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しおりを挟む──午後八時。
ちほが住むマンションにはコンシェルジュが居た。とても待ち伏せなど出来る雰囲気ではない。
そのため、少し離れた木陰からパパさんの帰りを待つことにした。
「……うん。ストーカーっぽい事は気にしない」
未来で会ったときは娘の彼氏としての俺だった。
それに加え、素性は知られていた。
マイナス要素だったのかプラス要素だったのか。
それは間違いなくプラスであろうと、今の俺ならわかる。
どうする事もできない空気と言うのをつい先ほど、職員室で味わってきたからこそ……わかった。
「……はぁ。あれはダメだ。どうにもならん」
聞く耳を持たない教師。口八丁な泥棒野郎。そして龍王寺も、今日俺があの場に居なければ盗屋側へと引きこまれていた。
考えるとゾッとする。あれで最序盤。始まりの日なんだ。
人気者の盗屋にドSの龍王寺。
ヒエラルキーTOPが始動する盗みの輪は瞬く間に広がり、七田先生では手に追えず、きっと匙を投げる。
そうして、俺が出会ったときのちほは完成する。
気を許すのは極少数。人を人として見ないような冷めた視線。単なる男嫌いなどではなく、もっと深いところにある「……闇」
妄想の域を出ないが、あの日“未来”でちほに放った壁ドンが成功した理由もわかった気がする。
最初、逃げたり白石の裏に隠れたのは男性不振。
それは男嫌いになる前の感情。
男性不振から男嫌いになる過程で、俺だけは”嫌い”のカテゴリーに入らなかった。
あの当時の俺は秋月さんしか見ていなかった。
秋月さんを除くその全てが灰色に映っていた。
その為、俺だけは蚊帳の外に居たのかもしれない。
私物強奪事件は疎か二見ちほと言う存在すら知らなかったのだから、たぶん間違いないだろう。
ちほは羞恥や哀れみの目に晒されたのかもしれない。
全生徒が右を向く中、俺だけは常に左を向いていた。その存在は異質で、ちほの目に止まった。
そして次第に目で追うようになる。
おまんじゅうでわがままボディの俺。
ある日突然の一丸発起。地獄の特訓を行い、細マッチョに大進化。そういう努力する姿なども含めて、まとめて全部、あの日の壁ドンに乗ったのかもしれない。
その結果、俺はちほと付き合えた。
冴えないおまんじゅうなぼっちマンがびっくりするくらい痩せちゃったと、ママさんに話したのだろうか。
だからちほのお父さんも俺のことを知っていた。
──そう考えると、全てが繋がる。
その当時、俺が秋月さんしか見ていない事にも気付いていたとしたら、他に好きな人が居ると思っていた事にも合点がいく。
本当にどこまでも最低な男だな。俺ってやつは。
今更気付くなんて……あまりにも遅過ぎる。
…………この世界でのちほの笑顔だけは絶対に守る。
◇ ◇ ◇
──午後十時。
色々とあったが、盗屋の犯行動画をパパさんに見せることができた。たかがシャー芯一本。それでも、パパさんなら盗屋の異常さに気付いてくれるはずだ。
「お、お父さん! カメラが壊れてしまうのであまり強く握らない下さい!」
「……すまない。頭に血が上ってしまってね。気を付けよう」
見た目はあの日と変わらずアウトローで恐ろしいのだが、応対は紳士だった。
初めて会ったあの日は彼氏補正があったのだろうか。とびきりマイナスの……。この世界では初対面でお父さんと呼んでも怒らない。
(二見さんの)お父さん。
今の俺がパパさんのことをお父さん呼びしてもこの程度の意味合いしか持たないのだろう。
五人目の家族と言ってくれたあの日を、とても遠くに感じる。
◇ ◇
録画を観終わるとパパさんは怒りに震えていた。
「八ノ瀬くん。お手柄だ。こいつは手癖が悪いとかそういう次元じゃない。他を巻き込み同調まで施している。うちの娘がこんな奴に目を付けられていたとはな。放っておいたらどうなるところだったか。感謝に堪えないよ」
「いえ、お父さんに見てもらえて良かったです。これで僕も安心できます」
さすがはパパさんだ。
「後は任せなさい。明日、朝一番で学校に行こう。担任もろとも飛ばしてやる」
怖いセリフが飛び出して来た気もするけど……。これでもう大丈夫だ。
肩の荷が下りたような気がした。
「おおっと、どうしたんだ八ノ瀬くん」
腰が抜けてフラついてしまった。
慌ててお父さんが俺の体を支えくれた。
「すみません。大丈夫です」
「……なんというか、君は死にたそうな目をしているな」
それは直球だった。
「……生まれつき、ですよ」
「そういうことじゃない。職業柄と言うのかな。わかるんだよ。なんとなくだがな」
「勘違いですよ。今日は色々あったので、少し疲れているだけです」
「……そうか。ならいいのだが」
長居は禁物だ。これ以上ここに居たら、すべてを見透かされてしまいそうだ。用件を済ませて一秒でも早く立ち去ろう。
「お父さん。最後にお願いがあります。俺のことはちほさんには言わないで欲しいんです」
言い方が悪かったのだろうか。お父さんは俺が遠慮をしていると思ったのか、優しく肩を叩いてきた。
「何を言ってるのかね。君は娘にとってヒーローだ。今日はもう遅いからな、日を改めて夕飯に招待させてもらうよ」
ヒーローなんかじゃ……ない。
「すみません。……彼女に怒られてしまいますので」
「あー、これは失敬した。そうか彼女が居たのか。気が利かなくてすまなかった。でも、そうか。……それは残念だな」
彼女なんて居ない。
俺は本当に嘘が得意だ。
でもこれは必要な嘘。俺と関わってもロクなことにはならないのだから。
──そうして翌日、宣言通りにパパさんは学校に乗り込んできた。それはもう鬼の形相で学園内は騒然とした。
盗屋は停学。七田先生は姿を消した。
“二見さんの私物を盗むと龍王寺に殴られアウトローな父親が学校に乗り込んで来て消される”
と、学園中の噂になった。
二見さんの私物を盗むと“やばい”と生徒たちの間に植え付けることができたんだ。
これでもう、ちほの私物が盗まれることもないだろう。
──俺の役目は、終わった。
◇ ◇
ことの行く末を見終わった俺は、まだ昼休みだったが帰ることにした。
もう、学校に居る理由もない。
昇降口で靴に履き替えたときだった。
〝トントン〟
肩を叩かれた。
振り返ると俺のほっぺに人差し指がツンと捻じ込んだ。
イラッとしたのは一瞬で、驚きのほうが遥かに勝った。
「やっほー、正義のヒーロー君⭐︎」
それは、とても聞き覚えのある声とトーンで懐かしさを感じた。
そこに居たのは、秋月さんだったんだ。
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