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第五話 日帰りパンツミステリー

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 目の前で綺麗なお姉さんが顔を歪ませながら、僕のパンツをクンカしている。

 息を荒げとても苦しそうにクンカしている。

 クンカ。クンカ。クンカ。


 これは”研究”の為のクンカ。
 日帰りパンツミステリーの解明に必要なこと。

 でも…………、

「こ、心音……もう、やめよう」
「待って、もう少しだけ。この臭さの先に何かがあるような気がするの。だってこんなに臭いんだよ?」

 容赦なく悪びれる様子もなく臭いと言い放つ。けど、これが幼馴染。遠慮は無用なんだ。
 
 わかってはいるけど、心が限界に達しそうだ。
 臭いと言われることも、臭いのに無理して嗅いでくれる心音のことも。

 研究。日帰りパンツミステリー。

 その代償がコレなら……僕はもういいよ。真実は永遠に闇の中でもいいっ。もうやめようよ……心音……。

「もういいんだ。心音。もう、いいんだよ」
「コタ~うるさいよ? いま良いところなんだからちょっと黙ってて。何かがわかりそうなんだからっ」

 クンカ。クンカ。クンカ。

 ……そうだ。心音は昔からこういう子だった。優しくて思いやりがあって、自分のことよりも友達を優先する。

 僕がいじめっ子に泣かされた時は仕返しに行ってくれたっけ。お裾分けって言って夕飯もよく持ってきてくれたな。
 中三の夏。試合に負けて引退が決まった日、泣きじゃくる僕の隣で一緒に泣いてくれた。

 心音とのあれやこれ。想い出が脳裏を駆け巡る。

 いつだって頼ってばかりだった。今回も心音を頼って家まで押し掛けた。

 一年ぶりの再会だから忘れていたんだ。
 心音に相談したらこうなること、僕は考えもしなかった。

 バカっ。僕のバカっ。


 〝バサっ‼︎〟
 僕は心音から再度、パンツを取り上げた。

 多少強引でもいい。これ以上、心音に無理はさせない。
 

「あー、返してよ! わたしのパンツ‼︎」

 いや、僕のパンツなんだが。……いい。いまはそんなことはどうでもいい。

「もういいんだ心音。無理させちゃってごめんね」
「……無理? えっなんのこと? それより返してよ。わたしのパンツ‼︎」

 僕に悟らせない為か、心音は無理なんて何もしてないよと明るく振る舞った。そしてまた返せと言った。

 本当に優しいやつだよ。お前は。

 だからこそ、しっかりしないと。全部わかってるんだから。

「心音が苦しむ顔、これ以上見れないよ。優しさに甘えるようなことして、ほんとごめん。もう心音は気にしなくていいから」

 心音は「はい?」と、不思議そうな顔をした。でも、次第に何かに納得したように「ああね」と続けた。

「わかった。そういうことね。じゃあ今は嗅ぐのやめるっ。気が利かなかったよ~ごめんねコタ。って、ことで貸して? それ置いてって」

 あ…………れ? 貸す?

「えっ?!」
「別にいいじゃん。家に帰れば他にもいっぱいあるでしょ」

 なに、そのシャー芯一本ちょうだいみたいな軽いノリ。
 あっ、あげるわけじゃなくて貸すから漫画本かな。
 いや、ゲームソフト貸してかな。違う違う。そうじゃない‼︎

 心音は人一倍責任感の強い子だった。

 相談を受けた以上、途中では投げ出せないんだ。その結果が“貸して”なのだろう。

「研究は……もう終わり。もういいんだ心音」
「なに? なんなの? もういいから貸してよ‼︎」

 そう言うと心音は少しイラつくような表情を見せ、先ほど取り上げたパンツを僕から奪った。

「ちょっ、心音?! 貸せるわけない。持って帰る。あ、履いて帰る!」

 そうだよ僕いま、ノーパン。
 研究以前に貸すことなんて無理じゃないか。

「はぁ。これはコタの為なの。わかる? わたしに任せておけば大丈夫だから。ね? 言うこと聞いてよ。聞き分けのない子は嫌いだよ?」

 そう言うと優しく頭を撫でられた。
 あれ、なんだろう。すごい落ち着く。

 綺麗なお姉さんの包容力。
 全てを任せてしまってもいいような……安心感。

 さっきまで確かにあった、心音に迷惑はかけられないと思う気持ちが遠くへ消えていく。

 甘えちゃっても……いい……の……かな?

 恐る恐る心音の顔をみた。僕の視界に映ったのは大天使のような優しい笑顔だった。


「じゃあ、お願いしようかな……研究」

「うん。任せてっ。コタは聞き分けが良くて良い子だね~」

 心音は満足そうな顔をしながら鼻歌混じりにパンツを四つに折り畳むと、棚に閉まった。

 僕のパンツが視界から完全に消えた瞬間だった。
 一泊二日。いってらっしゃい僕のパンツ。
 不思議と切ない気持ちになった。心なしか下半身も涼しいような……。

 ──ノーパンでした。


「あのさ、心音……ノーパンなんだ。帰りどうしたらいいかな」

 言葉にすると堪えるものがあるな……ノーパン。

「うん。そうだね。バスパン黒だし大丈夫でしょ。誰も気付かないよ?」

「そういう問題じゃなくて……」

 ノーパンを軽視し過ぎじゃ?
 ノーパンなんだぞ?

「はぁ。しょーがない。わたしのパンツ貸してあげるよ」
「ば、ば、バカなこと言うな!!」

 聞いた僕がバカだった。
 こういうやつだ……。諦めよう。腹を括ろう。
 
 心音だってしたくもないクンカをするんだ。ノーパンくらい我慢しないでどうする……。

 全ては“日帰りパンツミステリー”の解決のために。

 ◆◆

 それは帰り際の玄関でのことだった。
 相談も終わりパンツも貸した。もうこの家にいる理由はない。ノーパンだしソワソワしてしまって限界だ。

 「お昼まだなら何か作ってあげよっか?」と、言われて一瞬心が揺らいだけど、ほんともうそれどころじゃなくて……ノーパンだから。

 僕の頭は帰る一択だった。

「あっ、そーだ。お家帰ったらすぐにお風呂入るの?」
「たぶん、すぐ入る」

 汗臭いって言われたし。速攻で入るよね。

「じゃあ着替えのパンツと洗濯機に入れるパンツ。二枚用意すること」
「え、なんで?!」

 まーた意味のわからないことを。
 綺麗なお姉さんになってもやっぱり心音だな!

 ──そう、思っていたんだけど……

「はぁ。ほんとコタはダメダメだな~。海乃ちゃんがパンツ持って行っちゃうんでしょ? 洗濯機にパンツ入ってなかったらどう思う?」

 そりゃ、もちろん。ない! ってなる……あっ!

「はっ! さすが心音!!」
「ふふっ。とーぜん! コタはお子様だからなぁ。これは一つずつ教えてあげなきゃダメだぁ」

 すごい頼もしい。ふんふんと若干ドヤ顔風なのが頼もしさに拍車をかける。

 こんなにも理にかなったドヤ顔は初めてみた!

 危うく海乃にノーパンがバレるところだった!
 
「あとねっ、明日も部活あるの? 何時に来る?」
「うん。でも一回家に帰って着替えてから来るよ。シャワーも浴びたいし。三時くらいかな。……今日はなんて言うかごめん。昔のノリで汚いまま来ちゃって」

「あーー、いいよ。そのまま来て。着替えて来たら家入れないから。パンツも返さないっ。そのつもりで!」

「えっなんでよ? なんでそうなるの?」

 汗臭いって文句言ってたよね?!

「うーん…………。だってそれコタらしくないじゃん。気使われてるみたいで気持ち悪い。だ・か・ら! 部活終わったら速攻で来て! お昼ご飯作って待ってるから。コタの大好きな心音特性オムライスっ!」

 その言葉は僕の心を抉るようですごい痛かった。
 嬉しいはずなのに、確かに感じる温度差がただただ痛かった。

 離れた時間が嘘のようにあの頃のまま。

 変わったのは心音の外見だけ。なのに僕は異性として意識している。汗臭い汚れた姿で会いたくない。こんなこと、心音相手に思ったことなんて一度も無いのに。

 ドキドキがおさまらないんだ。

 頭ではわかっていても心が言うことを聞いてくれない。自分が嫌いになりそうだ。


 ◆◆◆◆

 僕は全力で自転車を漕いだ。一秒でも早く家に帰る為に。このやり切れない気持ちとノーパンを忘れる為に。

 初めてのノーパンは下半身がスゥースゥーしてすごい気持ち悪かった。でも、それ以上に心許なくて切ない気持ちになった。

 いつだって僕を包み込んでいたパンツ。
 それがない。初めての……経験。

 ノーパン。ノーーーーパン。

「うわぁぁぁぁぁぁ」

 叫び声は風とともに消えていく。いつかのあの日のように。

 どんなに叫んでも自転車を漕いでもノーパンと言う事実が消えることはないのに……漕がずにはいられなかった。



 ──そんな、高2の夏休み。
 
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