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漂う結び目
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事務所の椅子を立つことができたのは、頭の中で算段していた時間よりもだいぶ遅くなってからだった。
得意先の意味不明なメールの解読をあきらめて電話をかけたら、メールよりもさらに要領を得ないやりとりで時間がかかったからだ。
青貝賢一は、ホワイトボードに癖字で「本関」と書くと、壁のキーボックスから社用車二号の鍵をつまみとった。アルミとプラスチックで組み上げた事務所は、清潔感はあれども味わいは皆無だ。白色の照明も味気ない。日本中のどこにでもあるような光景だった。
事務所では、オフィスカジュアルよりもさらにくだけた服装の三人の男が、それぞれの表情でディスプレイに向き合っていた。
出発しようとしている賢一にヘラヘラと手を振っているのが先輩の三園、仮面のように平坦な表情でキーボードを打っているのが、三園より長くこの部署にいる稲田、島の奥に座っているのが係長の河野だ。
ゴールデンウィーク明け、通関業務の繁忙期だった。
そんな男たちとは違う仕事で険しい顔をしているのは、部署でただ一人の総務、かつ、ただ一人の女性である五十嵐だった。業務が立て込む月初はいつも殺気立っているから、出て行く賢一には一瞥もくれようともしなかった。
廊下に出ると、一基しかない年代物のエレベーターが通り過ぎた後だった。賢一は階段を降りた。
内装も什器もこぎれいにしつらえたオフィスと違い、共用部には築年相応の歴史がにじみ出ている。大阪の本社ビルは言わずもがな、東京支店本部が入っている浜松町のビルと比べても、数段見劣りがした。
賢一が東日本橋の雑居ビルにある通関部門に配属されて、丸一年が過ぎたところだった。
会社は大阪創業の独立系物流企業で、最初の五年は東京支店の本部でバルク用船の仲介業務をしていた。原材料などの荷と、それを運ぶ船を引き合わせる仕事だ。
会社が大きな顔をしているのが阪神、周南、北九州だった。さらに名古屋や苫小牧にもそれなりの拠点がある。対して、横浜港では他社の隙間を埋めていくような商いをしていたし、物流拠点を持たない東京ではさらに肩身が狭かった。
横浜の公立大学を卒業してすぐに東京支店に配属された賢一は、首都圏における会社の存在感の薄さをよく理解していた。
出張の折に見学した大阪本社や門司支社は段違いにきらびやかだった。通関部門の人数も多く、しかも女性の比率が圧倒的に高かった。それに比べ、この東日本橋の穴蔵は男だらけでぞっとしない。なお悪いのは、居心地がそこまで悪くないことだ。
薄暗い階段を下っている間は、いつもそんな小蠅のような思考が頭の中をまわった。
それも玄関までだった。雑居ビルの入り口から足を踏み出した途端、雑念が南風に霧散した。
立ち並ぶビルの壁が夏のような風を街路に導いている。暖かく速い風が、いつの間にか建物にこびりついている人間臭を洗い流していた。ジャケットどころか長袖のシャツもいらない気温だった。
風に混じるのは、都会の中でしか感じない匂いだ。その出所が、コンクリートなのか、アスファルトなのか、はたまた密集した人なのかはわからない。
歩道を歩きだすと、気のせいか、今日は磯臭さがかすかに混じっている気がした。
会社が借りている駐車場は、オフィスから少し離れたビルの地下にある。円滑な業務の妨げになると言っていい距離ではあった。
立ち並んだ薬研堀不動院の幟旗が騒がしくはためいている。空にまかれた雲が目にわかる速度で北へ流れていった。
午前の浅い時間、界隈をそぞろ歩くような風流人はまず見当たらず、道を行くのは両手をポケットに突っ込んだスーツ姿の人間ばかりだった。
だから、保育園の散歩はいつも目立った。今日も、賢一の進路の先から、小さな隊列が近づいてくるところだった。
大きな子どもは長い縄をつかんで電車のように並んで歩いている。前後の子ども同士でじゃれ合いながらも縄をしっかりと握っているところが健気だった。
未満児らしい小さな子どもは、大きな乳母車にまとめて乗せられていた。交差点や車庫前の傾斜が連続し、決して平坦ではない歩道を、細いタイヤが乗り越えていく。
賢一が異動して最初に驚いたのが、その光景だった。
東日本橋から浜町あたりはマンションが多いから、保育園があってもなんらおかしくはない。それでも、賢一にはこんな町で保育が成立しているということが不思議だった。
子どもたちは、自分の遙か頭上まで覆うビルの屏風に沿って歩き、近場の公園まで行くと、こぢんまりとした遊具で遊ぶのだろう。そして、水路を行く小魚のように、ビルの合間を園に戻るのだ。
北陸の平野部で育った賢一は、息苦しさを連想した。同じような南風でも、故郷ではもっとのびのびと吹いていたように思った。当の子どもたちは、当然ながら、賢一の思いを理解することなどない。生き生きと楽しげに歩を進めていた。
引率する保育士の目つきは、生き生きしているかどうかという以前に、鋭く引き締まっていた。ビジネス街の往来のなか幼児を引率するのだから、気を張って当然だ。
列になった幼児たちを後から追う乳母車は、プロレスラーか外国の兵士かと見まがうような大男がハンドルを引っ張っていた。チェックのエプロンが明らかに小さかった。
後ろ側には長い黒髪を簡単に束ねた細い女性。彼女が車を押そうと力を入れようとすると、大男が軽々と引いてしまうので、所在なさげにしているのが見ていてもわかる。
最近、賢一には、おなじみの二人だった。
部署で一番経験が浅い賢一は、税関の手続きだけでなく、検査の立ち会いや、支店本部の雑用で港にかり出されることが多かった。だから、散歩に出かける園児たちとよくかち合うのだ。二人の保育士は春になってから見るようになったから、新採用か異動だろう。
男性は賢一より年上なのは間違いない。あのガタイの保育士だから、一度見れば忘れない。
女性は二十代前半に見えた。どこか陰を感じる雰囲気で華はない。ただ、重めの前髪の下にある顔が涼しげに整っていて、やはり忘れられない印象を残した。
普段、賢一と彼らは反対側の歩道を歩くことが多かったが、今日は同じ歩道ですれ違うことになった。信号の都合で賢一が道を変えたからだ。
すぐ前まで迫った一行に、賢一は歩道を降りて進路を譲った。
「ありがとうございます」
幼児たちの列の後ろに続いた大男が、角張った顔で会釈した。
デカかった。その男性は、決して背が低いわけではない賢一を簡単に見下ろしていた。胸から肩にかけての筋肉は盛り上がり、半袖Tシャツからのぞく腕は丸太のようだ。
その後を乳母車の中の子どもが手を振って通り過ぎ、後ろを押す女性が軽く頭を下げた。女性は、体力仕事が心配になるほど華奢に見えた。どうしたって、大男と比べてしまう。
賢一は彼らが通り過ぎた後、しばらく見送った。
今日は女性保育士も半袖だった。だから、すぐ目の前を通り過ぎた彼女の左腕、手首近くから袖まで続く大きなあざが、よく見えた。
得意先の意味不明なメールの解読をあきらめて電話をかけたら、メールよりもさらに要領を得ないやりとりで時間がかかったからだ。
青貝賢一は、ホワイトボードに癖字で「本関」と書くと、壁のキーボックスから社用車二号の鍵をつまみとった。アルミとプラスチックで組み上げた事務所は、清潔感はあれども味わいは皆無だ。白色の照明も味気ない。日本中のどこにでもあるような光景だった。
事務所では、オフィスカジュアルよりもさらにくだけた服装の三人の男が、それぞれの表情でディスプレイに向き合っていた。
出発しようとしている賢一にヘラヘラと手を振っているのが先輩の三園、仮面のように平坦な表情でキーボードを打っているのが、三園より長くこの部署にいる稲田、島の奥に座っているのが係長の河野だ。
ゴールデンウィーク明け、通関業務の繁忙期だった。
そんな男たちとは違う仕事で険しい顔をしているのは、部署でただ一人の総務、かつ、ただ一人の女性である五十嵐だった。業務が立て込む月初はいつも殺気立っているから、出て行く賢一には一瞥もくれようともしなかった。
廊下に出ると、一基しかない年代物のエレベーターが通り過ぎた後だった。賢一は階段を降りた。
内装も什器もこぎれいにしつらえたオフィスと違い、共用部には築年相応の歴史がにじみ出ている。大阪の本社ビルは言わずもがな、東京支店本部が入っている浜松町のビルと比べても、数段見劣りがした。
賢一が東日本橋の雑居ビルにある通関部門に配属されて、丸一年が過ぎたところだった。
会社は大阪創業の独立系物流企業で、最初の五年は東京支店の本部でバルク用船の仲介業務をしていた。原材料などの荷と、それを運ぶ船を引き合わせる仕事だ。
会社が大きな顔をしているのが阪神、周南、北九州だった。さらに名古屋や苫小牧にもそれなりの拠点がある。対して、横浜港では他社の隙間を埋めていくような商いをしていたし、物流拠点を持たない東京ではさらに肩身が狭かった。
横浜の公立大学を卒業してすぐに東京支店に配属された賢一は、首都圏における会社の存在感の薄さをよく理解していた。
出張の折に見学した大阪本社や門司支社は段違いにきらびやかだった。通関部門の人数も多く、しかも女性の比率が圧倒的に高かった。それに比べ、この東日本橋の穴蔵は男だらけでぞっとしない。なお悪いのは、居心地がそこまで悪くないことだ。
薄暗い階段を下っている間は、いつもそんな小蠅のような思考が頭の中をまわった。
それも玄関までだった。雑居ビルの入り口から足を踏み出した途端、雑念が南風に霧散した。
立ち並ぶビルの壁が夏のような風を街路に導いている。暖かく速い風が、いつの間にか建物にこびりついている人間臭を洗い流していた。ジャケットどころか長袖のシャツもいらない気温だった。
風に混じるのは、都会の中でしか感じない匂いだ。その出所が、コンクリートなのか、アスファルトなのか、はたまた密集した人なのかはわからない。
歩道を歩きだすと、気のせいか、今日は磯臭さがかすかに混じっている気がした。
会社が借りている駐車場は、オフィスから少し離れたビルの地下にある。円滑な業務の妨げになると言っていい距離ではあった。
立ち並んだ薬研堀不動院の幟旗が騒がしくはためいている。空にまかれた雲が目にわかる速度で北へ流れていった。
午前の浅い時間、界隈をそぞろ歩くような風流人はまず見当たらず、道を行くのは両手をポケットに突っ込んだスーツ姿の人間ばかりだった。
だから、保育園の散歩はいつも目立った。今日も、賢一の進路の先から、小さな隊列が近づいてくるところだった。
大きな子どもは長い縄をつかんで電車のように並んで歩いている。前後の子ども同士でじゃれ合いながらも縄をしっかりと握っているところが健気だった。
未満児らしい小さな子どもは、大きな乳母車にまとめて乗せられていた。交差点や車庫前の傾斜が連続し、決して平坦ではない歩道を、細いタイヤが乗り越えていく。
賢一が異動して最初に驚いたのが、その光景だった。
東日本橋から浜町あたりはマンションが多いから、保育園があってもなんらおかしくはない。それでも、賢一にはこんな町で保育が成立しているということが不思議だった。
子どもたちは、自分の遙か頭上まで覆うビルの屏風に沿って歩き、近場の公園まで行くと、こぢんまりとした遊具で遊ぶのだろう。そして、水路を行く小魚のように、ビルの合間を園に戻るのだ。
北陸の平野部で育った賢一は、息苦しさを連想した。同じような南風でも、故郷ではもっとのびのびと吹いていたように思った。当の子どもたちは、当然ながら、賢一の思いを理解することなどない。生き生きと楽しげに歩を進めていた。
引率する保育士の目つきは、生き生きしているかどうかという以前に、鋭く引き締まっていた。ビジネス街の往来のなか幼児を引率するのだから、気を張って当然だ。
列になった幼児たちを後から追う乳母車は、プロレスラーか外国の兵士かと見まがうような大男がハンドルを引っ張っていた。チェックのエプロンが明らかに小さかった。
後ろ側には長い黒髪を簡単に束ねた細い女性。彼女が車を押そうと力を入れようとすると、大男が軽々と引いてしまうので、所在なさげにしているのが見ていてもわかる。
最近、賢一には、おなじみの二人だった。
部署で一番経験が浅い賢一は、税関の手続きだけでなく、検査の立ち会いや、支店本部の雑用で港にかり出されることが多かった。だから、散歩に出かける園児たちとよくかち合うのだ。二人の保育士は春になってから見るようになったから、新採用か異動だろう。
男性は賢一より年上なのは間違いない。あのガタイの保育士だから、一度見れば忘れない。
女性は二十代前半に見えた。どこか陰を感じる雰囲気で華はない。ただ、重めの前髪の下にある顔が涼しげに整っていて、やはり忘れられない印象を残した。
普段、賢一と彼らは反対側の歩道を歩くことが多かったが、今日は同じ歩道ですれ違うことになった。信号の都合で賢一が道を変えたからだ。
すぐ前まで迫った一行に、賢一は歩道を降りて進路を譲った。
「ありがとうございます」
幼児たちの列の後ろに続いた大男が、角張った顔で会釈した。
デカかった。その男性は、決して背が低いわけではない賢一を簡単に見下ろしていた。胸から肩にかけての筋肉は盛り上がり、半袖Tシャツからのぞく腕は丸太のようだ。
その後を乳母車の中の子どもが手を振って通り過ぎ、後ろを押す女性が軽く頭を下げた。女性は、体力仕事が心配になるほど華奢に見えた。どうしたって、大男と比べてしまう。
賢一は彼らが通り過ぎた後、しばらく見送った。
今日は女性保育士も半袖だった。だから、すぐ目の前を通り過ぎた彼女の左腕、手首近くから袖まで続く大きなあざが、よく見えた。
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