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 〝パチパチパチパチ〟

 俺は拍手をしながら教卓を出た。
 こういう時は勢いが大切だ。何より、客観的に見た今の俺は覗き野郎に他ならない。隠れてカメラを回して居るのだから、盗撮野郎と言っても過言ではないだろう。

 だから俺を拍手をする。
 〝ビューティフル〟と称賛の意を込めた嘘っぱちの拍手に、嘘っぱちの言葉を乗せて。
 
「龍王寺はやり方が上手いね。それ、筆箱に戻すために受け取ったんだよね。振り払って床に落ちたら大変だ」

 緊迫した空気にそぐわない俺の登場に、二人は戸惑いを隠せない様子だった。とりあえず成功したかな。

「ああ? 誰だてめえ? いつからそこに居た?」
「やだなぁ。ずっと居たよ。最初から、ね」
「……そうか」

 当たり前を当たり前にぶつける。
 一部始終、その全て見て居たぞとわかるように。

 龍王寺は勢いをなくし何も言ってこない。
 
 間髪入れず次の手を打つ。

「動画。ずっと撮っててさ。龍王寺は優しくて良い奴だなって感動しちゃって。それで思わず声掛けちゃったわけ」

 胸ポケットに閉まっておいたスマホを取り出し、二人に向ける。今も尚、撮影中ですよとそんな雰囲気を見せながら。

 当然、スマホで撮影はしていない。こんなのはブラフだ。俺が撮影に使っていたのはデジカメ。

 でも、最悪の展開を考えると、スマホでなければいけない。今、この場においては撮ったか撮ってないのかではなく、撮ったと思わせる事が重要なんだ。

「龍王寺くん⁈ やばいよ。もう僕は言い逃れできないけど、そんな写真をばら撒かれたら、龍王寺くんだってタダじゃ済まないよ?」

 盗屋の言葉は差し迫るものがあった。
 なんとなくわかって居たけど、こいつは人の心を煽るのが上手い。だから未来ではあんなことになってしまったのかな。

「いや、一緒にすんなよ。俺は何もしてねえだろ」
「何言ってるの? 手に持ってる物をよく見なよ。二見さんのシャーペンでしょ? 写真撮られたんだよ? やばいよ龍王寺くん」

「それは……お前が俺に持たせたんだろうが」
「そんなのは関係ないんだよ。今、龍王寺くんが二見さんのシャーペンを手にしてる。そのことが問題なんだ」

 煽る煽る。ほんとこの男はすごい。

 そして、一通り煽り終わると、およそ想像通りの展開になった。

「そいつの持ってるスマホ。壊しちゃえばいいんだよ。こんなどこのクラスともわからないような、おまんじゅう面の隠キャ。何を言い出したところで、みんな妄言だと思うに違いない。むしろおまんじゅう君が取ったことにしよう。名案だ!」

 俺のスマホを指差す盗屋。
 こうなるような予感はしてた。だから俺はスマホで撮影したとブラフをかけた。

「スマホを壊しても無駄だよ。常時、うちのサーバーに撮った動画が保存されるよう設定してあるからね」

 我ながらよく言うもんだと思った。

 嘘を吐くことには慣れている。まさか、こんな場面で役に立つときが来るとはな。因果応報もあてにならない。


 慌てる盗屋、肩を落とす龍王寺。

 さあ、仕上げだ。

「それにさ、俺はずっと見ていたから。最初に言ったろ? 龍王寺は筆箱に戻すためにシャーペンを受け取っただけ。盗みを働いたのは盗屋、君だよ」

 言い切った。俺の切れるカードは全て切った。
 後は龍王寺次第。俺の出した船に乗るかどうか。

 ううん。大丈夫。“未来”に居たからこそわかる事がある。龍王寺はいい奴なんだ。

 ”未来”ではずっとずっと後悔していたんだろう。ちほのことが好きだったんだよな。

 だったら答えは一つ。龍王寺の取る行動は決まってるんだ。


「……お、おう。わかってんじゃねえかよ」

 乗った。俺の船に龍王寺が乗ってくれた!

「ちょ、ちょっと待ってくれ。そうだ、おまんじゅう君。君も仲間に入れてあげよう。これは三人だけの秘密だ。大丈夫。バレやしないから。僕が保証する。ほら、好きなの持っていっていいよ。どれがいいんだい?」

 そう言うと盗屋は筆箱をこちらに向けて来た。
 その姿に龍王寺は先ほどまでの自分の姿を重ねたのか、異常だと言うことに気付いたように声を荒げた。

「うるせーぞこの野郎。それはてめーのじゃねーだろ!」

 〝ドュクシッ〟

 胸ぐらを掴んで頭突き。
 怯んだところに顔面パンチ。

 それは俺の知っている普段通りの龍王寺だった。
 ドSの龍王寺が帰ってきた瞬間だった。

 迫りくる拳の前では盗屋の話術も為す術はなく、ただ謝るだけだった。

「ひ、ひぃ。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 ◇

 素直に謝り倒す盗屋だったが、職員室に突き出すと言うと酷く暴れた。
 「なんでもする」「二度としない」「お金ならいくらでも払う」と言って。シャーペンの芯も丁寧に戻していた。


 “未来”を知らない俺だったら許していたと思う。
 現に龍王寺は「これに懲りたら二度とするなよ」と、終わらせようとした。

 でも、こいつはダメだ。

 蹴った殴った謝ったで許されるような奴じゃないんだ。

 躊躇うことなく職員室に突き出してやった。


 ──そうして俺は、自分の甘さを知る。

 盗屋の犯行は、俺が止めたことによって“未遂”になってしまったんだ。
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