転移した世界で最強目指す!

RozaLe

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第二四話 目の主

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 丁度太陽が顔を出す時刻。そこにはディザントの英雄の面々が勢揃いしていた。ディザントのパーティ第十位から第一位まで、そこに勇者たちも散りばめられている。初めて見る顔や見知った顔まで様々だった。
 十分明るくなった頃、大通りから幾人かの人影が見えた。あれが何者らであるのか検討はついたが、なぜか頭数が一つ多い。しかも何やら箱も持って来ているように見え、それを見つけた者はあれ?という顔をしていた。俺も皆も思う事は同じだった。
「え…何で…」
 砂丘隊ともう一人との距離が、どれが誰であるかはっきり分かる位に近づいた時、俺はもう一人が誰なのかが分かった。その人の身長は俺とほとんど変わらない。彼だけが持つ小さな木箱の中身も見え隠れするが、輪郭は丸く透き通っている。更に彼らが近づいてくると、それから会話が聞こえて来た。
「いやあ、本当にありがとうございます。フォルガドルに居たと言うのにこんなに早く」
「なぁに、これくらい屁でもありませんよ。一大事と聞いちゃ、少しでも早くって思うじゃないですか。しかも、今は私にしか出来ない事ですから責任感も強くなるもんで」
 少し白髪の混じった髪と、灰色の目を持った初老の男。会話の中で見せた笑顔は俺が間近で見ていたものだった。そう考えている内に、集合場所の商東門に彼らは到着した。彼は英雄達の中心に木箱を置き、その横で一人が正式に彼を紹介する。
「皆の者、早朝に集まってくれて感謝する。今日日きょうび本作戦の決行が出来るのも彼がいるおかげだ。ケシュタル・クラムバス殿だ。親しい者も中には居るだろうな。我らに足りなかったのは即座に情報を伝達する術だった、だが彼が持つ水晶の技術を使えばそれは可能になる。では、これを配ろう。説明はその後だ」
 やはり砂丘隊と共に歩いて来たのはあのおじさんだった。勇選会で偶然居合わせたっきりだが、俺の中で強く印象に残っていた。しかしこの取り上げ様、あの人は相当凄い人らしい。考えてみれば、Aクラス観戦場にいる時点でそれなりの権威がある事は知れた事だった。
 砂丘隊の面々が、英雄一人一人に持って来た水晶を渡していった。あの水晶は以前見た物と違い中心が淡い赤色を帯びていて、大きさは片手で覆える小ささだ。今は誰が何をしても光を放つ様子は見られない。そんな渡す作業の合間にケシュタルと目が合った、彼は俺を見つけると嬉々として大手を振った。彼の笑顔の先にいくらか視線が向いたのは言うまでも無い。そんな折に、俺の下にも水晶が来た。
「さて、これで行き渡っただろうか。ならば本作戦の説明を始める」
 テレンスは辺りを一瞥し、懐から元から持っていたであろう水晶を取り出した。同時にケシュタルや他の砂丘隊のメンバーも同様に取り出し、がっしりと手の中に収めた。
「これから皆には、東へ行ってもらう。この大人数故に、どれだけ重要な作戦か勘付いただろう。本作戦は、今回の騒動の核となるモンスターの討伐を目標とする。何処か一隊が見つけたら報告を挙げ、そこへ集結し皆で撃破する。各隊は仮拠点より放射状に広がり、死角が極力出来ないように探してくれ。進めば進むほどそれは困難になるだろう。何の用意も無ければ広がった隊列の中では声が届かないだろう」
 一旦説明が途切れると、テレンスは右手に持った水晶を高く掲げた。
「それを解決するのがこの水晶だ。まずは見せよう」
 彼が再び水晶を胸の高さまで下げると、淡い赤色だった水晶の中が鮮やかに光り出した。辺りは一瞬騒めくのを感じた。
「この水晶は、持っている者からごく微量でも魔力を注がれると起動する仕組みになっている。起動している間、これは周りの音を拾い記憶する。そして…」
 また説明を切ると、彼は空いた左手を上げてそれを強く振り下ろし、水晶を割った。ガラス部分は簡単に崩れ落ちたが、赤い輝きがそこへ残った。徐々に黒みを帯びた光は幾つにも拡散し、英雄らに渡された他の水晶へ飛んだ。
『………この水晶は、持っている者からごく微量でも魔力を注がれると起動する仕組みになっている。起動している間、これは周りの音を拾い記憶する。そして……』
 それぞれの水晶が黒い光を受け取ると、その水晶が起動してからテレンスのしゃべった事がそのまま言い放たれた。この水晶は一方通行なトランシーバーみたいなものだった。最初の空白の時間で周りは少しばかり騒ついていたが、それを拾ってはいないようだ。
「とまあこんな具合に、輝く間に聞き取った事を、離れた者に伝達する水晶だ。水晶技術の研鑽がまだ浅い段階な故にたった一度の使い切りだが、連絡すべき事項は『痕跡なし』か『標的発見』、『状況報告』などだろうから、1パーティの人数分で事足りるだろう。それと、注意してほしい事だが、この水晶は魔力を送った主の声しか拾わない事を覚えておいてくれ」
 案外にもノイズの無かった理由が早々に解明した。ともあれ以上をもって今作戦会議は終了した。それから英雄達は話にあった仮拠点まで歩く事になるため、商東門の外の岩盤に列を成した。しかし列とは言うもののあまり規則正しい並びでは無かった。単に集団で移動し統率がいつでも取れるようにする為だろう。
 仮拠点に向かって歩き出して十数分、ディザントが小さく見える。進行速度は意外と早い。先頭と最後尾に砂丘隊とケシュタル、その他は皆腕利きの英雄。遅い訳は無い。少し気掛かりなのは、言った通りケシュタルも同行している事。それが何故なのか、本人達からの言い分は未だ無かった。
 俺たちの並ぶ場所はまさかの先頭、ディザントの順位通りに並ぶからとここへ連れて来られてそのまま出発進行。一つのパーティは横並びに、ウノンの後ろにはディン2トロン3と続く。この並び方に異を唱える人はいないが、俺はあまり好ましいとは考えていなかった。では何が不満か率直に言うと、先頭にいる三人の中にケシュタルが居るからである。俺は彼がさっきから妙にそわついているのを知っていたし、ちらちらと俺を見ている事も知っていた。そしてケシュタルが何食わぬ顔で歩く速さを落とすと、俺へ近寄り、案の定口を開いた。
「よお!勇選会あれ以来だな!もう一ヶ月だ、あのパーティには慣れたかい?」
「…はい、ですが作戦上ここ数週間はウノン・ジードの皆さんと行動を共にしていて、多少パーティとして鈍っているかも知れません」
 俺はトーンを少し低く、躊躇いがちに言い放った。だがそんな空気を意に介さず、更なる質問が飛び出して来る。
「それで?ドラゴン以外に何を倒してきた?」
 彼の声と顔はとてもウキウキしていた。俺は少し考えて、一体のモンスターの名を言った。
「デーモンコア」
「んん?なんだいそりゃ、新種か?」
 当然だが彼は知らかった。もしかしたら例のデータバンクに登録されているかもと思ったが、やはりそんな時間は無かったみたいだ。それにしても、ケシュタルはあまり驚かなかった。
「そう、ゴーレムの進化形態らしいです。鉱洞に居たのを倒しました」
 ケシュタルは目を丸くし数回瞬くと、そのまま難しい顔をする。
「…どうかしました?」
 俺は、柄にもなく黙り考え込む彼を心配して声をかけた。それに返ってくる返答もまた静かなものだった。
「ああ、見ての通り考えてた。何度かゴーレム討伐に同行した事があったが、一度もそれっぽいのには会ってないな。腕力だけのノロマ、一体倒すのに時間も掛からない。中にゃ最大レベルの個体も居たが瞬殺だった。…進化はしないはずなんだ…」
 ケシュタルはそれっきり自分の世界に入り、完全に塞ぎ込んでしまった。自分から話し掛け、恐らくは楽しく藹々としたかったはずだろう。進化しないはずのモンスターが進化形態を見せたと言う情報は、彼を深い思考の沼に追いやってしまった。
(この人、本当にどんな人なんだろう…)
 話を聞く限り、唯一水晶技術を持ち、何処かの会社か組織のトップと思しき人物。趣味は英雄の追っかけ。その実、後世にその姿を残すために危険地帯にまで足を踏み入れている。今回はモンスターの進化について頭を抱えている。俺はこの人がどんなに偉い人か、または凄い人か知らかったのだ。
 歩いて行くという体制をとっている為、仮拠点までは相応に時間がかかるものだ。丸一日、砂漠をほぼ一直線に歩いてようやく辿り着いた。ケシュタルはあの後しばらく頭を抱えていたが、突然顔を上げるなり先頭に戻ってしまい。ラグルをはじめとした仲間に冷や汗をかかれたが、それには首を強く横に振った。
 仮拠点はディザントと同じレンガ造り。門を潜って目に飛び込むのは、四角い箱の上に八の字の屋根が乗っかっている光景だった。そのまま目を落とすと、一番下のレンガの辺には氷が食い込んでいる。それを見て、この場所がどうやって短期間に造る事ができたか分かった気がした。門を潜る前まで談笑していた人達は、質素で暗い街を見てどよめいた。確かに少しだけ不気味ではある。新築のゴーストタウンという感じだった。
 今歩いている大通りは、仮拠点を両断するように伸びている。中央には広間があり、その向こうにはもう一つの門が見える。だがどこを見ても装飾は無い。そこまで作り込む時間は流石に無かったようだ。
「さて、長らくご苦労だった。いよいよ明日だ、ゆっくり英気を養うといい」
 テレンスが振り向いて後続達に言い掛かると同時に、その後ろでルイスが指をぱちんと鳴らす。すると、この小さな拠点が光で溢れた。荒んで見えた街が、一気に活気を取り戻した様だった。
「どの家で休むかは各々話し合って決めてくれ。一人用、二人用、四人以下、平屋、どれも余分に作ってあるから取り合いにはならないだろう。明日の朝に水晶にて招集をかけよう。では、解散とする」
「一つ、その明かりは光源に手を近づければ暗くなる。寝る時はそうしろ」
 テレンスが比較的丁寧な言葉使いで言った後、無骨な声と態度でルイスが続けた。ほとんどの人はそれを気にしなかったが、少なからず気を悪くする人もいた。俺はそういう人だと知っていたから気に留めもしなかった。
「さーて?部屋の中はどうなんだいっ!」
 ラグルが勢い良く扉を開ける。僅かな間を空けて彼が感嘆の声を漏らす。そうして見えた内装は意外にもしっかりしていた。テーブル、椅子、壁掛け棚、二つのベッド。狭い空間にそれらは詰められていた。他にクローゼットと、バスルームもある。ただ、用途は宿泊なためキッチンは無い。
「良いじゃん、もっと無機質だと思ってた」
 灯された光は真っ白で、レンガの赤茶色を照らし出し暖かな雰囲気があった。ただ、この光は珍しい。よく使われる光源は火を応用した物が殆どだ。マニラウでもディザントでも、形は違えど火を光源にしている。だが、今回は光そのものが宙に浮いている。揺らめく赤い光は無く、突き刺さる程真っ直ぐな白い光だった。
「へぇ…だったか。あの人も中々使える人なんだなー」
 俺はその単語に引き寄せられた。光魔法。ラグルの口ぶりからして使用者はそう多くはなさそうだ。それもその筈、この世界の魔法は、世に存在する属性と相互関係にあるからだ。これはヴィザーオッサンの家の本に書いてあった事。
『火属性が存在するから火魔法がある。水属性があるから水魔法がある。風も土も金属も同じ。かつては無かった魔法が出来れば、それを感知しモンスターが身に纏う。その逆も然り、モンスターが異質な力を身に宿せば、それは人にも力を分け与える』
 つまり、同じ魔法と属性は必ず同時に存在する。しかし光属性など今まで一度も聞いた事が無い。『モンスター総覧書』にも五つの属性しか載っていなかった。
「おい、大丈夫か?」
「え?…」
 声を掛けられて俺はハッとした。考えている内に、いつのまにかベッドに座り込んでいたようだ。ラグルもベッドに座っていたが力は抜けている。横のテーブルの上には水晶が置かれていた。それを見て、俺もテーブルに水晶を置き、気を楽にして後ろに手を突く。
「いやさ、光魔法なんて初めて聞いたから」
 すると、ラグルは片眉を上げた。そして少しだけ首を傾げて言い放つ。
「…もしかして、ルイスさんの学問知らないのか?」
 え?と漏らした俺に、彼は教えてくれた。ルイスは『無属性』の研究者だと。ここでの『無』とは、存在しない、空っぽという意味では無く、この世界から失われ使用者が皆無となった事を意味する。無属性も五つ存在し、魔法として残るのは極一部。その他は一度世から消え去った。それらを研究し、再建する事こそ、ルイスの学問であり仕事だった。
「へぇ…じゃあ昔は六つ以上の属性が同時に存在した時期もあったわけか?」
「俺が聞き及んでる限りだと、同時に七つが最大だったみたいだ。ルイスさんが使ったこの光魔法は、原初の魔法の一つらしい。すげぇよな、ずっと一人で研究してんだからよ」
 ラグルはそう言いながらベッドに倒れ込んだ。後頭部に組んだ手を当て、帽子はちっとも頭を離れない。彼はそんな帽子の中に手を入れ、干し肉を引っ張り出してかじり付いた。俺も内ポケットにしまっていた干し肉を取り出しかじり付く。この味はあまり好みでは無い。二人してしょっぱい肉を千切る間、ある事が頭をよぎった。
「…なぁ、光魔法があるんだったら、影とか闇魔法もあるのか?」
 迷わずそれを口に出す。俺はとても素っ気なく言ったが、ラグルに目を向けると、大きく目を見開いていた。彼は次に干し肉を飲み込んだ後、ため息混じりに言った。
「勘がいいなお前は。そうさ、あるよ。使用者は魔王ただ一人だ」
「…魔王が…」
 この世界もようだ。光と闇がある。俺の世界がそうだったように、全てはその二つに起因するようだった。だが、そう成り立っているとしたら、は何だったんだろうか。
 干し肉を食べ終えると、ラグルは光に手を差し伸べて暗くした。明日の為に眠りにつくのだ。
「おやすみ、ヒカル」
「おやすみ」
 ラグルはこう言っていた、原初の魔法の一つに光があると。光には必ず対が必要だ、当然闇魔法もそこにあっただろう。その事を筆頭に様々な思考が頭を巡り、暗く静かになった後もしばらく寝付けなかった。今日はどうにも調子が狂う事が多かった。ケシュタルは口数が減り、ラグルとは話が続かない。
(俺はまだ世間知らずか…)
 俺が会話に参加しきれない為か、尽くタブーを踏み抜いているのか分からないが、当分は皆の話に合わせる方が良いだろう。少なくともそれで会話に食い違いは起こらない。世界について、人について、ほとんど知らずにここに居る。常に学び、全てを徐々に知っていこう。改めてそう考えた。
 翌朝、ぼやけた視界に一瞬だけ黒い光が飛び込んだ。あっと思っている間に、水晶はテレンスの言葉を伝令した。
『おはよう諸君。早速東側の門に集合してくれ。くれぐれも水晶を置き忘れないようにな』
 俺たちはそれぞれの水晶を持ち、その言葉の通りに家を出た。明るくなり始めている空の下で、覚悟を持った荘厳な顔の英雄らが一箇所に集まって行く。とても昨日まで楽しそうに会話していた人達とは思えない。全員が集まったのを確認し、テレンスが口火を切った。
「まさに正念場だ。各々、覚悟は出来ただろうな?私達は砂丘の上にて指示を出す。都度前進し、君達を見失わぬように努める。標的は好戦的である可能性が高い、出現の前兆を見逃すな。発見次第報告をし、発見地点へ急げ。…どんな犠牲を払ってでも、奴を仕留めてくれ!」
 テレンスの激励に、英雄たちは雄叫びを上げた。砂漠を護るという意志がどんな恐怖をも跳ね除けた。
「初めの一日、作戦開始だ!各班散開せよ!」
 その言葉を皮切りに、門から近いパーティから順に駆け出して行った。どういう手筈なのかは、昨日までに全て決めてある。先頭にいたパーティは南東方面、そこから一パーティずつ進む方角を北上させ、最後のパーティは北東方面に進む事になっている。そこからは各パーティの動向に応じて臨機応変に角度を変えながら進んでいく。俺のいるウノン・ジードは下から三番目、おおよそ東南東方向へ進む事になった。
「何か見えたか?」
「いや、全然」
 あれから幾つか砂丘を越えた。横を見れば他のパーティが砂丘の奥に隠れそうになっている。周りを見渡しても何かが動く気配は無い、もちろん水晶に誰かから連絡が来る事も無かった。もう少し進んだら二手分かれる事になる。
『ビゴだ。これより、ヨハン、スパイトを引き連れ二つ前進する』
 唐突に水晶が声を上げた。起点の砂丘を離れ、別の砂丘へと移ると言う報告だった。静閑な空気にいきなり声が響いたため、パーティの半数は心臓がキュッとなった。
「なんだぁ…びっくりしたなーもー…」
 そのうちの一人だったロロンが大きなため息をついた。気付けなかった理由は後ろから光が来た事と、その光が早過ぎた事だ。よって、今後は後方にも注意を払わなくてはならなくなった。
「そろそろじゃね?」
「ああ、頃合いだ」
 一度立ち止まり左右を確認すると大きな砂丘が両方にあり、隣にいるはずの二番、四番方向のパーティの姿が隠れていた。右側にリルとレイル、左側にロロンとラグルと俺が向かうと即決した。三人歩幅を合わせて、しかし足早に砂丘を登って行く。頂上まで登り見えたのは、ほぼ綺麗な弧を描いて点々と並ぶ英雄たちの姿だった。どこのパーティも状況は同じような物で、一番遠くに見えるのは五番方向の片側だろう。あそこにはメルが居た、その水色の輪郭がはっきりと見える。
「こんだけ広がって痕跡も無しか…初日に発見ならずかな」
 ラグルがどこか楽観的に呟いた。この方法で散開しても、カバー出来ている範囲は砂漠の一部でしか無い。奴の居る方向は分かってはいるものの、それはとても大雑把な情報だ。もし好戦的ならこの大量の足音や声に釣られて出てくるかも知れないが、近くにでも居ない限りそんな願ったり叶ったりな事があるはず無い。
「行こうぜ、ずっとここに居ても仕方ない」
「だな」
「うん」
 ラグルの一声で俺たちは再び歩み始めた。砂丘を降り、見回し、何も無い事を確認した。更に歩いて、歩いて、いつしか隣にはラグルもロロンも居ない。二人は俺の左右に展開していて、豆粒くらいに小さく見えている。あれから砂丘をまた二つ登り、続いてこれが三つ目の砂丘だった。本当に行く先々全てが同じ景色、俺は前後の砂丘の大小を比べて謎に一喜一憂していた。この砂丘は今までで一番大きくて少し喜び、そして今登頂した。
「はぁ…はぁ…ここなら色々見えるだろ」
 もう何時間と歩きっぱなしで流石に息切れがしてきた。それを軽い代償として手に入れた広い視界は、やはり有意義な情報を与えてはくれなかった。しかしそれも当たり前になっていた。何も惜しいと思わずに、俺は砂丘をゆっくり降っていた。その時だった。視界の右端に赤く輝く光が見えた。ハッとしてその方向を見る間に光は黒くなり、俺の懐へ飛び込んで来た。そしてけたたましい声を響かせる。
『…二番!目標のモンスターを確認!直ちに応援を!……南から現れた!一番からの連絡は無かった!恐らく、奇襲に遭ったと………………』
 俺は音も無くずっと光り続ける水晶を見て青ざめた。誰であっても水晶を割り忘れる事はないと思うし、彼は息も絶え絶えと言った状態だった。しかも最後の言葉は強制的に切られたように聞こえた。そしてこの間。テレンスは発言者の声拾わないと言った。周りの人の声も、あらゆる雑音も切り捨てられる。この間は何だ、ここにはあの目を持つモンスターが人の亡骸をいたぶる音でも入っているのではないか?そんな悪い予感がする中、俺は全速力で砂丘を下っていた。考えるより先に体が動いたようだった。そして、俺にとって初めての試みをする。
(まずはあっちか!)
 俺一人でどうこうできる相手ではない事は確か、だからウノン・ジードのメンバーを集める事にした。そこで俺が試すのは新たな『転身』の使い方だった。今までは行った事のある場所、正確には自分の立った場所半径5メートル以内に瞬時に移動するものだった。しかし、今回はに移動する。砂漠という単純な地形故に試せる新技法。初めに左側、ラグルのいる方を見る。小さな影が砂丘を猛スピードで下っている。
(いた!)
 数キロ離れた彼の下へその身を転じる。すると瞬きをする間にラグルの目の前に立っていた。
「あ!お前!」
 彼は俺の出現に驚きを見せたが、手を差し伸べられると同時に、おう、と言って手を握る。次に現れるはロロンの元、前を見れば砂漠を駆ける後ろ姿が見えた。
「ロロン!掴まれ!」
 俺たちは走りながら叫んだ。ロロンはそれに驚く風もなく立ち止まり、振り向き様に手を差し出す。また、熱のこもった顔つきと、それに相応しい若気にやけ顔で小さく言った。
「そろそろ来ると思ったぜ」
 次はリルを、最後にレイルを回収し、ウノン・ジードは再結集された。と、向かう前にレイルは皆に忠告した。連絡を寄越した者は、レイルの視野内にいた人物だった。そして、彼が襲われた事を全く感づく事が出来なかった事を。それが意味する事は、連絡にあった奇襲を得意とする他に、隠密性をも兼ね備えているという事だった。
「ここか…」
 小さく緩やかな坂が幾つも連なっている。赤黒い光が見えたのは確かにこの場所、風も殆ど無いため戦った後の砂煙が残っていた。しかし、どこを見ても二番方向にいた英雄たちの姿が見えない。テレンスの放ったあの言葉が浮かんで来る。それを振り切って俺は提案をする。
「一応誰か残ってないか確認しよう。静かに、周囲を警戒して」
 皆が縦に首を振ると、そのまま捜索が始まった。誰も何の打ち合わせも無しに、五人は塊になって移動して行った。砂煙は徐々に晴れていくにつれ、視界も通りやすくなる。あの程度の煙、バトラなら簡単に見通せるだろうが、俺たちにとっては予想以上に見えにくくなる。新たに舞う砂もないからここで晴れてくれるのは有り難かった。そしてようやく発見に至る。
 砂煙の立ち込める一帯の、およそ南側。探し始めた地点のほぼ間反対に彼はいた。うつ伏せの状態で下半身と軽く左半身も砂に埋まっていたが、外傷は見た限り無かったし、息遣いは荒いが生きていた。俺たちは顔を見合わせた後、迅速に彼の元に急いだ。
「おいナキ、大丈夫か」
 伏せた彼の肩を掴み、レイルが強く引っ張り上げた。引き上げられたナキを見て、一瞬だけ、全員言葉を失った。埋まっていた下半身に傷は無いものの、前腕が無造作に千切られていた。しかも、得体の知れない黒い何かが傷口から侵食していた。黒い点が浮き出ると、それは染みる様に広がっていく。徐々に上腕にまで伸びている事に気付くまで時間はかからなかった。
「こりゃ…」
 引き上げたレイルも、俺を含めた第三者も当惑していた。何がしか怪我がある事は想定していたが、これは予想の上をいった回答だった。未知の症状の前に誰も動けずにいた。ただ一人を除いて。
 ヒュンと何かが風を切り、気付けばナキの左前腕が落ちている。咄嗟に目線を移すと、自分の鞭を片手にナキに駆け寄るラグルが映った。ラグルはレイルから素早くナキを取り上げると、自らのズボンを破り、それを彼の左肩にきつく巻きつけた。
「ねえ、これはどういう…」
 この行動の理由をリルが尋ねた。ラグルはナキの左腕からの出血が少なくなった事を確認してそれに答えた。
「傷から侵食されていた。あのままだといずれ上腕へ進み、胴と言わず全身を侵され死んでいた。俺は、性質は似ていて、しかし真反対の力を見た事がある。その前知識が無きゃ彼は死んだだろうさ」
 ラグルはそのまま、他に見落とした傷がないか、ナキについた砂を払い見回した。それは迅速に行われたが当然時間が相応に掛かっていた。皆はそれを見つめることしか出来ずに立ち止まっていた。まさか、この一連が陽動である事も知らないで。
「『風刃』」
 突如とあいて突風は巻き起こった。状況は目まぐるしく変わる、今もその時だった。驚き振り返った彼らの目には確かにそれが映った。俺たちを取り囲む様に伸びた八本の細い触手。全ての触手が不完全にも透けて背景と同化している。真上を見ると、それら全てが真っ二つに裂かれていた。しかしビキビキと音をたてて黒い何かで接合されていった。
「一旦離れろ!レイル!」
「ああ!」
 ドッと砂を蹴散らし六つの影が飛び上がる。その一つから透き通った丸い物が投げ込まれ、うねる触手の中心に着弾した。小さな瓶から放たれたとは思えない強烈な爆発により、そこら全ての砂が消し飛んだ。
「ハァ!?」
 砂漠の空所から見えた奇怪な姿は、今日最後の無条件の驚愕を与えた。それはぬるりと砂の中から身を乗り出し、巨大なあの眼が真っ直ぐと俺を見つめた。
『サスガダナ、モウ奇襲は通ジマイ。ニシテモ変ダナァ、オマエ』
 ドスの効いた掠れる様な啜る様な声、酷く不気味で仕方ない。俺の目の前には、巨大な眼とさっきの触腕しか映らない。それもその筈。奴にはそれしか無かったのだ。やっと納得がいった、なぜドラゴンは砂で眼しか造らなかったか。それは体力が無かったからでも、その他を覚えていなかったわけでも無い。それしか造る部位が無かったからだ。
「そうか、と同じか。なら、今度こそ排除する」
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