転移した世界で最強目指す!

RozaLe

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第二五話 荒ぶ闘い

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「…ッ!あれだ!り合ってる!急ぐぞ!」
 次々とやってくる英雄たちも、一層煙の立込める砂漠の一角を見れば理解が早かった。しかし、猛る心とは裏腹に、この上ない目印までは、あと1、2キロはありそうだった。

「これ…俺が入って何とかなるか…?」
 最初に辿り着いた四番方向のパーティメンバー、名をケイネス。二等英雄になってかなり経つ男だったが、怪我人を請け負い、その男を抱きかかえたまま何もする事が出来なかった。それは怪我人を任されたからもあるが、仮にそれが居なくても実力的に参加できないと悟ったからだ。
 目の前で繰り広げられているのは、とても理解し難い攻防だった。一体に向かって五人が一斉に襲い掛かっている。あらゆる角度から、あらゆる方法で。斬撃も魔法もしっかり直撃している。しかし巨大な眼球に傷一つ付かないし、触手は瞬時にバチバチと言いながら再生する。言うまでもなくモンスターも攻撃を仕掛けている。大小様々な触手、突けば槍、打てば鞭、砂に潜らせれば土魔法を放ってくる。しかも軌道が複雑で、たった一本見ているだけでも目が追い付かない。それをあの五人は、切り落とし、捌き、守りを固めることは無い。

(今は耐えろ、英雄こっちが増えるまで)
(更なる多人数戦で意識を分散。できた隙にありったけを!)
 考える事は皆同じだった。今の戦況で互角なら、仲間が増えるほど有利になる。残された二人に何も手を出す様子を見せない事からそう考えた。今は耐え忍ぶ時、英雄達かれらも急いで来るはずだ、それまでは攻撃を捌き切る。
 触手での攻撃は途切れず落ち着く暇が無い。縦に薙いだと思ったら、地面から槍の様に突いてきたり。他の人を狙っていると思いきや、突然軌道を変え俺に飛んで来たり。あまり狙われないなと思った途端に、砂が幾つもの棘に変貌し襲い来る事もあった。
 もう闘い続けて十数分経つ。いくら戦闘に慣れたからと言って、素早く多彩な攻撃を見切り、適切な攻撃を継続させる事は出来るはずがない。砂漠を走り回れる体力を手に入れても、精神的な疲れを克服できる者など存在しないから。
『カハハッ!ソンナモノカ!?』
 闘いの真っ只中で、奴は無い口を開き啜る様に喋り出した。
『我ハ未ダ力ノ全テヲ使ッテハオラン!弱イッ!弱過ギルッ!!』
 喧しく叫ぶと共に、触手の動きは途端に速く、重くなる。それでも、俺はかろうじて避けられる。恐ろしく速いが、不思議と軌道が見え、読める。また自身の的が小さい事も幸いしていた。しかし、皆が皆そうでは無かった。ラグルはまだしも、リル、レイル、ロロンは苦しそうだった。特にレイル、彼の武器は瓶詰めの魔法だけ、始めから守られながらの攻撃だった。各々が己の防衛だけに労力を割くしか無くなった今、余計に攻撃は飛来し、また執拗に狙われる羽目になっていた。直撃は免れいているが、触手や魔法が掠める事が多くなった。
『良イ気味ダ若輩者メガ!己スラ護レナイ軟弱者!甚ダシイゾ!隙ダラケダァア!!』
 奴は罵声を響かせながら大量の触手を一点に向かって突き出した。避雷針となったのはレイルだ。無数の触手が束となり、さながら丸太が矢の如く飛んで行くようだった。
「叩っ切れ!」
 ラグルは大音声で指示を出すが、それを聞かずとも全員体が動いていた。鞭で切り裂き、剣で両断し、風魔法でほどき、断ち切った。それでも束は崩しきれず、ボロくはなったが直径は半分にもなっていない。
「イケるな」
 それでもレイルは諦めていなかった。自前の瓶を鷲掴みにし、胸の前に腕を伸ばす。結果、触手は先に瓶を貫いた。瞬間魔法は炸裂し、レイルの前方を支配する。触手の柱を全て飲み込み、破片も残らないほどバラバラに吹き飛ばした。奴は触手の大部分を失った、再生には時間がかかるだろう。そう思い奴を見据えると、考えとは裏腹に何も動揺せずに棒になっていた。その目は瞼も無いのに笑って見える。俺は、奴の背後に沈む不穏な触手群を発見したのだった。
「ぁ…」
 遥か後方から吐息が漏れる。未だ意識の戻らないナキと、傍から見ていたケイネスに向かい細い触手群が砂を掻き分け猛進していた。始めは音も無く忍んでいたが気付かれると荒くなり、たちまち轟音に変わった。そうなってやっとみんなもそれに気付いた。五秒と掛からない短い間に展開された第二の奇襲。狙われていたのは最初からあの二人だった。
 誰の目にも映らない奴の笑いで歪んだ瞳。二人へ駆け寄っても間に合わない。眼前の死に目を瞑るケイネス。絶望と後悔と一つの歓喜が強くなる。何か行動を起こすより、自らを先に責め立てていた。
 その時だ。命が消える直前に、ゴウンッと鈍い異音が鳴った。
「間に合った…」
 その場に居た全員が己の目を疑った。ラグルやリル、レイルもロロンも、絶望していたケイネスも。ましてや、奴さえも例外では無かった。直撃するはずだった幾本もの触手は、ケイネスらの目の前でき止められていた。見えない重厚な壁に阻まれて、行き場を失った触手は壁伝いに絡み合っていた。
『アレハ…『断空ダンクウ』カ?……』
 ケイネスは状況を理解出来ずにいる。そっと彼が差し出した怯える手は、不可視の鉄壁を優しく撫でた。それを挟んで蠢くは、途端に静止し力無く落ちた。
 奴の体の構造は至って単純。巨大な眼と、それを支える短い胴と、そこから生える無数の尖った触手。そのうちの四本は移動用、黒くて太いく鈍重で先端は丸い。今は全ての切断面をバチバチと黒い火花を散らして再生させている。
 攻撃する意味は無い。眼も胴も黒い触手も傷が付かないのだ。もし壊せるとしても、今は目と目を見合って相対している状態故に、仕掛けようものなら確実に避けられる。また、あの状態で魔法が使えなくなるなんて保証は無い。近づくのはご法度だろう。
 互いに体勢を整える画が続く。俺らの呼吸は整いつつあり、奴の触手は半分以上が元通りになった。ふと、奴が俺に語りかけてくる。
『ヤハリ変ダナ、オ前ハ。…チビナガキガ、何故ソノ魔法ヲ使エル…。始メカラソウダ。何ヲ隠シテイルノダ』
 いつのまにか、俺はパーティの先頭に立っていた。皆が数歩引いたのか、最初からこうだったのか。だがそれに気付いたとて、俺は黙りこくる他には無い。奴に教えてやる道理など存在しない。同時に俺は待っている。
 奴は音も無く飛来したそれをひょいと掴んだ。そのまま目の前へ持って来て、それが何なのか理解した。
『矢ダッタカ、随分太イ。思ッタヨリ早カッタ…アァ?』
 巨大な一つ眼が移ろうと、砂原の向こうにある低い砂丘から幾つもの影が駆け降りて来るのが見えた。完全に想定外だった。水晶の存在により応援が来る事は確証済みだった。自らを探す為にパーティが分割されている事も分かっている。ならば一度に来るのは一人から一パーティだろうと高を括っていた。しかし増援として襲来したのは何十人もの集団だった。短期間に集めるなど不可能のはずだと、そう奴は考えていた。
「目標発見!討伐隊全員で総攻撃を行う!」
 輝く水晶に向かい叫んだ傷だらけの少年は言い終わりにそれを浮かし、手に持った双剣の片割れを振りかざし破壊した。同時に隣を走っていた男が少年に触り、二つの影は消え失せた。そうして気が付くと、たった一つの視界は傾き砂漠に沈没する。
『ナァッ!?』
 奴は倒れるまで触手を全て失った事に気づかなかった様だった。しかも、黒い触手も一本切断されている。たった一人がパーティの努力を一瞬にして越したのだった。少年は、動く気配の無い不気味な偶像に語りかけた。
「なるほどね、目しか無かったのか。俺さ、退屈だったんだ。久々に楽しめそうだよ」
 振り向き、巨大な眼を覗き込む。久々に現れているだろう表情、奴でさえ瞳孔が狭まる狂喜の貌。勇者パーティのリーダー、スピットはたった一人で構えを取り奴に向かって駆け出した。かなりの前傾姿勢に、両手には幾つにも枝分かれする双剣を持ち、反撃をも打ち破りそうな覇気を纏って。スピットが身を捩りいざ斬りかかろうとした時、砂が急速に隆起し塔を成した。巨大な眼は打ち上がり、振るった斬撃は空を斬った。
「チッ…」
 高さ十メートル弱、先の折れた四角錐の塔。そこから奴は身悶えしながら見下ろしていた。短期間に二度目の全身再生、それでも奴には目立った疲弊は見受けられない。スピットは一旦俺達の所まで引いて来た。その間に周りには何十人の英雄らが集結していた。
「ハーロさんのお陰で早く集められた。お前の『転身』の劣化だが、それで十分だったよ」
 こっちはこっちで全く息を乱していない。化け物はこっちも同じだったか。
「アイツの特性分かる?」
 隣に来たスピットが尋ねてきた。俺は奴が再生しきる前に知る限りの事は伝えた。百はある触手は人の指より細い物から人の体と同等の太さを持つものがある事。四本の黒い触手はとても頑強だが、移動の為だけに使う事。巨大な眼と体と思しき部位には擦り傷一つ付かない事。魔法はどんな状態でも使える可能性がある事。その他細かい事を幾つか話した頃に、奴の体は再生し終えた。
『勇者…コレホド規格外カッ!…ダガココマデハ届クマイ!』
 塔の上でむくりと起き上がり、掠れ啜る様な奇怪な声を皆に披露した。皆に鋭く睨まれながら、何かを確認する為にその顔一つ一つをゆっくり見回した。
[フム、玉石混淆ギョクセキコンコウ。目ヲ向ケルダケデ情ケ無ク怯ム奴ガ多イ。警戒スベキハ八人、イヤ九人ダ。最初ノ五人ト、ピクリトモ怯マヌ三人、ソシテ遠クノ弓使イ。他ハ適当ニ遇ラエバ良イ。問題無イ]
 ぐるりと眼球を一周させ終えると、そのまま塔の先端に触手を埋めていき、最終的には眼しか曝け出さず、その他の部位全てが塔の中に収納された。俺達は、それっきり何も動かなくなった砂の塔をまじまじと眺め続けた。あれだけうるさかった奴はしんとして微動だにしない。
「よし、じゃあいつも通りに」
 そんな静寂を破り、スピットが単身で斥候兵となった。それに続こうとした周りの英雄達は、一歩出る前にスピットの意図を知る者によって引き止められた。急速に近づいてくるのを止めずに、奴は彼を待ち受けた。刃が塔に食い込み、そのまま砂を吹き飛ばす。触手の量に対して細すぎる塔、触手は中にびっしりと詰まっているはず。しかし、三角形に大きな窪みができたにも関わらず、そこに触手は存在しなかった。それを認識したスピットは即座に防御の姿勢に転じると、崩れ始めた窪みから何本もの触手が飛び出し、スピットの体を弾き飛ばした。スピットは難なく受け身を取り、やっぱり、と呟いた。
「いつも一人で行くなよ。で、これからどうすんだ?」
 ゴーレムの時も、ドラゴンの時もそうだった。いつも一人で先走る。それを注意して何にもならない事は薄々分かっているが、一応言っておいた。それでも彼は辞めないだろう。これをやるから敵の引き出しが分かり、推測出来るから。
「そうだな、一気に言うぞ」
 スピットは一呼吸挟み、皆に聞こえる様に大声で号令を掛ける。
「アイツは完全に後手に回った!俺らが仕掛けない限り動く事は無い!まずは砂から引きずり出すんだ!塔を壊せ!触手をぶった斬り続けろ!それと、同時に戦う人数は二十人までとする。勇者、ウノン・ジードは常に戦う。その他十人は交代しながら戦え!」
 周囲から一斉に声が上がる。気にかける必要など無いほど気合十分だった。しかし、俺には一つだけ聞いておく必要があった。
「スピット、どこが弱点か分かってるのか?」
 彼は明確な指示を出した。砂の塔から引きずり出し触手を切り続けろと。だが、再生の限界が無いそれを切り続けて何になるのか、俺には分からなかったからだ。それにスピットは快く答えた。
「分かんねぇよ。正面と横から攻撃してダメだったんだろ?じゃあ、裏から攻撃したらどうなるか試したか?」
「そうか…試すしか無いな」
 短く顔を見合わせ、お互いに希望の微笑みを浮かべた。スピットが吠え再び塔へと駆け出した。それに続いて十人以上の英雄が後を追った。奴はそれを食い止める為に、自らの触手を砂上に張り巡らし行手を阻んだ。
「切り続けろ!触手が再生するのは早くて三十秒が限界だ!攻撃用の触手を潰せ!塔を守る触手を絶やすんだ!」
 塔を取り囲み迫る英雄達。砂漠に波打つ触手は短くなっていき、辺りに砂と化す落ちた触手と、黒い火花を散らす断面がそこら中に散乱していた。着実に中心へと近づいていった。しかし、触手の結界が半分の広さになった時、反撃は始まった。
「うう゛ぅっ!」
 唸った彼の持っていた剣が、赤い飛沫と一緒に砂漠に落ちた。右腕を抑える彼を見て何があったかの理解が追いついた。前を見れば、残った触手の檻の向こうから砂を巻き上げ鋭い触手が迫ってきている。間違いなく触手で腕を飛ばされていた。
「一人負傷!俺が行く!」
 外から勇敢な者が戦場に飛び込んだ。触手のいくつかは応援に来た男を狙って砂の中を突き進んで行く。俺は何もさせまいと、彼を狙った触手に向かって『風刃』を放った。それらは男には掠めもせずに火花を撒き散らした。一瞬だけその男が俺を見て笑顔を浮かべた後、負傷者を背負って外へ戻った。
 俺は走り去る後ろ姿を見送り、迫る触手に顔を向けた。より波打ち、より防御の層を厚くし、俺らを仕留める為に、常に形態は変化を続けている。俺は何度も繰り返した通りに触手群を薙ぎ払い砂に変える。しかし、それらに被さり隠れた触手が足元から出現した。
「わっ!」
 咄嗟に仰け反り直撃は避けたが、右腕と額に切り傷を負った。額は皮膚が切れただけだ、しかし腕は1センチ近くのの深さ、もはや切れ込みと言っていい。久々に味わう激痛に一瞬怯み、次に襲来した触手にぶっ飛ばされた。魔法で防御を挟んだものの衝撃は緩和できず、一気に窮地に立たされた。砂に転がった身を立て直し、トドメを刺そうと迫る触手を確認した拍子、目の間で銀の鎧が剣を振るっているのが見えた。たった一振りで触手を両断すると、振り向き俺の肩を持って立ち上がらせた。
「危なっかしいぞ、いつもいつも」
 その人物はターラだった。彼の事は久々に目にするし、こんな至近距離で見たのは初めてか。仮面の暗い眼孔の奥には優しい青い目が輝いていた。俺は大丈夫だと言ったが、そこから彼は離れようとしなかった。彼は前を向き狙われていない事を確認すると、率直に聞いて来た。
「なぜをを使わない」
 それは『獣稟じゅうりん』を指していた。
「…使うのは今じゃ無い。アイツも本当の力を使ってないんだ」
「…やはりか」
 俺とターラは歩みを進め、徐々に駆け出し再び戦地に飛び込んだ。
 戦いが長引くにつれ、至る所に血溜まりを見るようになった。それは負傷する者が続々と増えている事を示している。皆は体力が切れる前に交代をしてくれていたが、その瞬間の戦意の消失を見抜かれ攻撃を受ける事があった。どんなに気を付けていても負傷しないのは不可能だ。俺がそうだったし、能力はあちらの方が数枚上手だから時間の問題だ。
 最初の十数分間、あれは本当に遊んでやっているだけだったらしい。塔の形態をとった奴に死角は無いらしく、不意打ちが出来ない。加えて攻撃と防御に無駄が無い。最短で弱点を狙う槍と、一本の触手を何層にも重ねた盾にしていた。思う以上に時間がかかる訳だ。ただ、どうして触手が無尽蔵に出現し続けるのかが分からなかった。この人数で、嫌という程に切り続けて、同時に百本以上は確実に使用不可の状態にあるはずだった。だが、俺にはこれ以上考えるのも酷になってきた。怪我と減らない触手によって、気力も体力もかなりすり減っているのだ。

「あ…分かったかもしれん」
 それはある男の独り言だった。名はガンター。最序盤で武器を壊され、仲間が倒れ伏してゆくのをただ見ている事しか出来ずにいた者だった。だからこそ全体を観ることが出来、大まかな奴の行動パターンに気づいたのだった。
(攻撃の触手は切られた直後から防御の触手に転じる。防御用だったボロい触手は砂の中に隠して再生させる。復活した触手を攻撃用として再度使用する。このサイクルだ!だからどうやっても減らねー訳だ!)
 自らの発見した行動パターン、貢献出来る事ならこれしか無い。ガンターはすぐさま立ち上がり、この事実を伝えるべく戦場へ走った。共にいた負傷者の止める声も耳に入らず、ただひたすらに前進した。武器は壊れたが、防具は無事だったのも、彼にブレーキがない理由だった。触手の間合いの僅かに外側、彼は走った勢いを殺し切れないまま、戦う者らに向かって叫んだ。
「聞いてくれー!!ソイツは一気に吹っ飛ばさねーと意味が無え!!塔を崩すだけじゃ足りない!地盤ごと吹き飛ばすんだ!!!」
 言葉は砂漠に響き渡り、全員の耳に届いた。突然の攻略法の変更に驚く者が大半だった。しかし一人その言葉を待っていた者もいた。ある者が退却の指示を出したかと思うと、直ぐに全体がジリジリと後退を始めた。それに伴い触手の攻撃前の隙が多くなり、落としやすく、躱しやすくなった。故に退却する中で怪我を負う人は出なかった。
「それは…確かか?」
 叫んだ男の仲間と思しき者が息も絶え絶えそうに問いかける。
「ああ、間違いねぇさ。アイツは絶対に攻撃用の触手が途切れないようにしてる。触手を隠す場所を無くせば話が早い訳だ!」
「…するってぇと、アイツは砂の中で触手を再生してたって?」
「そう言うこった」
 全ての人間が自身の射程距離から外れた今、奴の操る触手群は格子状に張り巡らされ、侵入を許すまいと城壁を築いている。もう一度侵入するのは難しそうだ。また睨み合う状態に落ち着いた中で、その二人の会話に皆密かに耳を傾けていた。
「攻撃用があるんなら他もあるのか」
「防御と再生だ。それらの役割を変えながら戦ってたんだ」
 そんな話を聞いて、ようやく理解できた。なぜ攻撃が途切れないか。至近距離で戦っていて気付ける訳がない。次々と揺れ動き忙しなく転々とする視界で、どうやって無数の触手の動きを判別できようか。
(なるほど…自分だけで長篠の戦術っぽい事をやってたのか。実際にやられて初めて恐ろしさが分かった気がするよ)
 そう心の中で呟いても、あと一つだけ分からない事が残っている。奴の触手は今城壁を築いているが、どう見ても太さが均一で見た目も差異が無く、半径何十メートルもの領域を囲んでいる。本数が明らかに増えている様に思えるのだ。いや、確実に増えている。これは一体どういうカラクリなのだろうか。と、彼らも同じように考えていたらしい。
「にしてもだ、触手、多くないか?確か太さも形もバラバラだったよな。周りの触手は何なんだ?」
「確かにな…。あれだ、テンダットと同じなんじゃないか?あのバケモンだ、『延長』じゃなくて『生成』なんだろ」
 ありえる話だった。あれほど強いのなら肉体も精神も強靭なはず。ほぼ肉体だけで集団を圧倒できるなら、持つ魔力もまた凄まじい。そう断言出来るのも、レベルの数だけ数値が倍化されると聞いたからだ。特にモンスターは高ステータスが多く、レベル分の能力倍化で全く手がつけられなくなる。奴のレベルは十中八九最大値近くだ、オーバーフロー寸前の魔力を持つに違いない。それなら、遠隔操作出来る触手を作る事も難しくない。だが本当にそうなのか?砂だけで作ったにしてはやけに肉々しく見えるのだ。
「なあ、話は終わったか?」
 おおよそ二人の声しか無かった場に、もう一つ声が混じった。それはここ一ヶ月ずっと聞いてた声だった。
「そんな事になってたんじゃいくら切っても生えてくる訳だわ。塔を壊せって作戦は悪くない。でも開始直後に思いついちゃってさ、後は避けるのに専念させてもらったよ」
 一人歩み出たレイルは淡々と喋っていた。彼を見る目が冷たい事を意に介さず、自信で満ちた態度に見えた。それを見かねた者が彼へ言葉を投げかけた。
「…なぜ攻めの姿勢を見せなかったか。思いついたとは何をです?」
 レイルはその言葉を待ってたと言うように、にかっといたずらっぽく笑ってみせた。同時に肩掛けのベルトに手を伸ばす。そして小瓶の一つを掴んで前に突き出し、ありありとそれを見せつけ言った。
「これを塔のふもとに置いて来た。アイツは気付いてないらしいし、波打つ砂にも流されなかった。どこかに行ったみたいな心配はいらねーな」
 いつしか周囲の冷ややかな目は、感心と称賛を含んだ物に変わっていた。レイルは誰よりも早くこの打開策を考えついていたらしい。それは彼の異名の『炸丸さくがんに相応しい方法だった。その方法とは至って単純、ただ彼の魔法瓶で爆散させると言うものだった。さっきまでは戦場に数十人がひしめいていたが為に起爆させる事が出来なかったと言うのだ。
「その点、一度退却して正解だ。元はみんなをギリ巻き込まない程度に爆発さして、塔の根元からポッキリ行こうかと思ってたが、もう抑える必要は無くなった。最大出力で全部吹っ飛ばす!」
 失礼かもしれないが、これほどレイルが頼もしく思えたのは初めてだった。普段は後方支援に徹していただけあって、率先として動く姿が珍しかったのかもしれない。彼は瓶を爆ぜさせる前に、ある男に了承を得た。
「なあ、スピットさんよ。それでもいいかい?」
「ああ、いいぜ。やりたかったんなら早く行ってくれよ」
 それは予想よりも快活な返答だった。今までの戦いを思い出せば分かるが、スピットの戦闘法には決まりが無い。いつも即興で戦術を編み出す。途中でレイルが申し出ていれば即座に路線変更をしただろう。そうすれば怪我人も少なかったかもしれない。塔が出来て直ぐに爆発させていれば、もう勝っていたかも知れない。
「わりーな、触手の回避で余裕無かったんだ」
 いや、最初にやっていたら早々にレイルは潰されていたかも知れない。に紛れて致命の仕掛けを用意出来た。そう考えれば、負傷者はいても死者はいない現状は、想定より良かったと考えてもいいかも知れない。
「まあいいや、ドカンとやった後はどうすんだ?」
 スピットが触手の壁を見つめてレイルに問う。眼差しは鋭利で殺気も十分。既に殺る気で満ちていた。
「アイツは高く打ち上がるだろうし、周りの触手も動作不能。魔法にだけ気をつけて畳み掛ける」
「りょーかい。俺が先頭を行っても?」
「ご自由に。さあ、みんな聞いてたろ?構えろ!」
 すっかり息の整った英雄達は一斉に戦闘態勢になった。爆発という合図を待ち、揃って前傾姿勢で獲物を捉えている。
「さ、行くぞ!」
 レイルが吠えると、城壁内で破裂音を伴い突風が巻き起こる。瞬時に緩んだ城壁の合間から、非常に高く打ち上がった奴が見えた。ほとんどの触手を枯らして、残った触手が寂しくなびいている。
「突撃ー!!」
 英雄達は猛り、触手の合間を潜って未だ上昇を続ける奴を見据えて走って行った。もちろん勇者メンバーも、ウノン・ジードも、今ある全ての戦力で挑んだ。今や奴の上昇は止まり、落ちる一方へと転じた。このまま走っていれば、落下までには十分間に合う。触手の再生もしていない。本命の的である裏面を捉える事は十分可能だ。
 しかし、そう上手くは行かなかった。真っ先にその異変に気付いたのはターラだった。ハッと見上げた途端にピタッと張り付いたように棒立ちになってしまったのだった。それから数瞬、ターラは考える間も無く声を張り上げた。
「近づくな!避けろ!」
 走りながら彼に見返る英雄達。その半分は聞く耳を持たずか走り続けた。その時俺も奴を見上げた。眼を下にして落ちてくる姿が目に写り、無意識にもその眼に焦点が合っていく。
「今かよ…!」
 その巨大なレンズの四方から黒い亀裂が伸びていた。それは丁度再生の時に散っていた火花と同じ色。また、強い気配が俺を叩いていた。走り続けた英雄達も、気配は別として奴の眼が変化している事に気づいた者は多かった。だが残念な事に、それは落下地点に着いてからだった。
『カカッタナアホガ!』
 ごわついた大音声が響き渡ると、どこからともなく触手が砂中をうねって中央へ集まって来た。奴の体から切り離され動かないはずのそれが無数に寄ってくる。その光景に、皆が呆気に取られて追撃を忘れていた。混乱に更なる追い打ちをかけるように、本体の無い触手は変貌していった。外の薄茶けた皮が剥がれるように脱落すると、内側から黒い稲妻が溢れ出す。それは再生する時と同じようにバチバチと火花を出したと思えば、まるで液体になったように地を伝って接近して来る。
『変幻ノ蝕ミダ!逃ゲ惑エ凡骨ドモ!』
 奴はいつのまにか、極細の黒く歪な一本の柱の上に鎮座していた。まるで高みの見物でもするみたいに。
「何だありゃ、見た事ねぇ!」
「おい潜ったぞ!下から来る!」
 ついさっきまで一面を覆っていた黒い波が一挙に砂の中に沈み込み、地面は途端に静まりかえった。しかし、奴を見れば瞳孔が歪み、嘲笑するみたいにほくそ笑んでいた。直後、砂漠はまさに地獄と化した。それぞれ足元から現れた黒い針。グリッと言うような重い音が響くのを皮切りに、そこら中で悲鳴が上がり始めた。
「がああぁああっっ!」
「ぐぁ…ぁ…」
「ぎぃあああ!」
 絶叫から無言の苦しみまで、様々な苦しみが広がった。一定以上の反射神経を持つ者のみが、この地獄を免れた。事前に察知していた俺とターラ、そしてスピットとジラフは、黒い針を迎撃し無傷であった。しかし英雄陣の殆どはそれに当たってしまい、傷口にはナキの時と同じ黒い斑紋が現れ体中に拡散していっていた。また幾人かは、鳩尾や眉間に針を受け、既に事切れていた。
『何度見テモ良イ物ダ。苦シム様ヲ見ルノハナァ』
 奴の瞳孔は完全に歪み切り、下劣な笑みを浮かべている。自身を睨む目を見ると、更に饒舌に語りかけてくる。
『当タッタダケノ者ハ死ニハシナイ。代ワリニ骨ヲ強ク握ラレル感覚ニ陥ル。<苦悶クモン万力マンリキ>トデモ呼ボウカァ?』
 歪み果てた眼球が空を仰ぎ見て高く笑う。彼らを救うことも、自分を倒す事もできないと考え、悠長に破顔の限りを尽くしていた。
『…ン?』
 笑いしばらく経った後にふと気付いた。自らの笑い声と共鳴していた幾つもの痛みを紛らわす声が聞こえなくなっていたのだ。我に返って下界を見下ろすと、ただの傷に苦い表情を浮かべる英雄らが転がっていた。『苦悶の万力』が発動している証である斑紋は消え、何人かの傷の浅い者は、目に恨みの炎を宿して睨んで来ていた。そして、無事だった者の内の一人が姿を眩ました事に気付いたのだった。
『ア!アイツハ何処…』
 不意に落ちる視界に言葉が詰まる。重力に任せた落下は必然的に眼を下に向かせ、それを網膜に嫌でも映らせた。
『オ前ッ!』
 目の前には光を放つ爪が、己を両断しようと振りかぶられていた。刹那に急再生させた触手を展開し、爪の範囲外に逃れた。瞳孔が小刻みに拡大と収縮を繰り返し、少なくとも明らかな動揺を示した。
「避けたか…次は当てる」
 奴は触手を再生させながら後退りをする。その眼を目の前の男から決して外さずに。
『マサカッ…ヨリニヨッテソノチカラカ!!ヒカリダト!!!』
 明らかな反応の違い、見せていなくて正解だった。冷静ささえ欠いてしまえば、幾らでもチャンスはやって来るからだ。
「俺は言ったよな、排除するって。お前の中のを排除する」
 本番はここからだ。
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