて同じ方向を一斉に凝視した。
「凄まじい…本体はまだはっきりと見えないが、嫌でも分かる程に巨大だな。しかもこの上無く激しい怒りだ」
 ターラが鎮まった空間に呟いた。恐らくターラの目には、夕焼けも比にならない深紅の雲が浮かんでいたのだろう。どんな怪物が現れるのか、鼓動は速くなり続ける。次に遠吠が聞こえた時、それは見上げた先に居た。
『ギジャアアァァ!!』
 未だ米粒程度の大きさに見えるが、それは四つの翼を忙しなく羽撃かせ、微かに揺らめきながら向かって来る。奴が近づくにつれて感じる威圧感も大きなものになっていった。この感覚はさっきの物と同じ、だが強さは段違いに強くなっていた。
「…あいつの、正体が分かった…」
 豆程の大きさに見えるまで近づいて来た時に、バトラが生気を欠いて呟いた。皆が標的から目を離せずにいたが、耳だけはかろうじて向ける事ができた。バトラは言葉を更に連ね、聞いている者は吐かれた単語に戦慄した。
「ドラゴンだ…あいつ」
 周りの反応を見るに、強い恐怖の対象が今回の標的だった様だ。そこで俺はどう反応すれば良いか分からなかった。先頭のスピットの顔は見えず、横並びになった五人の頬を冷や汗が伝う。もう時間に猶予はなかった、巨大な影はすぐそこに迫っている。
 さっきよりも下顎の牙が太く巨大に、睨む姿は鬼に似る。広げた四枚の、脚だったものを含めれば六枚の翼は、薄く透けていて、美しく虹色に煌めいていた。
『ギジャアアァァア!!』
 鬼の咆哮と共に風が吹き荒び、大牙を突き立て俺達へ突進した。それを避ける事は容易だったが、避けた事ででパーティはバラバラになってしまった。その巨大な顎は大量の砂を巻き上げ俺たちの視界を奪った。雨の様に降り掛かる砂が落ち着き、空を見上げれば、上空二十メートル程の位置に奴は居座っていた。そしてさっき巻き上げた砂の幾らかが、止まった二枚の翼の周りで弧を描いていた。
(やばっ)
 思った途端、奴は一方の翼をブンと薙いだ。それによりその翼に纏っていた一部の砂が放たれ、音より先に大地を割った。出来上がった亀裂は瞬時に閉じたが、それの威力は火を見るより明らかだった。だが何故一回だけなのか。
「もっと来るぞ!叩き切れ!」
 その答えは奴の顔にあった。赤黒い目は見開き、牙に押し上げられた口角が更に吊り上がっていた。
「試した…」
 すると奴は更に翼を無造作に振り回し始めた。誰を狙うでも無く、自分の眼下へ砂刃を飛ばした。留まる位置をほとんど変えず、着実に俺達へ攻撃を仕掛けていた。ふと、砂の形に既視感を覚えた。何処かで同じ形を見たと思った。何かと思えば、自分の魔法『風刃』と何ら変わりが無いと気付いた、ただ色が違うだけで。
 降り掛かる砂刃はほとんど命中しないが、当たる軌道に自分が居ればそれを撃墜していった。状況は必然的に横這いとなり、お互い決定打に欠けていた。撃墜した砂刃は粉々になり、それが舞う事で見る先々がチカチカとして眩しく、砂刃の裂いた気流は複雑で荒かった。
 そんな折、バトラが矢を番えた。矢先は無論奴へと向いている。
「最適なのは俺だよな」
 砂刃の降る荒れ狂う風の中で膝を突き、太い矢を、頑強な弓を引き絞り呟いていた。重い空気を破る音を響かせ重矢は一直線に奴へ突き進んでいった。すると奴の羽撃きが一瞬止まり、矢の当たる場所に砂の盾を形成した。その矢は防がれてしまった。しかし意識は矢へ集まったが為に、小さな隙が生まれていた。その機を逃さず魔法組が手を翳す。メルは幾つかの氷の槍を、俺は『風刃』を、細かく多く飛び交わす。その時奴の盾から矢がこぼれ落ち、その目が移ると迫り来る魔法が飛び込んで来た。しかし奴は奇怪な羽撃きをし、身を翻し、いとも容易く回避して見せた。魔法の幾つかは廻る翼でいなされていた。
(トンボみてぇだ)
 驚くほどに空中での体勢が安定していた。攻撃時にも回避時にも一切崩れる兆候がない。あの昆虫は四枚羽でどんな飛行も可能だ。停止、旋回、直進、それらの速度も自由自在。奴は動きこそトンボよりも重く見えるが、巨体故にそう見えるだけで比較するまでも無く速く、それでいて同等以上の精密な動きが可能だった。大小それぞれがバラバラに、しかしどれが欠けてもあの妙技は成り立たない。
「マジで?…あんな動きされたら無理だぜ…」
 バトラが落胆と恐怖が混じった声でダランと腕を垂らして言った。恐らく彼は気付いていた。奴が魔法を使う時、翼の動きが止まりほとんどその場から動けない事に。羽撃きに準ずる動きならで済ませられる。しかし、砂を集める。その応用で盾を作るなどには一度集中しなくてはならない。だから精密な動作性を失い一時的に停止して隙ができる。
 それは一種の賭けだっただろう、時間を掛ければその分不利になる。早合点だと分かりつつも彼は矢を放ったのだろう。結果として羽撃きを止める事は出来たが、追撃が遅く焦らす事もなく避けられてしまった。いや、例えもっと追撃が早くとも当たってはいなかっただろう。それを悟り、六人の闘気は消沈してしまった。
 その煌めくドラゴンは眼下を一瞥し、もう何の起こりも無くなった事を確認すると、その六枚の翼を天の字に広げ、一対ずつ、順々に強く絶え間なく羽撃き始めた。移動するよりも数段上の羽撃きは砂を巻き上げ大風を起こし始めた。奴からすれば直接首を落とさずとも、ただ嵐を起こせばいい。そうしているだけでいつかは死んでいる。疲労が凄まじい代わりにリスクを最小限に抑え、既に次を見越しているだろう。
 こうなってしまえば、叩きつけられる暴風で足腰は立たず、飛び交う砂粒で目を開けられず、武器も魔法も吹き飛ばされる。打つ手なし。俺たちは何も出来ず衰弱を待つ身と成り果てた。舞い上がった砂はいつしか雲の様に分厚くなり、ギラつく太陽は曇り空の奥に隠れた。屈んだ身にあらゆる方向から砂を激しく打ちつけられる。鎧を着ていない俺の肌はみるみる内に擦過傷だらけになり、所々から血が滲み、風に煽られ飛んでいく。それは他の皆も例外じゃない。スピットの鎧は腕を野晒しにしているし、ジラフとバトラも薄いスーツが破れていた。比較的無事と言えるのは、覆鎧に守られ必死に砂地にしがみつくメルと、全身を鎧に包んだターラ位だ。
 奴はさっきからほとんど高度も位置も変えないまま嵐を起こし続けている。こんな状況で息もままならないと言うのに、俺は余計な事を考えていた。
(駄目だ…このままじゃ。何か、手立ては…抜け道は無いのか!ヘリの真下に居るみたいにダウンウォッシュがキツすぎる!)
「…は?…ゲホッゲホッ!」
 その余計な思案がある事に気づくきっかけとなった。無意識に口を開いてしまい、少しだけ砂粒が口へ雪崩れ込んだ。しかしシャリシャリとした感覚は奇妙なほどに少なく、代わりに何かが喉の水分を奪っていく。俺は確かめる為に目元だけを風の層で覆い、ゆっくりと顔を上げて目を開く。
 するとどうだろう。なんとも異様な光景がそこにあった。吹き荒れる暴風は無論砂嵐を形作っている、それが太陽を覆ったのもこの目で見たはずだった。しかし、嵐の中はとても煌びやかだった。ここの空気中にある何かが僅かな光を反射し続け、太陽よりも眩しい位に皆を照らしていた。それは虹色だった。
(まさか、鱗粉か!?)
 砂に混じるガラスの粒では、光を増幅させる様に輝いたりしない。明らかに異質だった。思えばアイツが上空に来てから気流が荒かった。それは奴の羽撃きが起こした物だと思っていたが、常に一定の高度を保つだけのそれなのに、風力は刻々と強くなっていった。その時、空が妙に眩しく見えたのも気のせいでは無かったのだ。
 じゃあこの風は鱗粉が巻き起こしているのかどうなのか。まず、奴は翼を動かしている間は複雑な魔法を使えない。魔法を使おうとして一瞬でも隙が出来てしまえば完封できず、反撃の余地が生まれてしまう。それ以前にただの風圧だけで事足りるから、奴自身が故意に魔法を使う事はないだろう。風の向きを気にする様になって分かった事がもう一つ。必ず下側から砂がぶつかって来る。絶対に上からでは無い。魔法で巻き上げられるから強風で返されずに砂が舞うのではないか。僅かな光さえ太陽以上に輝かせるその量。鱗粉一つが持つ魔力は極々微量、最初は比較的少ないからあまり砂も舞わず気付けなかった。今は咽せるほど大量にあるし、次々と新たな鱗粉も降り掛かる。この異常な嵐が鱗粉のせいでないと言えようか。
 ある時ターラは、真っ赤に染まった視界が徐々に橙へ変わって行く気がした。視界はまだ赤みを帯びてはいるが、確かに奴の感情が変わった、同時に鎧に打ちつけられる砂が少なくなり、気付けば無くなっている。顔を上げても砂は襲い来る事が無く穏やかな風に包まれている、しかし耳にはまだ轟々と鳴り続く嵐が聞こえている。我らを囲う安全圏が形成されていた。バリアではない、風を風で相殺し、また受け流していた。
「…お前だけだな、こんな事が出来るのは」
 突如風が止み、皆軽く動転しながらも砂を払っている。しかしターラが目を向けた先には砂も払わず微動だにしない俺が居た。ターラはその目に映るを理解すると、ただこう聞いてきた。
「何をすれば良い?」
 ターラは素早く近づくと、屈んで耳を貸した。小さな俺の声を聴き漏らさぬ様に。俺は俺で、微かな声で確かに伝えた。
「…………」
「…ああ、承知した」
 その言葉を言い終えた直後、俺の頭上で『ギャンッ!』と金属の歪む音が響いた。耳がキンとしたが、今はそんな事を気にしている暇はない。
「ふんっ、野郎も感が良いな」
 パラパラと大粒の砂が頭に降った。奴がさっきと同じ様に砂刃を飛ばし始めたのだ、今度のそれの威力は先程の物よりも威力が高いだろう。ターラが砂刃を防ぐ為に『一閃』を使っていた事からもよく分かる。
「スピット!ジラフ!至急斬撃の撃墜に移れ!」
 ターラが叫んだ。二人はその言葉を解すると素早く武器を握り直し、俺の近くへ走り寄った。その間にも奴は一つ、また一つと砂刃を俺へと叩きつける。しかし尽くターラによって落とされた。それまでの顔色を一変させたのがターラにはよく分かった。
(纏う霧が変わったな。青緑。恐怖と疑念。奴は自らの敗北を想像したのか?)
 そんな感情を抱いてなお、攻撃は躊躇いを見せる事は無い。むしろ翼の回転を早め防御を困難なものに変えた、同時に標的をに増やす事もしていたのだった。紛う事無く戦いは終わりへと向かっていた。
 少しずつ晴れて行く視界、眩しくて見えたものでは無かった奴の姿もようやく見分けがつく様になった。ならばどんな些細な事も見逃さない。例え一瞬霞んで見えても、十分予測して戦えるだろう。なんたって、ここに居るのは当代最強の英雄達だから。
 俺の頭上だけでは無い、俺の近くのそこかしこで火花が散っていた。荒い砂粒が降り注ぐ中、俺は一つの事に集中していた。それは鱗粉の魔法を打ち消す事。たった一人で膨大な作業を行なっている。
 やはりこの異常な気流の正体は、輝く鱗粉の起こす魔法だった。この鱗粉には『砂を巻き上げる』と指令された弱い魔法が宿っていた。砂に触れた途端、たった十数センチほど、たった数グラムの砂を巻き上げる。それは空中にある砂にも適応され、浮いた砂に鱗粉が付き、またそれに鱗粉が付く。こうして倍化する様に力が強くなり、結果としてダウンウォッシュにも負けない上昇気流が発生する。ただ、仕組みがわかれば解除は簡単だった。同じ力で全く逆の向きに吹き戻せば良いだけだから。しかしながらこの量だ、極限まで集中しなければそれは叶わないし、その小さな気流が螺旋の軌道を辿っていた事も難易度上昇の理由だった。だが人間の慣れというものは想像以上だ、パターン化されてしまえばどんなに数が多かろうが関係無くなった。しかしこれまでと言う限界はある、全てを凪ぐ事は不可能。しかしそうしてしまえば俺の思い描く勝利へは向かわない。今はこれが丁度良い。
 三人は砂刃を弾く度に自分の腕へ返る反動が大きくなっている事を実感していた。何十もの斬撃を受けた腕はとうに疲れきっており、強敵との二連戦で体力の減少も目立った。疲れを度外視して戦えはするが、この密度で素早い且つ、眩しい中で見分けなければいけない攻撃に、いつ付いて行けなくなるか分からない。
「ヤバっ!」
 言った側から俺を狙って放たれた砂刃が落とされずに掻い潜って来た。叫んだスピットは間が悪く体勢を崩しており、そこへ次なる斬撃も降り掛かっている。ターラもジラフも自らの防衛に手一杯で、ここまで届かせるには地を強く蹴るしか無い。そうすれば逆に砂を掘り返してしまい隙を晒す事になる。奴の狙って作り出しただろう危機的状況に、また別の風を切って迫る音があった。二つの風切り音が頭上ギリギリでかち合うと、視界には砂と共に水色の破片が散りばめられ、更には矢が一本トスッと落ちた。
「俺らの事も忘れんなよ?」
「いくら不向きだとしても、合わせれば十分防げるよ!」
 取り残された二人が合わせ技で砂刃を落とした。防御の穴が発生する事を見越して準備していたのだろう。お陰で労力を割かなくて助かったし、丁度最後の一手の仕込みも完了した。決行の意を固め、俺はターラへ向かって叫んだ。
「ターラ!頃合いだ!」
 ああ!と彼が答えた。俺の近くに留まり防衛をしながら、こちらへ来いと言う様にバトラへハンドサインを送った。すぐさまバトラが駆けつけると、ターラはある一点を指差して言った。彼の目には良く見えている。完全に青くなった視界の中に、荒くうねる、黄土色の魔法の軌跡がある事を。そしてそれらは緑色の魔法によって螺旋状に巻き取られ、台風の目の様に真ん中がぽっかり開いている事を。
て」
 彼の指し示したのは大方ドラゴンの方向だった。バトラがそちらへ目を向けると、驚く事に、細いが確かに一筋だけドラゴンへと伸びる穴が空いていた。キラキラとした鱗粉も、茶焦げて見える砂も無く、完全な無風であり、丁度矢が一本通れるくらいの大きさだった。それを見てバトラは、今どんな状況になっているか大体察した。
「オーケー」
 指示を受け取った彼は矢筒から一本の特殊な矢を取り出し、それを番いて引き絞り、特殊な構えをとった。地を這うくらいに低く低く。そして狙う先に見据えたのはドラゴンの胸部。もとい、心臓だった。
 奴は羽撃く事を辞めたかった。しかしそれは今では無いと考えている。辞めてしまえばに完全な隙を晒す事になるし、もし下手に動いても自らの胸部へ伸びる穴は付いてくるだろう。それ程までに隙がない、または用意周到とも言える。
 目に見えずともその事実がなぜ分かるか、それは体が感じ取ってくれているからだ。様々な低ランクモンスターが生き残る為に身につけているこの能力は、とても有り難かったが変な感じだった。俺は負けるかも知れない、その恐怖は大きくなっていくばかり。しかし望みがあるなら賭けてみる他にはないだろう。命さえあればそれで良い。心臓から少しでもずれればそれでいい。直前で避け、溢れた血さえも『力』とすれば良い。
 二つの思惑が密かにぶつかり合う。上回るのはどちらの思い描いた勝利だろうか。勝負は一瞬、両者その瞬間に全てを賭ける。
「久々だな、『昇雷しょうらい』」
 バトラの構える弓からギュンと矢が放たれた。普段の数倍は速い弾速。もはや音もなく目標へ向かって直進した。渾身の一矢、だがそれは奴には十分見切れる速度だった。奴にとっても簡単には避けれない物だが、的を外すのは存外に容易い事だと分かった。十分に矢を引き付け、僅かに身を翻して急所を外した。だが同時に体を打つ感覚が飛び込んできた。これは実際には触れてもいない、しかし確かに襲い来ている。それは背後のあらゆる角度から迫っていた。
 穴を作るだけじゃ無い。いなした荒風はどこへ向かったのか。嵐の外、奴のの範囲の外、遥か上空に待機させてあったのだ。もちろん奴が魔力の流れを感じ取れるか否かは分からない。それでも対策するに越した事は無い、例え無風地帯を小さくしてでも。それでどうだ、タイミングも狙いも完璧だ。奴は避けるか外すかをしている。皮肉だな。本来なら俺の風魔法の全力をもってしてもアンタを動かせないだろう。だが、アンタの起こした突風がそれを可能にした。自分で自分の首を絞めてんだ。
「逃がさねぇよ…」
 一瞬だけアイツと目が合った。この声は奴の耳に届いていた、俺がそうさせた。
 砂塵を割って突風がドラゴンめがけて突き進んでいった。風の勢いは凄まじくドラゴンを押し戻し、そのままに地面へ叩き落としていく。突風によって割れた雲の向こうからはギラつく太陽が差し、矢先の鋼を照らし、直後には真っ赤な飛沫を輝かせた。飛ぶ為に軽量化した薄い甲殻は易々と砕け、直下の筋肉も骨も意に介さずに、尖鋭な鋼は音も無く心臓を破った。
「グギャアアァァァ!!!」
 遺憾と怒気を孕んだ断末魔は、宛ら雷鳴の如く辺りへ鳴り響いた。ひとしきり叫んだ後、力無く黄金の巨体が遂に落ちた。
 俺は戦いが終わった事を確認し、残った砂塵を内側から吹き飛ばした。砂粒は風に従って四方に飛び散り、ふわりと舞う残った鱗粉は、軽く火で炙っただけで燃え尽きた。そこでやっと風も無く燦々としたいつもの砂漠が戻ったのだった。
「勝った…」
 俺はやっと空を仰ぎ見て、しゃがれた声で小さくつぶやいた。体にできた小さな擦り傷や切り傷は、痛みはあれどとっくに乾いてかさぶたもどきになっていた。皆くたびれ、息も荒く汗をかき膝をついていた。バトラとメルだけが例外で、メルは吹き飛ばされなかった事と戦いに勝利した事に安堵の表情を浮かべていた。
「ゴハ゛ァッ!」
 その時、突如として誰の物でも無い謦咳が響いた。疑いようもなくドラゴンの落ちた方向だった。皆咄嗟に身構え、奴に視線を向けるも、その巨体はピクリとも動いていなかった。警戒する必要は無かった、なぁんだ、と気が抜けた。しかし二人、瀕死のドラゴンを気にかけている者がいた。
「あっ、おい!待て!」
 スピットの静止を聞かずに彼女はぷかぷかとドラゴンに近寄って行き、もう一人はその後を追って無言で歩き出した。メルとターラの二人。モンスターを友に持つ者と、他者ひとの感情がわかる者。この二人が何かを感じ動いていた。メルに浮かんでいた表情はどこか悲しげだった。もう誰も何も言わずに彼女らに付いて行った。
 ドラゴンの落ちた先は一番近かったジラフの位置から十メートルくらい。先行した二人は既にドラゴンの顔近くで傅いていた。遅れて四人が到着すると、間を置いてターラが話し出した。
「彼は私達に期待し、希望を見出している」
 俺たちはその言葉を一瞬理解出来なかった。自らを倒した相手に何を望んでいるのかまるで分からない。彼は続けた。
「私達に伸びる大きな橙の霧、しかしもう一つ霧がある。どす黒くなった赤い霧」
 俺はその霧の意味を知らなかった。しかし赤は怒りを表す事からも、その異常色が何を表すか想像できる。ターラは一瞥した後、立ち上がり、ある方向を指し示した。方角はおおよそ東、今回の一連の騒動の発端となった最初の事件があった方向だった。ターラは静かに、だが怒りに似た圧を込めて言い放った。
「あっちに
 その言葉だけで十分だった。砂漠にとって、本当の敵はこのドラゴンではなかった。
「悪い事をしたな…。今更事情を知った所で、貴殿の命は失われるに変わりは無い。だからこそ、意志を継ぐ事を誓う。必ず砂漠を守る。必ず脅威を排除する。私達もそう言う存在だから」
 再びターラが傅くと、伏したドラゴンの目を真っ直ぐに見てそう言った。メルはその傍でずっとドラゴンに寄り添っていた。普通ならこの状況をおかしいと思うだろうが、分かってしまった俺たちは、彼を労う事しか出来なかった。
 そんな時、ターラの足元の砂が小さく隆起し始めた。なんだと思って皆が目を向ける。数秒の内に極小の丘は、体の一部を形成した。あまり力が残っていないのか、それ以上に何かを形成することはなかった。
「これが…私達の次なる目標か…」
 そこへ形成されたのはドーム状に飛び出た目だけだった。ドラゴンと同じだが、更に細い瞳孔を持っていて、瞼にあたる部分はない。当然俺も皆も知らないモンスターだった。そしてドラゴンは、もう役目は終えたと言わんばかりに静かに目を閉じた。メルが寄り添う中、徐々に砂へと換わり崩れて行った。一つの命が落ちた所には、砂の山と一本の矢だけが残された。
 全てを見届け、始めにターラが立ち上がった。
「帰ろう」
 彼はそう言うと、一人歩いて行った。それをメルに始まり、一人また一人と追いかける。『転身』を使うのはもう少し後になりそうだ。
「状況を整理しようか。そして、私達がすべき事を話し合おう」
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