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 ──人間界。とある山奥にて。

「用があるなら出てきたらどうだ」

「さすが勇者です。気配を消していたというのに、こうも簡単に気付くとは」

 この私、悪魔大執事のルシファーを前にしても物怖じしない。凛としている。これが勇者なのか……。

 いやはや。出過ぎた真似をした。
 よもや、私の命はここまでかもしれない。

 魔王様……申し訳ございません。
 願わくば、最後のときまで行く末をお側に使えて見ていたかった……。

「おい。それでなんの用だ? 今、手が離せなくてな。手短に頼む」

 ◇◇◇

「いいか、これが食べられる山菜だ。こういうのはダメ。わかったか?」

「は、はい」

「じゃあ俺はあっち探すから、お前……ルシファーだったか。向こうを頼む」

「わかりました」

 いったい私は何をしているんだ。何がどうしてこうなった?
 何故、勇者と一緒に山菜を摘んでいる。
 しかもここら一帯は摘み過ぎて、ほとんどないと言うじゃないか。

 この男、どれだけ山菜を食ってきたというのだ。

 やばい。なんだかベヒモスの匂いがしてきた。

 ──1時間後

「あんた見込みあるな。えっと、そうそうルシファー君だ」

 くん呼びとは……距離の詰め方が異常だな。命の覚悟をした身。フレンドリーに接してくれるのはありがたいが……。

「ええ。お、お褒めに預かり光栄です」

「そこ座って待っててくれよ。ご馳走させてくれ。天ぷらにすると、これがまた美味いんだ」

「そ、そうですか。お気遣いしてくださりありがとうございます」

「ばっかお前! 一緒に山菜摘んだ仲だろ? もうな、そこには悪魔も人間もないの。簡単なことだろ?」

「は、はぁ。そうですね……」

 どうしてこうなる。
 私は今、勇者の家のダイニングテーブルに座っている。

 聖剣使いと聞いていたから高貴な出のぼんぼんかと思っていたが……こんな山奥に一人で住んでいたとは。

 てっきり鍛錬や修行でこの地に赴いてるのかとも思ったが、近くに小屋があった。

 その小屋、此処が勇者のマイハウスと言うじゃないか。

 人界はこんな庶民に世界を委ねているのか。
 この世界、狂ってやしないか?

 ──30分後

「ほら、出来たぞ。こうやって岩塩付けて食うと美味いんだ」

 パクッ。

「あ。美味しい」

「だろ? ちなみにそれはルシファー君が摘んだ山菜だ」

「先ほど、私が摘んだ……山菜」

「そうだ。そう思うと格別に美味いだろ?」

「はい。不思議ですね。どうしてなのか……」

「ははっ。どうしてだろうなぁ。そういうもんなんだよ。あ、そうだ! せっかくだからお土産持たせるよ、魔王は好き嫌いが激しいからなぁ。ほんとに困った子だよ」

「度重なるお気遣い、感謝の至りです。魔王様もさぞお喜びになるかと」

 ……あぁ、ひょっとしてこの人はお兄ちゃんタイプなのだろうか。

 魔王様、これは事件です……。

 もしかしたら、妹のように慕われているだけかもしれません……。

 確かに魔王様の見た目は幼い。
 悪魔は長命のため、実年齢と見た目にズレが生じる場合も少なくない。魔王様はその影響をモロに受けている。

 言ってしまえばロリ。

 かたやこの男、勇者は二十代前半でしょうか。
 一人暮らしの上に家事も出来る。しっかり者。

 それに比べ魔王様は……。

 妹ではなく、一人の女性として見られているのでしょうか……。あぁ、不安になってきた。

 聞いてしまいたい。目の前の勇者に問いたい……。


「ルシファー君、どうかしたか? 一緒に山菜を摘んだ仲だ。何かあるなら遠慮なく言ってくれ」

「い、いえ。山菜が美味しくて感動しておりました」

「そうかそうか! ほら、遠慮なく好きなだけ食べてくれ」

「あ、ありがとうございます」


 あぁ、聞けない。聞けるわけがない。
 魔王様はロリ。この男、勇者がロリコンなのかどうか、話の焦点はそこになってしまうのだから。

 魔王様、覚悟を決めるときが来たのかもしれません……。
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