転移した世界で最強目指す!

RozaLe

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第四十二話 片鱗

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 横穴の先にある部屋一つ一つの大きさは、小さくても回廊の空間の半分はある。開戦時には多くの銃火器がここにも用意されていた事だろう。しかし、いつの間にか死体しかここには残っていなかった。武器の大半は破壊され、火薬などの可燃物は血の海に濡れて使い物になっていないだろう。
 作戦を決めた後、次の部屋へは全員で突入。待ち受けていた獣人、装備はショットガンとマシンガンが多かったと思う。それらを時間を掛けずに一掃し、そこから二手に隊を分けた。バトラ、ヴィザーオッサン、ラグルで内側三部屋。俺と如狼が外側三部屋をそれぞれ担当する事になっている。厳密にはどちらのルートも三部屋目は同じ場所だが、早くに着いた方に仕事が回って行くだろう。
ひかる殿、どうやらあまり苦労は必要無さそうじゃな」
 如狼がそう発言したのは、俺が最も警戒していた三つ目の部屋。分岐の一部屋目でもある。その部屋には使われることの無かった固定式の機銃が残されており、獣人は居らず、その殆どが先の増援で前の部屋に移動していたらしい。とは言え、最初はこの広い部屋にまで獣人がぎっしり詰まっていたと思うと、なんだか気分が悪くなって来る。
「そう見えるかい?」
 俺は洞窟の中にしては綺麗に整えられた床に水晶を置いた。これでマッピングする時、実は密かに発する魔力を観察していた。無論目に見える筈が無いが、魔力感知の精細さは徐々に高まって来ている。これにより、マッピングを終え、ケシュタルからの情報のフィードバックを待たずに隠し部屋を見つけられる…様に準備していたが、当の隠し部屋は今まで無かったから、本当に事前に発見できるか自分でも謎だった。結局、その弱気も杞憂だったが。
「そこ」
 水晶を地面に置いたまま、俺は部屋の一角の歩み寄った。如狼は次の通路を覗いていたが、突然の行動に驚き首を素早く振って視線を向けて来た。だが彼も、何も無い岩肌に近付く俺を確認すると全てを理解し、何も言わずに俺の近くへ来てくれた。
「この先に一人居る。くううつろの隠し部屋だから、お互いどんな状況なのか分かってないと思う。この先に居るのは十中八九特異体質の獣人、相当の魔力が漏れ出てるから遠くでも分かったよ」
 俺は彼にそうとだけ説明し、目を合わせて頷いた。彼もそれに応えて首を縦に振り、ジャリッと砂を踏み締めた直後、俺達は薄暗い細道の中を進んでいた。細いただの一本道、正面から行くことになるが、二人の疾走に音は無く、徐々に奥地の薄明かりが近付いた。
 その薄暗い小スペースには、人に近しい姿の獣人が暇そうに何かの結晶を指で転がしていた。気配を察知されたのかビクッと跳ねて飛び起きたが、目線の先にその主人は居らず、代わりに背後にそれがいた。彼の記憶に残った最後の音は、脳まで届く破裂音だった。
「うむ?なんじゃ今のは。指鳴らしか?」
 自身の腕に巻いていた細縄を解きながら如狼は言う。獣人にとっては爆音だったかも知れないが、側から聞けばただの指鳴らしなのだ。そこに倒れたまだ若そうな獣人の体を縛り、発言、逃走の出来ない様に口手足を封じた。
「そう。指鳴らしの音の波を、狭い範囲内で増幅させて脳ごと揺らした。初めて試したけど、案外上手くいくんだな」
 恐らく増幅の幅を大きくした事と、彼が暗く静かな場所にいた事も関わっている。だが実際ボクシングで起こる様な綺麗な失神が実現していた。油断している相手、耳が良い相手ならこれで片付けられるだろう。ゆくゆくは誰にでも等しく効くように、脳だけを揺らせる様にしたい。
 如狼は捕縛を終えた後、来た道を戻りながら色々と尋ねて来た。
「光殿、何故殺さず無力化を図った?」
「あいつら特異体質は一人だけでも基地一つを支えられる力を持ってる。殺せば向こうのパワーダウンは確実だが、それを知らんぷりする訳ない。魔力の増減とか、設置していた魔法の消失で察知される。もしそれを観測する能があったら一発で俺達の存在がバレるからな」
「貴殿の妖力も相当に多く大きい筈だが…その増減での判別に引っ掛かりはしないのか?」
「こんなに通路が長かったのにこいつの魔力は隠しきれていなかった、それ程あいつの持っている魔力は多い。突入した後に分かったんだが、俺とメルの魔力を足し合わせてもまだ届かない位のデカさだぞ」
「…変化には気付かないと?」
「ああ、そういう事。そもそも魔力って漏れ出るのが普通なんだよ。それを自覚して漏れ出ないようにすれば、実力を隠したり攻撃を読まれることが減る。押さえ込むのも疲れるから今だけしかやってないが、普段からやっておいて損は少ない」
 長く話している内に隠し部屋の範囲内から抜け出し、炎の放つ暖色光が目を刺激する。ここにある灯火は周囲の魔力を糧に燃え続ける。だから一酸化炭素は発生していないし、触っても火傷を負うことがない。メルの以前使った溶けない氷も同じ原理で、魔力の操作でしか状態を変化させられないようにする技術だ。それはどうにかして『虚魔法』を再現しようとした結果だと思う。周囲の影響を受けないように次元から切り離す事を目指し、結果魔力でのみ干渉できる魔法が生まれたらしい。
「次に移ろう、まだ二つは隠し部屋が…」
 俺が発言し移動しようとした時、遠くからゴリゴリと岩が削られる音が聞こえて来た。方向は後ろ、既に通り過ぎた部屋の方からだった。数秒の破壊音が続くと、十秒弱の静寂があり、また鳴る。耳が正確に捉えた位置は回廊だと言っていた。
「何の音だ?」
 俺たち二人は何もかもを断絶された空間にいた為に知らなかったが、まさに今獣人の骸たちが土に喰われ還っている最中だった。
「心配は無用ではないか?有事の際はケシュタル殿から勇者に召集が掛かるだろう。それが無いということは、何か作業でもしているのでしょう」
 如狼は至って冷静に応えた。各々の役に一々介入する必要はないと言っていた。
「そう…か、どう考えても戦闘の音じゃないか」
 思えば規則的なゴロゴロと言う轟音は土木作業に使う重機の音を彷彿とさせる。余計な心配で時間を食った事に少し後悔しながら俺達は次の部屋に移動した。
 次に隠し部屋があると踏んでいるのは俺達が踏み込んでいない反対側。つまる所、西側の洞窟にある。指令によれば英雄と勇者は横穴へ入っている事になるが、無事に引っ捕える事は出来ているだろうか。そう考えつつ、続く部屋へ足を踏み入れた。そして目に入ったのは、死ぬまで身体中を切り刻まれた獣人達の亡骸だった。
「あ?」
 予想外の光景に呆気に取られたが、誰がこの惨状を作ったのかは一目で分かった。アイツ、回廊で見なかったと思ったら、誰よりも早く内部の掃滅を始めていたらしい。恐らく仲間の居ない西側から入り、たった一人で俺達が周った以外の全ての部屋を制圧してしまった。
「これはスピット殿が?」
「そうだよ、この切り方の雑さは」
 床が見えなくなる程では無いが、ここにも多くの人員が割かれ、大半が何も出来ずに散って行った事だろう。銃の類は全て破壊されていて、箱詰めの弾薬から火薬が漏れ、血を浴び、底の方から引っ張り出す隙を晒さねば使用出来ないようにされていた。丁度片腕を箱に突っ込んだまま死んだ奴が居た。アイツはきっと銃のカートリッジが機能していないのを知らぬまま死んだ事だろう。足元の弾とぶつ切りの弾倉が死んだ後も目線の先に無かった。
「やられたと思う暇も無く逝っておる。全く、どんな速さじゃ」
 如狼はこの光景をみてそう言った、まるで電池が切れたように止まっているのだから。さっきの獣人も然り、走っている最中、狙う最中、そもそもどちらの出入り口にも目を向けていなかっただろう者もいる。少しかわいそうだったのは、部屋の端で座っていた三人の死体。休憩でもしていたのだろうが、スピットの無差別な攻撃に巻き込まれ、転がった首の表情も比較的柔らかかった。
「容赦するな…か…」
 スピットは騎士団の中で育って、仕事にも関わって来たし、育ての親であるダッドリーの教えにも忠実なんだろう。確かに残った構成員から情報が流れる事を避ける為に鏖殺は効果的かもしれない。だが人に宿る情報を消し、人情を完全に切り捨てている彼らのやり方に、まだ俺は慣れていないらしい。
 この部屋のスキャンは如狼が手早く終わらせてくれた。気配通り、この部屋に隠し部屋はなさそうだ。今更ながら残った死体の処理はどうするんだろうと考えていると、如狼が水晶を仕舞いながらちょいちょいと肩を叩いて来た。振り返ってみると、如狼は次に行く通路を指差していた。また前を向いてその通路の方を見ると、バトラ率いる三人班が遠くで手を振っているのが見えた。あっちには隠し部屋がなかった分早く仕事が終わっていて、丁度通路の向こうに俺たちを見つけた様だ。
「合流するか」
「うむ」
 雑破な見かけ通り、まだこの拠点は完成していなかった。後から幾らでも拡張出来るように一本一本の通路が長く作られ、手を振る誰かの姿も豆粒程度の大きさにしか見えない。スピットが全力で走ったとすれば一瞬で移動できるだろうが、そんな事が出来るのは雷より速いアイツだけ。俺たちは律儀に数秒掛けてそこへ赴く必要があった。
「時間掛かった?」
 分岐後の三部屋目の解析はやはりバトラ班の仕事になり、部屋のスキャンをするバトラの横でラグルが俺達に訊いて来た。
「ああ、隠し部屋があったから」
 トーンを変えず業務連絡らしく、ただ今はあった事を淡々と答えた。
「そこには何があった?」
 スキャン待ちにバトラも俺に問う。俺は如狼と共に特異体質の獣人の一人を捕縛し気絶させていると言い、それに皆が口々に質問を投げかけて来た。
「特異体質の獣人の隠れ家か…流石に扱う属性は一つだろ?属性は何だ」
 最初はバトラ。存在を感知した時点では分からなかったが、隠し部屋の中で魔力量の詳細と同時に察知していた。その属性は『空属性』だと、彼らに伝えた。膨大な魔力でウェドン宿街跡からこの拠点に加え、各地に隠し張り巡らせた通路もこの獣人の術が関わっているだろう。
「お前分かってて俺らを省いたのか?」
 次にラグルが訝しんで来た。俺が彼を連れた理由は、二人きりになった時何か花守の話を聞けるかどうかと言う打算からだった。だがそれを表に出すわけにはいかない。上辺の口実はこうした。実力十分、不足の事態に対応できる反射神経は抜群。事前に敵の強さを把握出来る俺を除き、如狼以外の英雄で相対すると痛手を負う可能性があるからとし、やられるにしても少人数の方が不利が少ないとも付け加えた。
「…まだ出会って四ヶ月経つかって位なのに…成長が早過ぎて逆に参るぜ」
 最後にデカい独り言をオッサンが吐いた。質問の類ではないのは明らかだが、腕を組んで似合わないムスッとした顔をされたのに少し物を言いたくなった。
「何を言うか、変わったつもりはねぇぞ」
 口先を尖らせ言った俺は思った。ようやく本来の自分を出せるようになっていると。最近になって本当の意味で世界に馴染んで来たと言える。しかし思うその直前に獣人を大勢殺しているのは頂けない。不相応だ。
「…ならいいんだけどなぁ」
 オッサンは少し砕けた調子を見せた俺を見てフッと一瞬微笑んだ。
「あんた実践のヒカル見た事無かったろ?アイツは元々柔じゃねぇって」
 ひと通り問答が終わった矢先にラグルが口を挟む。バトラも部屋の解析を終え、水晶を胸元に仕舞い移動しようとしていた時にだった。
「そっか…あん時はレベル1だったんだよな、水吸った森スライムをスライムをコアごと細切れにしたのは」
「えっ何その話、怖っ…」
 オッサンから飛び出したのは俺と出会った時の話。スライムに頭を包まれ窒息しそうになっていた俺を見つけたオッサンだが、俺が『迅閃じんせん』と言う風魔法を一度使っただけでスライムはサイコロステーキになり崩れ、オッサンが助太刀するまでもなく片がついた。俺がこの世界へ来て初めての戦闘、と言うか大きく行動した場面だったため、生まれたての子鹿のような最小レベルだった事だろう。
 (えっ…ヴィザーさんってのか?ヒカルが異世界の住人だって)
 (フィーク殿のお陰で聞き取れるな…して、これは直接言及しても良いものか…。師匠殿と兄弟子殿は…もう受け入れとるな)
 遠くから身内グループを眺める二人は、各々の思慮を胸に秘めて行動を控えていた。作戦の続行より、貴重な情報を無意識に優先していた。状況に釣り合わない談話を止めなかった理由はそれもあるが、もう一つ、決して長く続かないと分かっていたからだ。
「はいそこまで、後でいいだろその話」
 俺が盛り上がりを見せ始めた二人に割って入り、本来の仕事の遂行を促した。外野の二人がわざわざ止めに入らなかったのはこれを見越しての事だった。話は止めないが長引かせもしない。それがヒカルと言う男だと知っていたから。
「あ、すまん。んな悠長にしてる場合じゃ無いか」
 オッサンは俺の呼びかけでようやく話を切り上げ、待ちぼうけを食らっていた俺含め三人の英雄に会釈をした。ラグルも一言「すまん」と言い、俺達はまた五人で進み始めた。
 恐らくこれで最後になる通路には、前の部屋にたくさん転がっていた惨殺死体が無数にあった。それこそ回廊に転がっているのと変わらない位には。どれもこれも刃の嵐に飛び込んだのかと思う程、手当たり次第で無造作に切り刻まれている。剣を持った災害だ、あのスピットと言う同い年の男は。
「ああ?」
 恐らく終着点になる部屋に飛び込んだ時、まだ内輪テンションが抜け切っていないオッサンが声を上げた。部屋に飛び込み目撃したのは、ついさっきまで無かった壁に開いた大穴。その向こうにはゆっくりのっそりと動く岩石製のうねる竜。今更そこらに落ちている死体になど目に付かず、岩のはずなのに喉仏が上下するそれに目が釘付けになっていた。あれが『地龍』、オッサンの従兄弟『ヴィッド』の魔法だった。
「おお、今来たのか?」
 そんな時、共に行動して来た五人以外の声が耳に届いた。しかし警戒は必要無い、それ勇者にとっては聞き慣れた声だったから。
「ジラフ」
 山岳側潜入隊に配属されていたもう一人の勇者『ゼーソル・ゼル・ジラフ』がそこにいた。後ろにももう二人、『ケリル』と『処刑者』の二人が見えた。俺はジラフの姿が見えると、その名をつい口に出してしまった。しかしバトラは冷静に応答し聞き返す。
「ほんの数秒前な。お前らは反対側を?」
「ああ、調査して来たぞ。隠し部屋も二つあった。それぞれの部屋に一人ずつ特異体質の獣人が隠れていた。背後から締め落としたから二人の扱う属性は分かりかねるが、処刑者いわく、あと一人は特異体質がいる。それも無属性系統、血魔法使いの獣人がな」
「そうか、こっちもお仲間を見つけたぞ。ヒカルが言うには空属性、魔力量はメルの倍以上、空属性の獣人はアイツだけで、全ての隠蔽魔法はそいつが片棒を担いでるとさ」
 二人の勇者は冷静に情報の交換をした。ジラフの報告にあった二つの隠し部屋は、俺が感じていた隠し部屋と同じ物だろう。
「締め落とした獣人の扱う属性は『虚』と『土』と考えて良い。これだけ大きな空洞を作るのに岩を削る道具が見当たらない事でまず一つ。土、空は気絶中が確定、血は何処かに隠れてるから、残ってるのは『虚』しかいない」
 俺はそう断言した。同時に人差し指を天井に向けて、弱く然程大きくもない水の球を撃つ。それは天井に届き、不可解にも弾けずすり抜けた。皆の表情で事を理解したと俺は見た。言葉にする必要は無い、これが最後の隠し部屋だ。
「全部で四つの隠し部屋、血魔法の獣人はもう別の場所に逃げている」
 隠し部屋には特有の魔力反応があるのかと、最初はそう思い込んでいた。しかしこの部屋に突入し、魔力の反射を用い個人的に解析した結果、天井の隠し部屋をようやく知覚出来た。俺が今まで感じていたのは、獣人から漏れ出た属性を帯びる魔力が、隠し部屋の境から抜け出し中途半端に属性だけ隠蔽されたものだった。もし獣人らがこの漏れを知っていて、完全に隠す事が出来ていたなら、俺達は確実に先手を取られていただろう。しかし、その事実を告げる事もままならぬ間に、皆の水晶は輝きケシュタルから指示を受け取った。内容は英雄と勇者の回廊への集合だった。
「片付いたか?」
「地龍を退かせば完璧だよ」
 英雄達はケシュタルからの命令を受けると、目線で合図を送り合い、次々と壁に開いた大穴から回廊に飛び降りた。部屋を巡る内に少しづつ床の高さが上がっていたようで、ずっと平坦に進んでいたつもりが、回廊へは五メートル位の高さから降り立つ事になった。そこには地龍が食ったらしい一メートル沈んだ分もあった。飛び降りた時、死体がある事が着地に差し支えそうだと考えていたが、結果的に剥き出しの岩肌の方が安全に着地出来た。俺は『翔』で浮けるから良かったが、それが出来ない人らが少し心配だった。
「おお、来たな」
 スピットは回廊の中心、大量の岩が埋めていたスペースに立ち俺たちを見上げていた。ヴィッドの地龍は中央に落ちた岩で形成されていて、余った岩も退かされているか下層の隅に少し残る程度しか無い。地龍が最後の仕事として、グッと伸びたと思えば天井に開いた穴の縁を噛み、スピットの横から生えていた自分の体を持ち上げ俺たちの居る上層に持ち上げた。そうして下層のスペースには何も無くなり元の状態に戻った。
「首魁は居なかったが、身代わりがいたぞ。恐らくこの拠点のボスの息子だ。実力はあったし、あの声に質が近い。でも歳が若過ぎる」
 俺達はまっさらに改装された回廊から更に下へ、闘技場とも似る下層へ降りた。スピットの報告は俺達が順々に下層に降りる最中から始まり、歩み寄る時も、スピットの目前まで来てもまだ続いていた。
「これ、そこから見えるか?何十年も使い込まれ塗装の剥げたエンブレム。恐らく元は黒い塗装があった筈だ。これはルィック内でも完全に上層の構成員、幹部連中が身に付けてる物だ。でも、これを付けていたのは三十代前後の獣人。余程の腹心か長年組織に貢献し信用を得た者しか幹部にしないのにだ。それに、何百何千かは知らないけど、そんな大人数をまとめ上げるには青過ぎる」
 そこに騎士団員の姿は無く、作戦は完全に英雄と勇者でのみ遂行されようとしていた。全員が集まった所でたったの十人。だが、これまで各地に割いて来た戦力を集結させたと言えば過剰戦力とも言える。対するルィックの戦力は、確実に幹部の地位に居るボスと、未だ不明瞭な属性『血』を操る特異体質。加え少数だろうが残る兵と銃に、未だ見つからない二人。しかし狙撃手に関しては最初に確認した数より多く居る可能性がある。あいつらだけ連番の番号が振られていた。ウノン1ディン2トロン3クアト4シン5の内、ウノンとトロンが未確認。セス6エト7以降はいない事を願いたい。
「先に水晶で構造を確認したけど、この中は殆どが牢屋。手前の方に捕えられている人は居ないか、巻き添えにならない様に遠くに移されてる。その代わりと言っちゃなんだが、この入り口の正面に十三人、両サイドの通路の突き当たりに狙手が居る」
 スピットは自身の剣で硬い床に傷を付け、大まかな配置を示した。ここから先は通路だけ、狭い一本道で戦う事になる。下り階段があり正面に堂々と十三人、雑兵と特異体質と幹部だろう。そして階段を降りて直ぐの、左右に分かれた通路の突き当たりに二人。最も近いのは左側、対して右側は何十メートルも離れていそうだ。それだけ大きな空間らしい。まさか水晶の構造解析が閉鎖空間以外にも有効的だとは思わなかったが、それ以前に聞きたい事があった。
「スピット、あいつらの耳じゃ俺達の声聞こえてんじゃねぇか?」
 奴らの耳が上等なのは周知の事、せめて小声なら良かったかもしれないが、これでは向こうには丸聞こえなのでは無いかと思ったのだ。しかし彼はこう返して来た。
「聞こえてても大丈夫さ。対応策があっても、実行出来なきゃ意味無いし」
 スピットのその身に宿す力を考えれば、奴等が実力を発揮する前に屠る事も可能だろう。しかし血魔法と言う不明瞭な術がそれを許すだろうか。案の定、味方にいる血魔法使いが見過ごさなかった。
「そうかもしれんが、奴の操る血魔法は確実に他者に影響を与える物だ。ルグトリノより、ハイミュリアの方が確実に解剖学や身体の知識は上。公にされている医学の最先端を俺は知っているが、それでは足りぬとルィックが更に先を研究していれば…。恐ろしい事に、被験者なら腐る程いる」
 その言葉に英雄達は眉間に皺を寄せる。組織の裏切り者か、奴隷とされる人々か、いずれにせよいい気分には到底なれる物じゃ無い。処刑者の彼は、静かに怒り急くように血気の増した皆共に、責めての対抗手段を教えた。傍目から見れば胸の中央を小突いたようにしか見えないが、それによって各人の体内の魔力の巡りが一気に滑らかになった。
「その感覚だ。その感覚を保ったままで特に頭を守れ。そうしなければ真っ先に落とされる。完全には防げないだろうが、マシになる筈だ」
 人の中の魔力の流れ、彼はこの一瞬でそれを対血魔法用に矯正してみせた。多くの英雄の魔力は、魔法を使う時以外は流れが遅く淀んでいたにも関わらず、今は誰しもが魔力を頭へ集め魔法の干渉を妨害していた。他人同士の魔力は基本干渉し合えない。今回に限れば、頭だけでも魔力で覆ってしまえば相手の魔法の影響を受けにくくなる。しかし相手はメルと同じ超出力の魔法使い、どこまで通用するか不安だ。だから彼はマシになると言ったのだろう。
 処刑者の彼は自分以外の合計八人に施術をした所で引き下がって行った。なぜか俺には何もせずに。少し目を向けて訴えてみた所、お前には必要ないだろう?と言われた。
「一気に行こう」
 少しの時間も惜しいと思っているスピットは、簡易的な対策を施した一団の前に立った。言葉通りなら目の前の階段を降りるだけだが、スピットの策は速攻だけではないらしい。スッと上げた右手、続くハンドシグナル。それはダッドリーが部隊を分けた時とほぼ同じ動きだった。十人を半分に分け、それぞれを二つの入り口から侵入させる。敵から見て正面から入るのは、スピットと処刑者の二人と、ジラフ、如狼、ケリルの五人。もう片方、右側からバトラと俺と、俺の身内三人が侵入しろと命を受けた。
 狭く侵入口の限られた場に逃げられた時点で、選択肢を絞られ対応されやすくされてしまった。だからこそ直前のスピットの発言が生きる。わざと声を聞かせ、ただの正面突破が来る物だと思わせる。彼にはそれが出来るスピードとパワーがあり、奴らはそれを一番に警戒するだろう。思考を濁らせるだろう高出力の血魔法をその一点に集めさせ、俺たち別働隊が生まれた隙を叩く。大まかな作戦はこんな具合だ。最早最初にあった作戦内容とは掛け離れるのもいいとこだが、臨機応変に、またここからどんどんと変わっていく事だろう。
 階段の広さは人が三人横に並んでも余るほど、英雄ならそこを一挙に駆け降りても問題無い。行動開始の合図として、スピットは胸元から自分が使っていた水晶を取り出し掌の上に置いた。それを傾け、程なくして支えを失う球は落ち、地に着いた瞬間が突撃の合図として機能した。
 ギンッと水晶らしくない破裂音を響かせた瞬間、両部隊は同時に地下への階段を駆けて行った。一斉に移動する関係上走行は遅く時間が掛かるが、階段自体あまり長くないため一秒と少しの時間があれば目的地に辿り着く。思惑通り、俺の魔力感知機は霧と形容出来る反応を捉えた。出現場所はスピット達の入った階段だけ、上手くブラフが嵌ってくれた様で良かったと開始一秒足らずの時に思った。
 しかしそれは迂闊だった。俺がそう思った直後、開始きっかり一秒経過時点の時、俺たちの目の前にも同じ霧が現れた。それには俺しか気付いていない。階段と言う自由の効かない狭隘な場所、行けど止まれど結果は同じだった。
 部隊全員が不可視の霧に触れ、その中を通過すると同時に、自身の体内を流れる血が後ろへ引っ張られる感覚を覚えた。そのまま意識さえも引っ張り出され、範囲だけは狭かった霧を抜ける頃には、意識あるのは俺ただ一人となった。
「……ッ!」
 意識を保ったとは言え、俺は一瞬の目眩に襲われ体勢を崩した。階段を踏み外し、後ろから同速度で追ってくる抜け殻に押され、成す術なく牢の並ぶ通路に叩きつけられた。
 人と鎧に押しつぶされ、しかし辛うじて通る視界の先には、俺達と同じく五人の重なった山が見えた。やはりこれにはあちらも対応出来なかったらしい。さらにその向こうには狙撃手が見え、今か今かと射撃の命を待っていた。だがこれで今まで分からなかった血魔法によるデバフの掛け方が判明した。範囲指定だ。範囲内の血液を操作、一気に脳から血を抜き取り、無酸素状態になった脳は一時的にシャットダウンする。いくらなんでも強力過ぎると思った。相手の強制無効化は。
「おいおい、あの傷面きずづら図りやがったな。だがよくやったぞ『グルーシャ』」
「はぁ…はぁ…気を抜いてはなりません!元々気絶で済む程度でしか出力を出していません。咄嗟に力を分散した以上、いつ目覚めてもおかしくありませんよ!」
 その時聞こえて来た二人の男の声。一方は青年の様な若い声。一方は何度も聞いた重低音、スナイパーに指示を出していた老いた男の声だった。
「そうか、割合は?」
「正面『七』、もう片方が『三』です」
「…狙手『ウノン』!『トロン』撃て!」
 その命令は突如下された。本来は狙手に余裕を持って仕留めさせる算段だった様だが、いつ目覚めるとも知れなくなると急に焦りを見せた。だがそれでは遅かった。律儀に識別番号を叫んでいる間、正面の山から二つむくりと起き上がる。
 ほぼ同時に銃身から撃ち放たれた雷撃だったが、その発射の瞬間に殺される。スピットの隊に近い射手は、銃弾も銃もその身諸共赤黒い斬撃を浴び、壁面に叩きつけられた後にバラバラに崩れ落ちた。反対側のより遠い狙手は、人知れず黒焦げになり沈黙していた。銃身から弾丸は放たれていたが、数センチ進んだ所で落ち、それが纏っていた雷は進むべき方とは逆に昇ったらしかった。
「クソッ!遅いか!者共よ!かかれ!」
 護衛として、同時にいざという時の戦力として侍らせていた戦闘員を、拠点ここのボスらしき獣人はけしかけてきた。音を聞く限り、彼らの手に銃は握られていない。同士討ちを気にする事なく銃を使えるはずだが、もう残っていないのだろうか。代わりに掴まされているのは剣となけなしの手甲、相手が弱体化していなければすぐにやられていた事だろう。
「戦えそうか?」
「何とかな…ストックの血はもう無い、あいつを落とす為に全部使っちまった」
 英雄の内立ったのは魔力防御のセンスが良かったスピットと、元々血魔法に精通していた処刑者。未だ彼らの視界は暗く、徐々に戻りつつあるが明らかに回復が遅かった。それでも十一人相手にまともにやりあえている。普段より力もスピードも落ちているのに互角以上に戦う二人。敵との力量差は詰まっていき、遂に追い越し二人落とした。
「効きが悪いのか…仕方ない、俺も出るぞ」
「待ってください!貴方は後ろから来る奴を!」
 老獣は可愛い部下の言葉を聞いた途端、久しく覚えの無い背筋の凍る感覚を味わった。すぐさま日常的に使用する自己強化の出力を限界まで高め、それでいてようやく掴める気配があった。確かにある、牢の並ぶ通路を迂回して来る気配。それは今まで感じ取ったどんな存在よりも奇妙な物だった。
 そこに何かが居る事はありありと伝わって来るのに、その反応は恐ろしい程希薄。現に最高水準まで高めた五感でしか感知出来なかった。動物の様な物質反応でも、モンスターの様な魔力反応でも無い。ただ心底恐れるしか出来ない得体も知れぬ重圧だった。
「っ!コイツは!?」
「既に力の九割以上奴に使っています!」
 部下の言葉に思わず目を見開いた。直ぐにその目で汗を噴き出し魔法を行使する配下の姿を見た。明らかに力を全開に、さらに九割以上を背後の奴に使っていると聞く。それでも無効化が叶わない。ただの力の一割でさえ何人も気絶させる魔法のはず、それなのに。
「何故…」
 続く言葉も遂に絞り出せず、老獣は通路の角からゆっくりと歩み出てきたその男に圧倒された。盗み取った水晶で見た勇者の一員。前衛の癖して珍しく鎧を身に付けず、魔法の力に特別秀でた少年。金髪、赤青緑の混ざった目、これ見よがしの三つの魔石。右手に赤、左手に青、髪に隠れて額に緑。三属性の魔法が頭に浮かぶ。青を基調とした服装は特に珍しく目に映る。更にそこに半透明で黄金色に煌めく尾と耳、狭まり輝く瞳孔、浮かび上がる頬の紋。獣人の身体強化、その極地の姿と酷似していた。しかしそんな物は目に映るのみ、老獣は姿形などを気にしてはいなかった。
 今まで感じ取った気配のどれでも無い。そう悟った直後から、彼の中にある存在が浮かび上がり、直視した事で確信に変わる。それと不意に視線を交わし、瞳の奥の威光を浴びた。それはこの世ならざる神秘の力、その片鱗。
『そこへ直れ』
 ルィックの幹部たるその獣人は微動だに出来ず、身震いだけが命ある証明。隣の若い獣は言葉のままに直立し姿勢を正す。少年の形をした光の獣はゆったりと姿勢を低くし爪を構え、爪は輝度を増して変形、全長一メートル弱の剣となった。
『動くな』
 その命令は魂を縛り、最期の時には身震いさえ止まっていた。身体強化をかけたまま硬直した故に、あらゆる能力が向上しているにも関わらず、目にそれの姿は映らなかった。首を刎ねられる直前、彼は一言だけ言い残した。それが許したたったの一語。
「…神ッ」
 消え入りそうな弱い声は、一陣の風と共に完全に消え去った。風も、一切の物音も止んだ頃、老獣は膝から崩れ、うつ伏せに倒れ込んだ。倒れた体に首は付随せず、今は倒れた体の背にずっしりと沈み込んでいた。若い方の首は無事だが、魂に傷を負った事で意識を喪失していた。その背後、十一の獣人が倒れる所にそれは立っていた。異色の気配が引き、戦闘も終え、積み上がった人々が起き上がり始めた頃、勝利の宣誓をした。
「作戦完了。で、良いんだな?」
 目の前の二人はまだ息を整えている最中だったが、処刑者は武器を納めスイッチを切り、スピットは笑みサムズアップで返して来た。俺も緊張を解き、ダッドリーかケシュタルの指示を待とうと決めたその時、俺の中の光の獣が語り掛けてきた。
 [もう当分は変われんぞ]
 (分かってる。こう言う防御も必要になるよな、鍛えねぇと)
 これは奴らが狙手を使った直後に俺達で決めた事だった。
 スピット達に片側を任せ、俺はもう片方を片付けた。『断空』は便利な物で、銃弾を受け止めると同時にそれが纏った雷を返した。断空を箱状に展開し、着弾時に発生する放電の方向を一方へ絞る。すると狙手が引き金を引いた瞬間に雷に打たれて丸焦げになるのだ。
 問題はその後。俺は考え至っていた、本当にデバフの掛け方は範囲指定法だけなのか。この範囲に居ると確定している状況、ここを通ると言う確信がある時。それなら範囲指定で良いだろう。しかし誰がどこに居るのか観測できる状況で、わざわざそれを使うだろうか。確実に対象の居場所を掴めるなら、個々に指定し魔法を掛けることも可能ではないのかと思った。
 もしそれが可能なら、俺へ力の大半を使われてしまう可能性があった。あの時魔法を殆ど防御出来ていた俺を逃してくれるとは思えないから。生憎それを防ぐ手立ては俺には無いが、幸いにも掛けられた所で問題無い方法ならあった。それが主導権の明け渡し。
 勇選会の時、短時間だったが同じ状態になっていた。あの時は『雷光らいこう』と言う移動系魔法を使っていたから問題無かった。しかし本来、コイツが肉体を乗っ取るだけで負担は甚大。歩かせるなどもってのほかだ。だがその代わりに呼吸も代謝も必要無くなり、状態異常を受けても効果が無くなる。俺もといコイツがボスと特異体質を引き付け、背後からスピットが、と言う計画だったが、そのスピットは戦闘を終えるとそのまま俺の姿に見入ってしまっていた。故により体を酷使する羽目になった。
 (最後の一閃が無けりゃこんなにしんどく無かったろうな…)
 実際体の節々の痛み、筋肉痛、内臓の損傷と痛み、視野の狭窄、悪寒と倦怠感も酷い。レベルの上昇で耐久力も向上しているからこれで済んだし、勇選会の時は体が魔素に置き換えられその後復元されたから支障は小さかった。あの時今回と同じ事をしていれば、大多数の臓器機能の低下で死んでいた可能性がある。脳を介さず細胞の塊である身体を動かすのは、精神体には難しすぎる。
「…俺達何かしたっけか…」
「いいや、なにも」
 ジラフとケリルが未だ貧血気味の頭を抱えて言っていた。これに関しては不運としか言えないだろう。
 程なくして作戦完了の知らせは行き渡り、ダッドリーの宣言をもって後始末に移るのだった。
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