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第二九話 シア
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中央区のギルドからそのまま海側へ真っ直ぐ進み、行き着くのは何やら特別な施設。見た目は地味だが、プライトルで見てきた家屋と比べて少しだけ大きい。それが海の上にポツンと浮かんでいる。そこに行くにはもちろん歩き、皆が皆飛べる訳ではないから仕方ない。しかし、どうにも出島にしか見えてこない光景だった。いや、出島の方が確実に本土から近い。そして俺達は、その殆ど隔離されている様な場所へ足を運ぼうとしているのだった。
「なあ、あそこって何があんだよ…」
「行けば分かるさ」
これだけしか言われぬまま、俺はここまで付いてきていた。あらゆる事情で聞きたい事も聞けないままに。
海はとても静かで殆ど凪いでいた。浮をつけられた板と、頑丈なロープで橋は作られている。進むにつれて段々と波の起伏が大きくなり、安定感が薄れていくも、何も立てない程でも無かったし、なんなら走っても大丈夫そうだった。その家に到着したからそれを試すのはまた今度になったが。
作られてから長い年月が経ち、一度も作り直されていないだろう木製の扉。その一枚を押し開けて進むと、少しだけ青みがかった肌を持つ男のエルフがソファに横たわっていた。俺はそれだけが悪目立ちしていた為に、しばらく胸が浮き沈みするところしか目に入らなかった。真っ先にスピットがズンズンと歩いた事でハッとした、やっと内装が目に映る。
海の上なのに木だけで作られた家、ヴィザーの家と同様に屋根裏部屋が無く、骨組みが露出している。置かれた家具は最低限のものしか無く、辛うじて生活感は保っていた。彼の寝るソファ、少ない皿と鍋しかないキッチンとテーブル、後は広いだけのスペースが確保されているだけの寂しい空間だった。
「おーい、起きろい」
スピットが寝ている男を揺すり起こす。男はびっくりして、んごっ!っと珍妙な声を出した。そして状況を理解するとサッと立ち上がり、パパッと身なりを整えた。
「『シア』へ行かれるのですね?さ、こちらへ」
直ぐに後ろを向いて行ってしまったが、その容姿はかなり特徴的だった。
見て分かる通りの青みがかった肌、エルフと同じ尖った耳。青白い髪の毛に真っ青な服。いつも見ている物と全く一緒だった。そんな彼の後ろをメルがふわふわと追走して行く。覆鎧の有無の違いはあれど、メルと特徴が一致した。俺はそれらの情報を瞬時に処理し、実際には直ぐに彼が海エルフだと分かっていた。
「さっ、答え合わせだ!」
満面の笑みでスピットが俺の手を引き、海エルフの男が消えた裏口へ駆けた。引っ張り、引きずられながら出て行く二人の後を、残った三人はやれやれ、と言いたそうに首を横に振って歩いた。
海エルフの男は俺たちの渡った橋と似た、ある種の桟橋の上にメルと並んで居た。何かを話している風だったが、こちらを見て、海へと一歩踏み出した。俺はそのままドボンと行くかと思ったが、クッションでもあるかの様に海がフワッと沈み込み、男は球状に陥没した海の真ん中に立っていた。
「さて、行きましょう」
男の言葉に誘われるがまま、皆はその器の中に足を踏み入れた。足に伝わる感覚はガラスかアクリル板と近しかった。男は全員が乗った事を確認し、出発しますと端的に言う。すると、俺達はゆっくりと、器ごと海に沈んで行った。器が完全に沈み込むと、それは丸い空間となった。直径四メートルの巨大なアクアボールの中にいるみたいだった。
「スピット、答えてくれるよな?」
彼はにこやかに応と言い、やっと謎が明かされる。
「今から行くのは海中都市の『シア』さ、お前も依頼文のとこで見ただろ?」
「見たぞ、だけど海域とか言ってなかったか?」
「シアの所有する海域の事をそう言ってる。プライトルの領海は上の明るい部分、シアの領海がそこから下の暗い部分だ」
「分け方雑じゃないか?」
「それでも良いのさ、表層には弱いモンスターか魚しか居ないし、深海は陸の人種が立ち入るには酷過ぎる環境だから、そっちの人達に任せた方が良いって訳」
「なるほど…つまり、今から行くのは海エルフの街ってか?」
「そう言う事!」
一通り問答が済み、俺の抱いた仮説は確定情報になった。何処から出向くかは分からなかったが、水中戦補助覆鎧と言う単語で海に入る事は十分予想出来ていた。橋を渡る時にうっすらと海の底から光が漏れているのも見ていたから、海に潜る物だとも察していた。海エルフがこの器を作ったのを見て、これで光の元へ行くのだと理解した。シアと言う名詞が指すのは、海エルフの海域か、あの光の漏れる何かの事であると推察していた。
そしてスピットの口から、シアは海エルフの住む海中都市だと明言された。俺はあの時のメルの言動が引っかかっていた。ピーリー焼肉店で彼女は、実家に寄りたいと言っていた。出会った頃に、海エルフは地上では生きられない、だからこの覆鎧に入っているのと説明された。だが、向かう先は海辺と言うだけで明らかに地上の街、何処に海エルフが住む海があるのか疑問を抱いていた。そして今、その謎は一気に解決したのだった。
しかし、同時にまた別の疑問も浮上した。今ここに立っている海エルフの男、彼はなぜ無事なのか、さっきばっちりソファの上で寝ているのを目撃したばかりだ。そんな心はすぐに行動に出て、俺はその彼をじっと見つめた。彼もその目線に直ぐに気が付いた。すると、慣れた口調で説明をしたのだった。
「そもそもエルフと言う種族は、環境に適応するのがとても早い。生活圏を変えただけで、毛色、体色、果ては体の構造までもが変化する。私達海エルフの祖先もまた、ただのエルフだった。彼と仲間達は徐々に海の中に適応し、最初に海エルフの形を取って生まれたのは今からたったの百と七十年前。祖先のエルフの孫の代でした」
淡々と展開された短い歴史の授業は俺に衝撃を与えた。この世界のエルフの能力の凄さ、それは進化とも呼べる適応力の高さだった。彼はそれを踏まえて本題に入る。
「そして、私が地上で活動できているのは、一種の先祖返りなのです。長い期間を訓練に費やす必要はありますが。しかも、先祖返りの資格を持つ者も限られます。初めに始祖の血筋である事、次に男性である事、最後に、特異体質である事が条件です」
それを聞いて、メルには不可能な芸当だと思った。だから覆鎧を纏っていなければならないとやっと分かった。前半を聞いて抱いた可能性は即刻消え去った。以上ですと、男はそれを以て口を噤んだ
「…ありがとう。選ばれた人って感じなのに、なんでこんな仕事を?」
彼は首をクイっと動かして合図を出し、それに答えて前に出てきたのはメルだった。承りました!と敬礼をしながら。敬礼と言う物が存在する事を初めて知ったのはさて置き、彼の代わりに出てきたメルに皆が注目する。
「ヒカル君も容赦ないよね~、師匠さんに似てきたんじゃない?」
クスクスと笑う彼女に俺は頬を膨らました。どちらかと言えば非があるのは俺の方だから言い返せなかった。
「うん、まぁなんと言いますか…全部私の為にやってくれてる事なんだよね~。パパが過保護だからこんな事になっちゃったんだ。普通の人達の為に使ってもすごく便利だからって商売にしちゃって、これが残ってるの」
彼女はさらっと重大な事を言った。聞き間違いかと思ったがそうでは無く、隣の始祖の血縁者から否定されると思いきや何も言われない。場に居合わせた海エルフ以外の人物は、悉く目を丸くしていた。驚愕の新事実に開いた口は塞がらず、知って今よりどう接するべきか分からず言葉が出ない。馬鹿っぽく凍結している俺たちにメルは気恥ずかしそうに言った。
「あはは…もう分かっちゃったみたいだね。そうだよ、私は始祖の血縁者。とは言っても分家であって王族じゃないよ。どちらかと言うと側近の貴族かな。今まで黙っててごめんね、教えちゃったら特別扱いされそうで黙ってたんだ」
彼女の言葉を噛み砕くのに、皆がいささか時間を要した。メルは徐々に居心地が悪そうに肩を狭めた。この空気に耐えかねて怯えている様だ。かなりの間を開けて口火を切ったのは、なんとターラだった。
「そうだったのか、道理で君だけ特別な覆鎧を着込んでいる訳だ。…だが、それを知って今更何だと?対応が一瞬で変わる訳ないだろ」
ターラは彼女の不安を汲み取り、解消する言葉を発した。俺も彼に同意見だった。メルが高貴な一族だからと、今まで積み上げてきた営為は残ったままだ。今から対応を変えろと命令された方が困難だ。
「ん、そうだよな。ただいまから貴族扱いも嫌だよな」
「…未だ信じられんが、この事は追々消化していくしか無いな」
「ジラフと同じだよ。でも、やっぱり一切気にしないってのは無理かな」
ターラの発言を皮切りに、頭を抱える者は口々に物怖じしない姿勢を表明し、いかにも冷静であるかのように振る舞った。バトラだけは軽い混乱を起こしていて、彼の輪郭に被さるように魔力の揺らぎが見えた。そして、俺も彼らの言葉に続いた。
「本当にびっくりしたよ。でも、確かに今から態度を改めろってのは難しいよな」
この場は満場一致で収まり、メルの心配は途端に消えて、彼女にまたいつもの笑顔が戻った。俺の何となく放った一言から、結構大事になってしまったが、結局何も変わる事は無かった。
こんな談話をしている間にも、俺たちはどんどんと深海へ向かっている。周りは段々と暗くなって、元から明るい下以外は一寸先も闇に見えた。しかしながら、なぜかこの空間だけは明るさを保っている。もちろん少しずつ暗くはなっているが、一人一人の顔を認識できる位には明るさを保っていた。不思議だなぁと思い、どんな仕組みなのか考え耽っていると、下からの光が一層強さを増してきていた。それに伴い、海エルフの男が一言だけ告げた。
「到着しました。あれが海エルフの都『シア』です」
それは暗い深海の底に建てられていた。建造物は、全て岩をくり抜いたみたいな造形をしていて、それに窓と扉を付けただけの寂しすぎる物だった。ここからではまだはっきりしないが、それぞれの家の原石と言える、くり抜く岩は家ごとに異なっている様に見えた。そして、一番目立つ街の中心に建てられたオーソドックスな城。居館は大きく屋根があり、それを取り囲む監視塔は四角に配置されている。城壁には閃緑岩らしき岩が使われている。
しばらくそれを眺めている内に、アクアボールは街の外れに降り立った。そこにも岩をくり抜いた家が用意されていて、それだけが俺たちと同じシャボンに覆われていた。
海エルフの男の誘導に従ってアクアボールを抜け、今度はその家を覆うシャボンに入る。全員が家側に移動すると、ボールは弾けて泡になり、そのまま上へと昇って行った。
「中へどうぞ」
今度は浅黒い家の中へ連れ込まれた。扉は無く、角の丸い長方形の穴が空いている。そこを通り抜けると、海上にあった家と変わらない空っぽの部屋があった。材質の違いはあれど雰囲気は全く同じ、ソファの上に誰かが寝ているのも同じだった。
「シービー、交代だ。起きろ!」
シアへ共に来た海エルフの男が、寝ている男へ怒鳴り上げた。すると寝ていた男は足で勢いをつけてヒョイと起き上がった。腰に手を当て背を反らし、終われば今度は目を擦る。彼はかすんだ景色を一望すると、軽く伸びをして喋り出した。
「何や、えらく久々やな」
それはこの世界で初めて聞く口調だったが、俺からすれば少々馴染み深い物だった。シービーと呼ばれた男は確かに海エルフだった。しかし大阪弁であり、人柄も全くの別物に見えた。そして口も止まらない。
「もしかしてやけどさ、この人らって勇者の方々でっか?だったら良い所に来おったで!丁度アストラ大量発生してまんねん、そろそろ最後の集団来そうやってっからイッチョ彼奴らしばいて欲しいんや」
彼の身振りや手振りはそれはもう大きく、常に狐のような目の笑顔を絶やさない。そこから俺の中でシービーの第一印象はお調子者に決定付けられた。その後もペラペラととめどなく溢れる文言に嫌気がさしてきた時、一瞬の呼吸の隙間を狙い澄まして男が怒鳴り込んだ。
「いつまでも喋り散らかすな!とっとと上に行け!」
シービーはしょぼくれた顔を浮かべて、出入り口へトコトコと歩いて行った。丁度視界から消える時、ほんじゃあな~!と大きく腕を振って海の闇へ泳ぎ出した。そして、ようやっと静まり返った部屋でバトラが男に質問を投げかけた。
「あのー…あの人って海エルフだよな?何であんな奇怪な喋り方するんだ?」
やっぱり大阪弁を気にしているらしい。地域に合わない、もしくは存在すらしない方言をいきなり使われてはこういう反応もするだろう。男はそう言われると、少し掛かるぞ、と言って難しい顔をしながらシービーの昔話を始めた。
「海エルフは陸に馴染むのに訓練が必要だと言いましたね?彼は私と同じ時期にその訓練を始めました。しかし彼の方が早くに陸に適応し、それによって出来た持て余す程の時間を使い、極東の島国へ足を運びました。奴は他の街や国へも足を運んでいましたが、最後に訪れた『イデの国』にてあの言葉使いと出会い、それを何年もかけてこちらの言葉へと応用したのです。全く、それぐらいの熱意があるなら他の何かに使って欲しかったな」
最後に彼の口から出た崩された言葉は、今まで彼の経験した苦心と苦労とがひしひしと感じられた。この話を聞いて、バトラは鋭い目つきを更に細くし、ジラフはそんな事が出来るんだなとなぜか感慨に耽っていて、メルに至ってはニッコニコだった。
「ホント、真面目にやってるギースが馬鹿みたいだよね。あの人才能ならあるのに殆ど遊びにしか使わないんだから」
メルはそう言うと、一人で街側の出入り口へぷかぷかと進んで行った。部屋を出ると通路があり、彼女は今そこに浮かんでいる。その時、その通路の両方の壁に帽子掛けと帽子に似た何かが幾つも掛かっているのが目についた。
「やっべ…またメルに急かされてるよ。依頼もあるし行こう」
バトラの掛け声と共に勇者一行は、先に行ってしまった彼女の後を追った。通路に入る時、メルはもう外へ出て行ってしまっていた。あらぁ、と誰かが呟いたのが聞こえ、スピットはそそくさと帽子を手に取り俺に話しかける
「なぁヒカル、こっから先はこれを被るんだ。こいつが水圧ってのを無効化してくれる」
スピットは言い終わりに手に持った帽子を被る。すると、帽子は水を帯びたように膨れ、徐々に透明な膜を展開した。その膜は見た感じ、何本もの触手が束になって出来た物に見える。しかし全く隙間は無い様で、それでいて呼吸には何の影響もなさそうだった。
俺は、膜がスピットの膝下くらいまで展開されるのをじっと見ていた。当のスピットは、目の前で呆けた俺にちゃらけた具合で説明を始めた。
「なぁ、これスゲェだろ?これも覆鎧の一種さ。地上人の為に量産された簡易版だ!ちょっとダサいけど優れものだぜ?」
お前も被ってみろと言われ、少し戸惑う。他の皆はとっくに装着し終えていて、残されたのは俺一人だった。その時、さっきの部屋からギースが覗いているのが見えた。
「確かにこれはデザインセンスが無いな、効果は凄いんだけど」
「その効果は海エルフと同等の水圧耐性の獲得だ。深く潜る程水圧と言う物は強くなる、生身ならばたったの数十メートルで限界を迎えるが、これを装着すれば水深一万メートルまでも軽い物になるぞ」
装着済みの人達が口々に説得じみた事を言う。俺がこの帽子型の覆鎧をよく思っていないからだと予見して、さぁさぁと勧めてくる。しかし、俺はそれらの言葉を跳ね除け、メルの待っている泡の外に向かって歩を進める。
「あ!ちょっ!これ要らないのかよ!?」
一番近くに居たスピットが極端に驚いた。彼以外は皆一様に驚愕の表情を浮かべている。俺はシャボンの手前で立ち止まり全員に確と言い聞かせた。
「うん、要らないよ。海なら慣れてるからさ」
そのままシャボンの外へ踏み出し、確実に全身が水に包まれる。街の外は暗闇で、ここがどれくらい深い場所何か嫌でも分かる。普通の人の到達出来る限界の優に数倍の深さ、しかし俺の体は水に押し潰されなかった。ぱっと見何の施しもされていない生身の肉体、それでも陸上にいる時と何ら遜色無い。
「おい…まさか…」
またかよ、と言いたげな顔つきでスピットがボソッと溢した。時の止まったかと思う程静かになった所で、唯一驚かなかった彼がご丁寧に解説をしてくれた。
「どうやら長い間深海で生活していたらしいな。私にも細かな仕組みは見え兼ねるが、水の反魔法と風魔法だな。そのレベルの物は長く使用しなければ身に付かない。どういった経緯でそんな事をしていたのか気になるな」
ターラはシャボンの境界へ向かって歩き出し、少し気怠そうな仕草をして見せながらまた口を開く。
「だが、それを訊ねる事はしない。互いに損得が無いのだからその必要が無い。覆鎧が要らない、その事実だけで十分だろう。こんな事でいちいち驚かれては時間の無駄だしな」
話しているうちにシャボンを超え、さっ早く来いと、ターラは首をクイっと傾けた。置いてけぼりの男衆は固まった体を動かして、シャボンの境界をやっと超えた。
内側から見たシアの街は、想像以上に綺麗だった。上から見ただけでは分からなかった細かい部分、例えば完全石造の家。これらはそれぞれに細かく模様や絵が彫り込まれていた。雰囲気の似た物は幾つもあるが、やっぱりどれも少しづつ違う模様だった。通路に道と呼べる道は存在しないが、一応整えられてはいる。上を見れば覆鎧を着ていない海エルフが上下左右、自由自在に泳ぎ回っている。
「へぇすごいねー、覆鎧いらないんだ。ヒカル君の魔法ってやっぱ何でもありだね。何でディザントの暑さに対応する魔法無かったの?」
シャボンから出るや否や、メルにも驚かれた。ただその程度は低めで、ついでに耐熱魔法がない事へ疑問を投げかけられた。俺は不用意な事を指摘されたみたいでいい気はしなかった。
「だって、要らなかったし」
「ふーん…」
シャボンの中の会話は外には聞こえ辛い(その逆も然り)、特にメルは境界から離れていたから遅いなぁ位にしか思っていないだろう。しかし彼女も魔法使い、俺の状態を見てか魔力の流れを見てかはどうでもいいが、この練度の魔法を使っている事に何か言いたい事でもある様だった。
「メルー!お待たせー!」
ピリついた空気が漂い始めたと思った矢先、ターラを先頭に残りの四人が弾んで来た。どうやら、普通は少し浮力の影響を受けて月でも歩いているみたいになるらしい。とは言え見た感じ重力二分の一くらいが妥当に思った。
「やれやれ、やっと依頼に出向けるのか。…はぁ…ぁあ。こちとら退屈だったよ」
欠伸を挟みながらジラフが久しぶりに声を上げた。彼にとっては知った話だったのかとても眠そうだった。眠気覚ましに話そうにもスピットの計らいを無駄にする訳にもいかず、結果下手に口出しも出来なかった。そう言う具合であろう事が表情からありありと分かる。
「っつー訳で、防衛線に急ぐか。一応急ぎの依頼だし」
スピットが皆に呼びかけた。これでようやく本題に入れる訳だ。
「んじゃあメル、案内頼む」
「りょーかい!ついて来て~」
こうしてメルはシアの防衛線まで俺たちの引率役となった。彼女は、地上では約10センチ常に浮き、ジャンプの要領で一時的に高く飛べる。しかし彼女のホームグラウンドである海の中では他の海エルフと同様に縦横無尽に飛び回っている。一つ違う所と言えば、見るからに楽しそうと言う事だ。
「うわぁ…流石に慣れてる人は違いますな」
「ん?」
俺の中では普通に泳いで行った筈だった、現実では彼らを下に見れる程高い所まで泳ぎ進んでいた。
「いやさ?どこにあるのかなって思ったから下見を…」
俺は声に反応したその場所で止まり、彼らに弁明をした。確かにいきなりこれでは呆れムードになるかもしれない、何せ他の海エルフとほぼ同じ高度まで上がっているのだから。
「何で覆鎧無しで声が届くんだ…ターラの言ったことが真実の可能性大だぜ…」
「さっきまでそこにいた筈、どんな速さで泳いだのだ…」
バトラとジラフがコソコソと耳打ちし合っている。
「…それ全部聞こえてるぞ」
「「こりゃ失礼」」
そう言ってやったら、揃って舌を出した。
それからはメルや皆のペースに合わせて防衛線まで泳いで行った。進む方向は概ね西、俺達の降り立った場所から言うと街の真反対側だった。移動する間に時間があるからと、シアに防衛線が設けられている理由を教えられた。進む内にだんだん高度は上がって行き、海底から10メートルは離れたであろう地点で、俺は不思議な物を目撃する。そこは街の北側、それも中心の城に近い場所にあった。何故だか、そこだけ地盤の石が違ったのだ。恐らく円形のその跡は、妙に目について離れなかった。
「なあ、あそこって何があんだよ…」
「行けば分かるさ」
これだけしか言われぬまま、俺はここまで付いてきていた。あらゆる事情で聞きたい事も聞けないままに。
海はとても静かで殆ど凪いでいた。浮をつけられた板と、頑丈なロープで橋は作られている。進むにつれて段々と波の起伏が大きくなり、安定感が薄れていくも、何も立てない程でも無かったし、なんなら走っても大丈夫そうだった。その家に到着したからそれを試すのはまた今度になったが。
作られてから長い年月が経ち、一度も作り直されていないだろう木製の扉。その一枚を押し開けて進むと、少しだけ青みがかった肌を持つ男のエルフがソファに横たわっていた。俺はそれだけが悪目立ちしていた為に、しばらく胸が浮き沈みするところしか目に入らなかった。真っ先にスピットがズンズンと歩いた事でハッとした、やっと内装が目に映る。
海の上なのに木だけで作られた家、ヴィザーの家と同様に屋根裏部屋が無く、骨組みが露出している。置かれた家具は最低限のものしか無く、辛うじて生活感は保っていた。彼の寝るソファ、少ない皿と鍋しかないキッチンとテーブル、後は広いだけのスペースが確保されているだけの寂しい空間だった。
「おーい、起きろい」
スピットが寝ている男を揺すり起こす。男はびっくりして、んごっ!っと珍妙な声を出した。そして状況を理解するとサッと立ち上がり、パパッと身なりを整えた。
「『シア』へ行かれるのですね?さ、こちらへ」
直ぐに後ろを向いて行ってしまったが、その容姿はかなり特徴的だった。
見て分かる通りの青みがかった肌、エルフと同じ尖った耳。青白い髪の毛に真っ青な服。いつも見ている物と全く一緒だった。そんな彼の後ろをメルがふわふわと追走して行く。覆鎧の有無の違いはあれど、メルと特徴が一致した。俺はそれらの情報を瞬時に処理し、実際には直ぐに彼が海エルフだと分かっていた。
「さっ、答え合わせだ!」
満面の笑みでスピットが俺の手を引き、海エルフの男が消えた裏口へ駆けた。引っ張り、引きずられながら出て行く二人の後を、残った三人はやれやれ、と言いたそうに首を横に振って歩いた。
海エルフの男は俺たちの渡った橋と似た、ある種の桟橋の上にメルと並んで居た。何かを話している風だったが、こちらを見て、海へと一歩踏み出した。俺はそのままドボンと行くかと思ったが、クッションでもあるかの様に海がフワッと沈み込み、男は球状に陥没した海の真ん中に立っていた。
「さて、行きましょう」
男の言葉に誘われるがまま、皆はその器の中に足を踏み入れた。足に伝わる感覚はガラスかアクリル板と近しかった。男は全員が乗った事を確認し、出発しますと端的に言う。すると、俺達はゆっくりと、器ごと海に沈んで行った。器が完全に沈み込むと、それは丸い空間となった。直径四メートルの巨大なアクアボールの中にいるみたいだった。
「スピット、答えてくれるよな?」
彼はにこやかに応と言い、やっと謎が明かされる。
「今から行くのは海中都市の『シア』さ、お前も依頼文のとこで見ただろ?」
「見たぞ、だけど海域とか言ってなかったか?」
「シアの所有する海域の事をそう言ってる。プライトルの領海は上の明るい部分、シアの領海がそこから下の暗い部分だ」
「分け方雑じゃないか?」
「それでも良いのさ、表層には弱いモンスターか魚しか居ないし、深海は陸の人種が立ち入るには酷過ぎる環境だから、そっちの人達に任せた方が良いって訳」
「なるほど…つまり、今から行くのは海エルフの街ってか?」
「そう言う事!」
一通り問答が済み、俺の抱いた仮説は確定情報になった。何処から出向くかは分からなかったが、水中戦補助覆鎧と言う単語で海に入る事は十分予想出来ていた。橋を渡る時にうっすらと海の底から光が漏れているのも見ていたから、海に潜る物だとも察していた。海エルフがこの器を作ったのを見て、これで光の元へ行くのだと理解した。シアと言う名詞が指すのは、海エルフの海域か、あの光の漏れる何かの事であると推察していた。
そしてスピットの口から、シアは海エルフの住む海中都市だと明言された。俺はあの時のメルの言動が引っかかっていた。ピーリー焼肉店で彼女は、実家に寄りたいと言っていた。出会った頃に、海エルフは地上では生きられない、だからこの覆鎧に入っているのと説明された。だが、向かう先は海辺と言うだけで明らかに地上の街、何処に海エルフが住む海があるのか疑問を抱いていた。そして今、その謎は一気に解決したのだった。
しかし、同時にまた別の疑問も浮上した。今ここに立っている海エルフの男、彼はなぜ無事なのか、さっきばっちりソファの上で寝ているのを目撃したばかりだ。そんな心はすぐに行動に出て、俺はその彼をじっと見つめた。彼もその目線に直ぐに気が付いた。すると、慣れた口調で説明をしたのだった。
「そもそもエルフと言う種族は、環境に適応するのがとても早い。生活圏を変えただけで、毛色、体色、果ては体の構造までもが変化する。私達海エルフの祖先もまた、ただのエルフだった。彼と仲間達は徐々に海の中に適応し、最初に海エルフの形を取って生まれたのは今からたったの百と七十年前。祖先のエルフの孫の代でした」
淡々と展開された短い歴史の授業は俺に衝撃を与えた。この世界のエルフの能力の凄さ、それは進化とも呼べる適応力の高さだった。彼はそれを踏まえて本題に入る。
「そして、私が地上で活動できているのは、一種の先祖返りなのです。長い期間を訓練に費やす必要はありますが。しかも、先祖返りの資格を持つ者も限られます。初めに始祖の血筋である事、次に男性である事、最後に、特異体質である事が条件です」
それを聞いて、メルには不可能な芸当だと思った。だから覆鎧を纏っていなければならないとやっと分かった。前半を聞いて抱いた可能性は即刻消え去った。以上ですと、男はそれを以て口を噤んだ
「…ありがとう。選ばれた人って感じなのに、なんでこんな仕事を?」
彼は首をクイっと動かして合図を出し、それに答えて前に出てきたのはメルだった。承りました!と敬礼をしながら。敬礼と言う物が存在する事を初めて知ったのはさて置き、彼の代わりに出てきたメルに皆が注目する。
「ヒカル君も容赦ないよね~、師匠さんに似てきたんじゃない?」
クスクスと笑う彼女に俺は頬を膨らました。どちらかと言えば非があるのは俺の方だから言い返せなかった。
「うん、まぁなんと言いますか…全部私の為にやってくれてる事なんだよね~。パパが過保護だからこんな事になっちゃったんだ。普通の人達の為に使ってもすごく便利だからって商売にしちゃって、これが残ってるの」
彼女はさらっと重大な事を言った。聞き間違いかと思ったがそうでは無く、隣の始祖の血縁者から否定されると思いきや何も言われない。場に居合わせた海エルフ以外の人物は、悉く目を丸くしていた。驚愕の新事実に開いた口は塞がらず、知って今よりどう接するべきか分からず言葉が出ない。馬鹿っぽく凍結している俺たちにメルは気恥ずかしそうに言った。
「あはは…もう分かっちゃったみたいだね。そうだよ、私は始祖の血縁者。とは言っても分家であって王族じゃないよ。どちらかと言うと側近の貴族かな。今まで黙っててごめんね、教えちゃったら特別扱いされそうで黙ってたんだ」
彼女の言葉を噛み砕くのに、皆がいささか時間を要した。メルは徐々に居心地が悪そうに肩を狭めた。この空気に耐えかねて怯えている様だ。かなりの間を開けて口火を切ったのは、なんとターラだった。
「そうだったのか、道理で君だけ特別な覆鎧を着込んでいる訳だ。…だが、それを知って今更何だと?対応が一瞬で変わる訳ないだろ」
ターラは彼女の不安を汲み取り、解消する言葉を発した。俺も彼に同意見だった。メルが高貴な一族だからと、今まで積み上げてきた営為は残ったままだ。今から対応を変えろと命令された方が困難だ。
「ん、そうだよな。ただいまから貴族扱いも嫌だよな」
「…未だ信じられんが、この事は追々消化していくしか無いな」
「ジラフと同じだよ。でも、やっぱり一切気にしないってのは無理かな」
ターラの発言を皮切りに、頭を抱える者は口々に物怖じしない姿勢を表明し、いかにも冷静であるかのように振る舞った。バトラだけは軽い混乱を起こしていて、彼の輪郭に被さるように魔力の揺らぎが見えた。そして、俺も彼らの言葉に続いた。
「本当にびっくりしたよ。でも、確かに今から態度を改めろってのは難しいよな」
この場は満場一致で収まり、メルの心配は途端に消えて、彼女にまたいつもの笑顔が戻った。俺の何となく放った一言から、結構大事になってしまったが、結局何も変わる事は無かった。
こんな談話をしている間にも、俺たちはどんどんと深海へ向かっている。周りは段々と暗くなって、元から明るい下以外は一寸先も闇に見えた。しかしながら、なぜかこの空間だけは明るさを保っている。もちろん少しずつ暗くはなっているが、一人一人の顔を認識できる位には明るさを保っていた。不思議だなぁと思い、どんな仕組みなのか考え耽っていると、下からの光が一層強さを増してきていた。それに伴い、海エルフの男が一言だけ告げた。
「到着しました。あれが海エルフの都『シア』です」
それは暗い深海の底に建てられていた。建造物は、全て岩をくり抜いたみたいな造形をしていて、それに窓と扉を付けただけの寂しすぎる物だった。ここからではまだはっきりしないが、それぞれの家の原石と言える、くり抜く岩は家ごとに異なっている様に見えた。そして、一番目立つ街の中心に建てられたオーソドックスな城。居館は大きく屋根があり、それを取り囲む監視塔は四角に配置されている。城壁には閃緑岩らしき岩が使われている。
しばらくそれを眺めている内に、アクアボールは街の外れに降り立った。そこにも岩をくり抜いた家が用意されていて、それだけが俺たちと同じシャボンに覆われていた。
海エルフの男の誘導に従ってアクアボールを抜け、今度はその家を覆うシャボンに入る。全員が家側に移動すると、ボールは弾けて泡になり、そのまま上へと昇って行った。
「中へどうぞ」
今度は浅黒い家の中へ連れ込まれた。扉は無く、角の丸い長方形の穴が空いている。そこを通り抜けると、海上にあった家と変わらない空っぽの部屋があった。材質の違いはあれど雰囲気は全く同じ、ソファの上に誰かが寝ているのも同じだった。
「シービー、交代だ。起きろ!」
シアへ共に来た海エルフの男が、寝ている男へ怒鳴り上げた。すると寝ていた男は足で勢いをつけてヒョイと起き上がった。腰に手を当て背を反らし、終われば今度は目を擦る。彼はかすんだ景色を一望すると、軽く伸びをして喋り出した。
「何や、えらく久々やな」
それはこの世界で初めて聞く口調だったが、俺からすれば少々馴染み深い物だった。シービーと呼ばれた男は確かに海エルフだった。しかし大阪弁であり、人柄も全くの別物に見えた。そして口も止まらない。
「もしかしてやけどさ、この人らって勇者の方々でっか?だったら良い所に来おったで!丁度アストラ大量発生してまんねん、そろそろ最後の集団来そうやってっからイッチョ彼奴らしばいて欲しいんや」
彼の身振りや手振りはそれはもう大きく、常に狐のような目の笑顔を絶やさない。そこから俺の中でシービーの第一印象はお調子者に決定付けられた。その後もペラペラととめどなく溢れる文言に嫌気がさしてきた時、一瞬の呼吸の隙間を狙い澄まして男が怒鳴り込んだ。
「いつまでも喋り散らかすな!とっとと上に行け!」
シービーはしょぼくれた顔を浮かべて、出入り口へトコトコと歩いて行った。丁度視界から消える時、ほんじゃあな~!と大きく腕を振って海の闇へ泳ぎ出した。そして、ようやっと静まり返った部屋でバトラが男に質問を投げかけた。
「あのー…あの人って海エルフだよな?何であんな奇怪な喋り方するんだ?」
やっぱり大阪弁を気にしているらしい。地域に合わない、もしくは存在すらしない方言をいきなり使われてはこういう反応もするだろう。男はそう言われると、少し掛かるぞ、と言って難しい顔をしながらシービーの昔話を始めた。
「海エルフは陸に馴染むのに訓練が必要だと言いましたね?彼は私と同じ時期にその訓練を始めました。しかし彼の方が早くに陸に適応し、それによって出来た持て余す程の時間を使い、極東の島国へ足を運びました。奴は他の街や国へも足を運んでいましたが、最後に訪れた『イデの国』にてあの言葉使いと出会い、それを何年もかけてこちらの言葉へと応用したのです。全く、それぐらいの熱意があるなら他の何かに使って欲しかったな」
最後に彼の口から出た崩された言葉は、今まで彼の経験した苦心と苦労とがひしひしと感じられた。この話を聞いて、バトラは鋭い目つきを更に細くし、ジラフはそんな事が出来るんだなとなぜか感慨に耽っていて、メルに至ってはニッコニコだった。
「ホント、真面目にやってるギースが馬鹿みたいだよね。あの人才能ならあるのに殆ど遊びにしか使わないんだから」
メルはそう言うと、一人で街側の出入り口へぷかぷかと進んで行った。部屋を出ると通路があり、彼女は今そこに浮かんでいる。その時、その通路の両方の壁に帽子掛けと帽子に似た何かが幾つも掛かっているのが目についた。
「やっべ…またメルに急かされてるよ。依頼もあるし行こう」
バトラの掛け声と共に勇者一行は、先に行ってしまった彼女の後を追った。通路に入る時、メルはもう外へ出て行ってしまっていた。あらぁ、と誰かが呟いたのが聞こえ、スピットはそそくさと帽子を手に取り俺に話しかける
「なぁヒカル、こっから先はこれを被るんだ。こいつが水圧ってのを無効化してくれる」
スピットは言い終わりに手に持った帽子を被る。すると、帽子は水を帯びたように膨れ、徐々に透明な膜を展開した。その膜は見た感じ、何本もの触手が束になって出来た物に見える。しかし全く隙間は無い様で、それでいて呼吸には何の影響もなさそうだった。
俺は、膜がスピットの膝下くらいまで展開されるのをじっと見ていた。当のスピットは、目の前で呆けた俺にちゃらけた具合で説明を始めた。
「なぁ、これスゲェだろ?これも覆鎧の一種さ。地上人の為に量産された簡易版だ!ちょっとダサいけど優れものだぜ?」
お前も被ってみろと言われ、少し戸惑う。他の皆はとっくに装着し終えていて、残されたのは俺一人だった。その時、さっきの部屋からギースが覗いているのが見えた。
「確かにこれはデザインセンスが無いな、効果は凄いんだけど」
「その効果は海エルフと同等の水圧耐性の獲得だ。深く潜る程水圧と言う物は強くなる、生身ならばたったの数十メートルで限界を迎えるが、これを装着すれば水深一万メートルまでも軽い物になるぞ」
装着済みの人達が口々に説得じみた事を言う。俺がこの帽子型の覆鎧をよく思っていないからだと予見して、さぁさぁと勧めてくる。しかし、俺はそれらの言葉を跳ね除け、メルの待っている泡の外に向かって歩を進める。
「あ!ちょっ!これ要らないのかよ!?」
一番近くに居たスピットが極端に驚いた。彼以外は皆一様に驚愕の表情を浮かべている。俺はシャボンの手前で立ち止まり全員に確と言い聞かせた。
「うん、要らないよ。海なら慣れてるからさ」
そのままシャボンの外へ踏み出し、確実に全身が水に包まれる。街の外は暗闇で、ここがどれくらい深い場所何か嫌でも分かる。普通の人の到達出来る限界の優に数倍の深さ、しかし俺の体は水に押し潰されなかった。ぱっと見何の施しもされていない生身の肉体、それでも陸上にいる時と何ら遜色無い。
「おい…まさか…」
またかよ、と言いたげな顔つきでスピットがボソッと溢した。時の止まったかと思う程静かになった所で、唯一驚かなかった彼がご丁寧に解説をしてくれた。
「どうやら長い間深海で生活していたらしいな。私にも細かな仕組みは見え兼ねるが、水の反魔法と風魔法だな。そのレベルの物は長く使用しなければ身に付かない。どういった経緯でそんな事をしていたのか気になるな」
ターラはシャボンの境界へ向かって歩き出し、少し気怠そうな仕草をして見せながらまた口を開く。
「だが、それを訊ねる事はしない。互いに損得が無いのだからその必要が無い。覆鎧が要らない、その事実だけで十分だろう。こんな事でいちいち驚かれては時間の無駄だしな」
話しているうちにシャボンを超え、さっ早く来いと、ターラは首をクイっと傾けた。置いてけぼりの男衆は固まった体を動かして、シャボンの境界をやっと超えた。
内側から見たシアの街は、想像以上に綺麗だった。上から見ただけでは分からなかった細かい部分、例えば完全石造の家。これらはそれぞれに細かく模様や絵が彫り込まれていた。雰囲気の似た物は幾つもあるが、やっぱりどれも少しづつ違う模様だった。通路に道と呼べる道は存在しないが、一応整えられてはいる。上を見れば覆鎧を着ていない海エルフが上下左右、自由自在に泳ぎ回っている。
「へぇすごいねー、覆鎧いらないんだ。ヒカル君の魔法ってやっぱ何でもありだね。何でディザントの暑さに対応する魔法無かったの?」
シャボンから出るや否や、メルにも驚かれた。ただその程度は低めで、ついでに耐熱魔法がない事へ疑問を投げかけられた。俺は不用意な事を指摘されたみたいでいい気はしなかった。
「だって、要らなかったし」
「ふーん…」
シャボンの中の会話は外には聞こえ辛い(その逆も然り)、特にメルは境界から離れていたから遅いなぁ位にしか思っていないだろう。しかし彼女も魔法使い、俺の状態を見てか魔力の流れを見てかはどうでもいいが、この練度の魔法を使っている事に何か言いたい事でもある様だった。
「メルー!お待たせー!」
ピリついた空気が漂い始めたと思った矢先、ターラを先頭に残りの四人が弾んで来た。どうやら、普通は少し浮力の影響を受けて月でも歩いているみたいになるらしい。とは言え見た感じ重力二分の一くらいが妥当に思った。
「やれやれ、やっと依頼に出向けるのか。…はぁ…ぁあ。こちとら退屈だったよ」
欠伸を挟みながらジラフが久しぶりに声を上げた。彼にとっては知った話だったのかとても眠そうだった。眠気覚ましに話そうにもスピットの計らいを無駄にする訳にもいかず、結果下手に口出しも出来なかった。そう言う具合であろう事が表情からありありと分かる。
「っつー訳で、防衛線に急ぐか。一応急ぎの依頼だし」
スピットが皆に呼びかけた。これでようやく本題に入れる訳だ。
「んじゃあメル、案内頼む」
「りょーかい!ついて来て~」
こうしてメルはシアの防衛線まで俺たちの引率役となった。彼女は、地上では約10センチ常に浮き、ジャンプの要領で一時的に高く飛べる。しかし彼女のホームグラウンドである海の中では他の海エルフと同様に縦横無尽に飛び回っている。一つ違う所と言えば、見るからに楽しそうと言う事だ。
「うわぁ…流石に慣れてる人は違いますな」
「ん?」
俺の中では普通に泳いで行った筈だった、現実では彼らを下に見れる程高い所まで泳ぎ進んでいた。
「いやさ?どこにあるのかなって思ったから下見を…」
俺は声に反応したその場所で止まり、彼らに弁明をした。確かにいきなりこれでは呆れムードになるかもしれない、何せ他の海エルフとほぼ同じ高度まで上がっているのだから。
「何で覆鎧無しで声が届くんだ…ターラの言ったことが真実の可能性大だぜ…」
「さっきまでそこにいた筈、どんな速さで泳いだのだ…」
バトラとジラフがコソコソと耳打ちし合っている。
「…それ全部聞こえてるぞ」
「「こりゃ失礼」」
そう言ってやったら、揃って舌を出した。
それからはメルや皆のペースに合わせて防衛線まで泳いで行った。進む方向は概ね西、俺達の降り立った場所から言うと街の真反対側だった。移動する間に時間があるからと、シアに防衛線が設けられている理由を教えられた。進む内にだんだん高度は上がって行き、海底から10メートルは離れたであろう地点で、俺は不思議な物を目撃する。そこは街の北側、それも中心の城に近い場所にあった。何故だか、そこだけ地盤の石が違ったのだ。恐らく円形のその跡は、妙に目について離れなかった。
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