転移した世界で最強目指す!

RozaLe

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第四十三話 クラムバス

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 作戦終了から数十分、人々は山窟前の開けた土地に集まっていた。
「生き残った構成員は王都で一度隔離する。押収物は可能な限りこの場で処分。負傷者の治療はメルとミーサに任せる。…解放直後に申し訳ない」
「はーい!任されましたー!」
「魔法行使の妨害だけで、魔力を奪われていたのではありませんから大丈夫ですよ」
 大方の指揮はダッドリーに役が戻り、騎士達は拘束した獣人の連行、地下道の精査、牢に入れられていた被害者達の救出に当たっている。戦いの中で騎士団からも英雄からも死者は出なかったが、流れ弾を受けたり、防ぎ損ねた結果の被弾に、少ないが裂傷を負った者もいる。そんな彼らを救出されたばかりの二人が治癒を任されていた。
 メルと同じ房に拘束されていたターラから聞いたが、事は俺たちが山窟に侵入するほぼ同時期に起こっていた。
 湖側潜入隊は、山岳側が天井を破って侵入したのと同じ様に、奴らが整備した水道を破壊、拡張して侵入する計画だった。メルの氷結、ファングの鉄の船、発生する水流を無視する手段はいくらでもあった。
 だが水道を破壊したと同時に、例の血魔法により意識レベルを低下させられた。同時に獣人側の土魔法使いが大地をさらに割り、一気に地下へと案内されたそうだ。ぼやけた意識がまたはっきりする頃には、既に武器を奪われ、繋がれ、魔法使いは加えて魔法阻害装置の中に入れられ無力にさせられたらしい。
「おーい!誰か手を貸してくれないか!?」
 俺が敵の構築した魔法の調査を任され読み解いていた時の事。隠されていたが掘り返され発見された、地上から牢のある通路に出る隠し扉から騎士が身を乗り出して応援を求めた。戦場が平定され、間もなく行われたのが拉致被害者の解放。先程までその隠し扉からは彼らが順に連れ出され、保護されていた。これから一度フォルガドルに滞在させ、身元の確認と心身のケアをし、家族の元へ帰るのか、ルグトリノに残り続けるのかを選ばせる。
「すみません、俺も彼らの下に」
「了解だ。教えて頂いた通りのスムーズな解析は出来ないが、我らでも進められる。ここへは戻らなくて良い、それより他の者にも広めて貰えないか」
 俺は共に仕事をしていた騎士へ了解の意のハンドサインを示し、牢の方へ出向いた。拉致被害者を保護する際、起こる問題は想像に難くなかったから。
「ここに居たんだ」
「…ヒカルか」
 何人かの騎士と共に地下へ入ると、そこにはターラが残っていた。彼の目は魔力の流れを見る事ができ、色で様々な感情を見透かす事もできる。その目を活用し、保護した被害者のトラウマレベルを測っていた。それぞれの心持ちによって今後の対応を変える様にと。
「やっぱり居たんだな」
「ああ、騎士が定めた精神障害の基準に従いレベルを振り分けた。総人数233名、男女比およそ2:8。レベル1が55人、レベル2が161人、レベル3は17人居た。最高レベルの17人のうち、15人はなんとか連れ出す事が出来たんだが、残る二人が手に負えん」
 その二人が居るのは、この地下牢の北西。俺達の決戦場となった通路の先であり、そこからさらに北上した所。ほとんど牢全体の隅にあたる房に居る。移動中に補足の情報として、二人が年若い姉妹の獣人だと伝えられた。見立てでは俺やスピットより下の年齢らしい。幾度と保護を試みているが、絶対に房の隅から動かないそうだ。無理に近づけば姉の方から爪を立てられ、既に二人が治療へ行ったと。
「二人はここに。私は前に出れない、仮面も怖いしな」
 そう言ってターラは既に付近で待機する騎士の中に紛れた。他にもその房の周りには十人弱の騎士が頭を抱えていた。房の中に目を向けると、言われた通りの状況のまま進展は見られなかった。ただ伝聞に無かったから些細な事なのだろうが、二人して一切の衣を身に付けていなかった。互いに向かい合って抱きしめ、妹を庇う様に姉が背中をこちら側に向けていた。姉の胸元に妹は顔を突っ伏し、姉は鋭い目をずっとこちらから離さない。
「……」
 俺は声が出せず、鼻から深くため息が抜けていく。灯された火だけが頼りの暗闇に目が慣れ、より詳細に彼女達の状況が見えてきた。姉の背に無数の傷痕がある。最も大きいのは左肩から右の脇腹まで走る四本の裂傷、獣人の爪によるものと見て間違いない。他にはナイフによる細かな切り傷に刺し傷、抉られた痕。所々青黒く変色した肌と、首にある圧迫痕。見える範囲全て、無事な箇所など一切無かった。それに対し妹には傷が見あたらない。ずっと唯一の家族を庇っていたのだろう事が理解できる。
「俺、行って良いですか?」
 その牢の扉の近くに立つ騎士に一言断ると「構わないが…」と歯切れの悪い返事が来た。家族以外誰一人信用しなくなっている彼女達に、誰も何かを出来るとは思えないからだろう。
 少し近付いてもっと細かな情報を得た。彼女達は猫の獣人、より人に近しい姿を持ったタイプの。家猫の系譜ではなく山猫に近く、耳と尾にしかない模様はチーターの様な斑点模様。獣耳も尻尾も手入れは行き届いておらず、常に警戒を解かなかったと伺える。そして重要なのは、妹に一つだけ小さな傷があった事。姉が隠すせいもあるが、妹の頬にたった数センチの切り傷があったと今更気付いた。恐らく、この傷のせいで一層警備が強くなっている。
「こっちにおいで、外に出よう。もう君達を傷つけていた奴らはいないし、君達を傷つけるつもりの奴もいない。ここに居た人全員が新しい人生を謳歌するだろう。ここから出ない事には、その平穏にも手は届かないよ」
 妹を抱き寄せ、より小さく縮こまる姉。妹の方も姉の胸の中に収まり、固く抱き返し動こうと言う気概を感じない。皆が房の外に居た時よりよっぽど堅牢になっている。彼女達の考えはよく分かる。被虐者として生きる中で、周りにある物、居た者は次々と消えていったのだろう。あらゆる支えを失い、最後に残った妹への愛だけが、彼女の命綱になった。妹も姉より理解は遅かっただろうが、結局信じられる最後の砦は姉だけだ。
 俺は少し離れた場所で膝を抱えてしゃがみ込み、目線を出来るだけ合わせて語り掛けた。
「家族、親友、見知った身の回りの人々。彼らと、例え永遠に引き裂かれようと、決して踏み留まってはいけない。別れた者、死者を理由に停滞を選んではダメだ。それは一生纏わり付く呪いになる」
 俺は徐に掌を上に向けて握った右拳を差し出し、ふわっとその手を開いた。するとそこから小さな炎がポッと現れ、俺は左手の人差し指でその炎の周囲を螺旋状になぞった。すると炎はみるみる膨れ、それが弾けると暖かな風と共に部屋を夕暮れのように紅く染めた。姉妹揃って初めてだろう魔法に目を泳がせ、ほんの少しだけ緊張が緩くなった。
「どんなに辛い記憶があろうと、時間は常に進んで行く。克服して進まなければ、死者と自分どちらの為にもならない。振り向いても良いけど、前に進む足は止めてはいけない。ね」
 その言葉を姉妹が受け取る瞬間、目の前の人間から光り輝く獣の耳と尾が現れた。ヒョコヒョコと揺れる耳と、ファサッと大きく揺れた尾を見て、これ以上に無く驚き、同時に心が安らいで行くのを感じた。
(また、あのヒカルの光魔法か?いや、姿だけだな)
 側からずっと見守っていたターラは、その眼で再び姉妹を見ていた。ずっと紫や赤が混じり黒く染まっていたオーラが、急速に黄緑と橙の混合色になっていく。それは少なくとも、他者を拒絶する様な感情ではなかった。
(あれも光魔法の一種か?…いや、これは魔法じゃない。八つ目の属性ではなく、未知の得体の知れない力だ)
 岩の様に動かなかった二人の警戒心は遂に消失し、俺はもう一度彼女達に問いかける。
「こっちにおいで、外に出よう」
 俺が立ち上がり少しだけ近付いてそう言い、腰を低くして手を差し伸べる。妹は姉を見つめ、つぶらな目線を受け取った姉が俺に言った。
「…本当に、あたし達出られるの?」
 その声は震えていたし、枯れていた。どれだけ普段から虐待され叫んでいたのか容易に想像出来る。彼女が言葉を絞り出す時、初めてまともに顔を向けてくれた。体も一緒に腹側を露わにした事で分かった。彼女の状態は予想以上に悪いと。
 今まで横目で睨んでいたから観測出来なかったもう片方の目は、瞳孔が崩れて光を失っていた。その目の周りには少なくとも眼球を跨ぐ傷痕があった。首の付け根に貫かれた痕、直径三センチくらいか。胸部に走る縦に引き裂かれた痕に、腹部にはナイフによる刺し傷、左脇腹には等間隔の切り傷。下腹部の中央に大きな内出血、その両隣に釘を刺された様な痕。太ももから下に続く爛れた肌。妹の背に回していた腕にも同じ傷があり、一度腱を切られた様な痕も両手足にある。
「ああ…だけどまずは治療になるかな」
 俺が取り上げた他にも無数に傷が存在する。致命傷になり得る物もある。それでも彼女が生きている事が不思議でならない。これも想いの力だろうか。
 姉は筋肉も脂肪も失せた腕を震えながら伸ばした。俺はその手を優しく包み、かつて親友の一人に語りかけた様に言った。
「もう大丈夫だ」
 もう輝く獣耳も尾も消え、暖かな空間は元の寂れた場所に戻りつつあるが、房の中の三人は気に留めていなかった。徐々に涙で潤み、縋りつく様に見つめて来る。無意識だった、多分八年前を思い出したからだと思う。何も言わず、ただ彼女を抱きしめてた。父が娘にする様に。
「もういいんだ、お疲れ様」
 彼女はその言葉を聞いた途端、強張っていった全身から力が抜け、意識もスッと抜けてしまった。異様に軽い体重を俺に預けて眠ってしまったのだ。妹はそれを見て心配していたが、俺が眠っただけだと伝えるとすぐに安心してくれた。
 姉を姫の様に抱き抱え、俺が着ていたジャケットを被せ惨い体を隠して運んだ。姉よりは筋肉のある妹には申し訳なくも、歩いて付いて来る様に言った。いくら過ごしやすい気候だからと言えど地下は寒い。そんな場所からは一刻でも早く出た方が良い、無理をさせない範囲で。
 姉は身長130と少し、体重は25キロ以下。妹は身長120センチで、体重は20キロと少し。どちらも背が小さく、体重も足りていなさすぎる。姉に関しては緊張の糸が切れ、寝る時間も食事も足りず、体力も相当落ちている。傷はどれも問題なく塞がっているが、生きる為に必要な分しか治っていない感じだ。
「嘘だろ、こんな短時間に…」
「とりあえずひと段落だ、荷車を用意しろ」
 房を出た途端に騎士達は忙しなく駆け回り始め、持ってきてもいない荷車の準備を進め始めた。俺は七歳程と思う妹の歩く速度に合わせ、ゆっくりと進んだ。風魔法で作り出した温風の手で、彼女をエスコートしながら。また、途中騎士の一人に何か羽織れる布を求めた。妹もずっと裸では外に出づらいだろうから。
「なぁヒカル。あの話は本当か?それとも方便か?」
 ずっと影から見ていたターラは、俺が目の前を通る際に聞いてきた。声をいつになく優しくして。
「…いつか話すよ」
 その時の前を見ていた俺の目は、ターラにとってとても寂しく見えていた。
(淡く儚い青色…初めて見たな。…あれは、懐古か)
 やはり騎士は優秀で、何事にもきびきびと動いてくれる。あまり待たずして、妹用の外套を持って来てくれた。そして俺達が入ってきた階段から外へ出ると、まとめ上げられた特異体質の獣人五人が処刑者から尋問を受けているのが目に付いた。しかし不思議な事に、獣人は異常に素直に答えている様だ。
「お前らがこの国に拠点を作った理由は何だ?」
「分からない。俺達にはそんな事を教えてくれないから。でも、新しい武器体系が完成したから、制圧も簡単だとでも思ったんじゃないか?俺達も居たし」
 うな垂れたまますらすらと籠った声で言っていた。特異体質の獣人は軒並み姿が人に近く、さらに言うと全員二十歳前後の若者だった。その衆の内血魔法を扱っていた人に尋問は行われていて、彼らの背後には魔法の行使を妨害する例の魔道具があった。装置の中心に薄橙色に輝く水晶があり、その輝きは細く五人へと伸びている。
「なるほど…勇者が選定されるこの時期にねぇ」
 アホかよと言って立ち上がった処刑者の被る麻布の穴から見えた水色の目は、やれやれと言いたそうに上が欠けた半月状になっていた。今彼が解除した事で察知出来たが、彼は既に獣人に対して認識操作の魔法を使っていたらしい。おそらく勝手を知ったのはたったの十数分前だろうに、もう自分の技術の一部にしていた。
「おう!意外と時間掛かんなかったな!…あれ、何で目が光ってんの?」
 ダッドリーのもとへ報告に行く処刑者を見ていると、一仕事終えた風に振る舞うスピットが現れた。そして淡緑に光を放つ俺の目を見て不思議がっていた。
「これか?ちょっと変則的な風魔法だよ。この子、このままじゃあまり長くないから、治療までの応急処置さ」
 これは魔法である。周囲の魔力を集め、それを術者が指定した相手へ送り、生命力の糧とする。よくSFドラマや漫画に出て来る生命維持装置と同じ事が出来る。これは俺の世界で最も優しい魔法だろう。この魔法で命を繋ぎ止める事ができるのは自分以外の全ての生命、そしてその生命力は自分からも差し出す事ができる。完全に他者を生かす為の魔法なのだ。
「お前が治療を?出来んのか?」
 歩く俺達にスピットはついて来ながら口を回し続けた。
「何度か見てるだろ?俺の再生の水魔法。あれ自分限定じゃないから」
「え!マジで!?」
 本当はつい最近応用できることに気が付いたし、喰われる魔力も自分にやる時と倍近く多くなる。しかし、魔石の魔法をフル活用してでも、この子は救ってあげたいと思った。
「じゃあ見ててよ」
 俺はそう言って妹へ目を向けた。すると姉を抱える左手の甲の魔石が淡く瞬きだし、そこからスルッと少量の水がふわっと飛び、妹の頬にある傷にピタッと覆い被さった。彼女は何が起こっているのか分からない様子だったが、動いてはいけないと言う直感には従っていた。
 十数秒の沈黙の間、水が覆った傷は立ち所に跡形も無くなり、綺麗な肌に。水が空中を泳ぎ俺の手へ戻った後、妹は傷があった頬に手を当て、気になっていた僅かな凹凸がなくなった事を理解した。
「ぇ…」
 その時初めて妹の声を聞いた。殆ど使ってこなかったからか、細く弱い声だった。
「うわーぉマジだ。…っちゅー事は、お前本筋には立ち会えないっちゅー事?」
 スピットは俺の意向を察した様で、本筋の案件、ケシュタルと魔王との関係を問い詰める事に支障が出ないか心配していた。
 一応前もって皆で分析したが、魔王や魔王と思想が一部被るルィックと結託していると言う予想は直ぐにあり得ないと否定されたし、作戦中もその様子は見られなかった。今だってダッドリーの近くで第二指揮者と言える立場にありながら、主に監禁されていた人物の介抱に当たっている。
「そうなるな。勝手で悪いけど、何もせず見過ごす事は出来ないから」
「へぇ、それはお優しい事で…」
 俺はそこで話を切り、どこからともなく発生した荷車へ妹を連れて歩いて行った。近付くと、荷車は小石と土と砂で作られており、恐らくダッドリーが作成した物だと分かった。人が乗れる様に台は広く車輪も多く、それを引っ張るのはなんと俺が捕まえた獣人達らしい。彼らの殆どは強制的に組織に加入させられ、忠誠も乏しい人物が多い。故に事情聴取の後、選抜された人員が騎士に寝返る形になった。
「たしかフォルガドルまでそれなりに遠いっすよね?」
「ああ遠いぞ。俺達は行きに団員の魔法でポイントを飛ばし飛ばし来たから数時間で付いたが、普通なら二日ぐらい掛かる。因みにワープポイント知ってるのは団長と俺達分隊長だけな、つっても秘密って訳じゃねぇから誰に知られてももいいけど」
 荷車が雑破に並ぶ森へ入る細道の前で騎士と獣人が話していた。俺は何処で早くに到着していたカラクリに正直気づかなかった。戦闘モードでもなかったから魔力の探知もしていなかったし。しかしあると言うのなら夜頃に帰れる事になる。
「すみません。この子達が最後です」
 俺はその騎士に報告し、被害者を全員フォルガドルへ移送できる状態になった事を伝えた。騎士は「おお!」と喜び、すぐに出発の手配が進められた。それをスピットが少し遠くからずっと見ていると、ふと横に並ぶ者が現れた。
「お?ターラ、災難だったね」
「ああ、退屈だったよ」
 騎士達は報を受けて行動に移り、被害者一同を一時的に並ばせていたのを連れ荷車へ乗らせた。一つの荷車に四、五人を乗せ、それを獣人が騎士の先導を受けて引くらしい。俺は少しわがままを言い、俺達三人だけで荷車を使いたいと申し出ると、少し理由を言っただけですぐに許しが出た。順番は最後になったが、それでも儲け物だった。
「なぁ、ヒカルのあの魔法さ、変則的ってどう言う事だと思う?元々奇特なのに、あいつ自身でもちょっと変わってるて思ってんだぜ?」
 騎士が準備を進める間、ずっと姉妹の姉を抱えて待っている俺を見据えながら、スピットはターラに意見を求めた。そして返ってきたのは、仲間内にしか明かしていなかったの存在だった。
「ディザントでデーモンコアと戦った時、ヒカルは奴から炎を吸収していたろう?」
「あ、精霊って奴?」
 スピットは話を振られた時点で思い出した。ルイス・ナージャーにも伏せていた、ターラが目にしたと言う『火で成された子供』、自分には見えずターラには見えた事から、魔素で構成されていると見ている謎の存在。形状は大方女児に見え、必ず左目が前髪らしい炎で隠れていたとも聞いていた。
「そうだ。古い文献にしか存在が明言されている媒体は無いし、ここ数十年では存在しないと、正体はモンスターだったとも言われる物。しかしだ、既存例だけで語れないやつ相手に適応出来るか?」
 スピットは目を向けてきたターラに、首を横に振って返答した。ターラはそれを見届けると、再び遠くのを見た。
「そう、なにも当てに出来ないんだ」
 スピットは同じく遠くのを見た。ヒカルに、抱き抱えられた獣人の姉と、その後ろに隠れている獣人の妹を。そんな折に、ターラが驚くべき事を口にした。
「なぁスピット、今も精霊が見えると言ったら信じてくれるかい?」
 そう語り掛けられた彼は、思わず「えっ」と声が出た。
「ヒカルと、姉妹二人。だがもう一人、抱えられている姉を心配する様に、風で成された子供が佇んでいる。精霊なのに、人間みたいに丸眼鏡をかけているな。姉の手を握り、恐らく魔力を流し込んでいる」
 スピットは直前の会話に出た、応急処置と言う言葉を思い出し呟いた。
「なるほど、魔力を命に換えてるのか?確かにあの傷はかなり集中しないと治癒できなさそうだしなぁ」
 しばらくして最後の被害者が荷車に乗せられ出発した。最後に残された三人は特別仕様の荷車が当てられ、騎士の一員が引っ張って森へ入って行った。まだ遠くで見守っていた者の一人が「行っちまったな」と言うと、「そうだな」と相槌が静かに返ってきた。
(あの精霊は、確実に三人居る。火の少女、風の少年、もう一人水の少年が。丁度見る事が出来た。妹の頬の傷を治す時、少年が彼女の涙を拭う様に触れていた。ヒカルがいつか話すと言ったに関係…するのだろうな)

 やるべき仕事が減り、手の空いている人々が増えた頃。ほぼ全ての英雄と勇者が休息を取っていた。未だ働く騎士は全体の半数にまで減ったが、仕事の無くなった者はフォルガドルに戻り233人の拉致被害者のケアに回る事になっているから、実質仕事が無いのは俺達だけって事になる。英雄と勇者は元より戦闘が起こった際の追加戦力として動く人員として呼ばれているから、撤収を言い渡されるまで基本残る。ヒカルは一足先に戻ったが、最も重篤な傷害を負った子の治療が目的だから良しとする。
「あれ、そっちはヒカルさんから教えられた解読法使ってないのか?」
「え?あの人解析出来るんですか?」
「教えてもらってないか…」
 とりわけ難航している仕事が、空と虚魔法によって出来た大きな入り口の暗がり。中へ入った時は敵の殲滅を優先してスルーしていたが、外からは暗黒、洞窟内からは普通に見通せる構造に驚いた。とりわけ複雑な術式の魔法らしいから解析に時間を食われている。
「あいつ、いつも術式型魔法使ってないくせに方陣読めるんだな」
 ヒカルの最優先事項が姉妹になったせいで仕事が停滞気味になっているらしかった。奴曰く念じるだけで七種の魔法を使えるのに、と疑問に思っていた時、俺の独り言を聞いた一人の英雄が声を掛けてきた。
「ああ、多分俺の家にある魔法の教本読んだからだな」
 その人はヒカルを英雄の世界に引き込んだ張本人『ヴィザー・エルコラド』だった。
「それで出来る様になるもんか?メルでも怪しいもんだけど」
 その言葉を耳にしたメルはワーワーと何か騒いでいたが、お構い無しに話は続く。
「何度か見たんだ。方陣だけ組んで、あとは自由に組み換えるのを繰り返す所。知り合いに教師として魔法を教えてる奴が居るんだが、奴が言うには、基礎を覚えれば後は魔力量と多重化に対応出来るキャパシティの問題らしい。まっ、あいつなら全く問題ないだろうさ」
 基礎とて魔法陣の形は数百あるし、もちろん発展型もある。それを必要だと考え大半を覚えてしまうのは、正直言って凄い…いや気持ち悪いな。
「ヒカルさん、特に状態が悪い子を抱えていましたし、そっちに掛かり切りになったのでは?」
「そうだな…全身に裂傷痕、打撲痕、熱傷痕、多分釘か何かが貫通した痕もあった。あれじゃ内臓も全部使い物になってないかもな…あ、脳は流石に大丈夫かな」
「うわぁ…信じられませんね…」
「が、事実だ。…とにかく、これで解読しやすくなったろ、とっとと終わらせるぞ」
 率先して解読に当たるのは内部調査を終えた分析班、戦闘員だった騎士からもそれなりの数出動している。ヒカルの解析、解読方法は、式に共通している形を記録し、それを基に現存の術式を重ねて特徴を割り出すと言うもの。加えてあいつがやっていた、式の一部をコピーして組み換え、効果の変化を見ることも解読を大いに促進させていた。読み解くだけでなく、実際に起動させてみる。解読対象が攻撃型ではないから出来る荒技だが、従来の方法よりもずっと早い事は確かだった。
「スピット、ケシュタルは今どこに居るか分かるか?」
 英雄、勇者の誰もが座って現場を眺めている時、バトラがずいっと身を寄せて尋ねてきた。俺はそれを押し退けながら言った。
「ヒカルが行っちまった後、そのまま内部調査結果のまとめをやってる。場所は洞窟入ってすぐ、見えないけど」
 情報を収集するのにも水晶が多用され、集めた情報をケシュタルが持っている超多機能水晶で整理する。いつも思うけど、本当にあれは魔法で良いんだよな?通信、画像と映像の記録に止まらず、一度だけ見た、画像そのものを切り取って他の画像とくっつけて見やすくするとかもやっていた。空中に映し出される立体像もそうだが、とにかく便利過ぎる魔法だ。そういえば、解石もケシュタルの技術が使われてるんだっけ。技術者と言えど、無二の高等技術を持つと言えど、考えて見たら出所不明の魔法だし、なのに英雄職との関わりは深いなんてもんじゃない。そういえばそうだ。解石なんて、どうしてどうやって他人の状態を覗く事が出来るんだろうか。
「おーい、顔怖いぞ」
 バトラに言われて、顔に力が入っている事に気が付かされた。眉間が痛い。
「あの人さ、結局白だと思う?」
 メルがうつ伏せに寝転がりながら言った。覆鎧は潰れて砂が纏わり付いているが、いつも気付いたら落ちているから気にしていない。
「ああ、ほぼ間違いなく」
 皆そこを気にしている。しかし同じくらい重要な事実、彼の技術が英雄の世界に根差し過ぎている事に思索が辿り着いたのは、勇者の中で二人だけ。俺と、ターラだけだ。その証拠に、メルの発言に耳を傾ける素振りは見せなかったのに、この後の俺の言葉にはすぐに食い付いた。
「でもさ、それも大事だけどもっと気になる事無い?」
 突然に別個の問題を示唆する言葉を突き付けられた俺の仲間達は、みんなして首を回して目線を寄越した。そんな光景が少し面白く感じた瞬間、ターラがその回答を迷わず声に出した。
「水晶の技術に関する事だろう?彼の持つ魔法技術は現存の魔法のどれよりも高度。それは私達もよく世話になる『解石』にも組み込まれている」
 全て同じだった。解石が映し出すステータスの数字や言葉と、今回指示出しに使われた水晶が映した文章が。誰しもが「そう言う物だ」と言って気にも留めなかった物が、いきなり鍵として浮上する。
「現存魔法は十種類。主要な五属性と、使い手が限られる五属性。ケシュタルが使う物は、主要五属性のどれでもない事は明らか。残る無属性の中で最も似ている物は『光』、魔王が使う『闇』と対を成す魔法だ」
 この世に存在する魔法の種類は、正確にいえば十種じゃない。『火』『水』『風』『土』『金』、『空』『虚』『血』『雷』『光』、それに加えて『闇』がある。なぜ闇が一般に魔法の中に数えられていないのか、理由は大きく二つ。
 第一に闇は、無属性魔法全般がそう数えられる所以となった、一時の消失を起こしていない。一度も途絶える事なき、千年前から受け継がれている為無属性に数えられていない。第二に、闇は魔王しか扱えない属性だから。人にも、もちろんモンスターにも存在しないのだが、例外として支配種など力を分け与えられた者なら使用出来る。以上から、闇属性、闇魔法だけは、その存在を消され数えられない事になっている。
 しかし不思議なのが、光属性と闇属性は完全な対として語られている。プライトルで見つけ、読んだ伝承上ではこう記されていた。
『王家から魔王が誕生し、単一で簡素な旧い魔法から闇を見出しそれを使った』
『闇を咎める為に勇者は光を帯び戦った。表裏を共にする魔法の力は拮抗し、しかし多くの想いを背負った勇者が勝り魔王は討たれた』
 文面では闇が最初の魔法とされている様に書かれている。しかし直後に相互関係である様な文が出て来る。これは、光魔法と闇魔法とが同時に発見されていないと成立しない言い方だ。最初の魔法は闇ではなく、正確には光と闇の二つだった事になる。
「え?魔王の使う属性が闇で、初代勇者の使う属性が光だから対って言ってるだけじゃ?」
 バトラの反論は、まさに今世界中に浸透している一般論。初代勇者は所謂、典型的な魔剣士、伝承通り光魔法を操る剣士だと伝えられている。闇を討つ為の光だが、その光の出所は一体?
「どんな歴史書を探っても、初代勇者に魔法の才能はあれど、元は一般家庭に生まれた青年だと書かれてる。魔王だって研究を重ねて闇魔法を見つけた筈なのに、直後に特別な教養無しに勇者は光を使ってる。これっておかしいよな。誰かに教えてもらわない限り」
 俺の言葉で、皆はある仮定に行き着いた。王家から飛び出し闇を帯びた魔王。勇者の光の出所。それに、光と闇が表裏一体と言われる事実。これさえ口に出してしまえば、もう誰にでも答えを導き出せるだろう。
「つまり、ケシュタルが…」
 飛躍した、しかし俺の聞きたかった答えをバトラが言おうとした時、いつの間にか誰も話さず静かになっていた現場が、どっと活気を取り戻しお疲れムードを醸し出し始めた。話している間に、騎士団員の殆どがフォルガドルの方へ行ったらしく姿が無く、ずっと不可思議だった洞窟の入り口に張っていた黒が無くなり、火が灯る洞窟内が見えていた。
「あ…終わったか?」
 ずっと持参の手帳片手に分析を続けていた技術班の皆々は伸びをして、洞窟の入り口横に一人残留する者に頭を下げてから来た道戻って行く。その一人以外には、開けたこの広場とも呼べる場所の中心付近に六人、騎士団長ダッドリーと、ユーリ・フェルナンド含む分隊長が集まっていた。最終報告とか、情報の統制でもしているのだろう。俺たち勇者以外に派遣された英雄は、皆この雰囲気と共に流されて退場していた。最終的に、この場には全部で十二人だけになった。
「行くか?丁度一人になってるし」
 俺の呼びかけに皆頷いた。ひょいっと腰を上げて彼のもとへ行くと、ケシュタルは今回集めた情報と、過去集めた情報の二つを比較、分類している様だった。普段水晶の中に現れる像は解石の様に空中へ映し出され、彼はそれを眺めながら時折像に手を当て移動させ、より記録を見やすい様に配置していた。
 情報の一角に見えた物だけでも、今までルィックの被害が確認された場所、被害者の数、押収した盗品や密輸品の記録、捉えたルィック構成員の人数等が見えた。その中で最も俺の気を引いたのは、『爛昌石らんしょうせき』と言う希少鉱石の情報だった。
 詳しい事は省くが、これはルグトリノとハイミュリア両国が取引する最重要物資の一つで、一部魔導士の使う杖や解石など、魔道具の殆どに組み込まれている。これだけは国が一から十まで管理すると決められている鉱石で、本来一角ひとかどの技術者と言えど知っていて良い情報ではない。まぁ、本来はな。
「ケシュタル。お疲れさん」
 俺は一旦見た物を忘れ、いつもの調子と変わりなく話し掛けた。
「おお!君達か!わざわざ来てもらって済まないね。お疲れ様」
 彼は俺達に気付くと、作業を中断して今出ていた像を水晶に押し込み立ち上がった。地面に置いた水晶とそこから映し出される像を相手に集中していたから、付いていた膝には土埃が大量に付いており、前のめりに前傾していたから痛めたらしい腰を叩いて小さく音を上げている。
「それで、みんなしてどうしたんだ?何か聞きたい事でもあるのかい?」
 それでも彼は砕けた調子のまま水晶を手のひらに乗せてそう言って来た。
「ああ、どうしてもはっきりさせたくてさ」
 俺はにこやかなケシュタルに向かって、その笑みを凍り付かせる言葉を放つ。
「ケシュタル、あんたが何者なのか」
 その瞬間、ケシュタルの手中でぽわぽわ輝いていた水晶は輝きを失った。彼の表情は一時的に無に還り、そしてすぐ何とも言えない顔になった。彼は苦笑いか、小っ恥ずかしさもある様な表情で後頭部を掻いた。心を落ち着かせる為にそっと目を閉じ、諦めたと言わんばかりに覇気のない声でこう聞き返して来た。
「君たち…どこからどんな事を知ったんだ?」
 少々項垂れた様子のケシュタルに俺は言った。海の底のシアと言う海エルフの国の極秘の任務で、魔王の配下にあった支配種なる存在と戦った事を。今は支配を離れ逆に魔王と敵対し、俺達と利害の一致による情報共有を行った事。そして、そこで出て来た初代魔王の名。それが、今俺たちの目の前にいる男の姓と同じだと伝えた。
「支配種から…か…」
 彼はまた何か考えている様だったが、俺は問い掛ける事を辞めない。
「真っ先に考え付いたのはあんたが魔王に情報を流している事。でも長い事俺達を記録してるってのに、あの『アゴーボラ』とかセピエトが言ってた支配種が俺達を知らなかった事に合点がいかない。結局、魔王に記録を流す線はほぼあり得ないって事になったな」
 実際の所、奴は俺と戦い始めた時「勇者」と言う言葉を吐いた。しかしあれは、あの場にいた脅威になり得る存在が俺しか居なかった事が原因の推測混じりの独り言だったのだろう。奴の言動から、バトラもジラフもメルもターラも勇者としてカウントされていなかった。直接対峙し続けていたヒカルさえ警戒対象の域を出ていなかった。力しか見ていない、情報が渡っているならそんな事は起こらない。
「そしたら、今度は別の角度で不思議に思えて来たんだ。一切国民に姿を見せない現在のブラムスカ王家、魔王もユアン・ブラムスカで通ってるけど。本当は歴史とかの方が嘘なんじゃないかって思ってさ。一技術者が、国の命運を左右する現場に来るのも変だし」
 別に、彼の技術を使う為に街に呼び込むまでは理解出来る。しかし、砂漠の一件以上に今回は作戦の中心に居た。騎士に水晶の勝手を伝え任せれば良い物を、頑なに付いて来て今、情報をまとめている。そして俺が見た物は、国が管理するあれこれ。魔王の本当の名がクラムバスであり、王家に闇の裏である光魔法があったとして、その光は子孫にも継がれ発展しているとしたら。
「ああもう焦ったくなって来た。単刀直入に訊く。あんたがルグトリノ王国の国王様、そう言う事で間違いないか?」
 俺たちの考察の中で今さっき上がった結論、それをやっと声に出来た。初代魔王とケシュタルの繋がりは血筋のみ、それ以外は使う魔法から導いた仮説に過ぎない。でも、表裏を共にする魔法と言い伝えられるだけあって遠く外れる訳でもないだろう。初代勇者の光の出所は恐らく王家。そうでなければ説明出来ない。属性が真に無かった時代に生まれた魔法だ。光と闇、どちらも千年以上前に王家から生まれたと見るべきだろう。
「…勘がいいと言うか…」
 ケシュタルはそう小さく言葉を発し、斜め下をいくらか見つめた後に語った。
「その通りだ。私が現在のルグトリノの王だ」
 それまで『俺』だった彼の一人称は『私』に切り替わった。もしかすれば、今までも私と言っていたかもしれないが、水晶の技術者ケシュタルの時とは明らかに言霊の重みが違う様に感じた。曇りなき目は真っ直ぐこちらに向けられている
「そう、それが聞けてよかった。色々聞きたい事があるけど、今この場じゃ難しいか?」
 俺が主に気になっているのは、なぜ歴史を偽っているのか、王自身が危険地帯に踏み込む必要があるのか、そしてヒカルを勇者にした理由だ。特に二つ目、それ以外は見当が付いてる。だがやはり、この場で答えを貰う事は出来ないらしい。
「ああ…残念ながら。彼らもそろそろ帰る頃だろう。私が王だと知っているのは直属の私兵二人と、君達より先に気付いた一人を除き他には居ない。騎士にもまだ秘密にしておきたいのさ。勇者も揃って居ない、二度手間と言うと聞こえが悪くなるが、あまり時間を割く訳にもいかない。それに私自身、王として改めて君達に伝えたい。一ヶ月だけ時間をくれ、それまでに心を整えさせてくれないか?」
 そう願うケシュタルは、普段絶対しない様な暗い表情を浮かべていた。その心は分からなくも無い、長年ひた隠しにして来た真実に、自身の心の内まで曝け出そうとしているのだから。
「分かった。俺達はいつでも大丈夫だから」
「心得た」
 彼はそう真っ直ぐ俺の目を見て言った。いかにも純粋で、初めて本当の自分として話しているのだと感じた。
「さて、残った作業は歩きながらするか。さっきの様に大画面で出来ないのが少し残念だがな」
「あ、戻った」
 ケシュタルは帰り支度をし始めたダッドリーらの下へ向かい歩き始めた。口調や振る舞いもよく知った物に戻り、さっきまで醸し出されていた威厳もどこへやら。こちらとしても普段通りで有難いが、いまいち調子が狂った様な感覚がある。
「あの人、俺らが生まれた時にはもう名の知れた技術者だったよな?切り替え半端ねぇ…」
「その言葉遣い不敬では無いか?二人とも」
「今更どうでもいいじゃん。私の時も変わらなかったでしょ?」
 騎士の耳に届かない内に、緊張の解けた場で皆が存分に語った。それはダッドリーに呼ばれるまでの少しの間止まる事は無かった。
 ともかく、仕方ないとは言え憂慮するべきはそれまで時間が空いてしまう事。レベルを上げるには相応の経験が要るが、俺たちはもう上がりにくいったらありゃしない。この一ヶ月をそれに費やすのは無駄もいい所、やるとしても新たな技を身につける事か。その点で俺がすべきは、処刑者の彼に授けられた状態異常に対抗する技術だろう。それができる様になったなら、魔王以外に力で負ける事は無くなる筈だ。
 ヒカルについては今後も勝手にレベル上げてくれるだろうし、今の所まだ英雄の等級で言えば三級のままだけど、俺みたく特例での一級昇格をさせる予定だ。それは魔王討伐の直前にしようとずっと考えていたし、それならいちいち二等昇格試験を挟むまでも無い。あいつはもう俺らと肩並べられる実数値を持ってるし、まだまだ未知数の魔法で数値以上の実力を出せる。ほんと羨ましいよ。とにかくそこらのドラゴンじゃまるで歯が立たない所か、勝負になるかも怪しい。『アビス』との軽いでさえ、彼女の棘を折ってる。耐水圧、水中呼吸、暗視の魔法を使っていてもだ。
 つくづくあいつの住んでた別世界ってのがどんな場所だったのか気になる。それ程発達した魔法に、俺達が、いや、世界が知らない知恵もある世界。いつかそこに行ってみたいって思ってるけど、それが何年後か、本当に叶うかも分からない。
「あ、奴らがくり抜いたあの洞窟はどうするんだ?」
 全部で十二人の一団がフォルガドルに向かい進んでいる時、ジラフが疑問を思い出した。
「今は埋めないさ。明日から回収、今日は帰ってその準備だ」
 それをダッドリーが答えた。俺が小さかった頃の記憶になるが、ここまで大きな規模となると専門業者が必要だ。ダッドリーの土魔法でも可能っちゃ可能だが、時間が掛かり過ぎる。しかも元の状態に戻すには、あの画家が必要だ。
「そりゃ騎士団内の土魔法使いを総動員すりゃ埋められはするぞ?だが、自然には本来の姿ってのがあるからな、じゃねーと土地のドラゴンか統治者たるモンスターが怒る事がある。だから人も時間も費やして追加の業務が起こらない様にするんだ」
 思った側からダッドリーが概ね理由を言った。どの土地もそうだが、過度に破壊や改変があると、パワーバランスが崩れてモンスターが暴れ回ってしまう。魔王の瘴気のせいで初めにあったバランスはとうに崩れ、今はそれをギリギリ平常と近しい所で保っているだけ。ドラゴンが主に統治者として活動し、それでも人に牙を剥くモンスターが多いから、英雄と言う職業が罷り通っているに過ぎないんだ。
「へぇ…本来の形って、そんな完璧にできるもんか?」
「伝手はあるぞ?つっても年寄りエルフだからそろそろ危ないもんだ」
 バトラの疑心に、分隊長が一人『ベニス』が答えた。彼、確か150歳くらいだった気がする。
「どこから呼ぶんだ?そんな人」
「んー、ディザントとオーキンス山下に家持ってるけど、仕事柄もっと東の方で野宿してる事が多いかな」
「えっ…」
 あの人の仕事場は『荒朽こうきゅう大陸』、魔王の瘴気が一度でも蝕んでしまい死んだ土地だ。今回はそこまで連絡係を向かわせずに済むと良いな。
「そこん所は俺らに任しとき、貴方らは打倒魔王に向けて頑張ってくださいや」
 バトラはまだ信じられないと言った様子だったが、キリッとした目をして分かったと小さく呟いた。
 俺はヒカルの仕事の具合を見て全体の予定を考えようと思い、今はただ今後について考えながらフォルガドルへ帰った。そうだ、少しくらい火山に連れてってやっても良いかもしれないな。
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