若い魔術師と英雄の街

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第三十九話 精鋭たちと

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 俺達が王都騎士団の元へ参じた事は、その日の内にフォルガドル全体へ知れ渡った。特に英雄の為にある宿街では、昼頃になれば同業者が寄ってたかる事態となった。もっとも集まるとて来る人は二桁も居ないのだが。場所は勇者の泊まる宿の食事会場、そこで精鋭達の顔合わせが行われた。と、言えば聞こえは良いが、だいたいただ騒いでいただけだった。
「てめぇ居ないと思ったら、一ヶ月こっちで暮らしてたのか」
「お前も見ない間に俺らを追い越しやがって。まぁ聞いた感じじゃ、ドラゴンとも新種とも戦ったらしいから、その成長速度にも納得だ」
「ディザントにいた時はギリ俺の方が強かったはずだけど…お前、おかしいよ」
 スピットは今まで食欲を抑えていた分を取り戻すかのように運ばれて来た料理を片っ端から口に放り込んでいるし、他の仲間も食べ切れるか心配になる量の皿に囲まれている。それに比べ俺は、週一でもマニラウでステーキを食べていたからそこまで飢えてない。だが、集結した英雄には知った名が二人。我が師匠ヴィザー・エルコラド、通称オッサンと、兄弟子のラグル・リーラだ。俺が食ってるってのにズケズケと構い無く話しかけて来たのだ。
「プライトル行くって話だったが、なんか面白い事あったか?」
 わざわざ隣に座ってラグルが訊ねた。
「何も聞いてないの?」
「あいにく何も。ディザントあっちじゃまだ暇ないし、騎士に声かけられたのも二週間前。ここ着いたのが一昨日だ」
 主要な情報媒体が噂話の国じゃ、そう早く広まらないか。シアでの事は秘密事項だし、プライトルの事だけなら面白い話は無い。ここは一つ、はぐらかす様に言った。
「だろうな。毎回ディザントみたいになってたまるかっての」
 半ば吐き捨てる様に俺は言って、パスタを巻いて口に運ぶ。
「そっか…じゃあ何やったらそんなレベル上がんだよ」
 ボブの様に彼も訝しがった。それを言われても俺は答えられないのを分かってるだろうに。
「なに、英雄稼業には守秘義務も多いだろ?特に勇者となれば尚更。面白半分で聞く事ではないだろう」
 ソースで汚れた口を拭っていると、見知らぬおじさんが話に入ってきた。後ろにオッサンが付いている事で、彼が二人の知り合いである事は想像がついた。オッサンと違ってスラリとしているその人は、俺を見るなり礼儀良く名乗った。
「初めまして。私はヴィザーとパーティを組んでいる『ヴィッド・ラパネラ』。異名は『地龍使い』。ヴィザーこいつとは従兄弟いとこでな、こいつから弟子全員の事はよく聞いてるのよ。特にヒカル、あんたの事は毎週手紙で報が届くぞ」
 俺はその事に驚きを隠せず目が限界近くまで開いた。よくもまぁ飽きずに書き続けられると思うよ。そう言えばラグルにも手紙送ってたっけな、見せられた記憶がまだはっきりしている。
「全部がマニラウに流れてる噂だが、それだけでも規格内に書ききれないからな。毎回続く続くで終わらないんだ」
 手紙は各地の商体などと一緒に運ばれる、だから週に一回しか送れない。しかも送れる手紙には制限があり、特定の大きさと種類の紙に、決まった字数、送り手と受け取り主の名前を書き、検閲もしっかりされる。その検閲は国の北の方へ行くにつれ緩くなっているが、そもそも検閲されるのはルィックが居るからだ。
 まぁとにかく、常々入る新情報が手紙に書ききれなくなるほど、俺らの噂は多く、よく鳴いているらしい。オッサンが毎週放送するアニメのナレーターみたいになっているのはそれが原因だろう。
「だが良い機会だな。これでヒカルの実力を見れば、もう手紙を待つ必要もなくなるだろうさ。耳で聞くよりその目で見よってな」
 およそ『百聞は一見にしかず』と、オッサンはそう言っている。意外とサラダもイケるなぁと思いながらその話を聞いていたが、周りの反応も見るに、今回の作戦では勇者と言うより俺に焦点が当てられているらしい。
 勇選会の出場者、あるいは仲間が出場していたかした者は、この中に何人も居るだろう。だが俺は花守の二人しかまともに覚えていない。正直ぼんやりと思い出す事も出来てない。だが向こうからすれば分かり易すぎる。ヴォイルーゴパーティに加わった見知らぬ顔と言えば一人しかいないし、何より勇選会にいたなら俺の顔を知っているはずだ。堂々と数多の人の前でターラと戦っていたから。正直何言われるのか怖い。
「じゃあそうさせて貰うよ。俺の戦い方もその時までは見せないでおく。楽しみにしとれよぉ~!」
 そう言ってヴィッドは他の英雄の所へ行った。去り際の笑顔はオッサンと血が繋がっている事をありありと見せる様に快活だった。そして順番待ちをしていたが如く、そこから他の英雄らも勇者へ挨拶をしに来た。
 まず俺の前へ来たのは、口を常にスカーフで覆ったエルフの男だった。装備を身につけているが平均より軽装で、ジラフと同じ弾力の強い革製に見える。今武器は持っていないが、長物を使う様には見えなかった。
「君が新入りね…また僕より年下なのに強い子が…しかも僕の上位互換かな?もぅやってらんないわぁ」
 この時点でもう察しがいった。この人オカマなのか?くねくねと腰を揺らして眉をひそめている。
「でも、やっぱり英雄職以上に稼げる仕事は無いのよねぇ。あなた達には追いつけそうにも無いけど頑張るわ」
 俺を見た感想なのか、俺を見て自信が更に減ったのか、飛び出したのは自己紹介ではなくOLみたいな発言だった。だが気合を入れ直したら、すぐに自己紹介を軽くしてくれた。
「僕が『縫裂』、『ケリル・ルー・デッド』よ。親からドラゴンの名を与えられた哀れな子。んまっ、もうそんなかわいい歳じゃないけどね」
 じゃぁねぇ~っと手を振りながら彼は去って行った。久々に癖の強い人に会った気がしたが、そんな余韻に浸る間もなく次が来た。その人は身なりがしゃんとしていて、まだまだ若そうなのにどこぞのオヤジより大人びている。彼は俺の前へ歩いて来ると、丁寧に礼をして名乗りあげた。
「初めましてヒカルさん。私は『ファング・ガルタ』、『鋼の流術師』の異名を持つ魔導士です。金属魔法で流体金属を操り、自在に攻めも守りもこなすのです。作戦ではあなた方のサポートに回るか、後続処理に当たると思われますが、どうか私たちを信じを取ってきて下さい」
 彼はもう一度頭を下げ、頼りにしていますよと言った後、付け加えて俺に言った。
「そうでした、これは個人のお願いなのですが、後日、私の魔法について助言を頂きたいのです。同じ魔法でも畑違いかも知れませんが、得る物もあるかも知れません。どうにか時間を頂けないかと」
 向けられた眼差しは爛々としていた。それは魔導士として更に高みへと登りたいとする、彼の純粋な心持ちの表れだった。
「構いません。ただいつになるか分からないですよ?」
 俺が言葉を返した時、彼は期待通りの答えに頬を緩ませた。ありがとうとまたお辞儀をした後、ファングは何度も会釈を繰り返しながら去って行った。なぜか既視感があるのは気のせいだろうか。
 とかく少ない英雄の顔合わせは滞りなく進んでいる。オッサンとヴィッドは現在ジラフと話しているし、ケリルはなんかスピットの前で涙目になっているし、ファングは俺の次にメルの所へ行った。ヴィッドに話しかけられた時から話に入る隙を見失っていたラグルは、俺の隣で粛々とケバブっぽい料理を食べていた。
「そう言えばさ…」
 俺に人が寄らなくなって久しかったが、俺はやっとラグルに問いただす事が出来た。それはたった一ヶ所の変化だったが、彼の印象を大きく変えている物だった。
「いつから白髪になったの?」
「…んむ?」
 へなへなした声が聞こえると、たった十数分の間に随分と虚無顔になったラグルがその面を見せた。
 どうやら髪色の変化は、エルフ特有の環境適応による結果だと言う。あまり触れる機会が無かったが、今この時を借りてエルフのその性質について聞いてみた。
 エルフの始まりは途方も無い昔。一説では今の人間の始まり、つまり人間達が火を発見した頃に遡ると言う。人より弱かったエルフの祖先は、増える強敵に対抗するために環境適応能力を発達させた。生活圏を侵蝕され、より極端な環境に住むしか無くなった為の変化だそうだ。寒冷地だけでなく、真反対の乾燥地や熱帯にも頻繁に移り住んだためにいつしか種の性質として定着したのだと言う。
 そう言った種の特徴は、ステータスには『ユニークスキル』として表示されやすい。海エルフのメルの場合は『始祖の血』となっているが、その他大勢のエルフは『適応』と言うスキルを持って生まれる。名前の通り環境に適応し、状況に応じて即座に必要なスキルが発現する事もあるらしい。
「エルフがその環境に適応するのに必要な期間は最低二週間。そこから一気に体に変化が現れる。俺の交差した瞳も太陽光を少しでも遮る為だろうし、同じくこの髪は太陽光を反射して熱が篭りにくくするためだろうな」
 俺はへぇと相槌を打ち、少しの間考えた。俺のユニークスキルの存在について。俺は間違いなく人間だ。だが俺の見立てを当てはめれば、あってはならない物を持っている。しかも丁寧に『読込不可」なんて書いてあった。それについて俺は知りたくなった。
「じゃあ、俺ら人間にはユニークスキルあるのか?」
 ラグルは、む?っと片眉をあげたが、勝手に合点して快く答えてくれた。
「いや、ステータスの仕組みと解石の仕様上99%パー無い。ステータスの方は言わずもがな、解石が開発されたのは少なくとも数百年前だし、その基準に使われてるのは人間だ。まぁ一番多いしそこは仕方ない。だからユニークスキルが表示されるなんて聞かないんだ。まぁ、そこに例外が居るけど」
 ラグルはここまで無い無いと太鼓判を押す勢いだったのに、急に掌を返してある男へ目を向けた。その先にはたんまりあった料理を完食しかけているスピットが居た。あいつが?と俺は声を漏らすと、ラグルはそのまま話し続けた。
「話題になったのは奴が英雄になった直後。九歳と言う英雄最年少記録を打ち立て、登録からその日の内に三等英雄になった奴は、真っ先に注目の対象になった。奴自信ステータスを公にしてるから情報はすぐ出回ったが、みんなその事実を信じたくなかったよ。当時から奴の基礎値は全部100を超え、レベルは既に40近かった。おまけにユニークスキルも持っていたし、それも『読込不可』でまた大騒ぎになった」
 俺は一度考える前に一つ訊く。ステータスは個人情報じゃないのかと。彼は軽くも、その通りだと言った。スピットの場合、余りにもインパクトが強い為、最初からダッドリーもスピット自身も隠し立てしない事を選んだそう。本人の了承が無ければ、それを誰かに言いふらしたりしない。それは暗黙の掟らしい。俺のステータスは、オッサンや集会所の人たちが大勢見ている。だが、広めるとしても身内限りに留まり公になっていないのはそれが理由だろう。
 ラグルは話し終え、目の前の料理を平らげると、挨拶回りをしにととりあえずオッサンの所へ行った。そしてここへ来て初めての一人の時間が訪れた。それにしても驚いた。顔にこそ出ていないと思いたいが、スピットもユニークスキルを持っていて、しかも俺と同じ読込不可の物だとは。
 そもそも読込不可とは何だ。解石は人から情報を読み取りそれをステータスとして表示する訳だが、表示出来ない理由があるのだろうか。ラグルは、解石の仕様上ユニークスキルはどうたらと言った。データの基準に人間が使われているから、ありえないと言ってバグを起こしているのか。それとも機械の様にプログラムされていない物にエラーが出ているのか。
 俺の魔法系統は、解石の判断によるとモンスターの魔法系統に近いらしい。それは英雄になりたての頃に聞いた事。人間がデータのベースなのにモンスターのスキルもしっかりと表示される理由が、開発から数百年の間に追加されているのだったら、プログラム説が強くなる。
 解石の解析は魔法により全自動でやっていて、必要に応じ表示を変えるのだと、最初は思っていた。しかし最近の高性能品やラグルの知識により、内部に予めデータが用意されていて、近い情報をつまみ取って映していると考えるとしっくり来るかも知れない。
 それが真だとしたら、読込不可と言うのはプログラムに似た物さえない新たなスキルか、意図的に表示を伏せられている物になる。そう言えば俺には『データ破損』の奴もあったな。あれはプログラム説で言うと、昔の物すぎて更新されず、文字通りデータが不完全になってしまった物だろう。並び的に光魔法の事だし、この世界で光は無属性の扱いを受けているからな。
 それにしても、解石を作った人物とはどんな人だろうか。大昔だが、その時からかなり高度な技術を持っていただろうし、相当の家柄に置かれていたと考えられる。
「あの…ヒカルさん」
 気分を切り替えるために紅茶を飲もうとカップに手を伸ばした時、か細い声が俺を呼んだ。伸ばす手を止め、視界の端に写る影の方に目を向けた。そして俺はその姿を見て、あっと声が出てしまった。勇選会前のあの日に、一度見た事があったから。
 今度はその容姿をしかと確認出来た。青色の丸みを帯びた装備は特別な糸で編まれ、髪はより薄く銀髪に近い水色。最も特徴的なのは、異名の由来となっている三日月が先端に付いた杖だ。より、彼女はよっぽどやつれた様子だった。
「こうして話しをするのは初めてですね?『癒月』『ミーサ・デュアン』です。実は、ある方達に、あなたを連れて来る様に頼まれたんです。すぐに済むらしいので、来ていただけませんか?」
 彼女は問題児で有名な『ミル・アーサー』のパーティメンバーの女性だった。勇選会前のとある村でのデモンストレーションの時に見た以来だったし、アーサーに関しては勇選会でしょぼくれて帰った後の噂が無い。彼女は澄んだ声をしていたが、あの日に聞いた声はもっとハキハキしていた筈だ。あれから何があったのだろうか。
「はい。いいですけど、いったい誰が俺を…」
 彼女は訊かれてもすぐには答えなかった。初めて口を開いたのは、テーブルから離れ、レストランから出て、誰も居ない廊下に差しかかってからだった。
「ねぇ、ユーネリカでアーサーを埋めたの、君?」
 初っ端からドキッとする事を言われた。その時はムカムカしてたし、置き土産の感覚でペシっとはたいたのだが、後から考えれば彼は頭から腰まで埋まってたし、壁にも大穴を開けてしまっていた。気分はスッキリしたが、日を追うごとに俺の心に罪悪感が募っていた。
「…ばれてましたか…」
 ずぅんと頭が重くなる気分だったが、彼女から返って来た言葉は俺の意表を突いた。
「そう…ありがとう」
 思わず一瞬立ち止まってしまったが、止まらない彼女の歩みが気付けになり再び歩き出す。俺の様子を見て、彼女は話し出した。
「私達のパーティは幼馴染で組んでるって聞いた事ある?」
 突然何を言い始めたのか分からなかったが、俺は「はい」と素直に答えた。あの宿を出た後の雑談の中で、彼女のパーティは幼馴染で組まれているとオッサンから聞かされていた。
「有名ですし、一度はありますよね」
 分かりきっていた答えを受けると、彼女は細い声で話し続けた。
「マニラウの北で育った私達は、とても仲が良かった。小さい頃からよく遊んでいたし、ずっと一緒に英雄になるって決めてたの。一緒に訓練したり、よくお互いにこうすべきだってアドバイスもしてた」
 それは身の上話であり、今は見る影も無くなった平穏そのものだった。
「でもいざ英雄になって、アーサーにユニークスキルがある事が分かると、彼はだんだんその能力に胡座あぐらをかくようになった。『爛輝練魔らんきれんま』、彼は生まれつき人と違う魔力を練られるの。そのお陰である程度の格上も簡単に倒せた。私達は回復と防御に専念して、倒すのはいつもアーサー。そのせいで私達のレベルは上がらなくて、強くなるモンスターに圧倒されるようになった。フェニックスの時なんて、ただ逃げ帰っただけだもの」
 彼もユニークスキル持ちなのか、今日だけで何人聞いた?しかし、ただの魔力の斬撃なのに黄金色に輝いていたのはそれのせいだったらしい。しっかり負けてたのによく勇選会までモチベを保ってたなと思ったが、その理由が大体分かってしまう。自分は相手に勝る力を持っているが、仲間を庇うあまり実力を発揮できなかったと考えてそうだ。だが相手も相手だろう。フェニックスってのは丁度このフォルガドル活火山のぬしだ、しかも有名な伝承通り死んでも蘇る。
「ターラさんに負けた後、自尊心を折られて、あたし達じゃどうにも出来ない状態になっちゃった。でも、ここで負けて自分を見つめ直す機会を得られたから、今はそれで良い。貴方もそのきっかけの一つなの」
 彼女と話す間に、俺達は中庭の一角まで辿り着いていた。出入り口は廊下の数ヶ所にのみ絞られ、中央にはこの環境でも朽ちない樹木を植え、葉をフェニックスらしき形に整えてあった。その周り四ヶ所には、半分以下の大きさでそれぞれ彫像が置かれ、道の脇には四角く整えられた低木が柵の役を担っていた。俺たちが来たのは、レストランのある場所の真反対、窓を覗いても確実に見えない位置だった。
「私の話は終わり、作戦じゃ回復担当になる。その時はよろしくね。それで、彼らが貴方を呼んだ人達よ。『朱凛』と『稟剣』。お願いしたい事があるみたいだよ」
 ミーサは、私はこれでと一礼した後、来た道を戻って行った。そして俺の目の前にいる二人。花守の国の武芸者、勇選会で最も印象に残っている二人。その人達が目の前で、どういう訳かかしずいて待っていた。確実に三人だけとなった時、如狼は顔を地に向けたまま話し始めた。
ひかる殿。こうして相見え、共に戦える事を嬉しく思います。さぞ困惑して居られる事でしょうが、これは貴方が勇者であるより先に、私がである故の対応なのです」
 彼は少し顔を上げてまた話す。
「我らが貴方に願う事は、何も今直ぐに行動に移る必要は有りません。待てるのならば何年でも待ちましょう。ただ私達に力を貸して欲しいのです。でなければ、我らがあるじの呪いは解けませぬ」
 出会って数秒で何を言われるかと思えば、要するに手を貸して欲しいとの事だった。
「…ここに呼んだのは、が理由ですか?」
 俺はまずそこを確認したかった。如狼は言う、「いかにも」と。
 この世界で使われている言語は、体系こそ英語に近いが全くの別物だ。俺は日本生まれ日本育ち、使っていた言語も九割方日本語、だから教養の範囲でしか英語は話せないし、まして別世界の言葉となれば尚更壁が厚くなる。だがここへ来た当初から言葉の壁に悩まされていないのには理由がある。それは俺に憑くこの獣のおかげ。
 神獣と言える彼にとって、あらゆる世界の言葉はすべて自動的に翻訳されて聞こえ、また自身から出た言葉も変換される。それが俺にも適応されているのだ。ただ二つ注意すべき事がある。
 一つ、文字は変換されず書いたままの通りになる。あくまで聞こえる言語、聞かす言語が翻訳されるだけなのだ。もう一つは、口の動きまでは変えられない。目ざとい者は、口の動きを見てまず怪しむ。どうやら花守の二人もそれで気が付いたらしかった。
「勇者選抜会合の際、貴方はターラと言葉を交わした。その時は違和感程度でしたが、その魔法を見て確信に近づいたのです。我らがあるじひかりであると。貴方の口の動きは我らと同じ言語を綴っていた。しかし耳に届くは異国語。その現象を、我らは既に見ているのです」
「それが貴方達の主であると?」
 左様で、と如狼は言う。さらに顔を上げ、俺の足元を見つめながら続ける。
「前置きはここまでとして。改めて貴方にご助力を願いたく。どうか主様の解呪をして頂きとう御座います。忌むべき魔王の討伐を終えましたら、何時であれ国で待っております」
 彼等もまた、自らの手に負えない事を俺に投げていた。しかし、毎回任される相手は王や長、今回に至っては神の為と来た。断るなど罰当たりだろうさ。
「分かりました。魔王の件が片付き次第向かいましょう。それはそうと、花守までの地図はありますか?」
 如狼もフィークも俺の返事を受けると、石のように固い表情がふっと緩んだ。そして、すっかり忍び装束となっていたフィークが、懐から新品に近い巻物を取り出し、俺へと差し出した。
「『御桜様みおうさま』から受け取った花守近辺の地図に御座います。実は、ルグトリノから花守までの道は既に確立されております。しかし基本誰も行く事も無い故、誰か一人でも案内が必要でしょう。して、その地図に書き記したるは、国から西方五百里ほどまで。人探しに苦労はしましょうが、行く道は困らぬと思われます」
 どうかお役立てをと言って、フィークは引き下がった。
「承知」
 俺はそう言って巻物の形をした地図をどうしようか考えた。そこで一つ試してみる事にした。空魔法による空間の圧縮、このジャケットの内ポケットの内部空間を広げてみる事にした。あの隠し通路と同じ魔法式をトレースし、ポケットに効果を乗せる。注ぎ込んだ魔力次第で拡張と収縮が出来るように改造、後は巻物を突っ込むだけだ。
 上手く作動するか分からないので慎重に巻物をポケットに押し込むと、明らかにポケットより大きな巻物は収縮され、隠し通路の入り口と同じく吸い込まれた。見た目が恐ろしくなるが手を入れてみると、そこにはしっかりと巻物がある。概ね成功した様だ。
 その様子をまじまじと見ていた二人は、ふっと笑うと立ち上がり、今度は一英雄として握手を求めて来た。
「見事な物だ。恐らく初めて使う魔法を成功させるなど、主の見込むだけ伊達でなさそうじゃな。さて、四日後だろう?各々最善を尽くそうではないか。お主も、いつまでも敬われては疲れるじゃろう?少なくとも作戦の終わりまでは英雄同士としてな」
 差し出された右手を、俺は、はいと言いながら握り返した。続けてフィークとも握手を交わし、長かった対話もお開きとなった。彼等は武具を任せてあると言って近場の工房へ向かってしまった。せっかく美味い料理があるのにもったいない。それとも口に合わないのだろうか。
 ともかく俺はレストランへ戻った。合わせて十数分間席を外しただけなので、トイレでも行ったのかと思っていて欲しかった所なのだが、この世界の身内からやらしい目を向けられている気がする。理由は分かっている。ミーサさんに呼び出されたからだ。バッチリとその瞬間を見られていたらしい。
「おう!帰ったかプレイボーイ!」
「アイツは辞めとけよ、元彼が怖いから」
「ははぁ…確かにこいつぁ隅に置けませんな」
 オッサン関係総動員で女性に呼ばれた事に突っ込まれた。内容は色恋とは無縁もいい所だったが、ラグルに関しちゃ確信犯だろ。
「捲し立てるな、んな気は一切ねぇっての」
 少し眉間に皺を寄せながら俺が言うと、けろっとした顔でラグルが言う。
「そうだよなぁ、お前彼女いるもんな」
 ラグルの口からは大変面白い情報が出た。彼の物言いに俺はそれにあまり強く反発出来なかったし、そのせいで叔父様おじさま方二人が大変盛り上がってしまった。
「はぁ!?おまっ!いつから彼女なんて作ってやがった!?」
「ほうほう!…なるほど一本取られたな…」
「ラグル!!そんな面白い話さっさと教えてくれってんだよぉ!!」
 オッサンは予想通りの反応を見せ、間違いなく誰よりも食いつきが良かった。ラグルはオッサンに両肩を掴まれ前後に揺らされ、その手を剥がそうとしていたが失敗に終わっていた。
 確かにリタさんと知り合ったのはオッサンが遠征に行ってた時だし、オッサンも帰った直後に俺の昇級試験をしようって言い出したし、勇選会に行くまでも、道のりでも、帰った後でもその話をした事がなかった。オッサンからすればただ昼食を食べに行ってるだけに思っていた事だろう。
「いやぁ流石に知ってるかなぁと。その事について話した事は?」
 オッサンはそれはもう激しく首を横に振った。ラグルに照準を合わせた目は見開き、本気のそれの眼差しだ。
「まぁなんつーの?とりあえず良い子そうな感じだったぜ。あと、髪色が変わってたな。真っ白で、赤髪が混じってた」
 最後の言葉を聞いた時、突然オッサンの目が丸くなった。ふむふむと言った様子だったのに、髪色の話になると片眉が上がっていた。そして最後の一言で何かを思ったらしい。オッサンは目を強く閉じて腕を組み、深くため息を吐いた。
「…ん?なんかまずかったか?」
「いや、そう言う訳じゃない…」
 オッサンはそう言うと、指で顎の無精髭をなぞりながら何かを考え出した。
「そもそも勝手に話して良い事か?」
「内輪で大事にネタにする分には良いだろ?」
 俺は軽々しく言うラグルを引っ叩く。遠慮がなくなったなお前と、彼に苦笑いを浮かべながら言われた。その間もずっとオッサンはグルグルと思考を巡らせ、やっと顔を上げるといつもの豪快な声で宣言した。
「まぁ良いさ、は何となく分かった!そこんとこは後回しにな?まずは祝おうじゃないかー!…あーこう言うのはなるべくタイムリーな時にやりたかったんだが、この際細かく気にするこたぁねぇ!飲め飲めー!」
 乾杯とレストラン中に声が響く。いつの間にかオッサン連中の手にはビールジョッキ、俺の近くにも見たこと無い色のジュースが置かれていた。他の英雄達も場の空気に毒されたか見るからにテンションが高くなっていた。ファングはさっきとは真逆に豪快に歌い始め、ケリルはなんだか大人しく、ミーサさんは見た目にそぐわぬ酒豪だと判明した。
 この宴は真昼間から行われ、この宿にあった酒が無くなり食料も底が見えるほど盛況だった。飲み過ぎ食べ過ぎでダウンする人が続出し、結局レストランで夜を明かした人が数名。なのに食べ続けていたスピットは、腹いっぱいだー!の一言で済んでいるし、ミーサさんは二日酔いらしい兆候を見せず平然としていた。
 その他大勢は二日酔いで翌日まともに動けず、食い過ぎた人は朝食どころかその日の夕食にも手が付かなかった。どちらもの人は虹を口から出していた。
 そのまま日は過ぎ、作戦前日。未だ頭の痛い人もいる様だが概ね平常と変わらないらしく、各々が戦闘準備を終わらせる事が出来た。
 そして作戦当日。英雄らはフォルガドルの東に集まっていた。道らしき物が、生え散らかした草木の隙間から辛うじて伸びている事が分かる。使われなくなって久しく、使うとしても頻繁でなければ人も少なかったのだろう。
「英雄達よ!覚悟は出来たか!」
 応ッ!と響いた大音声にダッドリー騎士団長は片頬を吊り上げ、彼は更なる大声を張り上げた。
「ならよし!これより!ルィック新設拠点掃討作戦の詳細を伝えよう!」
 出発を前に作戦内容を伝えられた。それは勇者が制圧の鍵となる、速攻を旨とした攻略法だった。
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