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第三話
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赤ん坊の霊に出くわしたのち――柴家素子はそれを確信に満ちた言葉で表現した――まさしく脱兎の勢いで家を飛び出して、しばらくは夜の住宅地を歩いていたに違いないにしろ、ともかく気づいた時には明るい駅舎の前だった。右手に携帯電話を、左手に財布を握りしめていることを発見して、それから周囲を見渡すと終電まではまだずいぶん余裕のある駅前は人で溢れていた。蛍光オレンジのタンクトップを着た交通誘導員、さかんに声を張り上げている居酒屋の店員、革のカバンを提げたサラリーマンに、カラオケ屋の前でたむろして大声を張り上げる若者たち、彼らの存在をひとつひとつ確認して、それからファストフード店に入った理由は自分でもよくわからなかった。たぶん人恋しかったのだと思う。夕飯時をとっくに過ぎた店内には、それでもまだ多くの客が入っているのが、通り沿いに設けられた硝子窓から見て取れた。注文したのがなんだったのかは記憶にない。ポテトを勧められたが断ったこと、冷たい飲み物がいいと思ったことだけはたしかである。
「それからはホテルやネットカフェを転々としました。家に戻るのは、仕事でどうしても必要な資料を取りに戻る時だけ。機材が必要な作業は、頼み込んで締め切りを延ばしてもらって、かわりにほかの作業を優先させてもらって。ずいぶん迷惑をかけたと思います。収入は、お恥ずかしい話ですが、落ちてしまいました。ああ、でも心配しないでください。蓄えはありますから、報酬は全額一括でお支払いできます」
いいえ、とフラミンゴはかぶりを振った。気になっているのは彼女の様子についてのみだった。先日の取り乱した様子は微塵もないが、かわりに身だしなみを整えてきた気配もまったくない。先日のセンスはどこへやら、服装はだぼついた上衣にスカートをみっともなくない程度に合せただけであるし、髪は櫛を通した形跡はあるものの、麻布の隅がほつれるようにあちこちから細い縮れ毛が飛び出している。大きなスポーツバッグをひとつだけ足元に置いているのが、いかにも昨今流行していると聞くネットカフェ難民風だ。
なにより痛々しいと感じるのは頬の青さである。化粧は唇だけ塗ってきているようだが、その鮮やかなベージュピンクは痩せた頬の病的なくぼみや鋭くなった眼窩の陰影を際立たせているばかりだ。面容がこれだけ変わっているということは、服の下もずいぶん変わったことだろう。少なく見積もっても五キロは痩せたのではなかろうか。
「ご自宅に戻った時、なにか変化は感じられましたか? 水漏れは相変わらず?」
「はい、続いていたと思います。音が聞こえてましたから。だけど、栓を閉めに行こうとは思いませんでした。だって、そうでしょう? 閉めたところでまた水は漏れるし、対応している間にまた幽霊が出てくるかもしれないわけですし」
「部屋のどこかが水浸しになっていたとか」
「なかったと思います。といっても、通ったのは玄関から仕事部屋、それと寝室だけです。ほかの場所は覗いてないので、本当のところはわかりません」
「ご自宅に戻られたのは昼間だけですか?」
「そうです。幽霊は夜にしか出てこないんじゃないかと思って、それで昼に戻ることにしました。水漏れは昼にも起こるんですけど、思い返してみたらひどいのが起こったのは夜だけだった気がして。念の為。あと気になることと言ったら」柴家素子はうつろにローテーブルの一点を見つめて言った。「変な匂いがしました。生き物の生臭さといったら近いでしょうか。人間の体や口からする匂いというよりは、ええと――そうだ、ジビエ。あの手のお肉って独特な匂いがするじゃないですか。ああいう感じが近いと思います」
「ホテルやネットカフェで、水や霊に関する体験をしたことは?」
「そんなことあったら、私は今頃ここに座ってません。きっと発狂して檻の中ですよ」
乾いた髪の一房を鼻先に垂らして笑う柴家素子は、それこそ幽霊のようであった。伏し目がちの両眼にはくっきりと血の筋が浮かんでいる。声はぼそぼそと呟くようで、フラミンゴがちょっと失礼と立ち上がっても構わずに話し続けているような、そんな不気味な迫力があった。
「それにしてもずいぶんご無沙汰してしまって。フラミンゴさんと仰ったかしら、もう私のことなんて忘れてたでしょう。あれっきり、一ヶ月も音沙汰なしで」
「いいえ、そんなことは。お約束したとおり、柴家さんに関する書類は保管していますし」
「そうですか、お手を煩わせてすみません。実は、失礼を承知で申し上げますとね、おたくでは駄目だと思ったんです。だって、本当に幽霊が出たんですよ。なのに、あなたはまるで私の妄想みたいに言ったでしょう?」
そうは言っていないと思ったが、フラミンゴは黙って頷くに留めた。
「その上、工務店を呼べだなんて。馬鹿にしてると思ったんです。それでどうにかなるなら最初から頼んじゃいないって。だから、別のところに依頼しました。ご気分を害されたらごめんなさい。でも、それが一番いいと思ったんです。厄除けで有名なお寺に行って一番高いご祈祷をお願いしたり、霊視で有名な占い師さんに見てもらったり。近所に見えるというので有名な方がいると聞きましたものですから、その方をお招きしたりもしました。そうしたら、その方――主婦をやってる方なんですけど、その主婦さんが家の前に立つなり言ったんです。『ああここか、ずっと気になっていたのよ。赤ちゃんが死んだからね』って」
「その方のお名前は?」
「ええと、なんていったかしら。ごめんなさい、失念してしまいました。ともかくその主婦さんはぴたりと言い当てたんです。『親も消防も事件をなかったことにしたからねえ。親は乳飲み子をひとりで留守番させてたもんだから、騒ぎ立てようにもできなかったんだろうさ。ほら、外聞が悪いから。消防の方でも不祥事は嫌だろうからね。結託したに違いないよ。だからこそかしらね。私にはわかる。あの子はまだここにいる。熱いよ熱いよってお母さんを呼んでる。ねえあなた、この家で変なことは起きてない? 例えば、水に関することとか』と、こうです。私は家を見てもらいたいと言っただけなのに、ここまで言い当てたんですよ。前半はまだわかります。噂で聞いたことをそのまま話しただけかもしれない。だけど、水に関することって普通言えますか?」
「なるほど。それで正直にお答えに?」
「はい。水漏れがひどいこと、業者はなにもしれくれなかったことなんかを話しました。すると主婦さんは言ったんです。『水が漏れるのは水が欲しかったからに違いないわ』って。あのおばあさんと同じことを言ったんですよ。水のことを言い当てた上にです」
「その方はほかになにか言っていませんでしたか?」
「家に赤ん坊の怨念がこびりついていると。そんなところに住んだものだから呪われたんだって。しかも、私は女でしょう? 赤ん坊がお母さんだと思い込んで、ますます固執しているに違いないって。私、すっかり信じ込んでしまいました。だってそうでしょう? 理屈としてはなにもかも正しいんですから」
答えを控えることにして、フラミンゴは先を促した。
「主婦さんはまず家中を見てまわりました。私としてはまた幽霊が出るかもって気が気じゃなかったんですが、彼女は堂々と胸を張ってまるで自分の家みたいに――いえ、これは責めているわけじゃないんですよ――そこになにがいて、どんなことが起こるか、あるいは起こらないか、最初から全部わかってるみたいにドアを開けていきました。数珠を、お葬式に使うようなものを持ってて、時々それをじゃらじゃらさせながら唱えるんです」
「唱えるとは、どのようにですか?」
「それこそ、親しい人のお葬式でお焼香をあげるようにです。抹香をつまんだあとにお祈りするじゃないですか。ちょうどああいう感じでした」
「では、なにを唱えていたかはわからなかったんですね?」
「そうですねえ。なむ、というのは聞こえたような。いいえ、やっぱりわかりません」
「どこで唱えていたか覚えていますか?」
「水場では必ず唱えていたと思います。あとはリビングの中央ですね。私がここに幽霊が出たと言ったからかもしれません。ただ、どうしてかテーブルの下に向けてではありませんでした。玄関とは逆を向いていましたから、ちょうど南の方だったと思います。そちらを向いて、ずいぶん長く拝んでいました。ひととおり家の中を見てまわって、二階の仕事部屋が最後の部屋だったもので主婦さんはリビングに戻ろうと言って。私、せめてと思ってペットボトルのお茶を用意してたんです。ソファに座った主婦さんにそれを出すと彼女は一気に半分くらい飲んで、それからぐいっと口を拭うなり無理だと言ったんです」
「除霊できなかったという意味でしょうか」
「はい。なんとか鎮めようとしたけど自分には無理だ。これは並大抵の相手じゃないって。赤ちゃんの霊はなにも理解してない。どうして熱かったのか、どうしてお母さんがいなくなったのか、自分が死んだことすら理解してなくて、だからこそ元の生活に戻りたがっている。そこに私という女が現われて、赤ちゃんは私をお母さんと思うようになった。お母さんなら無条件に自分を受け入れて、喉の渇きを癒やしてくれるはず。なのに私はそうしてくれない。さらには主婦さんが現われて、ここから出て行かせようと邪魔してきた。だから今、赤ちゃんはますますこの家と私に固執している。やっかいなのはそこだ。自分の死を理解してない幽霊はいくらでもいるけど、今回の場合は理屈もわからない乳飲み子だ。あまりにも純粋すぎるし、説得しようにもこちらの言葉が通じない。これだけ難しい幽霊が相手では自分の霊力では太刀打ちできないから、かわりに腕利きの霊能力者の先生を紹介する。もちろん、それには多少の紹介料が必要だ――だいたい、こんな感じだったと思います」
「では、その霊能力者にお願いしたんですか?」
柴家素子はひとつ頷いてから続けた。
「まあ、そうなんですけど、その前が大変で。もともとお礼はするつもりだったので、いくらか包んだ封筒を持っていたんです。それをそのままお渡ししたら、主婦さんはその場で中身を確認されて。いきなり怒り始めたんです。あんたは本気でどうにかする気があるのか、心付けというのは本気度合いだ、あんたはあまりにも事態を甘く見ている、そんな気持ちの人を本物の霊能力者に紹介することなんてできない、わかるか、本物の霊能力者が今のこの現代日本でどれだけ希少な存在か、あんたはそれをこんな端金でこき使おうって言うのか――その勢いといったらもう、迷惑おばさんってテレビで時々やってるじゃないですか、怒鳴ること自体が目的みたいになってる人。あれそのものでしたので、私は驚くよりあっけにとられてしまって。しばらくぼうっとしてたんです。主婦さんはその間も全身全霊で怒鳴り続けて、我に返った私が謝ってもなかなか怒りを収めてくれませんでした。私が言い値を払いますと何遍も言ってやっと納得されたんですがね」
「よろしければ、額面をお伺いしても?」
「構いません。まず紹介料が十万円、霊能力者の先生への手付金が二十万円、施術完了後の謝礼が二十五万円。しめて五十五万円も請求されました」
「それからはホテルやネットカフェを転々としました。家に戻るのは、仕事でどうしても必要な資料を取りに戻る時だけ。機材が必要な作業は、頼み込んで締め切りを延ばしてもらって、かわりにほかの作業を優先させてもらって。ずいぶん迷惑をかけたと思います。収入は、お恥ずかしい話ですが、落ちてしまいました。ああ、でも心配しないでください。蓄えはありますから、報酬は全額一括でお支払いできます」
いいえ、とフラミンゴはかぶりを振った。気になっているのは彼女の様子についてのみだった。先日の取り乱した様子は微塵もないが、かわりに身だしなみを整えてきた気配もまったくない。先日のセンスはどこへやら、服装はだぼついた上衣にスカートをみっともなくない程度に合せただけであるし、髪は櫛を通した形跡はあるものの、麻布の隅がほつれるようにあちこちから細い縮れ毛が飛び出している。大きなスポーツバッグをひとつだけ足元に置いているのが、いかにも昨今流行していると聞くネットカフェ難民風だ。
なにより痛々しいと感じるのは頬の青さである。化粧は唇だけ塗ってきているようだが、その鮮やかなベージュピンクは痩せた頬の病的なくぼみや鋭くなった眼窩の陰影を際立たせているばかりだ。面容がこれだけ変わっているということは、服の下もずいぶん変わったことだろう。少なく見積もっても五キロは痩せたのではなかろうか。
「ご自宅に戻った時、なにか変化は感じられましたか? 水漏れは相変わらず?」
「はい、続いていたと思います。音が聞こえてましたから。だけど、栓を閉めに行こうとは思いませんでした。だって、そうでしょう? 閉めたところでまた水は漏れるし、対応している間にまた幽霊が出てくるかもしれないわけですし」
「部屋のどこかが水浸しになっていたとか」
「なかったと思います。といっても、通ったのは玄関から仕事部屋、それと寝室だけです。ほかの場所は覗いてないので、本当のところはわかりません」
「ご自宅に戻られたのは昼間だけですか?」
「そうです。幽霊は夜にしか出てこないんじゃないかと思って、それで昼に戻ることにしました。水漏れは昼にも起こるんですけど、思い返してみたらひどいのが起こったのは夜だけだった気がして。念の為。あと気になることと言ったら」柴家素子はうつろにローテーブルの一点を見つめて言った。「変な匂いがしました。生き物の生臭さといったら近いでしょうか。人間の体や口からする匂いというよりは、ええと――そうだ、ジビエ。あの手のお肉って独特な匂いがするじゃないですか。ああいう感じが近いと思います」
「ホテルやネットカフェで、水や霊に関する体験をしたことは?」
「そんなことあったら、私は今頃ここに座ってません。きっと発狂して檻の中ですよ」
乾いた髪の一房を鼻先に垂らして笑う柴家素子は、それこそ幽霊のようであった。伏し目がちの両眼にはくっきりと血の筋が浮かんでいる。声はぼそぼそと呟くようで、フラミンゴがちょっと失礼と立ち上がっても構わずに話し続けているような、そんな不気味な迫力があった。
「それにしてもずいぶんご無沙汰してしまって。フラミンゴさんと仰ったかしら、もう私のことなんて忘れてたでしょう。あれっきり、一ヶ月も音沙汰なしで」
「いいえ、そんなことは。お約束したとおり、柴家さんに関する書類は保管していますし」
「そうですか、お手を煩わせてすみません。実は、失礼を承知で申し上げますとね、おたくでは駄目だと思ったんです。だって、本当に幽霊が出たんですよ。なのに、あなたはまるで私の妄想みたいに言ったでしょう?」
そうは言っていないと思ったが、フラミンゴは黙って頷くに留めた。
「その上、工務店を呼べだなんて。馬鹿にしてると思ったんです。それでどうにかなるなら最初から頼んじゃいないって。だから、別のところに依頼しました。ご気分を害されたらごめんなさい。でも、それが一番いいと思ったんです。厄除けで有名なお寺に行って一番高いご祈祷をお願いしたり、霊視で有名な占い師さんに見てもらったり。近所に見えるというので有名な方がいると聞きましたものですから、その方をお招きしたりもしました。そうしたら、その方――主婦をやってる方なんですけど、その主婦さんが家の前に立つなり言ったんです。『ああここか、ずっと気になっていたのよ。赤ちゃんが死んだからね』って」
「その方のお名前は?」
「ええと、なんていったかしら。ごめんなさい、失念してしまいました。ともかくその主婦さんはぴたりと言い当てたんです。『親も消防も事件をなかったことにしたからねえ。親は乳飲み子をひとりで留守番させてたもんだから、騒ぎ立てようにもできなかったんだろうさ。ほら、外聞が悪いから。消防の方でも不祥事は嫌だろうからね。結託したに違いないよ。だからこそかしらね。私にはわかる。あの子はまだここにいる。熱いよ熱いよってお母さんを呼んでる。ねえあなた、この家で変なことは起きてない? 例えば、水に関することとか』と、こうです。私は家を見てもらいたいと言っただけなのに、ここまで言い当てたんですよ。前半はまだわかります。噂で聞いたことをそのまま話しただけかもしれない。だけど、水に関することって普通言えますか?」
「なるほど。それで正直にお答えに?」
「はい。水漏れがひどいこと、業者はなにもしれくれなかったことなんかを話しました。すると主婦さんは言ったんです。『水が漏れるのは水が欲しかったからに違いないわ』って。あのおばあさんと同じことを言ったんですよ。水のことを言い当てた上にです」
「その方はほかになにか言っていませんでしたか?」
「家に赤ん坊の怨念がこびりついていると。そんなところに住んだものだから呪われたんだって。しかも、私は女でしょう? 赤ん坊がお母さんだと思い込んで、ますます固執しているに違いないって。私、すっかり信じ込んでしまいました。だってそうでしょう? 理屈としてはなにもかも正しいんですから」
答えを控えることにして、フラミンゴは先を促した。
「主婦さんはまず家中を見てまわりました。私としてはまた幽霊が出るかもって気が気じゃなかったんですが、彼女は堂々と胸を張ってまるで自分の家みたいに――いえ、これは責めているわけじゃないんですよ――そこになにがいて、どんなことが起こるか、あるいは起こらないか、最初から全部わかってるみたいにドアを開けていきました。数珠を、お葬式に使うようなものを持ってて、時々それをじゃらじゃらさせながら唱えるんです」
「唱えるとは、どのようにですか?」
「それこそ、親しい人のお葬式でお焼香をあげるようにです。抹香をつまんだあとにお祈りするじゃないですか。ちょうどああいう感じでした」
「では、なにを唱えていたかはわからなかったんですね?」
「そうですねえ。なむ、というのは聞こえたような。いいえ、やっぱりわかりません」
「どこで唱えていたか覚えていますか?」
「水場では必ず唱えていたと思います。あとはリビングの中央ですね。私がここに幽霊が出たと言ったからかもしれません。ただ、どうしてかテーブルの下に向けてではありませんでした。玄関とは逆を向いていましたから、ちょうど南の方だったと思います。そちらを向いて、ずいぶん長く拝んでいました。ひととおり家の中を見てまわって、二階の仕事部屋が最後の部屋だったもので主婦さんはリビングに戻ろうと言って。私、せめてと思ってペットボトルのお茶を用意してたんです。ソファに座った主婦さんにそれを出すと彼女は一気に半分くらい飲んで、それからぐいっと口を拭うなり無理だと言ったんです」
「除霊できなかったという意味でしょうか」
「はい。なんとか鎮めようとしたけど自分には無理だ。これは並大抵の相手じゃないって。赤ちゃんの霊はなにも理解してない。どうして熱かったのか、どうしてお母さんがいなくなったのか、自分が死んだことすら理解してなくて、だからこそ元の生活に戻りたがっている。そこに私という女が現われて、赤ちゃんは私をお母さんと思うようになった。お母さんなら無条件に自分を受け入れて、喉の渇きを癒やしてくれるはず。なのに私はそうしてくれない。さらには主婦さんが現われて、ここから出て行かせようと邪魔してきた。だから今、赤ちゃんはますますこの家と私に固執している。やっかいなのはそこだ。自分の死を理解してない幽霊はいくらでもいるけど、今回の場合は理屈もわからない乳飲み子だ。あまりにも純粋すぎるし、説得しようにもこちらの言葉が通じない。これだけ難しい幽霊が相手では自分の霊力では太刀打ちできないから、かわりに腕利きの霊能力者の先生を紹介する。もちろん、それには多少の紹介料が必要だ――だいたい、こんな感じだったと思います」
「では、その霊能力者にお願いしたんですか?」
柴家素子はひとつ頷いてから続けた。
「まあ、そうなんですけど、その前が大変で。もともとお礼はするつもりだったので、いくらか包んだ封筒を持っていたんです。それをそのままお渡ししたら、主婦さんはその場で中身を確認されて。いきなり怒り始めたんです。あんたは本気でどうにかする気があるのか、心付けというのは本気度合いだ、あんたはあまりにも事態を甘く見ている、そんな気持ちの人を本物の霊能力者に紹介することなんてできない、わかるか、本物の霊能力者が今のこの現代日本でどれだけ希少な存在か、あんたはそれをこんな端金でこき使おうって言うのか――その勢いといったらもう、迷惑おばさんってテレビで時々やってるじゃないですか、怒鳴ること自体が目的みたいになってる人。あれそのものでしたので、私は驚くよりあっけにとられてしまって。しばらくぼうっとしてたんです。主婦さんはその間も全身全霊で怒鳴り続けて、我に返った私が謝ってもなかなか怒りを収めてくれませんでした。私が言い値を払いますと何遍も言ってやっと納得されたんですがね」
「よろしければ、額面をお伺いしても?」
「構いません。まず紹介料が十万円、霊能力者の先生への手付金が二十万円、施術完了後の謝礼が二十五万円。しめて五十五万円も請求されました」
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