転移した世界で最強目指す!

RozaLe

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第三十二話 ルール制定

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 最高貴族スティンガー家、始祖の血を一番濃く受け継いでいる故にそう呼ばれ扱われる。その長男は約24年前に生まれた。名は『モートン』。その四年後、中級貴族クリオネア家に次女が生まれる。名は『メル』。
 貴族は幼少より高い水準で教育を施す。今から15年前にあった深海魚群の大行進の最中でさえ例外ではなかった。ある教師の家に出向き、勉強をしていた。城の中に招き入れる事は出来ない。魚群は非常に活発で凶暴、よって城には待機中の兵士で溢れていた、いつでも前線に行けるように。少しでも前線から遠い場所を選んだに過ぎなかった。
 その時は、10歳未満の貴族の子しか居なかった。モートン・スティンガーとメル・クリオネアだけ、その他の貴族の子は既に二桁の歳だった。ふとした時、少年が自慢げに簡単な水魔法を見せた。年上としての威厳を見せたかったのか、やはりただの自慢だったのか。それを見て少女は、負けじとそれを真似た。結果、半径十数メートルもの刺々しい氷塊が発生した。
 怪我人は無かった。少女は勿論、目の前にいた少年も。周囲の人間は理由は違えど丁度出払っていた為家を失った程度で済んだ。
 その少女はこれを咎められた、という事にはならなかった。と言うのも、誰も知らなかっただけだったのだ。彼女が『始祖の血』を持つ事を、その能力を。
 海エルフだけに現れるユニークスキル『始祖の血』。名の通り始祖の血を受け継ぐ者に発現し、濃いほど確率は高くなる。しかし挙げられた例はどれもこれも男性ばかり、女性に発現した例は無かった。しかし今回初めて女性にそれが発現した。男性ならば多少肉体が改造され、トレーニング次第で陸に帰れる。しかし女性の場合は違かった。陸へは帰れない代わりに、極限まで魔力が増加し、変質する。自分の許容量を超えた膨大な魔力を持つ状態で魔法を使う、そんな場合、ほぼ絶対の確率で魔力暴走を起こす。それが氷の大ウニが現れた理由だった。
 地盤まで巻き込んだ氷塊はすぐさま撤去され、少女はステータスを確認され次第、特別な覆鎧を着させられ陸へ追いやられた。多くの経験を積み、レベルをいち早く上げ、許容量を上げさせる事を優先させた。10歳になる頃には暴走など起こらなくなり、海に戻る選択肢もあったが、彼女は覆鎧を脱がなかった。面白いから陸に残るとそう言って、歳を重ねるごとにシアから遠ざかった。
「じゃあ5歳の頃からその覆鎧に入り続けてるんだ」
「そうだよ。あそうそう、暴走を利用して中級モンスターを倒したらレベルが二個か三個上がってたのにはびっくりしたなぁ」
 皆が固まっていたと言う時刻から丸一日後、勇者全員が集まり話し合っていた。場所はプライトル随一の高級宿、もはや俺の知るホテルと変わりは無い。それにしても切り替え早すぎやしないか?その最高貴族から求愛されたってのに。
「でさ、色々話省かれてるけど、その時モートンはなんて言って帰ったの?」
 俺が丁度いなかったばっかりに、話は飛び飛びでついていけないでいた。だから度々質問を交えながら話を聞いていた。メルは自分の半生を明かし、昨日の出来事も殆ど話し終えた。聞き足りないのは彼の持ちかけた条件だった。
「いきなりだったし、最高貴族だからそれなりに権限あるでしょ?私には何も出来ないかなって思ったらさ…貴族同士の手前、無条件に妻とするのは法度物。君の意向次第ではそうではなくなるが、思うに今、願う様にはいかなさそうだ。そこで一つ賭けをしよう、何かしらの勝負をしよう。敗者が勝者の言い付けを聞くと言うのはどうだ?って言ってきた。私が断る事もお見通し、それで持ちかけたのが勝負事なのよ?私の方が有利なのよ?取り乱す必要ある?」
 メルは三連続で語尾を上げた。顔からしてまだ納得できていないし、時間の無駄と言い張る様な態度だった。それだけムカムカしていると言うことか。ならば今度は、その賭けか勝負は一体何をするのかだ。その答えは俺が尋ねる前にジラフが言ってくれた。
「言っとくが、それはまだ決まってないんだ。明日、俺ら立ち会いの下で決めるそうだぞ」
 俺は一連の話を聞いた時、その最高貴族とやらが衝動的に動いて良いものかと困惑した。いくら昔から恋焦がれていたとしても、その人は国の選んだ勇者であり、替えなんて効かない人材だからだ。一国の王子に匹敵する人物が気持ちだけで好きにして良いのかと。
 しかしそれは大それた問題じゃ無かった。そのモートンが一定の権限を持つ様になってから、メルの捜索が秘密裏に進んでいた。自らは縁談を持ち込まず、持ち込ませず、ずっと一途に彼女を追っていた。一切噂が立たなかったのは行動していた人数の少なさと、彼自身心の内を明かさない男であったからだと言う。
 つい先日、シア防衛線で否応でも目に入る大きさの大盾が現れた。材質は氷、メルが居ると直感した。それからというもの、捜索は今までよりも活発化し噂になった。そして昨日、城へ来た事を衛兵から衛兵へ伝わり、モートンが帰った瞬間彼の耳に止まった。そして辿り辿って彼女に行き着いた。
 つまり言いたい事は、国絡みでの所業だから勇者なんて称号よりも深海の世継ぎの話の方が重要と言う事。もっと複雑だし簡略化しすぎかもしれないが大体こんな感じ。そういう点で論ずるなら俺らは不利だ。彼の決めた女は一人、対して勇者は計六人、一人欠けた時点で埋め合わせは出来るだろ、と言えてしまう。
「かと言って、易々と明け渡すなど毛頭考えてないがな」
 唸り声が多い中で、真っ先にターラが声明を上げた。
「皆ばかり考え過ぎだ。予告の段階とは言え、賭けはメルが有利を取れる物なのは確定済みなんだろう?恐れる事など必要ないじゃ無いか」
 この人はいつも息詰まった俺達を諭し、導いてくれる。常に冷静な彼は俺達に見えない物まで見えている、その目で何を観たのだろうか。
(…ん?なんだよ、珍しいじゃん。話しかけてくんのさ)
 話は進み、様々な想定をした。こうだったら、ああだったらと、底無しに想像力が働いた。ターラは手を額に当ててうんざりした感じだったが、お陰で俺達の不安感はすっかり薄れた。その中で最も都合の良いシナリオはこうだ。
 勝負内容は何かしらのモンスターの討伐勝負、最高貴族チームと勇者チームで争い、多く狩った方の勝ち。それなら確実に雲泥の差で勝つ事が出来る。また最も都合の悪いシナリオはこれの全く逆と言う訳だ、例えるなら単なる盤上遊戯を一対一でやるとかになるのか?
「こんなもんで良いか?考え過ぎるとまた不安になってくるしよ」
「賛成ぇ、つか眠くなってきたわ。眠気覚ましに海いかねー?」
「いやだよこんな日暮れに」
「ならそこらを歩こうか、ティブルアイを探してた時にいい店を何個か見つけてな?」
 男三人は話を切り上げ早々に部屋を出ていった。出遅れて立ち上がってすらいない二人も、せーので立ち上がり、メルの部屋を後にした。扉がバタンと閉まった途端、ターラが口を開く。
「そして?光の獣よ、話とは何だ」

 短い期間でこんなに行き来する事があるだろうか、には何度も乗っている。少なとも全員が三回以上往復しているはずだ。『バブルリフト』と言うこの魔法は、どうやら唯の水魔法ではないそうな。聞けば風魔法の要素も併せ持っているらしい、水魔法とを併用してやっとコレが扱えるそうだ。かなりの熟練者でないと人を乗せられないらしいが、それは小屋にいる二人が相当優秀と言う事を意味する。
「危惧していた事がこうも早く的中するとは…メル様、あれほど注意しようとしたのに、貴方と言う人は…」
 ギースは海底に向かう最中、度々メルに向けた言葉を発した。心配半分に呆れていたのがすぐに分かる位には言葉がどこかごわついていた。だがそうネチネチ言われても、メルの表情は曇るどころか自信に溢れていった。昨日の想定合戦が効いているようだ。
「大丈夫だって。どんなの持ちかけられたって勝てば良いんだからさっ!」
「…っとにこの人は」
 一番よく王族の権力を知っているからこそ出る言葉は彼に似合っていなかった。
 リフトから降り、石材の小屋に入る。しかし今回に限ってはシービーが大人しかった。話ならとっくに聞いているという事だし、これに限っては笑い飛ばせないと知っているからか。彼は上に行く前、すれ違い様に言った。
「俺らからは何もできひん。メル様の力量にかかっとる、気張れや」
 会談の舞台は城の上層階、スティンガー一族の部屋と決まっている。地に足が着いているわけでもないが、足取りが重く感じた。城の門は大きく、衛兵二人が押してやっとちょびっとずつ開いていった。現れた一本道の傍には海藻が綺麗に揃えられ、様々な色の珊瑚が盆栽の様に整えられ低木を作っていた。
「身なりは大丈夫?」
 門を開ける直前にメルが聞いてきた。誰もいいえと言わなかった。
「じゃ、行くよ」
 メルは扉に触れず、手をかざすだけで開けて見せた。赤く、カーペットが敷かれたかの様に見える廊下。サイドの壁は同じ色、模様も全く同じ。装飾品さえ同じ物、しかしこれは色が違っていた。緑と黄色、もしかしてその貴族の色なのか?
 皆がゆっくり泳いで居る最中、俺はカーペットの上を歩いた。このカーペット、感触からして藻類だ。どうすればこんな発色になるのだろう。そんな事を考えていると、螺旋階段を中心にした十字路にでた。しかも中心を見る様に四つのドアが取り付けられていて、それぞれさっきと同じ色のマークが入っている。黄と緑、そして青と紫が確認できた。しかし誰もそれらに目もくれず、螺旋階段の中心に入った。
「まさか俺らが使う事になるなんてな」
 バトラは気重に言った。使う気になれないのはここにいる誰だって同じだろうな。
「行かなきゃだよ」
 メルは軽く釘を打って少しずつ浮上していった。段々と加速して遂には点に見えるように。
「仰せのままに」
 バトラが返し、螺旋階段の中心を同様に上がっていった。柱のあるはずの場所はすっからかん、そこは泳げる者たちの自力エレベーターらしい。俺がそこに踏み入ったのは最後、全員を見上げて泳ぎ登り、おおよそ五秒で到着した。
 現れたのは豪勢な装飾を施した廊下。思う程長くは無いが、彫刻を退ければそれなりに広くなるだろう。進み、橙の模様の張り巡らされた扉を叩く。インターホンの役目をする装置で、ゴンゴンッと。
 しばらくして、扉が開いた。開けたのは扉の向こうに立っていた少し老けた海エルフ。ディザントにいたペリドットもそうだったが、エルフは多少容姿が変化する人がいるらしい。その人はきっちりしたスーツを着ており、執事だと直感した。
「メル・クリオネア様。と、仲間の皆様ですね。さぁ、御入りください。モートン殿がお待ちです」
 俺達は導かれるままに部屋に入る。そこで見た内装はとても石造りとは思えないものばかりだった。綺麗に磨かれた大理石に似た岩が壁を構成していて、角には繋ぎ目がなく、一つの岩から全て造られたと言わしめている。また、家具よりも装飾物が多く、現れる壁には悉く大きな絵画が飾られていた。
「こちらへ」
 執事が一室の扉を開けた。そこには幾つもの椅子が用意されており、部屋の奥に計四人、座っている男たちがいた。
「ようこそ。…鎧なんて着込んで、そんなに信用ないのか?」
 中心に座る男は俺達を一瞥するなり言った。良く顔の整った彼こそ最高貴族の嫡男『モートン・スティンガー』だった。隣の男の方が背は低いが、使う予定も無いだろう杖を握っていた。その男が現在のシアの王様、モートンの父だろう。そして二人を挟む形で鎧を着て槍を持った衛兵が座っていた。
「貴方こそ衛兵を連れているじゃないの」
 メルが突っ掛かった。
「いや、あん時も居ただろ?絶対離れるなって命令だから仕方なく同行してるんだ。最も戦った所で勝てると思わないしな」
 モートンは軽々しく言い切った。俺は今までどんな奴かと想像していたが、この調子だとまた面倒な方向に厄介な人かもしれない。そんな彼は部屋に入ったきり動かなかった一同を諭した。
「これはお互い様という事で、どうぞ椅子に座ってくださいな」
 そして部屋に入り、俺は用意された一番端の椅子に腰を落ち着かせた。皆も続いて座り、メルはモートンと対面する形で浮かんでいた。メルが座れないのは分かりきっていたが、簡易覆鎧で身を包んだ四人は普通に座れている。扱いに慣れたのだろうか。
「うん、大丈夫そ。じゃあ早速、勝負内容の取り決めと行こう」
 モートンは前屈みになり、膝に肘をついて指を交差させた。
「まず前提条件として、ルールを決めるのは俺の方だ。くらいが高いのは俺の方だし、下の意見を通したとなれば威厳が失われる。そこは承諾してもらいたい」
 初手から余りにも不利な条件を言い渡された。だがこれは想定の範囲内、元より双方の意見を合わせた物になるなんて考えに無かった。海エルフは地位を重んじる、貴族の位が形骸化しようとも仕来りは続くとメル自身が言っていた。
「だからと言って、君に完全に不利な内容では面白くない。俺に微有利な条件でこそ面白く、願いも叶うという物。そこでだ、丁度良い存在が最近現れたんだ。今はスティンガー家しか知らないモンスター。まぁ、ゆっくり話すよ」
 とりあえず最悪のシナリオは避けられたみたいだ。モンスターの話題が出るなら、倒すにしろ捕獲するにしろメルに不利は無い。俺の感じていた魔力の微動が少しだけ和らいだから、みんなも多少は気軽になった事だろう。そんな折に、モートンはそのモンスターについて話し始める。
 そのモンスターが発見されたのはたったの八年前。海底から穴を掘って現れ、攻撃を加えた途端に逃げ去った。これは初遭遇時の記録。二度目は、海底のパトロールをしていた時にすれ違った。すれ違った途端にそれは速度を早めてまた逃げた。聞いていて、恐ろしく逃げ腰だなと思った。それなら放っておいても良いのではとも考えた。しかし、そうも行かない事態になった。
「俺とメルがあの教室に居たのは何の為だった?知っての通り、深海魚達が押し寄せていたからだ。あの時はとんでもない数で、とんでもなく凶暴だった。でも、それからきっかり10年後、また魚群が押し寄せたんだ。でもその時の魚供の様子が変で、一匹一匹が思い思いの方にビュンビュン泳いでったんだ。何かから逃げる様にな」
 最近聞いた、と言うかそのままの出来事があった気がするが、黙って聞き続けた。
「それを受けて父上と数人の衛兵だけで遠洋に出向いた。他の者に魚群を任せてな。そこで父上は、破壊された岩盤を見つけた。魚供の住処になる地形だった場所に、巨大な穴が空いてたんだ。次いでその穴から例のモンスターが顔を出したんだ。そん時も奴は急いで逃げ帰ったって聞いてるが、間接的に俺らに被害がある以上見過ごせない。そして秘密裏に討伐隊が組まれる事になった」
 が、いくら討ち取っても次から次へ現れる。強さは腕利きの猛者が五人ほど居れば簡単に倒せる程。違う個体に遭遇する度に狩っているが、その大きさ故面倒だと言う。それじゃあその大きさはどれ位か、口を開ければ人を丸飲み出来る程だそうだ。そのモンスターは手足が無くヒレのみで泳ぎ、また全長は数十メートル、下手すれば百メートルにも達すると。
「しかしだ、猛者と言うのも精々二等英雄上位並みの事を言う。一等英雄ならもっと少なくても勝てるし、俺も君もそれ以上の強さを持っている。ここで本題だ。このモンスター『セティエンティア』を、より早く討伐し、持ち帰った方の勝利としようじゃないか。もちろん俺とメルの一対一でな」
 長く続いた説話の末に提示されたルールはとてもシンプルで、拍子抜けするくらいぬるい勝負だった、俺達が思わず顔を見合わせてしまう程に。加えて示された決戦の日時は明日の朝一番、今から約半日後。これも俺たちにとってどうと言う物ではなかった。
「こんなもんさ。どうだい?悪くないだろ?」
 むしろあっちが大丈夫か気にかけてしまいそうだったが、それでも俺も皆も言葉を慎んだ。
「うん、それで良いよ。気落ちするくらい簡単だね」
 しかし、メルはどうしても黙っていられなかったのか余計な口を滑らせた。モートンはそれを聞き、ニヤッと笑い言い返す。
「ほう、確実に勝てる自信があると?それは楽しみだな」
 これにてルールの制定は終わった。御足労ありがとうと、決まり文句を言われたが、歩いてきたのは俺だけだぞ。俺は話をずっと聞いていて、モートンがとても幼稚に見えた。メルとは違う、また別の方向に子供っぽい。それとも俺が子どもらしくないのかな。

 六人の勇者が去り、衛兵は私の指示で退室した。今この部屋には私と息子だけとなった。一方的な会話を何十分と続けてまたそれを聞かされて、それで飽きずにいられようか。モートンの決定に私は賛同も否定もしない。会話に介入する是非も無くば、遂に何も喋らなかった。最後に彼女の了承を得た事でやっと私は安心できた。
「本当にあの娘で良いのだな」
 私は息子に尋ねた。私でさえこの子の心中を聞いていない。以前から彼女を数人の衛兵に捜索させていた事も最近知った。『平』と『乱』の差の激しいシアだからこそ出来た身勝手な行動、平だった故に実害は出ていなかった事でそれを容認した。しかしそれ以上に気掛かりなのは、なぜあの娘に肩入れするのかだった。
「いいんだよ父さん。俺はあん時からずっと惚れてんだから」
「…あの時?それはいつだね」
 これでやっと知る事が出来る。とても喜ばしいと思いたかった。
「『氷雷事件』の時だよ。俺が氷漬けにされたアレ」
 とても予想だにしなかった。出来なかった。
「俺さ、メルに憧れてんだ。俺がどうしようとも届かない力を持ってるから。最初は妬んださ、でも段々と違う感情が浮かんできたんだ。単純な憧れ、そこからゆっくりと愛おしく感じる様になった。彼女が有名な英雄となった時も、勇者になった時も、俺は誇らしかった。俺の未来の嫁さんがより崇高になって行くと感じたからだ」
 聞いているうちに更に呆れてが加速した。そうだった。昔からこの子は。『力』と言う物にとても惹かれていた。
 恐らくは、自我を得た頃であろう二歳の時から。王に近しい血を引いていながら衛兵に興味を示し、次にシア防衛隊の者達に釘付けになり…そして9歳のあの日、最も強い、強くなるだろう存在を見つけてしまった。それがあの娘、メル・クリオネア。
 この子の抱く感情は、本当に愛や恋の類なのかすら怪しい。だが、は私だ。約束は約束、今更それを無に帰すなど不可能となってしまった。
「そうかい。変わらんなお前は」
「そうかな?多分若さがあるからだと思うぜ」
 ずっと成長していなかった。外面だけは大人になったが、根底にある幼さは未だ根強く残っている。モートンがスッと立ち上がり、部屋から出ようと泳いで行った。私はそれを呼び止め、最後の質問を投げた。
「勝負には勝てそうか?」
 我が子の進行がピタッと止まり、悠然として振り返り言った。
「大丈夫さ、事前にセティエンティアの大まかな居場所は聞いてるから」
 こういう所はちゃっかりしている、情報戦で勝とうとな。確かに見つけなければ話にならんからな。戦力差を発見時間と距離で穴埋めするのか、だったら勝率は五分かもな。
 モートンと衛兵の三人が退室し、残るは私一人。私は悩んでいた。これで本当に良かったのかと。今までの貴族の縁談の例に、これ程までに適当な物は一つとて無い。今回が特殊過ぎる。立派な言い合いも無く、こんな勝手に勝負の条件を下し、了解を得られたなどと言う現実は、私は到底受け付けなかった。
「…はぁ。結婚した後になるなぁ、奴が真の愛を知るのは…」
 ぼんくらと言うには世を知り過ぎ、とは言え普通と呼ぶにはまだ品格が無い。一体全体、明日はどうなる事やら、だな。
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