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第四十一話 死屍累々の戦場
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何度も何度も確認した。曇った脳で考え続けた。この拠点のどこかに、必ず密輸品も、新型の銃も、拐われた人々も居ると。しかし、この山の成り立ちと地質を知るが故に到達できなかった。
この山は大地が動いた為に出来た山だ。あまり標高は高く無いが、浅い所に硬い堆積岩の層があり、丁度山に横穴を作れば、その層がそのまま床になる場所にある。例え勇者でも掘る事は難しい。魔法でも相当強力な出力でないと掘り返せないのだ。
だが、なぜ勘違いしていたのだろうか。ルィック側に土魔法が使える特異個体は居ないと。そんな保証は無い。表に出ていないだけで異属性が複数、または同属性使いが複数存在する事だって考えられた。なぜ、『虚』と『空』に固執していたのだろうか。
今目の前で床が崩壊し、思考が晴れやかになり、辿り着けなかった全ての可能性が見えた。特に重要な事は、獣人の魔術師は四人以上だと言う事実。ヒカルが異常なだけで、基本魔法は一人一つの種類しか練度を高める事が出来ないからだ。確定なのは空が一人、虚が一人、土が一人、後は。
「…血か?」
現在騎士の部隊は散り散りだ。陽動隊だった人員の殆どは各部屋の調査中だった。それ故に虚を突かれ地下になす術なく転がり落とされた。だが流石と言うべきか、行動不能になった者は居なかった。山岳側潜入隊とスピット、ケリルは、俺の張った断空が床となって落ちていない。少しずつ降下させているが、俺とバトラが降下する速度よりも遅くしている。そして所在不明の湖側潜入隊。十中八九地下のどこかに拘束されているだろう。メルとターラが居ながら不覚を取り、良くも悪くも音沙汰なしと言う事は、魔法を無効化、ないし弱体化する術でも持っていると考えて良い。
今は獣人の海の中、頭領討伐を優先する事に違い無いが、その他の数が想像以上に多い。配置のどこかに穴が空けども、後続がどんどん湧いて出る。地下の通路らしき横穴は全て獣人の投入口になっている。一体どれほどの数の構成員が居るのだろうか。少しだけ聴力を上げ、より正確に音を捉えられる様にしただけでも、まだ奥に蠢く足音が絶えない。
「どこから締める?」
共に降下しているバトラが第二射を番えながら聞いて来た。今は獣人を討つだけ無駄、ならば先に飛び道具を破壊するまでの事。
「奥にもまだ無数に居る、まずは銃を破壊しながら弾薬と火薬を暴発させてくれ」
「了解」
そう答えると、バトラは矢を構えた弦を弾き、ここから真反対側の空間の角に向かって火薬矢を放った。ヒュッと風を切り薄明かりを突き進む矢は、寸分の狂いも無く標的に着弾。鏃代わりに取り付けられた火薬袋から揮発性の非常に高い火薬が放出され、刹那の間もなく爆発した。普段その鏃には熱を発生させない効果の空魔法を張ってある。それはこの矢の為だけに作られた特製の小さな結界であり、衝突の衝撃で破壊される。
それは周囲にあった火薬も巻き込み、標的を容易く破壊する威力を発揮した。バトラが狙ったのは大砲、今の俺たちから最も遠くの部屋の辺に三門の大砲があった。それを目敏く見つけ、俺たちから見て右側にあった物を破壊した。ついでに付近の壁と通路を崩し、増援を食い止める役をも果たした。
「流石だな」
「序の口さ」
短く会話を済ませ同時にアイコンタクトをとり、俺たちを支える『断空』を解いた。約二秒の落下を経て、待ち受ける獣の海に俺たちは本陣として一足早く飛び込んだ。実際は既に各所で戦闘が起こっていたが、最も注目されていたのは俺たち勇者二人組だった。
それとほぼ同時刻、山岳側潜入隊らが集まるもう一つの断空の上。一際大きく爆炎が上がるのを見て、スピットが頭を抱えながら鳴いた。
「クソッ…まんまと嵌められた!つか、仲間を忘れるなんざ一番あっちゃいけねぇだろうが!」
勇者の中では確かに最年少であったが、そのリーダーとして動いてきた彼にとって仲間の存在を忘れる事は初めてだった。それを深く悔い、沸々と煮える怒りが己を焼いていた。しかし彼はそれを一度断ち切り、目前の事象に集中した。背に納めた剣を抜き、断空から落ちる砂の縁を見て床の端を確認、一目散に地下へ身を投じた。
「俺たちも行くぞ」
そう言いながらまた一人飛び込んだ。その人物は手に鞭を持ち、白銀の髪を小さくなびかせながら突撃して行く。それはディザント唯一の一等英雄『ラグル』だった。
「そうだな。教え子達が戦って、俺が戦わねーなんざ通らねぇわな」
そう言って『赤竜の騎士』も後を追った。その赤い鱗で飾られた巨大な剣を掲げ、自身の大質量を投下した。
「行きましょう!私達は奴らの注意を分散させるのです。くれぐれも飛び道具には気をつけて」
それに鼓舞されてか、隊を指揮する分隊長『ユーリ』がレイピアで天を指し叫んだ。そして彼女を先頭に続々と岩の断崖を駆け降りていった。
一方先んじて戦っていた俺達は予想以上に難儀していた。その理由は敵一人一人の強さではなくその数であるが、更に厄介なのが使用される銃の種類が想定の倍以上あった事だ。
「人員に対しピストル三割、アサルトライフル四割、ショットガン、サブマシンガン、マシンピストル合計二割。遠くに大砲残り二個、スナイパーライフル5丁、固定型マシンガン六台にミニガン一台、そして各自隠し武器で非殺傷銃の所持。手榴弾、閃光手榴弾、そして魔力を帯びた手榴弾を持ってる可能性もある」
それら全てが俺の目に入った物、音で察知した物、魔力感知で発見した物だった。常に狙われ、それぞれの発射レートも違う。対応に慣れる事が出来ず調子が些か狂っていた。バトラは俺の報告を瞬時に解する事は出来なかったが、流石は射手と言う応答があった。
「どう言うもんかは分かんねぇけど、割合が本当なら大体分かった!」
よく磨かれた観察眼は少しの時間だけで各個の特性を見抜き、視野の広さも相まって全体の把握も済ませていた。
「撃ち切った奴は下がれ、マガジンを取り換え再度射撃!」
固定式のマシンガンは通路に等間隔に配置され、ミニガンは小高くなった所にポツンと置かれている。それ以外の銃は射線が通れば仲間が居ようと構う事なしに俺達へ火を吹き続ける。どうやら獣人の装備には銃弾を止める効果の魔石か術式が仕込まれており、所謂フレンドリーファイアは起こらないらしい。俺達に向かった弾丸は、外れるか弾かれるかして同じ獣人の元に飛ぶが、ハニカム型の障壁が一瞬展開されそれを止めている。
今の所こちら陣営から戦闘不能になった者は出ていない。ただ俺たち以上に苦しい状況に立たされているのは間違いなさそうだった。
近間の獣人から手に纏った『風刃』で切り捨て中央へ放っているものの、下級戦闘員はウジのように止めどなく延々と奥から湧いてくる。俺と共に飛び込んだバトラも刃矢と彼が呼ぶ矢で応戦するが、本命の仕事に取り掛かる隙は殆ど無いように見えた。
「『狙手・シン』撃て」
応戦に全神経を注ぐ他ない状況で、何者かの声が響き渡った。その直後、聞くのも慣れて来た連続した銃声とは違う、ドンッと言う雷鳴に似た銃声が轟き、マッハを優に超えた速度で弾丸を撃ち出した。射撃時に閃光を伴い、射角は俺たちではなくもっと上の方を狙っていた。標的にされた者が誰かは分からなかったが、射手から舌打ちが聞こえた事から、外れたのだと知った。
「ヒュー!ちょっとヤバかったかな!」
続けて聞こえて来たのはラグルの声、ついに地下に降りて来たらしい。発言からして、狙われたのは彼だった様だ。
ラグルが飛び込んだ矢先、地下にあの命令が響いた。その瞬間、遠くに自分を狙う鉄の筒を見つけた。畳んだままの鞭を素早く振り上げたと同時に、空気を震わせ雷撃が走る。しかし間一髪、ラグルは直撃を免れた。運良く鞭が触れ軌道を反らし、常に共にして来た帽子を吹き飛ばされた以外、頬に傷が付くのみに留まっていた。チラリと背後を見れば、そこには大きく陥没した岩壁があった。
「さっ、掛かって来い!」
ラグルは鞭を解放し戦場に加わった。獣人らは僅かに慄いたが、歯を食いしばり斬撃と銃撃を見舞い始める。だが、始めた途端に手を止めることになった。
「『竜星』ッ!」
皆が一人に向かい集まり掛けた手前、そこを一網打尽にすべくして隕石が襲撃をかけた。衝突の威力は凄まじく、魔法によって扇状のクレーターが通路を完全に破壊した。その時、逃げようと向きを変える事も叶わないまま、獣人達も文字通りの粉々に成り果てた。
「ひぇ~…相も変わらず怖ぇこと」
「にしたってこうまで脆いか。一人一人は大した事ないな」
この時落下した場所は俺達の近く。各所で戦っている仲間だけは巻き添えにせず、衝撃波の角度を調整してくれたお陰で近場の敵勢力を一掃し且つ視野も確保していた。攻め手の方角がほぼ一方に限定され、俺たちにも余裕が生まれた。これが出来てしまうのにヴィザーが二等英雄だと言う事が信じられない。
「注意すべきは鉄砲だ!片っ端から壊してけ!」
俺は目の前に並ぶ獣人を風で押し退け、銃とそれを握る手を潰しながら考えつく限りの指示を出した。そこにバトラが言葉を加える。
「それに弾と火薬も焼いてやれ」
そう言って彼は一度前線から退いた。離れる間際に「でかい魔法も使ってけ」と俺に言って。了解と心の中で応え、今まで封じていた広域に亘る魔法を解禁した。それは無駄かに思えた苦しい戦いの中で、狙うべき可燃物の位置と、避けるべき味方の位置を把握したからである。
撒かれた魔法の風は、味方同士でもみくちゃになりかけている獣人の足元を潜りて紐となる。火薬の隣には酸素のみを集めた天然の火薬が置かれ、小さな炎と共に球状に閉じ込められた。二つは獣人の足元に巡らされた紐で不安定に隔たれており、少しずれるだけで無意味となる。紐の長さは約二十メートル、透明な榴弾の数は十二個に登る。設置開始からものの二秒で完成し、間を空ける事なく紐は引き抜かれた。
「吹き飛べ」
刹那、計十二ヶ所で連鎖的に爆発が起こった。第一の爆発は比較的小規模だったが、火薬に引火して起きた第二の爆発は辺りを軽く火の海に変えた。周りには燃料になる物は少なかったが、一種類だけ特別多くの燃料がある。それは獣人たちそのもの。驚いている隙に、呆気に取られているうちにどんどんと炎が広く高く上がっていった。シアで使った水蒸気爆発型の『爆ぜ結』と違い、今回は炎が上がる様に作っていた。
「よし、イケるな」
広がる赤色の海を見ながらも、バトラ矢を引き絞り言っていた。俺がふと目を向けた時、矢はヒュッと飛んで行く。それは立ち昇る炎に穴を開け、地下の対角線上に居た標的を撃ち抜いた。一瞬だけ見えた標的の姿。喉及び脊椎を正確に撃ち抜かれ、抱えていた銃も手放し、困惑と共に倒れ行く獣人が見えた。腕から溢れていたのはスナイパーライフル。先の雷鳴が聞こえて来た方角だった。
「完璧」
地下に降り立って応戦していた時、位置を確認していたのはバトラも同じだった様だ。一度しか発砲していない敵を狙う。それはどれほど高等な技だろうか。
「正念場だ!王都騎士団よ!全戦力を以って制圧するのだ!」
少し見惚れていた時、崩れた天井からダッドリーが声を張り上げた。更に腰に下げた剣を鞘から抜くと、それを岩肌に突き刺しガリガリ削りながら急斜面を駆け降りて来た。その最中、またも全体に指示を下した。
「尚!これより指揮はケシュタル殿に一任する!水晶からの指示を待て!それまでは好きに暴れろ!」
ダッドリーは言い終わると同時に自身が巻き上げた礫と共に壁から飛び上がる。着地までの間に彼は剣に手を添える。すると小さな岩片は風に運ばれる様にゆっくりと波打ちて剣先に集まり、剣を延長していった。岩石剣がダッドリーの身の丈の三倍になった辺りで延長を打ち止め、彼は戦地に降り立ち剣を薙ぐ。丁寧に獣人共の首を刎ね、もう一丁と意気込みもう一薙。その一閃で、出来る限りの銃を両断し使用不可の真っ二つにした。狼狽した獣人の前に差し出される血濡れた岩剣は、いつの間にか鎌のように折れ曲がり、獣の首を刈るには丁度良い形状になっていた。
(そっか。状況、相手に合わせて常に形を変えられるのか。しかも罠まで戦略に加えられる。見立てじゃ多対一ならラグルより強いぞ)
ダッドリーを見ている内に辺りの炎は燃料を失い衰えて行く。真っ直ぐ伸びる通路は焦げた残骸で埋め尽くされ、しかし火が弱くなったと見るや否や、仲間の屍をも足蹴にしてルィックの増援が横穴からゾロゾロと飛び込んで来る。装備している物は変わらず拳銃か小銃系であったが、懐には持てるだけのグレネードを抱えている者が散見された。
再び魔法で押し返そうかと思った時、二つの事が並行して起きた。
一つは、自分の胸元から光が漏れ出ているのに気が付いた事。キョロっと目だけで周りを確認すると、それは英雄達に共通して起こっていた。早速ケシュタルから次の策略が提示された様だ。もう一つは、俺が水晶をジャケットの内ポケットから取り出す内に疾く戦場へ駆けて行った。上に残っていた山岳側潜入隊の騎士のほぼ全員が戦線に降り立ったのだ。
彼らはダッドリーの言葉の通り、獣人らの波に向かって突撃して行った。どんどんと戦地を分散し、銃を使われる前に使用者を殺すか封じていた。それは彼らが直前に受け取った指令を踏まえての戦術であり、雑兵相手に遅れを取るなど万に一つも無いだろう。その指令は、英雄、勇者に宛てた指令も含め俺の水晶にも送られていた。
『行動可能の者は三人以上のチームを作り吹き抜けの回廊にて戦闘、一匹たりとも逃さず駆除せよ。獣の身に着ける服や鎧には銃弾を停止させる魔法障壁が施されていると見受けられる、骸から剥ぎ利用し有利に立ち回れ。英雄は勇者と横穴内部の偵察及び制圧をしながら湖側潜入隊の行方を捜索。勇者は今度こそ頭を捜索し拘束せよ』
ポケットから取り出すと輝く水晶からは文字が浮かび上がり、ホログラムのように空中に並ぶ。他の英雄にも今伝令が来たようだ。しかし騎士達には既に回っている。さしずめ後半部分を書き足してから俺達に送ったのだろう。しかしメッセージまで送れるとは…いや、考えてみれば今更不思議ではないか。既に立体マップや音声を共有できる事は知れている。逆に出来ない筈ないことだ。
「行くぞヒカル。奥方もある程度間引かれたろうし、彼の言う通りにすっぞ」
その文章を読み終え、水晶をしまいながらバトラは言った。応と返し、俺とバトラ、そこにオッサンとラグルを引き連れ戦火の中を抜けて行く。弾幕の飛び交う中で時折その対応を交えながら、俺達は細かい役割分担を始めた。
「この先は上階と同じ構造か?それともまた別のパターンか?」
「部屋にはなってるが、まさに適当に掘り抜いたって感じだ。その代わり部屋数はそこまで無い」
「なら手分けで良いか?」
「そうするか」
作戦会議をしながら混戦地帯を飛び越え、ついでに敵兵の一人を踏み潰しクッションとし横穴の目前まで来た。一瞬だけ呼吸を整える為に足を止め、直後には五人揃って狭い通路を駆けていた。
「ん!?」
「あっ」
誰しもが気付かぬ内に、仲間がまた一人増えていた。気配を断つ忍び、そんな彼がチームの最前にて通路にもひしめく獣を踏み台に飛び続けながら、辛うじて通路を開けていく。
「如狼!?」
「光殿、只今馳せ参じましたぞ」
彼の足は地面から離れ、前傾姿勢でも頭が天井で擦れそうな程近い。それでも目にも止まらぬ足捌きで獣人の頭や肩を蹴り、重心を崩し転ばせていた。その推進力は増すばかり、横穴に入ったのはほぼ同時のはずだが、今や五メートル以上差が開いていた。そして如狼は誰よりも先に部屋とも言いにくい空間に飛び込んだ。その時だった。
「『狙手・ディン』撃て」
またもこの空間全体に何者かの声が響き渡った。そして次に轟いた雷撃は、目前に迫り、既に如狼が飛び込んだこの部屋から撃ち放たれた。雷は走る俺達の頭上を掠め、先の空間の壁に激突し岩を降らせた。轟音の直前まで居た如狼の姿は無く。しばらく不気味なほど静かになった気がした。だが、すぐにまたあの声は聞こえて来た。
「惜しかったの」
俺がその声を耳にしたのは、丁度部屋に入るのと同時だった。広がっていたのは予想以上の光景。所狭しと床に獣人が倒れており、いずれも足首を抑えそこから血を流しながら呻いている。肝心の如狼はちょっとした高台の上に鎮座していたと思われる獣人の肩に座っていた。その亡骸の足元には狙撃銃、胸には獣人らが使う短剣が刺さっていた。
「この銃、どうやら上の指示がなければ撃てない様じゃ。威力故同士討ちが致命的となるだろう、されば、上の定めた時宜で撃つと決めておるのじゃろうて」
如狼はまるで何事もなかった様に振る舞うが、俺たちは彼の合戦場での強さに静かに驚嘆していた。ただ、ここで歩みを止めてはならない。驚くのは全て終わった後で良い。
「ここは制圧完了か。だったらまた水晶を…」
俺が部屋のスキャンを呼び掛けようとした時、壇上に置かれた水晶に気が付いた。彼が憶測を講じている時には既にそこにあったと思う。
「…仕事が早い」
そう呟き俺は引き下がった。こうして早速一つの部屋を片付けた。するとラグルが急かして来た。
「さっさと次の部屋に行こう。ヒカル、先はどうなってるか分かるか?」
聴覚強化を施した俺の耳は犬猫のそれと同等の聴力と聞き分ける精度を持ち、加えて水晶で行っているエコーロケーションも簡単になら可能。ついさっき敵の武器の種類を聞き破ったよりも、簡単に地形の把握を行える。
「この先に大きめの部屋、そこから二手に分かれた通路。それぞれ三部屋移動すれば同じ部屋に出る。片方回廊に出る通路があるが、無論内部に進んでくれ」
「了解。んで、どう分ける?」
「俺と如狼が外側通路、バトラとオッサンとラグルが内側に行ってくれ」
元々は全員が別々の部屋に突撃しようかと考えていたが、二つにしか別れようが無い事が分かっている。その上で重要度が高い方に俺を、低い方にバトラを分配した。その理由は、この先外側を回る部屋の一つに、隠しきれていない巨大な魔力反応があるからだ。今はそれを伝える時間も惜しい、それならば魔法とスピードに特化したより少人数体制で確認すると決めたからだ。
「ならば行こうぞ」
一番目立つ場所で如狼が声を上げた。握った刀の切先を奥へ続く通路に向けていた。俺以外は彼の母国語を理解出来ないが、仕草、タイミングにより意図は十分理解出来た。そして「ああ」と言う短い返事を受け、俺達は次の部屋に急ぐのだった。
俺含めた山岳側潜入隊が東側の制圧を始めていた頃。英雄らは各地で己が武器を存分に振るっていた。
そこでは、まるで踊り子が舞う様に飛弾の霰を躱し、軍団一人一人の隙間を縫う様にして駆け巡る英雄に圧倒されていた。複数人で銃を連射しているにも関わらず弾は擦りさえせず、気が付けば逆に自分達の首、脇、股など、悉くの弱点を狙い切り裂かれていた。これぞ彼の異名の由来である妙技だった。
「人にはね、当たり前だけど得意不得意があるのよ。私は特に非力、レベルが50を超えても攻撃の数値は50そこら。今だってそんな変わらないわ」
彼には特有の癖があった。どんな場面であれ、相手が何であれ、ほぼ常に喋る癖。そんな彼を狙い再び銃声が重なるも、正面からの弾丸は軌道を逸らされ後方の身内へ、左右と後ろからの弾丸は拾った衣服の障壁が防いだ。彼は構わず話し続ける。
「三等英雄になったは良いけど、パーティを組んだところで鳴かず飛ばず。もう良い加減自分が嫌になって来たの」
「『狙手・クアト』撃て」
男の一人語りを遮り、三度目の重低音が戦場に響く。それを皮切りに周囲の獣人が一斉に姿勢を低くし、雷鳴に備え耳を押さえた。一人直立していた語り部が瞬く合間に、一連の動作は行われていた。コンマ数秒の視界の暗転から覚めた直後、雷は己に落ちて来た。
ゴウンと雷鳴轟いた後、獣人達は顔を上げた。しかし、変わらず男は目の前に立っていた。
「全く、話を遮るんじゃないよ。一度でも見ればタイミングは測りやすくなるわ。…そう言えば二発目は横穴から出て来たわね、早く私達も行かないと」
サァっと獣人らの顔が青くなり、銃を構える動作とは裏腹に腰も位置も引けている。その間に雷鳴の出所には赤い斬撃が走り、狙手もろとも雑兵が上下に分断されていた。やっぱりやるわね、と小さな独り言を加え、彼はまた続きを話し始めた。
「まぁ末尾だけ言えばね、私が勝手に嫌ってた彼を参考にしたのよ。ルーデッドドラゴンその竜にね。スピードと、それに見合う技術はあったからね、それで十分事足りた。今あなた達を圧倒しているとそれを実感する。散々馬鹿にされた名前だけど、今じゃ自信を持って名乗れるわ」
獣人の戦意が衰え、加え勝てぬ相手と悟った矢先、遠くに見た赤い斬撃が背後から水平に腹を通過した。「あっ」と思った時には握った銃が上下に分断され、挙句胴と両腕に激痛が走り世界が迫り上がった。大地に伏し、擦り付けながら腕を上げると、鮮血を噴き出し続ける欠けた両腕が現れた。敏感な嗅覚は周囲に突如発生した新たな死体の匂いを捉え、自身もその一つだと同時に察知した。黒ずむ視野で見上げた時、目の前の男は勝ち名乗りを上げた。
「私の名前、冥土の土産に教えてあげる。『ケリル・ルー・デッド』。残念だったわね、私は囮に過ぎないわ」
多重銃撃を以てしても、妙に艶めかしいその体には傷一つ無かった。悔しいと思った。しかしどうやったって勝てる未来が見えない。肺を断たれ声を張り上げる事も出来ぬまま、歯を軋ませながら最後の一人の意識が切れた。
「アンタのそれ便利ねぇ、私に教えてくれないかしら」
夥しい臓物の海より、所業に相応しい異名の男がやって来た。麻布から蒼い左目だけを覗かせ、全身は肉片混じりの血の雨を浴びた為真紅に染まっていた。公に名の無い『処刑者』の彼が、ケリルに対して言った。
「…随分と人を殺す事に抵抗が無い様だな」
マチェットをぶら下げ、言いながら自前の血魔法で全身の血を抜き始める。それは彼の身につける革とゴム質の装備の隙間に入り込み、見た目が少しふくよかになった。
「言ってたじゃない、容赦するなって。それに大半は貴方が片付けてくれたじゃないの。ルィックのやって来た事を鑑みれば妥当な処罰よ。…なるほど、血ってそこにしまってたのね」
ケリルは言いたい事を言って少し体と首を傾けた。処刑者は錆びかけのマチェットをクルンと操り懐へ仕舞うと、装備を何やらいじくりながら話し始めた。
「お喋りは程々にしておけ、早く突入の準備だ。俺と勇者が殆どやっちまったらしいからな、湖畔側潜入隊の捜索をするぞ」
話し終えた頃装備の調整が済み、一度腕を広げたと思えば両手にダガーが握られていた。
「カッコいい…」
足早に西の横穴に掛けて行く背中をケリルは追った。通路には床を完全に隠す死体の海、何度かすっ転びそうになりながらも横穴に入るも、そこにも死体と血溜まりが広がっている。しかしその全てが首無しの亡者、既に誰かによって蹂躙された後だった。
「あらまぁ…勇者さんもえげつないわねー…」
ケリルが呆気に取られている横で、処刑者は冷静に水晶を掲げ部屋のスキャンを始めていた。
「お前も水晶は渡されているだろう?他の部屋に当たってくれ」
それは残った敵勢力が限り無くゼロに等しい故に出来た発言だった。「はーい」と言ってケリルが奥へと進もうとした時、部屋の入り口から石床を打つ金属音が耳に届いた。退室の間際に目を向ければ、回廊で共に戦っていた騎士団員がゾロゾロとやって来ていた。その中には分隊長ユーリの姿も見えた。ケリルは立ち去る前にどうしてもと思い、最後の気になった事を処刑者に聞いた。
「…そう言えばあの死体の山どうするのよ」
銃と共に切り伏せ積み重なった肉と臓物の黒い道。彼はてっきり騎士団が片付けてくれるものだと思っていたが、湖側潜入隊の捜索に一言「加勢します」と言うだけで参加し、思っていた仕事の片鱗さえ見えなかったからだ。
「何、もう直ぐ始まるさ。気になるだろうがこっちの集中してろよ」
処刑者はケリルに穏やかにも忠告し、またスキャンをし終え水晶を仕舞った。そのまま入って来た通路から見て左へと歩みを進め、騎士とケリルを置いて先へ進んでしまった。そして彼の言う通りに、回廊から大きな崩落音と地震が起こった。その揺れは大陸で体験した中ではトップクラスに強く。最初の衝撃で危うく転けそうになった。
「あら!本当っ」
直ぐに揺れは収まったし、直ぐそこだから見たいなと彼は思ったが、指令と直前の釘刺しにより苦くも処刑者と別の通路を歩いて行った。
俺はダッドリーの指示のもと戦場を見下ろしていた。最後に指示を送ったのはヴィッド・ラパネラへ、時期を見て最大出力の魔法を使えと言う物。彼の操る『地龍』は土魔法による式神術に似ている。本来ならこれはダッドリーが行う仕事だが、今回ばかりはヴィッドが適任だ。
合計で十数発の血の斬撃、名の無き本人は『血閃』と読んでいる範囲攻撃の魔法、現在の真空波の原型それが、回廊を埋め尽くす程居た獣人を薙ぎ払った。辺りは数え切れない肉の塊だけが残り、騎士団員も一切が捌けた。血と臓物だけならまだしも、時間が経ち糞や尿も含め様々な汚物が散乱し近寄り難い臭気を放ち始めている。とは言え伝えた時期とは今であり、幸い彼も私の指示を受け下に降りていない。
俺が合図を出す必要もなく、回廊の中央、元は闘技場の様に整備された空間があった場所に積もった瓦礫が、一つに融合していき波打ち始める。みるみるうちに波は中心へ集まり隆起し、その頂点からパキッと棘が浮き出した。棘はその一つから始まり次々と出現し、ディザントに残る『砂丘隊』から届いた射影で見た砂漠のドラゴンの鱗の様に並ぶ。鱗はヌッと頭を上げた巨大で曲がりくねった円柱の、恐らく背中だろう上側にびっしりと。反対に腹だろう下側は規則的にひび割れる。最後に唯一滑らかな先端が変化し、ゆっくりとシャープな外殻を形成した。鬣の様な小さな角と側頭部から前へ向く巻き角を成し、ギザギザした歯の互い違いに並ぶ口を開け準備は整った。
竜は口を開けたまま屈み、頭をひねって通路を生ゴミごと齧ろうとした。これがヴィッドの請け負った仕事、大量に残った亡骸の片付けだ。通例ならダッドリーが表立ちこれを行なっている。しかし普段は生け取りが主流であり、殲滅の例は指折り程度。ただ今回は数少ない例に習った。騎士団も総出で運べない程『人で無し』が多かった故、土に還すのが最も手っ取り早いのだ。
しかし牙が廊の縁を穿った瞬間、竜の目の前の岸壁が爆発したかの様に吹き飛び崩れ去った。同時に発生した地震は俺の姿勢を容易に狂わせ手を支す。竜の動きもピタッと止まり、俺も対岸にて竜を操るヴィッドもそこに目が釘付けになった。瓦礫の中から飛び出す重なった二つの黒い影。一つはマズルが長く高身長、もう一つは片方より頭二つ分程小さい、だがどう見ても力で勝っていた。
「おおやっぱり!ヴィッドの地龍か!?」
土煙の合間から見えたのは我らが勇者『スピット・ロヴェル・ヴォイルーゴ』の勇姿。力を込めた双剣の一振りが相対する獣人の首に迫っていた。すぐにどちらの剣も爪に阻まれ仕留め損なっていると分かったが、獣人の表情は苦く、対してスピットは細く笑み周りを見る余裕さえある。
「シッ!!」
獣人は抑えられた手は無理に使わず、体を勢い付けて折り曲げ脚の爪を繰り出した。いい判断だとは思ったが、俺でさえ見える程度に遅く、難なく対応され死屍累々の回廊に叩き落とされた。空中に残ったスピットの足は伸びきっている。恐らく獣人より速く蹴落としたのだろう。あの近間なら不可能では無い。
奴は背から全身へと衝撃強いを受けながらも、未だ行動するに支障は無かった。間髪入れず、静止したままの地龍の一部がまた小さな地龍に成りて襲いかかって来る。休み無く体術で片付けながら獣人は思っていた。
(マジか…ここまで実力に差が…銃があっても使い手があれじゃ駄目か。にしたって、どうして『盲目化』が解除されちまったんだ!?実験でもこれより多い人数を完封出来てたってのに!)
再三言う獣人の特性。ヒカルやメルの様な外向きの魔法は使えず、彼らの魔法は基本的に個人の体内で完結する。それは『内向型魔力』と名付けられ、少し後に我らの使う魔法は『外向型魔法』と遅れて名付けられた。それは良いとして、内向型魔力の本質は自己の強化。扱える属性により様々な効果を自身に付与出来る。
基本的な攻撃力と速度、防御力の強化。赤熱化、更なる硬質化、五感の強化に、傷の治癒。治癒に関してはより高い強度なら欠損部位さえ再生させるに至る。種族単位で人間はもちろん、エルフの平均以上の魔力を持つ。その最高戦力となれば、単身でかつての勇者と対等の実力を持っていた。そして今回出て来た獣人は、拳脚から茶焦げた魔力を迸らせていた。防御特化の土魔法だ。
「えぇっと。ルィックってさ、何で世界を支配したいんだっけ?」
トスンと空から降り立ったスピットは、何食わぬ顔で堂々と尋ねた。獣人は最早見る事さえせず小竜を裏拳で潰し、極めて厳かに問いに答える。
「精算だよ。貴様らに虐げられた歴史のな」
響き渡るドスの効いた声、三度聞こえたあの声によく似ている。スピットは冷酷な目を受けながらも、不敵に微笑み言い返す。
「それを言うならエルフも同じだろ?しかもそれは万年以上前だし、お前達に関しては千年前に魔法が見つかるより先に和解してる。先代も当代も国王様達がそうである様に、種族同士手を取って生きていきましょうよ」
彼は至極真っ当な事を口にしている。しかしその表情は気の抜けた様に上の空で、加え双剣の片割れをペンの様に回していた。
「…バレないと思ったか?握っている剣に魔力を集めてるな?時間稼ぎは止せよ。…っんと邪魔」
言い終わると奴は片手間に対応していた地龍を振り返り気味に渾身のストレートで粉砕してしまった。小竜に直撃した衝撃は本体に伝い竜の大半を吹き飛ばし、その破片のいくつかが俺の元へ届いた。今のヴィッドの能力では、このサイズの竜は再構築に時間がかかり過ぎる。基準が現場に残る二人なのが可哀想ではあるが、大将レベルと勇者の前では、誰だろうと同じ扱いになる。
「ああ分かっちゃった?まぁ隠す気もないけど。受け止めてみな」
剣を弄ぶのを中断し、常に握っていた方の剣を振り、空を相手に袈裟に切る。瞬間発生した真空波は明らかに人智を超えた速度を発揮し、使用者のスピット含めた観測者四人全員、誰もがまともに認識していなかった。
(早すぎて見えない斬撃…逃げる時間は無いとは言え、動く時間は多少ある。んで?受け止めてみろだぁ?)
剣の振り下ろされた刹那の後、斬撃は岩に激突した。しかし真っ直ぐ行けば地龍に当たるはずだが、それに外傷なし。大きく切れ込みのあったのは俺の近間、少し覗き込めば全貌が見える場所。当たるはずの獣人から、斜め上に逸れた場所だった。
「まともにやり合うわけねぇだろ」
そう言った獣人は魔力で拳を硬め軽く握っており、顔の高さまで上げ前に出された右腕が真空波を弾き飛ばしたと状況証拠が物語る。
「だよな」
冷酷な目線の先でスピットは冷静につぶやいた。変わらぬ笑顔のまま強く踏み込み、血肉を吹き飛ばし獣人に向かった。次にスピットが私の視界に現れた時、彼は獣人の背後、再構築中の竜の鱗にしがみついていた。未だ突き出したままの獣人の腕は、気が付けば水平に血潮を飛ばしていた。だが、直後には再び腕を動かし拳を握った。明らかに本気に近づいたスピットの斬撃の直撃を受けてさえ、断ち切る事が出来ていなかった様だ。
(また溜めてやがるなぁ…!)
痛みを度外視した獣人の注意は再びスピットの剣に集中した。獣人は自己強化の副産物で、魔力の流れや強さを読むのが得意だ。一度目の真空波がバレたのはその為。混戦ではあまり役に立たないが、タイマン勝負ではこの上無い有意性を持つ。何故なら、熟練の魔道士でも獣人の感覚にはてんで及ばないから。
だが二つ、弱点に相違無い欠点がある。その一つで奴は既に苦しんでいた。疾風が過ぎ去り、防御に徹した右腕がまた切れる。辛うじて受け流すお陰で体やその他にはまだダメージを負っていない。
「チッ!」
三度、四度と疾風は襲う。その度に右腕に裂傷は増えて行った。剣に込めた魔力を離さず、しかしその剣は使わない。いつまでも細工なしの剣で切り付ける。それが一つ目、強力無比ゆえに囮として、常に警戒させ消耗させる。
(来るか!今度こそ!)
そして二つ目、こちらの方が致命的と言える。獣の目は再び振りかぶられた剣を見た。刃は水平で、狙われる場所がわかりやすい。右腕を犠牲とし、特異体質の獣人の魔法の準備が整うまでのらりくらりと、最低限死なない程度に身を削る。その瞬間まで耐え抜けば、再びチャンスがやって来る。一度目と同じく斬撃を逸らす為、奴は幾度も刻まれた拳を突き出した。
斬撃は見た通りに水平に撃ち放たれた。一本の真空波が拳に触れ、僅かに軌道がズレて外れた。また手に傷が増えたが奴はそれでも構いはしない。良しと意気込み、再び来る疾風に対応しようと姿勢を変えた時、初めて獣人は違和感を覚えた。
「…ァガッ?」
上手く動かない脚で躓いた先に左手を突いて体を支えた。その視線の先に、右腕以外から流れ出た血液がとめどなく流れ落ちて来る。彼はこうなった原因を分かっていなかった。それが二つ目の欠点。
皆が呼ぶ『真空波』の正体、それは他でもない金属魔法。最も近年に開発され、魔力の変質も簡単な事から、比較的習得しやすい魔法である。スピットとターラ、二人が複数の刃の枝のある剣を使うのは、この真空波をより有効的に使う為だ。
真空波の仕組み。変質させた自身の魔力を剣の刃に乗せ、それを遠心力を加えて切先から撃ち放つ。一つの刃から放つ斬撃の大きさと含める事の出来る魔力には限度がある。しかし、切先の数が多ければ、擬似的にその限界を越える事が出来る。スピットは普段、斬撃を束ねて使い、ターラは一つの切先から場面に応じて小刻みに放出し、ガードをさせない様にしている。
獣人はやっと、腹と首の痛みに気が付いた。奴の自己強化魔法はどうやら土属性だった様だ。友人から聞いたその効果は、身体の硬質化と鎮痛。硬質化の限界は個人差があり、痛みは誰であれゼロになるのではなく、擦りむいた時や針が刺さった程度の痛みになる。真空波の切れ込みは滑らかで、一瞬だけ通り抜けた程度では痛みは起こらない。しかし獣人は躓いた時、急激な痛みと傷の開口により大量出血を起こしていた。
「…お…まぇ…」
真空波が通り抜けたのは獣人の右脇腹と首の左側。どちらも動脈に損傷を負っている。視界は急激に暗くなり、近づいてきた影の主に目を向ける。
「真空波ってさ、小分けにすると弱くなるし、お前の強化なら難なく防げるだろ」
その言葉を受けていると、遂に獣人の体から力が抜け意識が遠のき始めた。だが不幸にも、意識ある内に彼の言葉は獣人の耳に届いた。
「でもさ、お前は右腕に魔力を集めすぎて、その他がまー疎かになってたな。俺が真空波を纏めるしか出来ないと思ってたろ。浅ぇよ、だから使い捨てられるんだ」
スピットが剣を背に収めた時、破壊された地龍の再構築が終了した。私と同じ高さに放って置かれていたヴィッドの顔はとてもつまらなそうだった。これと言って活躍できなかったからだろうか、遠くからでもやさぐれ顔がよく見える。
それでも地龍は通路を齧って行き、この場から死体がどんどんと無くなってゆく。スピットは一度横穴に避難し、大方片付いた時、彼は地龍の近くへ寄って行った。私は先程から横穴の奥へ再び行かない彼を不思議に思い、水晶を通じて訊いた。薄々訳に気付きながらだったが。
『何故また横穴に入らない。まだ何かあるのか?」
そのメッセージが彼に届き、それを読んだ彼はこちらへある物を向けてきた。それはルィックの構成員の身につけるバッジに似ているが、より形が複雑だった。そのバッジの正体はエンブレム、ルィック上層部員の証だ。彼に握られているエンブレムは銀色、塗装が完全に剥げている。しかしその剥げ方、傷の数は明らかに数十年使い込んだレベルの代物だった。身につけていた獣人の年齢は多く見積もっても三十代前半だろう。言わずとも分かった。今さっき倒された獣人は、身代わりであると。
この山は大地が動いた為に出来た山だ。あまり標高は高く無いが、浅い所に硬い堆積岩の層があり、丁度山に横穴を作れば、その層がそのまま床になる場所にある。例え勇者でも掘る事は難しい。魔法でも相当強力な出力でないと掘り返せないのだ。
だが、なぜ勘違いしていたのだろうか。ルィック側に土魔法が使える特異個体は居ないと。そんな保証は無い。表に出ていないだけで異属性が複数、または同属性使いが複数存在する事だって考えられた。なぜ、『虚』と『空』に固執していたのだろうか。
今目の前で床が崩壊し、思考が晴れやかになり、辿り着けなかった全ての可能性が見えた。特に重要な事は、獣人の魔術師は四人以上だと言う事実。ヒカルが異常なだけで、基本魔法は一人一つの種類しか練度を高める事が出来ないからだ。確定なのは空が一人、虚が一人、土が一人、後は。
「…血か?」
現在騎士の部隊は散り散りだ。陽動隊だった人員の殆どは各部屋の調査中だった。それ故に虚を突かれ地下になす術なく転がり落とされた。だが流石と言うべきか、行動不能になった者は居なかった。山岳側潜入隊とスピット、ケリルは、俺の張った断空が床となって落ちていない。少しずつ降下させているが、俺とバトラが降下する速度よりも遅くしている。そして所在不明の湖側潜入隊。十中八九地下のどこかに拘束されているだろう。メルとターラが居ながら不覚を取り、良くも悪くも音沙汰なしと言う事は、魔法を無効化、ないし弱体化する術でも持っていると考えて良い。
今は獣人の海の中、頭領討伐を優先する事に違い無いが、その他の数が想像以上に多い。配置のどこかに穴が空けども、後続がどんどん湧いて出る。地下の通路らしき横穴は全て獣人の投入口になっている。一体どれほどの数の構成員が居るのだろうか。少しだけ聴力を上げ、より正確に音を捉えられる様にしただけでも、まだ奥に蠢く足音が絶えない。
「どこから締める?」
共に降下しているバトラが第二射を番えながら聞いて来た。今は獣人を討つだけ無駄、ならば先に飛び道具を破壊するまでの事。
「奥にもまだ無数に居る、まずは銃を破壊しながら弾薬と火薬を暴発させてくれ」
「了解」
そう答えると、バトラは矢を構えた弦を弾き、ここから真反対側の空間の角に向かって火薬矢を放った。ヒュッと風を切り薄明かりを突き進む矢は、寸分の狂いも無く標的に着弾。鏃代わりに取り付けられた火薬袋から揮発性の非常に高い火薬が放出され、刹那の間もなく爆発した。普段その鏃には熱を発生させない効果の空魔法を張ってある。それはこの矢の為だけに作られた特製の小さな結界であり、衝突の衝撃で破壊される。
それは周囲にあった火薬も巻き込み、標的を容易く破壊する威力を発揮した。バトラが狙ったのは大砲、今の俺たちから最も遠くの部屋の辺に三門の大砲があった。それを目敏く見つけ、俺たちから見て右側にあった物を破壊した。ついでに付近の壁と通路を崩し、増援を食い止める役をも果たした。
「流石だな」
「序の口さ」
短く会話を済ませ同時にアイコンタクトをとり、俺たちを支える『断空』を解いた。約二秒の落下を経て、待ち受ける獣の海に俺たちは本陣として一足早く飛び込んだ。実際は既に各所で戦闘が起こっていたが、最も注目されていたのは俺たち勇者二人組だった。
それとほぼ同時刻、山岳側潜入隊らが集まるもう一つの断空の上。一際大きく爆炎が上がるのを見て、スピットが頭を抱えながら鳴いた。
「クソッ…まんまと嵌められた!つか、仲間を忘れるなんざ一番あっちゃいけねぇだろうが!」
勇者の中では確かに最年少であったが、そのリーダーとして動いてきた彼にとって仲間の存在を忘れる事は初めてだった。それを深く悔い、沸々と煮える怒りが己を焼いていた。しかし彼はそれを一度断ち切り、目前の事象に集中した。背に納めた剣を抜き、断空から落ちる砂の縁を見て床の端を確認、一目散に地下へ身を投じた。
「俺たちも行くぞ」
そう言いながらまた一人飛び込んだ。その人物は手に鞭を持ち、白銀の髪を小さくなびかせながら突撃して行く。それはディザント唯一の一等英雄『ラグル』だった。
「そうだな。教え子達が戦って、俺が戦わねーなんざ通らねぇわな」
そう言って『赤竜の騎士』も後を追った。その赤い鱗で飾られた巨大な剣を掲げ、自身の大質量を投下した。
「行きましょう!私達は奴らの注意を分散させるのです。くれぐれも飛び道具には気をつけて」
それに鼓舞されてか、隊を指揮する分隊長『ユーリ』がレイピアで天を指し叫んだ。そして彼女を先頭に続々と岩の断崖を駆け降りていった。
一方先んじて戦っていた俺達は予想以上に難儀していた。その理由は敵一人一人の強さではなくその数であるが、更に厄介なのが使用される銃の種類が想定の倍以上あった事だ。
「人員に対しピストル三割、アサルトライフル四割、ショットガン、サブマシンガン、マシンピストル合計二割。遠くに大砲残り二個、スナイパーライフル5丁、固定型マシンガン六台にミニガン一台、そして各自隠し武器で非殺傷銃の所持。手榴弾、閃光手榴弾、そして魔力を帯びた手榴弾を持ってる可能性もある」
それら全てが俺の目に入った物、音で察知した物、魔力感知で発見した物だった。常に狙われ、それぞれの発射レートも違う。対応に慣れる事が出来ず調子が些か狂っていた。バトラは俺の報告を瞬時に解する事は出来なかったが、流石は射手と言う応答があった。
「どう言うもんかは分かんねぇけど、割合が本当なら大体分かった!」
よく磨かれた観察眼は少しの時間だけで各個の特性を見抜き、視野の広さも相まって全体の把握も済ませていた。
「撃ち切った奴は下がれ、マガジンを取り換え再度射撃!」
固定式のマシンガンは通路に等間隔に配置され、ミニガンは小高くなった所にポツンと置かれている。それ以外の銃は射線が通れば仲間が居ようと構う事なしに俺達へ火を吹き続ける。どうやら獣人の装備には銃弾を止める効果の魔石か術式が仕込まれており、所謂フレンドリーファイアは起こらないらしい。俺達に向かった弾丸は、外れるか弾かれるかして同じ獣人の元に飛ぶが、ハニカム型の障壁が一瞬展開されそれを止めている。
今の所こちら陣営から戦闘不能になった者は出ていない。ただ俺たち以上に苦しい状況に立たされているのは間違いなさそうだった。
近間の獣人から手に纏った『風刃』で切り捨て中央へ放っているものの、下級戦闘員はウジのように止めどなく延々と奥から湧いてくる。俺と共に飛び込んだバトラも刃矢と彼が呼ぶ矢で応戦するが、本命の仕事に取り掛かる隙は殆ど無いように見えた。
「『狙手・シン』撃て」
応戦に全神経を注ぐ他ない状況で、何者かの声が響き渡った。その直後、聞くのも慣れて来た連続した銃声とは違う、ドンッと言う雷鳴に似た銃声が轟き、マッハを優に超えた速度で弾丸を撃ち出した。射撃時に閃光を伴い、射角は俺たちではなくもっと上の方を狙っていた。標的にされた者が誰かは分からなかったが、射手から舌打ちが聞こえた事から、外れたのだと知った。
「ヒュー!ちょっとヤバかったかな!」
続けて聞こえて来たのはラグルの声、ついに地下に降りて来たらしい。発言からして、狙われたのは彼だった様だ。
ラグルが飛び込んだ矢先、地下にあの命令が響いた。その瞬間、遠くに自分を狙う鉄の筒を見つけた。畳んだままの鞭を素早く振り上げたと同時に、空気を震わせ雷撃が走る。しかし間一髪、ラグルは直撃を免れた。運良く鞭が触れ軌道を反らし、常に共にして来た帽子を吹き飛ばされた以外、頬に傷が付くのみに留まっていた。チラリと背後を見れば、そこには大きく陥没した岩壁があった。
「さっ、掛かって来い!」
ラグルは鞭を解放し戦場に加わった。獣人らは僅かに慄いたが、歯を食いしばり斬撃と銃撃を見舞い始める。だが、始めた途端に手を止めることになった。
「『竜星』ッ!」
皆が一人に向かい集まり掛けた手前、そこを一網打尽にすべくして隕石が襲撃をかけた。衝突の威力は凄まじく、魔法によって扇状のクレーターが通路を完全に破壊した。その時、逃げようと向きを変える事も叶わないまま、獣人達も文字通りの粉々に成り果てた。
「ひぇ~…相も変わらず怖ぇこと」
「にしたってこうまで脆いか。一人一人は大した事ないな」
この時落下した場所は俺達の近く。各所で戦っている仲間だけは巻き添えにせず、衝撃波の角度を調整してくれたお陰で近場の敵勢力を一掃し且つ視野も確保していた。攻め手の方角がほぼ一方に限定され、俺たちにも余裕が生まれた。これが出来てしまうのにヴィザーが二等英雄だと言う事が信じられない。
「注意すべきは鉄砲だ!片っ端から壊してけ!」
俺は目の前に並ぶ獣人を風で押し退け、銃とそれを握る手を潰しながら考えつく限りの指示を出した。そこにバトラが言葉を加える。
「それに弾と火薬も焼いてやれ」
そう言って彼は一度前線から退いた。離れる間際に「でかい魔法も使ってけ」と俺に言って。了解と心の中で応え、今まで封じていた広域に亘る魔法を解禁した。それは無駄かに思えた苦しい戦いの中で、狙うべき可燃物の位置と、避けるべき味方の位置を把握したからである。
撒かれた魔法の風は、味方同士でもみくちゃになりかけている獣人の足元を潜りて紐となる。火薬の隣には酸素のみを集めた天然の火薬が置かれ、小さな炎と共に球状に閉じ込められた。二つは獣人の足元に巡らされた紐で不安定に隔たれており、少しずれるだけで無意味となる。紐の長さは約二十メートル、透明な榴弾の数は十二個に登る。設置開始からものの二秒で完成し、間を空ける事なく紐は引き抜かれた。
「吹き飛べ」
刹那、計十二ヶ所で連鎖的に爆発が起こった。第一の爆発は比較的小規模だったが、火薬に引火して起きた第二の爆発は辺りを軽く火の海に変えた。周りには燃料になる物は少なかったが、一種類だけ特別多くの燃料がある。それは獣人たちそのもの。驚いている隙に、呆気に取られているうちにどんどんと炎が広く高く上がっていった。シアで使った水蒸気爆発型の『爆ぜ結』と違い、今回は炎が上がる様に作っていた。
「よし、イケるな」
広がる赤色の海を見ながらも、バトラ矢を引き絞り言っていた。俺がふと目を向けた時、矢はヒュッと飛んで行く。それは立ち昇る炎に穴を開け、地下の対角線上に居た標的を撃ち抜いた。一瞬だけ見えた標的の姿。喉及び脊椎を正確に撃ち抜かれ、抱えていた銃も手放し、困惑と共に倒れ行く獣人が見えた。腕から溢れていたのはスナイパーライフル。先の雷鳴が聞こえて来た方角だった。
「完璧」
地下に降り立って応戦していた時、位置を確認していたのはバトラも同じだった様だ。一度しか発砲していない敵を狙う。それはどれほど高等な技だろうか。
「正念場だ!王都騎士団よ!全戦力を以って制圧するのだ!」
少し見惚れていた時、崩れた天井からダッドリーが声を張り上げた。更に腰に下げた剣を鞘から抜くと、それを岩肌に突き刺しガリガリ削りながら急斜面を駆け降りて来た。その最中、またも全体に指示を下した。
「尚!これより指揮はケシュタル殿に一任する!水晶からの指示を待て!それまでは好きに暴れろ!」
ダッドリーは言い終わると同時に自身が巻き上げた礫と共に壁から飛び上がる。着地までの間に彼は剣に手を添える。すると小さな岩片は風に運ばれる様にゆっくりと波打ちて剣先に集まり、剣を延長していった。岩石剣がダッドリーの身の丈の三倍になった辺りで延長を打ち止め、彼は戦地に降り立ち剣を薙ぐ。丁寧に獣人共の首を刎ね、もう一丁と意気込みもう一薙。その一閃で、出来る限りの銃を両断し使用不可の真っ二つにした。狼狽した獣人の前に差し出される血濡れた岩剣は、いつの間にか鎌のように折れ曲がり、獣の首を刈るには丁度良い形状になっていた。
(そっか。状況、相手に合わせて常に形を変えられるのか。しかも罠まで戦略に加えられる。見立てじゃ多対一ならラグルより強いぞ)
ダッドリーを見ている内に辺りの炎は燃料を失い衰えて行く。真っ直ぐ伸びる通路は焦げた残骸で埋め尽くされ、しかし火が弱くなったと見るや否や、仲間の屍をも足蹴にしてルィックの増援が横穴からゾロゾロと飛び込んで来る。装備している物は変わらず拳銃か小銃系であったが、懐には持てるだけのグレネードを抱えている者が散見された。
再び魔法で押し返そうかと思った時、二つの事が並行して起きた。
一つは、自分の胸元から光が漏れ出ているのに気が付いた事。キョロっと目だけで周りを確認すると、それは英雄達に共通して起こっていた。早速ケシュタルから次の策略が提示された様だ。もう一つは、俺が水晶をジャケットの内ポケットから取り出す内に疾く戦場へ駆けて行った。上に残っていた山岳側潜入隊の騎士のほぼ全員が戦線に降り立ったのだ。
彼らはダッドリーの言葉の通り、獣人らの波に向かって突撃して行った。どんどんと戦地を分散し、銃を使われる前に使用者を殺すか封じていた。それは彼らが直前に受け取った指令を踏まえての戦術であり、雑兵相手に遅れを取るなど万に一つも無いだろう。その指令は、英雄、勇者に宛てた指令も含め俺の水晶にも送られていた。
『行動可能の者は三人以上のチームを作り吹き抜けの回廊にて戦闘、一匹たりとも逃さず駆除せよ。獣の身に着ける服や鎧には銃弾を停止させる魔法障壁が施されていると見受けられる、骸から剥ぎ利用し有利に立ち回れ。英雄は勇者と横穴内部の偵察及び制圧をしながら湖側潜入隊の行方を捜索。勇者は今度こそ頭を捜索し拘束せよ』
ポケットから取り出すと輝く水晶からは文字が浮かび上がり、ホログラムのように空中に並ぶ。他の英雄にも今伝令が来たようだ。しかし騎士達には既に回っている。さしずめ後半部分を書き足してから俺達に送ったのだろう。しかしメッセージまで送れるとは…いや、考えてみれば今更不思議ではないか。既に立体マップや音声を共有できる事は知れている。逆に出来ない筈ないことだ。
「行くぞヒカル。奥方もある程度間引かれたろうし、彼の言う通りにすっぞ」
その文章を読み終え、水晶をしまいながらバトラは言った。応と返し、俺とバトラ、そこにオッサンとラグルを引き連れ戦火の中を抜けて行く。弾幕の飛び交う中で時折その対応を交えながら、俺達は細かい役割分担を始めた。
「この先は上階と同じ構造か?それともまた別のパターンか?」
「部屋にはなってるが、まさに適当に掘り抜いたって感じだ。その代わり部屋数はそこまで無い」
「なら手分けで良いか?」
「そうするか」
作戦会議をしながら混戦地帯を飛び越え、ついでに敵兵の一人を踏み潰しクッションとし横穴の目前まで来た。一瞬だけ呼吸を整える為に足を止め、直後には五人揃って狭い通路を駆けていた。
「ん!?」
「あっ」
誰しもが気付かぬ内に、仲間がまた一人増えていた。気配を断つ忍び、そんな彼がチームの最前にて通路にもひしめく獣を踏み台に飛び続けながら、辛うじて通路を開けていく。
「如狼!?」
「光殿、只今馳せ参じましたぞ」
彼の足は地面から離れ、前傾姿勢でも頭が天井で擦れそうな程近い。それでも目にも止まらぬ足捌きで獣人の頭や肩を蹴り、重心を崩し転ばせていた。その推進力は増すばかり、横穴に入ったのはほぼ同時のはずだが、今や五メートル以上差が開いていた。そして如狼は誰よりも先に部屋とも言いにくい空間に飛び込んだ。その時だった。
「『狙手・ディン』撃て」
またもこの空間全体に何者かの声が響き渡った。そして次に轟いた雷撃は、目前に迫り、既に如狼が飛び込んだこの部屋から撃ち放たれた。雷は走る俺達の頭上を掠め、先の空間の壁に激突し岩を降らせた。轟音の直前まで居た如狼の姿は無く。しばらく不気味なほど静かになった気がした。だが、すぐにまたあの声は聞こえて来た。
「惜しかったの」
俺がその声を耳にしたのは、丁度部屋に入るのと同時だった。広がっていたのは予想以上の光景。所狭しと床に獣人が倒れており、いずれも足首を抑えそこから血を流しながら呻いている。肝心の如狼はちょっとした高台の上に鎮座していたと思われる獣人の肩に座っていた。その亡骸の足元には狙撃銃、胸には獣人らが使う短剣が刺さっていた。
「この銃、どうやら上の指示がなければ撃てない様じゃ。威力故同士討ちが致命的となるだろう、されば、上の定めた時宜で撃つと決めておるのじゃろうて」
如狼はまるで何事もなかった様に振る舞うが、俺たちは彼の合戦場での強さに静かに驚嘆していた。ただ、ここで歩みを止めてはならない。驚くのは全て終わった後で良い。
「ここは制圧完了か。だったらまた水晶を…」
俺が部屋のスキャンを呼び掛けようとした時、壇上に置かれた水晶に気が付いた。彼が憶測を講じている時には既にそこにあったと思う。
「…仕事が早い」
そう呟き俺は引き下がった。こうして早速一つの部屋を片付けた。するとラグルが急かして来た。
「さっさと次の部屋に行こう。ヒカル、先はどうなってるか分かるか?」
聴覚強化を施した俺の耳は犬猫のそれと同等の聴力と聞き分ける精度を持ち、加えて水晶で行っているエコーロケーションも簡単になら可能。ついさっき敵の武器の種類を聞き破ったよりも、簡単に地形の把握を行える。
「この先に大きめの部屋、そこから二手に分かれた通路。それぞれ三部屋移動すれば同じ部屋に出る。片方回廊に出る通路があるが、無論内部に進んでくれ」
「了解。んで、どう分ける?」
「俺と如狼が外側通路、バトラとオッサンとラグルが内側に行ってくれ」
元々は全員が別々の部屋に突撃しようかと考えていたが、二つにしか別れようが無い事が分かっている。その上で重要度が高い方に俺を、低い方にバトラを分配した。その理由は、この先外側を回る部屋の一つに、隠しきれていない巨大な魔力反応があるからだ。今はそれを伝える時間も惜しい、それならば魔法とスピードに特化したより少人数体制で確認すると決めたからだ。
「ならば行こうぞ」
一番目立つ場所で如狼が声を上げた。握った刀の切先を奥へ続く通路に向けていた。俺以外は彼の母国語を理解出来ないが、仕草、タイミングにより意図は十分理解出来た。そして「ああ」と言う短い返事を受け、俺達は次の部屋に急ぐのだった。
俺含めた山岳側潜入隊が東側の制圧を始めていた頃。英雄らは各地で己が武器を存分に振るっていた。
そこでは、まるで踊り子が舞う様に飛弾の霰を躱し、軍団一人一人の隙間を縫う様にして駆け巡る英雄に圧倒されていた。複数人で銃を連射しているにも関わらず弾は擦りさえせず、気が付けば逆に自分達の首、脇、股など、悉くの弱点を狙い切り裂かれていた。これぞ彼の異名の由来である妙技だった。
「人にはね、当たり前だけど得意不得意があるのよ。私は特に非力、レベルが50を超えても攻撃の数値は50そこら。今だってそんな変わらないわ」
彼には特有の癖があった。どんな場面であれ、相手が何であれ、ほぼ常に喋る癖。そんな彼を狙い再び銃声が重なるも、正面からの弾丸は軌道を逸らされ後方の身内へ、左右と後ろからの弾丸は拾った衣服の障壁が防いだ。彼は構わず話し続ける。
「三等英雄になったは良いけど、パーティを組んだところで鳴かず飛ばず。もう良い加減自分が嫌になって来たの」
「『狙手・クアト』撃て」
男の一人語りを遮り、三度目の重低音が戦場に響く。それを皮切りに周囲の獣人が一斉に姿勢を低くし、雷鳴に備え耳を押さえた。一人直立していた語り部が瞬く合間に、一連の動作は行われていた。コンマ数秒の視界の暗転から覚めた直後、雷は己に落ちて来た。
ゴウンと雷鳴轟いた後、獣人達は顔を上げた。しかし、変わらず男は目の前に立っていた。
「全く、話を遮るんじゃないよ。一度でも見ればタイミングは測りやすくなるわ。…そう言えば二発目は横穴から出て来たわね、早く私達も行かないと」
サァっと獣人らの顔が青くなり、銃を構える動作とは裏腹に腰も位置も引けている。その間に雷鳴の出所には赤い斬撃が走り、狙手もろとも雑兵が上下に分断されていた。やっぱりやるわね、と小さな独り言を加え、彼はまた続きを話し始めた。
「まぁ末尾だけ言えばね、私が勝手に嫌ってた彼を参考にしたのよ。ルーデッドドラゴンその竜にね。スピードと、それに見合う技術はあったからね、それで十分事足りた。今あなた達を圧倒しているとそれを実感する。散々馬鹿にされた名前だけど、今じゃ自信を持って名乗れるわ」
獣人の戦意が衰え、加え勝てぬ相手と悟った矢先、遠くに見た赤い斬撃が背後から水平に腹を通過した。「あっ」と思った時には握った銃が上下に分断され、挙句胴と両腕に激痛が走り世界が迫り上がった。大地に伏し、擦り付けながら腕を上げると、鮮血を噴き出し続ける欠けた両腕が現れた。敏感な嗅覚は周囲に突如発生した新たな死体の匂いを捉え、自身もその一つだと同時に察知した。黒ずむ視野で見上げた時、目の前の男は勝ち名乗りを上げた。
「私の名前、冥土の土産に教えてあげる。『ケリル・ルー・デッド』。残念だったわね、私は囮に過ぎないわ」
多重銃撃を以てしても、妙に艶めかしいその体には傷一つ無かった。悔しいと思った。しかしどうやったって勝てる未来が見えない。肺を断たれ声を張り上げる事も出来ぬまま、歯を軋ませながら最後の一人の意識が切れた。
「アンタのそれ便利ねぇ、私に教えてくれないかしら」
夥しい臓物の海より、所業に相応しい異名の男がやって来た。麻布から蒼い左目だけを覗かせ、全身は肉片混じりの血の雨を浴びた為真紅に染まっていた。公に名の無い『処刑者』の彼が、ケリルに対して言った。
「…随分と人を殺す事に抵抗が無い様だな」
マチェットをぶら下げ、言いながら自前の血魔法で全身の血を抜き始める。それは彼の身につける革とゴム質の装備の隙間に入り込み、見た目が少しふくよかになった。
「言ってたじゃない、容赦するなって。それに大半は貴方が片付けてくれたじゃないの。ルィックのやって来た事を鑑みれば妥当な処罰よ。…なるほど、血ってそこにしまってたのね」
ケリルは言いたい事を言って少し体と首を傾けた。処刑者は錆びかけのマチェットをクルンと操り懐へ仕舞うと、装備を何やらいじくりながら話し始めた。
「お喋りは程々にしておけ、早く突入の準備だ。俺と勇者が殆どやっちまったらしいからな、湖畔側潜入隊の捜索をするぞ」
話し終えた頃装備の調整が済み、一度腕を広げたと思えば両手にダガーが握られていた。
「カッコいい…」
足早に西の横穴に掛けて行く背中をケリルは追った。通路には床を完全に隠す死体の海、何度かすっ転びそうになりながらも横穴に入るも、そこにも死体と血溜まりが広がっている。しかしその全てが首無しの亡者、既に誰かによって蹂躙された後だった。
「あらまぁ…勇者さんもえげつないわねー…」
ケリルが呆気に取られている横で、処刑者は冷静に水晶を掲げ部屋のスキャンを始めていた。
「お前も水晶は渡されているだろう?他の部屋に当たってくれ」
それは残った敵勢力が限り無くゼロに等しい故に出来た発言だった。「はーい」と言ってケリルが奥へと進もうとした時、部屋の入り口から石床を打つ金属音が耳に届いた。退室の間際に目を向ければ、回廊で共に戦っていた騎士団員がゾロゾロとやって来ていた。その中には分隊長ユーリの姿も見えた。ケリルは立ち去る前にどうしてもと思い、最後の気になった事を処刑者に聞いた。
「…そう言えばあの死体の山どうするのよ」
銃と共に切り伏せ積み重なった肉と臓物の黒い道。彼はてっきり騎士団が片付けてくれるものだと思っていたが、湖側潜入隊の捜索に一言「加勢します」と言うだけで参加し、思っていた仕事の片鱗さえ見えなかったからだ。
「何、もう直ぐ始まるさ。気になるだろうがこっちの集中してろよ」
処刑者はケリルに穏やかにも忠告し、またスキャンをし終え水晶を仕舞った。そのまま入って来た通路から見て左へと歩みを進め、騎士とケリルを置いて先へ進んでしまった。そして彼の言う通りに、回廊から大きな崩落音と地震が起こった。その揺れは大陸で体験した中ではトップクラスに強く。最初の衝撃で危うく転けそうになった。
「あら!本当っ」
直ぐに揺れは収まったし、直ぐそこだから見たいなと彼は思ったが、指令と直前の釘刺しにより苦くも処刑者と別の通路を歩いて行った。
俺はダッドリーの指示のもと戦場を見下ろしていた。最後に指示を送ったのはヴィッド・ラパネラへ、時期を見て最大出力の魔法を使えと言う物。彼の操る『地龍』は土魔法による式神術に似ている。本来ならこれはダッドリーが行う仕事だが、今回ばかりはヴィッドが適任だ。
合計で十数発の血の斬撃、名の無き本人は『血閃』と読んでいる範囲攻撃の魔法、現在の真空波の原型それが、回廊を埋め尽くす程居た獣人を薙ぎ払った。辺りは数え切れない肉の塊だけが残り、騎士団員も一切が捌けた。血と臓物だけならまだしも、時間が経ち糞や尿も含め様々な汚物が散乱し近寄り難い臭気を放ち始めている。とは言え伝えた時期とは今であり、幸い彼も私の指示を受け下に降りていない。
俺が合図を出す必要もなく、回廊の中央、元は闘技場の様に整備された空間があった場所に積もった瓦礫が、一つに融合していき波打ち始める。みるみるうちに波は中心へ集まり隆起し、その頂点からパキッと棘が浮き出した。棘はその一つから始まり次々と出現し、ディザントに残る『砂丘隊』から届いた射影で見た砂漠のドラゴンの鱗の様に並ぶ。鱗はヌッと頭を上げた巨大で曲がりくねった円柱の、恐らく背中だろう上側にびっしりと。反対に腹だろう下側は規則的にひび割れる。最後に唯一滑らかな先端が変化し、ゆっくりとシャープな外殻を形成した。鬣の様な小さな角と側頭部から前へ向く巻き角を成し、ギザギザした歯の互い違いに並ぶ口を開け準備は整った。
竜は口を開けたまま屈み、頭をひねって通路を生ゴミごと齧ろうとした。これがヴィッドの請け負った仕事、大量に残った亡骸の片付けだ。通例ならダッドリーが表立ちこれを行なっている。しかし普段は生け取りが主流であり、殲滅の例は指折り程度。ただ今回は数少ない例に習った。騎士団も総出で運べない程『人で無し』が多かった故、土に還すのが最も手っ取り早いのだ。
しかし牙が廊の縁を穿った瞬間、竜の目の前の岸壁が爆発したかの様に吹き飛び崩れ去った。同時に発生した地震は俺の姿勢を容易に狂わせ手を支す。竜の動きもピタッと止まり、俺も対岸にて竜を操るヴィッドもそこに目が釘付けになった。瓦礫の中から飛び出す重なった二つの黒い影。一つはマズルが長く高身長、もう一つは片方より頭二つ分程小さい、だがどう見ても力で勝っていた。
「おおやっぱり!ヴィッドの地龍か!?」
土煙の合間から見えたのは我らが勇者『スピット・ロヴェル・ヴォイルーゴ』の勇姿。力を込めた双剣の一振りが相対する獣人の首に迫っていた。すぐにどちらの剣も爪に阻まれ仕留め損なっていると分かったが、獣人の表情は苦く、対してスピットは細く笑み周りを見る余裕さえある。
「シッ!!」
獣人は抑えられた手は無理に使わず、体を勢い付けて折り曲げ脚の爪を繰り出した。いい判断だとは思ったが、俺でさえ見える程度に遅く、難なく対応され死屍累々の回廊に叩き落とされた。空中に残ったスピットの足は伸びきっている。恐らく獣人より速く蹴落としたのだろう。あの近間なら不可能では無い。
奴は背から全身へと衝撃強いを受けながらも、未だ行動するに支障は無かった。間髪入れず、静止したままの地龍の一部がまた小さな地龍に成りて襲いかかって来る。休み無く体術で片付けながら獣人は思っていた。
(マジか…ここまで実力に差が…銃があっても使い手があれじゃ駄目か。にしたって、どうして『盲目化』が解除されちまったんだ!?実験でもこれより多い人数を完封出来てたってのに!)
再三言う獣人の特性。ヒカルやメルの様な外向きの魔法は使えず、彼らの魔法は基本的に個人の体内で完結する。それは『内向型魔力』と名付けられ、少し後に我らの使う魔法は『外向型魔法』と遅れて名付けられた。それは良いとして、内向型魔力の本質は自己の強化。扱える属性により様々な効果を自身に付与出来る。
基本的な攻撃力と速度、防御力の強化。赤熱化、更なる硬質化、五感の強化に、傷の治癒。治癒に関してはより高い強度なら欠損部位さえ再生させるに至る。種族単位で人間はもちろん、エルフの平均以上の魔力を持つ。その最高戦力となれば、単身でかつての勇者と対等の実力を持っていた。そして今回出て来た獣人は、拳脚から茶焦げた魔力を迸らせていた。防御特化の土魔法だ。
「えぇっと。ルィックってさ、何で世界を支配したいんだっけ?」
トスンと空から降り立ったスピットは、何食わぬ顔で堂々と尋ねた。獣人は最早見る事さえせず小竜を裏拳で潰し、極めて厳かに問いに答える。
「精算だよ。貴様らに虐げられた歴史のな」
響き渡るドスの効いた声、三度聞こえたあの声によく似ている。スピットは冷酷な目を受けながらも、不敵に微笑み言い返す。
「それを言うならエルフも同じだろ?しかもそれは万年以上前だし、お前達に関しては千年前に魔法が見つかるより先に和解してる。先代も当代も国王様達がそうである様に、種族同士手を取って生きていきましょうよ」
彼は至極真っ当な事を口にしている。しかしその表情は気の抜けた様に上の空で、加え双剣の片割れをペンの様に回していた。
「…バレないと思ったか?握っている剣に魔力を集めてるな?時間稼ぎは止せよ。…っんと邪魔」
言い終わると奴は片手間に対応していた地龍を振り返り気味に渾身のストレートで粉砕してしまった。小竜に直撃した衝撃は本体に伝い竜の大半を吹き飛ばし、その破片のいくつかが俺の元へ届いた。今のヴィッドの能力では、このサイズの竜は再構築に時間がかかり過ぎる。基準が現場に残る二人なのが可哀想ではあるが、大将レベルと勇者の前では、誰だろうと同じ扱いになる。
「ああ分かっちゃった?まぁ隠す気もないけど。受け止めてみな」
剣を弄ぶのを中断し、常に握っていた方の剣を振り、空を相手に袈裟に切る。瞬間発生した真空波は明らかに人智を超えた速度を発揮し、使用者のスピット含めた観測者四人全員、誰もがまともに認識していなかった。
(早すぎて見えない斬撃…逃げる時間は無いとは言え、動く時間は多少ある。んで?受け止めてみろだぁ?)
剣の振り下ろされた刹那の後、斬撃は岩に激突した。しかし真っ直ぐ行けば地龍に当たるはずだが、それに外傷なし。大きく切れ込みのあったのは俺の近間、少し覗き込めば全貌が見える場所。当たるはずの獣人から、斜め上に逸れた場所だった。
「まともにやり合うわけねぇだろ」
そう言った獣人は魔力で拳を硬め軽く握っており、顔の高さまで上げ前に出された右腕が真空波を弾き飛ばしたと状況証拠が物語る。
「だよな」
冷酷な目線の先でスピットは冷静につぶやいた。変わらぬ笑顔のまま強く踏み込み、血肉を吹き飛ばし獣人に向かった。次にスピットが私の視界に現れた時、彼は獣人の背後、再構築中の竜の鱗にしがみついていた。未だ突き出したままの獣人の腕は、気が付けば水平に血潮を飛ばしていた。だが、直後には再び腕を動かし拳を握った。明らかに本気に近づいたスピットの斬撃の直撃を受けてさえ、断ち切る事が出来ていなかった様だ。
(また溜めてやがるなぁ…!)
痛みを度外視した獣人の注意は再びスピットの剣に集中した。獣人は自己強化の副産物で、魔力の流れや強さを読むのが得意だ。一度目の真空波がバレたのはその為。混戦ではあまり役に立たないが、タイマン勝負ではこの上無い有意性を持つ。何故なら、熟練の魔道士でも獣人の感覚にはてんで及ばないから。
だが二つ、弱点に相違無い欠点がある。その一つで奴は既に苦しんでいた。疾風が過ぎ去り、防御に徹した右腕がまた切れる。辛うじて受け流すお陰で体やその他にはまだダメージを負っていない。
「チッ!」
三度、四度と疾風は襲う。その度に右腕に裂傷は増えて行った。剣に込めた魔力を離さず、しかしその剣は使わない。いつまでも細工なしの剣で切り付ける。それが一つ目、強力無比ゆえに囮として、常に警戒させ消耗させる。
(来るか!今度こそ!)
そして二つ目、こちらの方が致命的と言える。獣の目は再び振りかぶられた剣を見た。刃は水平で、狙われる場所がわかりやすい。右腕を犠牲とし、特異体質の獣人の魔法の準備が整うまでのらりくらりと、最低限死なない程度に身を削る。その瞬間まで耐え抜けば、再びチャンスがやって来る。一度目と同じく斬撃を逸らす為、奴は幾度も刻まれた拳を突き出した。
斬撃は見た通りに水平に撃ち放たれた。一本の真空波が拳に触れ、僅かに軌道がズレて外れた。また手に傷が増えたが奴はそれでも構いはしない。良しと意気込み、再び来る疾風に対応しようと姿勢を変えた時、初めて獣人は違和感を覚えた。
「…ァガッ?」
上手く動かない脚で躓いた先に左手を突いて体を支えた。その視線の先に、右腕以外から流れ出た血液がとめどなく流れ落ちて来る。彼はこうなった原因を分かっていなかった。それが二つ目の欠点。
皆が呼ぶ『真空波』の正体、それは他でもない金属魔法。最も近年に開発され、魔力の変質も簡単な事から、比較的習得しやすい魔法である。スピットとターラ、二人が複数の刃の枝のある剣を使うのは、この真空波をより有効的に使う為だ。
真空波の仕組み。変質させた自身の魔力を剣の刃に乗せ、それを遠心力を加えて切先から撃ち放つ。一つの刃から放つ斬撃の大きさと含める事の出来る魔力には限度がある。しかし、切先の数が多ければ、擬似的にその限界を越える事が出来る。スピットは普段、斬撃を束ねて使い、ターラは一つの切先から場面に応じて小刻みに放出し、ガードをさせない様にしている。
獣人はやっと、腹と首の痛みに気が付いた。奴の自己強化魔法はどうやら土属性だった様だ。友人から聞いたその効果は、身体の硬質化と鎮痛。硬質化の限界は個人差があり、痛みは誰であれゼロになるのではなく、擦りむいた時や針が刺さった程度の痛みになる。真空波の切れ込みは滑らかで、一瞬だけ通り抜けた程度では痛みは起こらない。しかし獣人は躓いた時、急激な痛みと傷の開口により大量出血を起こしていた。
「…お…まぇ…」
真空波が通り抜けたのは獣人の右脇腹と首の左側。どちらも動脈に損傷を負っている。視界は急激に暗くなり、近づいてきた影の主に目を向ける。
「真空波ってさ、小分けにすると弱くなるし、お前の強化なら難なく防げるだろ」
その言葉を受けていると、遂に獣人の体から力が抜け意識が遠のき始めた。だが不幸にも、意識ある内に彼の言葉は獣人の耳に届いた。
「でもさ、お前は右腕に魔力を集めすぎて、その他がまー疎かになってたな。俺が真空波を纏めるしか出来ないと思ってたろ。浅ぇよ、だから使い捨てられるんだ」
スピットが剣を背に収めた時、破壊された地龍の再構築が終了した。私と同じ高さに放って置かれていたヴィッドの顔はとてもつまらなそうだった。これと言って活躍できなかったからだろうか、遠くからでもやさぐれ顔がよく見える。
それでも地龍は通路を齧って行き、この場から死体がどんどんと無くなってゆく。スピットは一度横穴に避難し、大方片付いた時、彼は地龍の近くへ寄って行った。私は先程から横穴の奥へ再び行かない彼を不思議に思い、水晶を通じて訊いた。薄々訳に気付きながらだったが。
『何故また横穴に入らない。まだ何かあるのか?」
そのメッセージが彼に届き、それを読んだ彼はこちらへある物を向けてきた。それはルィックの構成員の身につけるバッジに似ているが、より形が複雑だった。そのバッジの正体はエンブレム、ルィック上層部員の証だ。彼に握られているエンブレムは銀色、塗装が完全に剥げている。しかしその剥げ方、傷の数は明らかに数十年使い込んだレベルの代物だった。身につけていた獣人の年齢は多く見積もっても三十代前半だろう。言わずとも分かった。今さっき倒された獣人は、身代わりであると。
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