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しおりを挟む──職員室。
七組担任の七田先生に盗屋を突き出し事情を説明すると、思いも寄らない言葉が返ってきた。
「あちゃー、人の筆箱を勝手に開けたらダメだろ~」
「明日、先生と一緒に二見に謝りに行こうな」
「これに懲りたら二度とするなよ?」
それはまるで、子供が悪さをしたような軽い言葉だった。職員室には他にも数名の教師が居たが、特に気にする様子もなく無頓着にしている。
そうして、一通り事務的な説教を済ませると、七田先生はまとめるように諭し始めた。
「良い友達を持ったな。未然に止めてくれたんだろう? 良かったな盗屋」
「はい。本当に良かったです。僕、もう嬉しくて嬉しくて」
盗屋がやると三文芝居に見えないから不思議だ。
涙まで流して、俺と龍王寺にお礼を言ってきた。
「ありがとう。本当にありがとう。僕は良い友達を持って幸せ者だ」
言葉が出なかった。この期に及んで活路を見出そうとしている。いや、既に見出した。……こいつに良心の呵責はないのだろうか。
先生はその様子を見て“うんうん”と満足気な表情を見せると、打って変わって本題とばかりに龍王寺に視線を向けた。
「でもな、龍王寺。いくら友達だからって暴力はいかんよ。暴力は~」
「先生、いいんです。僕が悪いんですから。龍王寺くんのことを咎めないで下さい」
盗屋はこれ見よがしに龍王寺を庇った。
龍王寺も何か言おうとしていたが、それを遮るように。
「ゴホン。本来、暴力沙汰は謹慎や停学処分だが、今回は事情が事情だ。盗屋もこう言ってくれてるわけだしな。仕方ない。先生も聞かなかったことにしてやろう」
「……ああ」
「おいっ、龍王寺‼︎ なんだその態度は⁈」
先生は声を荒げて怒り出した。
ここで怒るのかよと。俺は目の前の光景に絶望した。
「……さーせん。これからは気をつけまーす」
「お前は本当に大人を舐め腐ってるな。まあいい。次はないからな」
盗みを働こうとした盗屋よりも暴力を振るった龍王寺のほうが問題だと思っているようだった。
……確かに、客観的にみたらそうかもしれない。
でもだからって、このまま引き下がるわけにはいかない。
「先生。盗屋がしたことは窃盗ですよ。然るべき処置をお願いします」
「えーと、君は何組の生徒さんかな? まあ、シャーペンの芯を一本だろう? 消しゴムを借りるぐらいのことは生徒間でも日常茶飯事。どうしてもペンが必要で机の上に筆箱が置いてあったのなら借りるかもしれない」
ああ、そうか。俺はここに来て全てを悟った。
“未来”で物がなくなった際にも、ちほは担任に相談をしているはずなんだ。それでもずるずると止まることなく、いくところまでいってしまった。誰もちほのことを守ってくれなかったんだ。
初めから、先生に期待をするのは無駄な事だったんだ。
「そうですね。わかりました。過ぎたことを言ってしまいすみません」
「そうかそうか。わかってくれたみたいで先生安心したよ。えーと、それで名前は? 何組の生徒さんかな?」
いっそ、おまんじゅうでーすと言ってやろうかとも思ったが、俺にはまだ出来る事がある。
先生があてにならないのなら、別の手段を取るまで。
──結局、盗屋は説教をされるだけにとどまった。
◇ ◇ ◇
学校から出ると、俺はその足でちほが住むマンションへ向かった。
“未来”を経験しているからこそ、出来る事がある。
初めからこうしていれば良かった。
あの日の埠頭。男同士の話し合いから俺は逃げてしまった。そのことへの後ろめたさから考えないようにしていたんだ。
俺は、これからパパさんに会う。
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