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123.覚悟を壊す音
しおりを挟む「……っ……ふっ……うっ……も……と……もっど普通に生まれてきたかっだっす……っ」
ボタボタと止めどなく涙がこぼれ落ちる。
なんで俺はこんなんなんっすかっ?
「……ふっ……うぅ……っ」
こんな体質さえ無ければ、なんの心配もなくボスに好きだと言えたのだ。もっともっとボスに甘えて側にいて恋人同士にだってなれていたかもしれない。狼絆の、みんなの仲間として胸を張って立てていたかもしれない。……いつ追い出されるのか、いつ一人に戻ることになるのかになんて怯えずに、下心なんてなくみんなの役に立ちたいと思えたかもしれない。こんな体質さえなければ……
「…………違うっす」
頭を振った。
……不幸体質? それだけなら別にそれでよかったんっす。普通だなんて贅沢は言わないっすから、それがせめて自分だけに不幸が降りかかるだけならっ……それだけならいくらでも笑えたんっす。だけど――っ
「っ……」
ギリっと拳を握る。憤りのない感情が心に渦巻いた。俺は人を傷つける存在だ。今日まで沢山笑った。いっぱい笑わせてもらった。だけどそれはバーカルが言った通り誰かの不幸の上で笑ってる。笑わせてもらっているのだけだった。
「……これから……どうすればいいんっすかね」
こんなことがあった以上、もうボス達の元には戻れない。自分の中で絶対としていた殺さなければ誰も死なない。そう思い込んでいた願いも断ち切られてしまった。どこに行っても人と関わればその人を俺の不幸に巻き込んでしまう。最悪命を奪ってしまうことになるかもしれない。それを目の前の現実が証明している。こうした周囲への死が付き纏うならば、俺は誰とも一緒にいるべきじゃない。誰かと関わり合いになるような道は避けるべきだろう。……と、思うが……
「……またひとりぼっちっす……」
ポツリと漏れ出た声は自分が思っているよりも悲しそうな声でぎゅっと胸が苦しくなった。
モー達が来てくれるまでの、あの三日間の謹慎ですらギリギリだったのだ。その三日間ですらそれは同じ家にいる、姿も声も聞こえていなくても、すぐ側に誰かがいるのがわかっていたからこそ耐えられていたものだった。
……思い出すのは昔、檻の中でたった一人で震えていた記憶。一生懸命声を出して、遊んで笑っていたけれど、あれほど虚しく、悲しく寂しくて怖かったことはなかった。……また、あの時のように毎日お腹をすかし、誰の声も聞こえない人がいない、来ない中で今度は死ぬまで一人ぼっちで暮らす?
「…………っそんなの嫌っす。もう一人は嫌なんっす……」
フルフルと頭を振った。
あの一日が何日何十日何ヶ月何年とまで感じるほどの静けさと孤独と恐怖には耐えられない。でも、もう俺のせいで誰かが傷つくこともそれに怯え続けることも嫌だ。……視界に短剣が映った。
「…………ならやることは一つっす」
落ちていた短剣を拾って柄をぎゅっと握りしめる。刃には嫌いな赤が付いている。でも銀に光る刃はしっかりと目に映った。
このままどこかで一人っきりで生きようとしても、俺は絶対にボス達のことを思い出すっす。
思い出して、それで寂しくなって泣いて落ち込んで苦しんで後悔して自分の体質を嫌ってまた泣いて、そうやってずっと暮らしていくのが目に見えている。それだけ今までが幸せだった、楽しかった。……今、この場で全てを終わらせてしまえば、これから待つ恐怖を味わわなくて済む。寂しい思いをしなくてよくなる。もう何ににも怯えなくてよくなるのだ。
「……っ」
短剣を自分の胸元に押し当てる。服ギリギリの距離で手が震えてしまう。
死ぬの……っ怖いっす、痛いのは嫌いっす……っだけどやらないといけないんっす。自分より人が傷つくことの方が嫌っすもん。ごめんなさいっすっボス。みんなっ。
今までボス達には迷惑ばかりかけた。俺といたせいでいっぱい怪我をしたり、ついてないことがあったりしたのに、みんな俺を追い出そうともせず笑顔で許し、ここまで育ててくれた。俺に普通の暮らしをさせてくれた最高の仲間、最高の家族達。みんなには感謝しかない。
ボスやみんなが今どこにいてどんな状況かはわからない。でもやっぱりボス達が簡単に死ぬわけがないと思う。バーカル自身もこっちに向かっていると言っていた。なら大丈夫。まだ生きているということだ。もし今、危ない目にあっていたとしてもこうして俺みたいな厄病神がいなくなればきっとボス達は最強だからどんな状況でも簡単に切り抜けられるようになる。もうこれ以上迷惑をかけなくて済むと思うと心が軽くなる。そう、軽くなるはずなのに……
「ボス……」
心は軽い。なのにまだ未練がましい声が自分の口からこぼれた。だが、どんな声でも本人が目の前にいなければ言うだけはタダだと思い直した。
……ずっと、ずっと昔からボスのことが大好きだったんっす。本当ならボスと恋人同士になって、俺だってボスに好きだって言いたかったっす。でも……
怖くて言えなかった。後悔はしていないが言いたかった。本当はずっとずっと大切に夢見ていた願いだってあったのだ。でも、ボスに何かあったらと思うと怖くて何も言えなかった。
『嫁。絶対嫁にする』
「……あの時は『ヨメ』って意味はなんとなくでしかわかってなかったっすけど、今はもうちゃんと意味を知ってるっすよ」
意味を知っている。ボスがそれだけ俺のことを好きでいてくれていたのも知っていた。だけど、俺だってボスがそれほど好きでずっと夢見ていたのだ。ボス達にいつでも追い出されてもいいと思いながらもずっと、ずっと胸に秘め続けていた願い。言うだけはと思いつつも、やっぱりボスが目の前にいない今ですら、それを声に出して言う勇気はなかった。
それほど俺にとっては大切で最高の不幸が大好きな幸せな願いなのだ。――だからタダでも声には出さない。だけど最後くらいは心の中で言葉にすることくらいは許してほしい。
「……!」
ぎゅっと目を瞑る。そして、刃先は自分に向けて手を伸ばし――
……俺、ボスの……ラックのお嫁さんにずっとなりたかったっす!!!
言い終わると同時に勢いよく短剣を自分の胸へと振り下ろした。
――バァァァアン!!!!
「!? ゴンっ痛!?」
強烈な、決めた覚悟さえも破壊するような音と共に、飛んできた何かが思いっきりおでこに当たった。その衝撃で持っていた短剣は胸へと刺さる前に手から落ち、空いた両手でおでこを押さえて前へと蹲った。
「~~」
……っ痛いっす! すっごく痛いっす!! たぶん結構大きな尖ったやつ飛んできたっすよ!? なんすか一体! 爆発? 破裂音? また誰かなんか爆発さしたんっすか!? でも、誰が……
痛みに悶えながらそんなことを考えていると、今一番聞きたくて聞きたくない、会いたくて会いたくない声が聞こえた。
「――お前、よくこの俺がいんのにんなことしようとできんな。言っとくけどそれは自業自得だからな。……勝手に早まってんじゃねぇよ」
「っ……ボス?」
バッと顔を上げるとそこにはやっぱりボスがいた。薄らと、夜明けの光が差し込む瓦礫の上に、いつもと同じように自信たっぷりの不敵な笑みを浮かべて、俺の目の前に立っているボス。
「悪りぃな迎え遅くなって。――けど、約束通り迎えにきてやったぞツキ」
「っ」
これで泣くなという方が無理だ。
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