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59話

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「研修は一日で終わらす。明日は空いてるか?」
「急を要するのであれば空けますけど」
「悪いね。助かるよ」

 少し生意気な答え方をしたなぁと後悔したけど普通に返してくれた。
 大人で出来た人。良い人なんだ。おふざけは過ぎるけど。


 シフト表を眺めながら、少し険しい顔をする店長。

「とりあえず向こう一週間のシフトだけ相談してくれ。こんな時間まで付き合わせてしまって悪いね」
 少し申し訳なさそうに頭を下げた。

 並々ならぬクルー事情を抱えてそうな雰囲気だ。即日採用で、さらにその日の内にシフトまで決めてしまうのだから。

 …………………。

「時間掛かりそうだな。よし、飲み物を持ってきてあげよう。何が良い?」

 「オレンジジュース!」
 「メロンソーダ!」


「君たちはお子様だなぁ。お似合いだぞ?」

 「「はぁ?」」
 俺と最側は声が合ってしまった。シンパシー。

「ほら、息もピッタリ!」

「勘弁してください」
「ありえないですぅ、無理ですからぁ!!」

 言葉は違えど、これもシンパシー。ゾッと寒気が。こいつとシンパシーを起こすなど……。


「君たちはニコイチだからさ、仲良くやってくれよ」
「はいはぁい……」
 優しくなだめる店長。最側は俯きながらも仕方ない。と返事をする。


 あの、二人でなにを納得してるんですか……。ニコイチ?

 やはり〝止ん事なき事情〟をスルーした事はまずかった。そのツケがひしひしとまわってくる。

 最側とニコイチ扱いだ。

 言わなくても良いことは言わなければ良い。
 しかし聞かれて言わないのは〝嘘〟になる。

 〝爆弾〟を俺はいくつ抱えればいい?

 今日の出来事の大半はちほには言えないぞ。

 ……考えるのはやめよう。時給1900円は大正義だ。
 限られた時間の中で思い出を作るにはお金が必要なんだ。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「あの、何故ニコイチなのでしょうか?」
「まぁ、それは追い追いな」

 結局、聞いてしまった。でも、答えは貰えず。
 何してるんだよ……。


「先輩わぁ、知りたがりーなんですかぁ?」
 
「別に」と短く答えた。こいつは何も教えてくれない。単に意地悪をしたいだけ。そろそろわかってくる頃だ。この女の性格の悪さを。

 最側はプイッと可愛らしく怒ってみせた。いちいちぶりっ子をしやがって……こいつ。


 店長さんは首を横に振りため息を漏らしていた。

「まぁまぁ、そうあからさまに機嫌を悪くするな。履歴書やら雇用契約書が本社で受理された後に全てを話すつもりではいるんだぞ?」

 それ言っちゃうのかよ……。良くも悪くも店長は良い人だ。短い時間だが不思議と信用もしている。
 
 近過ぎず遠過ぎ。時折優しい。絶妙な距離感。


 果たして、妖精さんの見解は。……居ない。


 ──ほんと何処行っちゃったの?!
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