転移した世界で最強目指す!

RozaLe

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第三十一話 勇者の休日

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 借りた宿は綺麗で、朝晩の旨い飯付き。昼だけはどこかで食べる必要はあるけど、朝から夜まで自由時間だし、逆に過ごし易いと思った。
 防衛戦から軽く一週間以上経った。バトラの矢の替えが出来たのが四日前。ジラフは好きな珍味の噂を聞きつけ出ていったのが五日前、帰ったのは昨日でとてもいい顔をしていた。メルとターラは退屈凌ぎに図書館へ通い詰め。かく言う俺は毎日依頼を受けて、今では相手にすらならないスライムなどのモンスターを狩っていた。そして最後にヒカル。あいつは今日朝イチで『ピーリー焼肉店』に行った。週一で飯を食べに行くだけの約束の筈だ、前回だって昼しかあっちに行っていなかった。実際はあの女の子が寂しがるからって話だけど、今日に限って丸一日あっちに行くと言ってきた。別にそれでも構わないけど、今日はメルの実家帰りの日なんだ。メルに一緒に来て欲しいと言われていたけど、ヒカルはそれでも彼女を優先したらしい。あいつも意外と神経太いよな。
 今は宿の前で待ち合わせている。朝食は皆で済ませたが一人一部屋だし支度にも時間差がある。俺が一番初めに下りてきた、いつも俺が最初に集合場所にいる気がする。あと、いつもと違って鎧は着込んで居ない。別に戦いに行くわけじゃなからな。
 待ちわびる事数十分くらいか、二人目が来た。
「おはようスピット…今日も朝から元気そうだなぁ…」
 飯は食ったってのにまだまだ目が開ききっていないままバトラが集合場所に来た。案の定しばらくすると欠伸をした。
「やっぱみんな掛かるもんだな」
「お前が雑なだけじゃねーの?」
「そんなもんかー?」
 そう言えばメルは食事会場にはいなかった。覆鎧があるおかげで食べずに済んでいるが、寝込んでないか心配だ。今回は自分の事だし、普通に起きてくるか、いつもより待たないだろうと思っている。眠気の取れないバトラとはあまり話が続かなくて、少し気分が乗らずにいた。そんな最中、意外と早くに残りの三人が洒落た透明なドアを押して出てきた。
「お、来た…てぇおい…」
 しかしどうにも様子が違う。ジラフ、メル、ターラと横並びで出てきたと思ったら、メルはまだ半分眠っていた。それをサイドの二人が両脇を抱えて運んでいた。ジラフもターラも気だるそうな振る舞いをし、俺の前へ来た時メルを降ろした。
「ねぇ、どうすんの?」
「知らん。連れて行けばその内覚醒するだろ」
「なぁほんとに目ぇ覚めるかなぁ!?」
 だらしなく口を半開きにしてメルは寝ている。一度は目を開けたらしいけど、その時は完全に寝ぼけていたようだ。
「仕方ない、このまま連れてくぞ」
 ジラフは強行策を提案した。そして誰もそれを止めず、承諾したのだった。
 宿はプライトル中央区の南側に構えていて、プライトルの中央ギルドとそう遠くない。良い宿はアクセスも良い、ここはバトラの親友を名乗るキューロ・クーパーが紹介してくれた宿だった。そして今回はそのまま西の海岸へ向かい、前と同じ橋小屋からシアへ行く。
 途中メルが運ばれている事を自覚したのか、一気に飛び起き、顔を赤くしていた。だったらみんなの前で寝転がっても恥ずかしがらないのは、常日頃からおかしいと思う。
 十分くらい歩いてあの小屋に到着した。中に入れば相変わらずすっからかんの内装が出迎える。でも早朝だからか、狭いキッチンから何かをジューっと焼く音が聞こえてくる。
「おや、やっと都合が合いましたか?すみません、少し掛かりますよ」
 丁度ギースが朝食を作っていて、美味そうな肉の匂いが漂って来た。
「了解、急がなくて大丈夫だよ」
 ついさっきまで寝ていたメルが彼に声をかける。二人の言葉遣いの差で、メルが貴族のエルフだと再確認させられる。だが直接受ける印象は、ただ仲の良い親戚同士だ。そう言えばまだヒカルには言ってなかったけな、ギースのフルネームが『ギース・クリオネア』って事。報酬をもらった後に個人的に聞いたけど、かなりややこしかった。関係性は異母兄妹で、ギースの方がやっぱり年上だ、でも貴族の階級で言うとメルの方が上だそう。だから言葉遣いがあんなになっている。
(まぁいっか、また今度で)
 これで伝えてないのはターラとヒカルだな。
 そんなこんな考えているうちに、ギースは焼いた肉を食べ終えた。彼はささっと身なりを整え、行きましょうと案内するが、手にはパンが握られていた。
 約二週間ぶりに『バブルリフト』でシアへ向かう途中、バトラが思い出したように尋ねた。
「そう言えばさ、ヒカルってどこに居んの?部屋にも居なかったけど、どっかで合流するとか?」
 皆はまだ知らなかった。あいつ俺だけに言っただけだったのか。
「あいつなら今日一日居ないぞ。多分デートだ」
「えっ、マジで!?嘘だ…周りに二人もいるぜ彼女持ちがヨォ…」
 段々バトラの声から覇気が抜けていった。確かにこの中で一番色恋に悩んでそうなのはバトラだ。俺はまだ十代前半でまだ早い、メルは家柄悩まなそう。ジラフは既に妻子持ちだし、ターラはおそらく考えにない。しっかしこう考えてるとほぼ同い年で彼女が居るヒカルが羨ましく思えて来た。しかもあの子見た感じ年上だったな。羨ましい。
「大変ですね、あの『奇才魔道士』までもが彼女持ちとは…意外ですね」
 ふとした時、ギースが話に入ってきた。彼の性格上割り込んでくるのは稀な事だった。
「あれ、ヒカルってそんな呼ばれ方してるんだ」
「いえ、ジェリーさんが言っていただけですよ。確認できただけで三種類の魔法を自在に操っていたそうじゃないですか。しかも詠唱無しでですよ?十分奇才と呼べますよ」
「広まるの早いな…まぁ狭いしそんなもんか。そう言えばあいつに公式の異名ってまだ無かったよな」
 俺の発言に、確かに~とかの相槌がいくつか返ってくる。他はどうだったか知らないが、俺は個人的にヒカルの異名を考えていた。奇才魔道士なんてのじゃ長すぎて呼びづらいからな。しかし、パタリと話が止んで静かになったリフトの中で、ちょっと慌てた様子でギースがまた話し始めた。
「あ、話したかったのはそういう事ではなくてですね、先の恋人の話で思い出した事があるのですが…」
 ギースは少し話辛そうにしていたが、皆はこの言葉が耳に入った途端に首を回し、話し始めてないのに聞き入っていた。もちろん俺もそうしていた。
「…ありがとうございます。それがですね、最近貴族間でも縁談の噂があるのです。私は常にに居ますから詳しい事は何も知りませんが、それが本当なのならばメル様に声が掛かる可能性も十分あります」
 なるほど、話づらかった理由はそれか。メルに関係するかもしれない事だから気が引けたらしい。いずれ知るには変わり無いが、今言っておく方が確かに色々助かる気はする。が、当の本人はどう思うのかとても気になった。
「いやいや、私に声かかる訳ないじゃん。私の評判聞いてないの?」
 なんというか案外ドライだった。
「そうは言いますが、誰が話を持ちかけてくるのか分からないのです。十分身構えた方がよろしいかと」
「いやいや、私なはずないよ。ここに居なかったし、どちらかと言えば敵の方が多いんじゃないの?」
 ギースの言う事を間に受けず、あっけらかんとした態度でとんでもない事を言う。ギースはまだ反論しようとしていたが、丁度シアに到着した所だった。不服そうに口をつぐんで、それから何も言わなくなった。
「さぁ!行こう行こう!ママに会うの何年ぶりだっけなぁ!」
 メルは我先に部屋を抜けて廊下へ行った。多分その勢いのまま外に行くだろうな。
「おんやぁ?メルさんやないか!来るっちゅー事は、てぇ早い早い!少しは止まらんかいなー!」
 聞く限り、シービーは話しかけたのに盛大に無視されたらしい。ドタドタ聞こえたから少し追いかけて止まったようだ。そこに俺たちが小屋に入った。廊下の前に佇むシービーは顔を向けた、そこにはこの一瞬だけで全力疾走後みたいに疲れた顔つきの彼がいた。
「勇者はんや!あの人ワクワクが抑えきりゃんのか早々行てもうた!っんお、鎧着こんでへんねや」
 この人は次から次に言葉が出てくるし、表情も常に変わっていて落ち着かない人だと、見る度に思う。
「そりゃ貴族の前に武器防具を持って行けるかっての」
「ああ!だからなんや!あんな上機なの!やっぱ呼ばれとん?」
 彼もメルの実家帰りの事は耳に届いているらしい。妙な話し方と、今みたいに単語を意味無く略すから変人と思われているが、フットワークが軽い分情報通だ。
「うん、メルに誘われた」
 シービーがそーなんやー!とおどけていると、ギースに肩を叩かれ、交代だと言われてしょぼくれた。
「じゃあ早めに行くか、待ちきれない人がもう外にいるし」
 バトラが先導して廊下へ行き、簡易型覆鎧を装着した。自分の着ている物に触れない設計だから濡れる心配は無いし、『温調の魔石』は標準装備だから湿度も温度も気にしなくて良い。しかし最初に透明な帽子を被ったバトラは、装備品がある時の不満を言った。
「なあスピット、聞いてくれよ。今は問題ねーけど…これ矢を取る時さ、この触手が纏わりつくから気色悪いんだ。もうちょっとぬめっとした感じ無くしてくれねぇかな」
 それは本当にどうしようも無い嘆きだった。それを改善するのは難しいと思うな、周り全部水だし、そもそもこの生物がそういうもんだろ?こいつも分かってるとは思うけど。そう言えば、ヒカルは前回この状態だったんだな。やっぱり鎧が無いって身軽でいいわ。
「おーぅ!来た来た!ささっ参りましょう!」
 巨大な泡を抜けると、やっぱりメルが急かしてくる。急いだってそんな変わらんだろうに。それに文句なく付いて行く俺らも俺らか。
 シアの中心にある大きな城、ここには五大貴族が住んでいる。それぞれ区画が設けられて、五つの家が合体して城になってると思っていい。丁度東西南北に区画が分かれていて、真ん中の高い階層に一番偉い貴族が住んでいる。そこに住む半ば国王の家名は『スティンガー』だ。そして他の貴族は階級の高い順に、『シーカー』『クリオネア』『アクロ』『シューリィ』となっている。つまり、メルは偉い方の貴族家だし、シービーはあれでも貴族の一人だ。
 こう言う事情を知ったのは最近だ。さっき言ったようにメルから聞いたり、図書館の歴史書や貴族たちの書いた随筆なんかで知ったのだ。そして今から行くのは勿論街の中心の城で、クリオネア家の区画は北側の一から三階層にあたる。そこへ行くにはまず城の門を潜って共通の廊下を歩く必要があった。俺達は今、その門の前に到着した。
「おかえりなさいませ。メル・クリオネア様」
 門の前に居た衛兵二人が深々と頭を下げて出迎えた。彼らは頭を上げると、メルに俺らが客人であるかと確認した。縦に首を振ったメルを見て、彼らは、じゃあ、と門を開けた。門の先のまた重そうな扉が見えたが、サイドには城壁に囲まれた庭のような場所があって、浅瀬の海底みたいに色々な階層が繁茂していた。中には低木のようによく育った珊瑚もあったほど。
 一本道に沿って泳ぎ、鍵のない扉が目の前に。死ぬほど重そうな物をメルはひょいと手を掲げ、魔法でバカっと開けてしまった。多分魔法じゃ無いと開けられないよなぁ、と思いつつ、廊下をみんなで固まって泳いだ。左右には共通の模様の入った壁が続き、違う色でそれぞれ統一された装飾があった。この装飾の色こそ貴族家の色。ここには黄色と緑色があった。
 いよいよ城の中心に到着し、廊下はそこで十字に交わっていた。その中心には螺旋階段があり、支えは取り除かれてポッカリと何も無かった。これが一番偉い貴族スティンガー家への階段と、泳いで登る空間だった。また、廊下が交差してできた四角よつかどには、代わりにそれぞれの家に入る扉があった。
 簡単にまとめると、ここの中心に螺旋階段、周りに八角系のちょっとした広間があって、そこから四方に廊下が伸びさらに四つの扉が構えているのだ。うんだめだな、分かりづらい。俺、スピットにはこれが限界だ。
 そして四つある扉の内、青を基調としたそれの前にメルは立ち止まった。扉に取り付けられたベル代わりの何かを押すと、水中では聞き慣れない、ゴンゴンと言った方が表現として合っているノック音が鳴った。
「ママー!ただいまー!」
 聞いた事のないようなメルの黄色い声が廊下に響く。それは厚い扉の向こうにも十分届いたのだろう、似たような甲高い声が、くぐもっているが段々と近寄って来たのが分かった。それは扉を挟んだすぐそこで止まると、直後にさっきの大扉と同じくバカっと内側に開いた。そして顔を出したのは満面の笑みを浮かべた女性だった。
「おかえりメルちゃーん!!」
 そう言って飛び出て来た彼女こそメルの母だった。エルフだから容姿端麗、どう見ても親子ではなく姉妹に見える。彼女はメルの覆鎧がめり込むほど強く抱きしめた。
「うん、ただいまママ。今日はみんなも連れて来たよ!」
「あらぁこの人達が?頼もしそうな方々じゃないの~。あ、ずっと漂ってるのもなんですし、中へどうぞ~」
 メルよりも大人っぽいが、同じくらい自由人だなと思った。部屋に入るとそこはリビング、聞けば応接間も兼ねていると言っていた。家具の殆どが彫り物らしく、戸棚とか額縁とかテーブルだってそう。ソファとかのクッションはまた別の素材だけど、部屋のほとんどは硬い印象だった。
「さぁさぁこちらへ、じっとしてれば沈みますから」
 メルとメルの母親はそれぞれ浮かび話し合い、俺らはその傍らで椅子かソファの上に沈み込んだ。彼女たちは積もる話をずっと笑顔で続けて、俺らはそれを眺めていた。
「なんか四年ぶりの実家らしいね」
「だなー」
 ある時から、メルは自分の経験した事を話し続けた。ファムエヤの可愛いモンスターの知り合い、今まで会い分かれて来た各地の英雄達。こなしたクエストの話、解決した事件の話、そして俺に勧誘された時の話まで。俺がパーティに来ないかと声をかけたのは大体二年前、俺達の知らない事も数多く語られた。その中で明言された最古の話が四年前のものだった。
 新旧大小あらゆる事を話すし、順序もまとまってない。でもとても面白そうに話すし聞いていた。
「俺さぁ、いつも凄いなぁって思うんだよね。よくそんなスラスラっと長い時間話せるんだろってさ」
 いつの間にかオヤジみたいに寝転がっていたバトラが言った。
「そーだな、俺なんて親の顔も覚えてねぇぜ?ちいせー事なんてもっと覚えてねぇ」
「お前はもうちょっと記憶力付けろよ」
 それから何時間か話し続けた。途中話を振られたりしながら、彼女たちは楽しく、俺らはそれを聞いて微笑ましく過ごした。メルの母親も、名乗り忘れていた事を思い出し、『クローネ・クリオネア』ですと頭を下げられた。そして、丁度お腹が空いてきたなぁと思った時に、会話は終わったのだった。
「流石海エルフ。あんだけ喋っといて喉渇いてねぇ」
「確かにそうね、私たちだけの利点かしらね!」
 にっこり笑った顔が眩しかった。メルの覆鎧を含めた身長と変わらない体格に、慎ましい体つきを持っていた。あれか?恋話の影響か意識してしまう。地位や年齢差的に対象外だけど…そうか、俺ってこういうの好きなんだ。
「もう行っちゃうの?今日だけでも家に居たら?」
 娘を惜しんで眉をひそめるクローネだったが、メルはその誘いを振って言った。
「ごめんねママ、私が居ないと寂しがる人が居るからさ」
「…分かったわ、続きは次帰って来た時にしましょうか」
 クローネも寂しがっていたが、それ以上に寂しがるのって誰だろう。とにかく、これで短かったがメルの実家帰りが終わった。今まで数回の実家帰りがあったそうだが、こんなに短かったのは初めてらしい。危惧していた縁談も持ちかけられる事無く無事に終わった。帰りではギースが無言だったのが印象的だった。
「ねーねー、これって何年前の話?」
「え?これは…何年前だ?少なくとも大侵食の前だから、大体500年以上前くらいじゃないか?」
「へぇー…説明の仕方みっけたぁっと」
 陸へと戻った後、すぐに昼食を食べた。近い場所にバトラおすすめのレストランがあって、そこのスパゲッティなるものがとても美味しかった。しかし食べ終わった後は口まわりに気をつけた方がいいと痛感した。そして今は、時間つぶしにメルとターラの通っていた図書館に来ている。実のところここは図書喫茶なのだが、二人にとっちゃほぼ図書館と変わらない。しかも蔵書はプライトルでもトップクラスらしく、あらゆる種類や時代の本がある。因みに、ここの店主がゆっくり本を読んで貰いたいと思ったから、後から喫茶店になったと説明された。
 そして俺が読んでいるのは、極東にある島国の歴史書。元はその国の文字で書かれていたけど、先代の店主が翻訳して、今では誰でも読める物になっている。歴史書だから難しいかもと思っていたが、これはどうやらあっちの学校で扱っていた教科書の一つだったようだ。どうりで参考書のコーナーにあったわけだ。
 でもおかげで分かりやすくて助かっている。ここには、ある時島国の全土を治めた初めてのブショーの事が書かれている。自分が長く政権を握る為、配下に細かく分けた土地を管理させたり、要所に配置したりして、形だけ従っている家を遠ざけ反発し辛くしたと。さらに年に一度大金を使わせてそのブショーのいる街で暮らさせたりしていたけど、ぶっちゃけそこまで知らなくても良いかな。
 とりあえず、ヒカルにメルの家系の説明をするのに困らなくなった。じゃあ練習、メルの父親をそのブショーとして、クローネさんをシンパンとすると、ギースの母親はフダイかトザマになるから地位が違うって事。こんな感じでいいだろ、アイツなら多分このブショーの事も知ってるだろうし。
「すんませーん!ミニフルーツケーキ一個とミルクコーヒーを二つ!」
 俺はカウンターの向こうで本を読む店長に言った。彼はチラッとこっちを見て立ち上がり、注文の品を作り始める。言っておくけど、俺たち以外に客はいない。メルに聞いてもいつもこんな感じらしく、多くても五人いるかどうかと言う。
「ありがと、丁度眠気覚ましが欲しかったんだ」
 バトラが小さくて中々に厚い本を読みながら言った。俺もなんだか静かで退屈だったし、なんだか小腹も空いてきたからついでにだ。しかしフルーツケーキなんて今まで食べた事あったっけな、ケーキ自体初めてかも。
「私達は、こんな調子で魔王を倒せるのかね?」
 ジラフが不意に、沈黙を破ってみんなに聞いた。
「おいおい、今までまともに休んだ事なんてあったか?多分無いだろ、たまにはこんな日も必要さ」
 このパーティ、全員少し休むだけで体力がフルチャージされるからな。軽い仕事を続けたり、街間の移動やらも含めてほぼずっと休み無し。
「そうだぜー、この二週間弱たっぷり休めたんじゃないか?結局明日からクエストになるけどな」
「ふむ、慣れというのも怖いな。忙しいのが当たり前、常人ならとっくに倒れていような」
 俺は黙って別の本を探しに立ち上がったが、ジラフの言葉には同意した。俺が基準のこのテンポは、普通なら誰もついてこれない。でも、このパーティに招待したのは各地で名の知れた英雄と、自分の力を信じる者だけだ。どちらの人間もすぐにこの忙しさに慣れてしまい、俺が、俺達が常人ではない事を忘れさせる。
 本来なら大きな休息が必要、歴代の勇者もそうだっただろう。でも『一年』、これが俺たちが国王に約束した期限だ。『365日』の間に魔王を倒し、真の勇者になると。それを達成するためにはもっと強くならなければ、休みも返上して鍛えなければ実現しない。俺には野望に似た目標がある。それこそ、『一人も欠けずに魔王を倒す』事。歴史上の魔王討伐どれを見ても、絶対に一人欠けて帰って来ていた。酷ければ誰も帰ってこない、前回の勇者がそうだったように。だから俺はこの野望を捨てられない。俺が誰かに託された、失敗など許されない目標だと直感しているんだ。
「あった。『反逆者ユアン・ブラムスカ』」
 でも今日は、今日までは力を溜める時。こんな時間はあと一回か二回で十分だ。
 名はユアン・ブラムスカ。史上最悪の魔道士。現在の統治者である国王家『ブラムスカ』の先祖であると同時に、最初の魔王である。ユアン・ブラムスカは当時の王の弟であり、魔法の扱いに長け、英雄無き時代の英雄と謳われていた。しかし、いつしか始祖の魔法の一つである『闇』に見初められ、力に溺れる。
 国王らは即座に対抗策を練るも結果は聞かずとも分かる。完全な一つの兵器に、木偶の棒が攻め入ったとしても全く効き目は無かった。そんな時に現れたのが初代勇者だった。彼の力の源は人々の苦しむ姿や声だった。それらを受け取り、悲しみ嘆き、怒り、その感情の全てを魔王に向けた。自身が受けた物ではないはずの暗い情念が、彼を際限なく強くした。
 そして遂に、勇者は魔王を倒すに至る、しかし魔王は呪いを残した。倒れても立ち上がる『復活の呪い』と、永久に広がる『瘴気の呪い』。魔王が死ぬと発動する『復活の呪い』は、魔王が正確に、十四日後に復活するという呪い。魔王が生きている間に発動し続ける『瘴気の呪い』は、魔王の拠点から瘴気が放出され続けるという呪い。瘴気は生ける大地を侵食し、既存の草木も動物も実らぬ不毛の土地に変えてしまう。現在(第十七代ブラムスカ王政府時代)では、瘴気に一度侵された土地を『荒朽こうきゅう大陸』と呼称し、現在以上の拡大を止めるべく15~20年の間隔で『勇者選抜会合』を開催している。
 だとさ。えー飛ばして…ん、国王は自らの血筋から大罪人を生んだ事、また始末を自身の力で行えなかった事を恥じ、以来国民の前に姿を見せなくなる。…へぇ、それっぽい理由だな。何も千年以上経った過ちを憂いても仕方ないと思うのは俺だけか?それになんだか話が出来すぎている、そう言うよりかは、こうだ!と言って聞かせているように見えた。そしていくつか引っ掛かる所もあった。
「なぁ、そういえば、最近わーきゃー言われる事少なくなったか?」
 そう言ったバトラの方を見ると、ミルクコーヒーの入ったカップを口につけていた。
「ああ確かにな、俺がクエスト受けても道歩いても気にされなかったな」
 思えばその通りだった。ディザントと違って人は多いし、英雄業ではない人が殆ど。上位の有名な英雄がいるのも珍しい事ではないかもしれない、でも俺らは唯一無二の勇者、何かしらの反応はあっていいと思った。それこそ驚いたのは最初だけだったが、受付人やら依頼主やらがギョッとしていた。
「いや?そんな事ないと思うけどなぁ。ね~!」
 言い返したのはメルだった。最後のね~、で隣に座るターラが頷いた。
「もしかしたらこう言う事かもな」
 ジラフが本を閉じて話し出す。
「メルとターラは特徴の塊だろ?分かりやすい事この上ない。しかしスピットの場合、ただの子供と見られてる。お前歩くのも走るのも速いから、人に認識される前に行ってしまうんじゃないか?そしてバトラはここ出身だろ?見慣れてるのかもな」
 そういうもんなのかって思ったけど、十分あり得るというか図星だからな。それはそうと俺の身長低いって言われてるようで不服だ。
 人に囲まれるのは意外と楽しいから結構好きなんだけどなぁ。そう思った矢先に、俺の耳は遠くの騒めきを捉えた。俺はその時俺らがオフって事を聞きつけて人が寄って来たのかと思った。でも今はまだ午後になってまだ短い。しかも平日でみんなは仕事をしている時間だった。じゃあこの騒ぎはなんだろう。
 ここにいる全員がそれに気がつくと、一斉にドアの方に釘付けとなった。皆音で察知していたんだ、それがこっちに近付いている事に。そして突如ターラが小さくも素早く首を回し、目線をメルに向けた。
「え、えっ?」
 メルは向けられた目で何かを察し、おどおどしだした。三つの足音と周りの騒ついた声は、見つめるドアの前で止まった。
 バンと開け放たれた扉の向こうに、水色と白を基調とし、節々にオレンジ色のアクセントのある豪華な衣装を着た三人が立っていた。彼らはしばし店内を見回した後、混乱しかけた一人の女性に向かって歩き、目の前に立ち止まって先頭の人がひざまずいた。服と同じ髪色と、より白っぽい肌を持っていたその人は、目の前の女性の手を取りこう言った。
「メル・クリオネア。長年の私の思い人よ。今ここに、結婚を申し込む」
 その時、全員が微動だにしていなかった。
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