【BL】1000年前の恋の続きを

茶甫

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5 御前試合 前

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 本日の二年生の特級クラスの授業は課外授業である。
「この野草は根に毒があるが、別の毒草と合わせることで強い回復薬になる。互いの毒が互いを無毒化することで薬効となる」
 シェルミールの説明を受けながら生徒たちは興味深そうに野草を眺めている。
「ちなみにそのかけあわせる毒草がピコ、お前の足下にあるものだ」
「ひゃ!? え、これ!? まっピンクだよ!?」
「ああ。見るからに毒草らしい親切なやつだ。どんなに腹が減っていても単独で食べるなよ? 毒の耐性がなければ一日も経たずに死ぬぞ」
「ひい」
 シェルミールの言葉にピコと呼ばれた少女があからさまに恐がる。パールは興味深そうに眺める。
「素手で触って大丈夫?」
「死ぬことはないが、なるべくはやく綺麗な水で手を洗ったほうがいい。毒性が強いから手にしびれが来る。毒が残っているまま目や鼻を触れば粘膜から毒が入って失明や嗅覚異常、最悪の場合は死ぬ」
「強いんだねえ」
 関心したように見つめるパールにシェルミールは頷いた。
「だがそういった毒草こそうまく使えばいい薬になる。薬学の研究者たちに感謝するんだな」
「はあい」
「お腹空いてても草は食べないようにしよ」
 男子生徒の言葉に他の生徒が笑う。
「まあ、それが正しいな。半端な知識で触れていいものではない。中には専門家でも間違える程のものがあるからな」
「難しいよねえ。キノコとか特に」
「ああ。毒キノコに見せかけて無害だったり、無害に見せかけて強い毒性を持っていたりと素人が一番手を出してはいけない奴だ」
 そうやって和やかに授業を進めていると後方でついてきていたアインに小柄な女子生徒が声をかけた。
「ねえ、アイン先生? あのお花は? すっごく綺麗だけど摘んでも大丈夫?」
「ん? どれだ?」
 少女の指を指した先にあったのは美しい七色の花びらを持つ珍しい花だった。
「珍しいな、あの花がこの辺りにあるなんて」
「何かよくないもの?」
「いや、悪くはない。あれは精霊の穴っていう精霊界の何処かに繋がる穴があるって目印の花だ」
 アインの言葉に先を歩いていた生徒達、そしてシェルミールが反応して戻ってきた。
「うわあ、綺麗。七色の花びら!」
「すげえ、よく見付けたな」
「き、綺麗だなあって思って」
 少女が困ったように笑う横でアインは意識を集中する。精霊の意識を探って――
「……お前達俺の後ろに。シェルミール、結界を頼む」
「わかった」
 アインの言葉に頷いてシェルミールが素早く結界を張り巡らせる。生徒達を守るように。そしてアインは花の咲く場所に一歩踏み込む。すると――空間が歪んだ。
『きゃっはあああ! 間抜けな人間め、ひっかかりやが』
「ピクシーバブ、お前の家に帰るんだ。悪戯はおしまいだ」
 アインの言葉に飛び出してきた小さな子ども程度の妖精ピクシーバブが固まる。彼等は基本無害ではあるが幼い子どもの場合は精霊界に連れて行ってしまう。俗称連れ去り精霊とも言われる。
『ひえっ! や、やだよお! 遊び足りないんだよ!』
「悪戯が過ぎるぞ。ここにお前と遊んでくれる小さな子どもはいない。大人しく帰れ」
『やだ、やだ!』
 駄々をこねる精霊にアインはため息をついて右手を掲げた。
「駄々をこねるなら叱ってもらうぞ? ネプリア!」
 アインが呼べば空中に巨大な水の玉が出現し美しい女性が現れる。水の上位精霊ネプリアの姿を見てピクシーバブは慌てる。
『ひええ! ネプリアママ!』
『あらあら、いけない子ね。寂しいからって勝手に友達を増やすのは辞めなさいっていつも言っているでしょう? 寂しいなら精霊王さまの膝元に行きなさいっていつも言うでしょう?』
『やだよう。グランパのお話はいっつもながくて退屈だもん!』
 駄々をこねるピクシーバブにネプリアは笑顔を向ける。
『あらあら、じゃあ精霊王さまにつたえておくわね。もっと長いお話をしてあげてって』
『やだああ! 遊びたい遊びたい!』
 駄々をこねるピクシーバブにアインはため息をついてガウンのポケットを漁る。そうして見付けたのは小さなあめ玉である。
「ほら、これをやるから帰れ。受取ったら帰るんだぞ? 約束だ」
『あめだ! あまくて、おいしい! くれるなら帰る!』
 アインから飴を受取ると上機嫌で姿を消した。同時に先ほどの花は消える。
「……ネプリアを出しても帰らないとか、あいつ大物だな?」
『こういうの、私は向いてないのよお。どちらかというとラムンとかのほうがびっくりして帰ってくれるけど』
「ラムン……俺も怖いから会いたくない」
『え? そうなの?』
 驚いたようなネプリアの言葉にアインは頷く。
「今は姉さんの守護に徹してるみたいだからあんまり出てこないけど……昔、それこそ姉さんと再会したときに求婚されて」
「は!?」
 急に割り込んできたのは成り行きをみていたシェルミールである。
「おい、それ、どうしたんだ?」
「え? 姉さんがぶんなぐってくれて引っ込んでなかったことにしてくれた」
『……代わりに謝っておくわ、ごめんなさいね。あの、ちょっと考えなしなところがあって』
 ネプリアが本当に申し訳なさそうに謝る。シェルミールは深くため息をついた。
「……なかったことになっているなら、まあ、いい」
『まあ仮に精霊界に連れて帰ってきたとしても私がぶんなぐるけどね』
 笑顔でつげるネプリアにアインは曖昧に笑った。

*********

「さっきの綺麗な人も精霊なの?」
 学校への帰り道にパールに聞かれ、アインは頷く。
「ああ、水の精霊だ。契約しているから水場がなくても力は半減してしまうが、召喚自体は可能だ」
「そうなんだ。さっきのピクシーバブって何処にでも現れるの?」
「いや、公園とか子どもが集まりやすい場に来やすいな。寂しがり屋なんだ。ここは魔法学校だから結界が邪魔して来られないと思ってたけど」
「学校の近くは強めの結界が張ってあるが、あの辺りは弱くなっているからな。見ていたが、あのピクシーバブは一般的に見るものより大きな個体で意思疎通もしっかり出来ていたから強い個体なんだろう。マーロンにはつたえておく。今日はお前がいたから何とかなったが、精霊に詳しくないものが遭遇したら対処も分からず連れ去られていた可能性が高い」
 シェルミールの言葉にアインが頷く。
「今度は下級の精霊よけのお守りでも作ってみるか?」
「精霊よけのお守り?」
「ああ。下級のピクシーバブとかコブリンが嫌う花の種とか薬草とかをいれるんだ。あと精霊から見つかりにくくするまじないの符を入れる」
 アインの説明に生徒達が手を叩く。
「作りたい。次の授業それね!」
「ならついでに材料集めからするか。学校の周りにも自生してるし」
 パールの喜ぶ声にアインが提案すれば聞いていた生徒たち全員が目を輝かせる。マーロン魔法学校では、授業内容はほぼ各クラス、または専攻科目の教師の自由裁量になっている。フィールドワークを定期的に行なっている教師は今はあまりいないようで新鮮なようだ。
 賑やかな声をあげながら一行が学校に戻ると事務室から事務員の男性が出てきた。
「ああ、丁度良かった。アイン先生」
「へ? お、俺ですか?」
「はい。先生宛に小包が届いてますよ」
 男性から手渡された小包の送り主は――聖フローティア教会付属サニタリア孤児院院長、となっている。
「院長先生からだ」
「お前のいた孤児院のか」
「ああ。なんだろう? そんなに大きくはないけど」
 アインは孤児院出身で、そもそもこのマーロン魔法学校を薦めてくれたのは孤児院の院長である。アインの魔法特性、魔力の高さに気づいていた彼はアインに平民出身でも入学可能なマーロン魔法学校を薦めてくれたのだ。そのための準備も率先して進めてくれアインが無事特待生枠で入学し、卒業時も首席卒業の知らせをマーロンがわざわざ送ってくれたらしくお祝いの品を送ってくれた。シェルミールの弟子になってからは忙しくしており連絡も途絶えていた。
 シェルミールと研究塔の部屋に戻って小包を開ける。小包にはアインらしき人物が描かれた似顔絵の紙と小さな手紙、そして院長からの手紙に美しい羽根のついた魔法ペン(魔術師が魔法陣などを紙に描く時に用いるもの)が入っていた。
『アイン、元気にしていますか。マーロン様より、先日あなたが魔法学校の教師になったと伺いました。シェルミール様の弟子としても懸命に励んでいるとも聞いてます。生徒たちからも慕われシェルミール様からの信頼も厚い立派な魔術師として頑張っているとも。あなたをとても誇りに思います。同封した魔法ペンはささやかなお祝いの品です。どうぞ使ってくださいね。それと、ウォルナットを覚えていますか? あなたがよくだっこをしてあげていた甘えん坊のあの子です。最近読み書きが少しできるようになって自信がついたのか私があなたに手紙を送ると聞いて一生懸命あの子も手紙とあなたの似顔絵を書いて持ってきてくれました。是非読んであげてください。忙しいとは思いますが、体にだけは気をつけてください。あなたのこれからに更なる幸福と栄光がありますように』
 アインは小さな手紙を開けた。つたない字で『アインお兄ちゃん、げんきですか。あたしはげんきです。さいきんにんじんもたべられるようになりました。お兄ちゃん、たまにはあそびにきてほしいです。まってます』と書かれていた。
「……字が書けるくらい大きくなったんだな」
 アインが魔法学校に行くと聞いてからは夜泣きが酷くなって毎夜付き添っていたほどだった。そんな子がきちんと形になった文章をかけるまで成長していることに感慨深くなる。
「前から思っていたが、お前は小さな子が好きなんだな」
「好きっていうか、やっぱりシスターも教会の仕事抱えて忙しくしてるからな。自然と年長の奴が小さい子の面倒を見るのが自然な流れになってたというか。子どもだけじゃどうしようもないところをシスターとか院長先生が手助けしてた、みたいな感じかな。だから小さい子の世話はしなきゃいけないことって感じだな」
 とはいえアインのいた孤児院はロレリア王国というクロノス王国の同盟国でもあり、豊かな土壌と豊かな資源をもつゆとりのある国にある。国が運営していた孤児院だったため、アインのように本人の意思と適性があれば進学支援もしてもらえるし、養子への支援、引き取り手がいなかった場合の就労支援もしっかりされていた。養子にと望まれた場合は国王、または国王から委託された上級役人による面談が行なわれ犯罪歴や子どもをきちんと養育できる環境にあるかの確認が行なわれる。その後、簡単な研修をうけ試し期間を一週間、その次は、一ヶ月、その次は半年と段階的に設けられ相性を見られる。途中で子どものほうから、もしくは引き取り手のほうから不満が出れば即手続きは中止。引き取り手からの不満が出た場合は、その引き取り手に関しては再研修といって養子を受け入れる心構え的なものを徹底的に叩き込み直される。ここまで慎重になるのは過去、子どもに関する犯罪や外国への奴隷として売られていたという事件が発生したことが大きい。特にその事件で被害にあったのは孤児だ。そのため余計に孤児への支援は手厚い。
「院長先生に手紙返さなきゃ。ウォルナットにも。はあ」
「どうした」
「手紙、書くの苦手なんだよ。なんて書いたらいいか分からなくて」
「ああ……俺も苦手だな」
 アインの嘆きにシェルミールも同情してみせる。この師匠にして、この弟子あり、である。
 そんなこんなで数日アインが悩みに悩みながら手紙を書いては破り、書いては破り、をしているとマーロンがアインの元へやってきた。
「なんだか苦戦しているようだね、アインくん。シェルミールから聞いたよ。孤児院の院長先生から手紙が届いたって」
「はい……その、なんて書いたらいいか分からなくて」
「ふっふっふ。私がいいものを貸してあげよう」
 そう言ってマーロンが取り出したのは小型魔法カメラである。
「カメラ?」
「君の写真を送ってあげれば、元気なことも伝わるだろうと思ってね。あと昔買ったけど結局あんまり使わなくて勿体ないなあと思ってたから、今こそ出番かと。アインくんに貸してあげよう。なんなら私が何枚か撮ってあげよう」
 そう言って早速マーロンが構えようとした時、横からひょいっとそれを取り上げた人物がいる。シェルミールである。
「ほう。型は古いがいいものじゃないか。早速借りるぞ」
「ちょっと! 私がアインくんに貸したんだよ!?」
「どうせお前、言うほど使ってないんだろう? それならまだ趣味で写真を撮ってる生徒に任せた方がまだマシだ。ということでビリー、特別にアインのカメラマンになることを許可する」
「やったぜ!」
 いつの間にいたのか特級クラス三年生であるビリーがシェルミールから受取ったカメラを握ってアインをせき立てた。
「ほら、いくよ、アイン先生!」
「え? ど、どこに!?」
「中庭! 中庭で撮った後は教室で。いい? 先生のベストショットを探るために沢山撮るからね?」
「え、ええ……」
「ちなみに送らない奴はシェルミール先生が引き取るらしいから心配しないで」
「心配しかないんだが!? ミール!? 俺の写真なんてどうするんだ?」
「恋人の写真くらい持っていて普通だろ?」
 しれっと言い放つシェルミールにアインは頭痛をこらえる。
「ほらほら、日が暮れちゃう。いくよ」
「ああもう……適当でいいのに」
「駄目だよ。ちゃんと先生が楽しそうにしてるところ送ってあげなきゃ。逆に心配かけちゃうよ?」
 ビリーの言っていることは正しいのだが、何だか釈然としないアインであった。
 そうしてビリーにより沢山の写真が撮られ、何故だかアインではなくシェルミールと特級クラスの生徒たちによる選抜を勝ち抜いものを手紙に同封することになったのであった。

*********

 それから数日後のことである。ロレリア王国首都近郊にある聖フローティア教会付属サニタリア孤児院にアインからの手紙が到着した。
「ウォルナット、アインからお返事がきたわよ」
 朝のお祈りを済ませた後、庭の掃き掃除をしようとしていたウォルナットへシスターが声をかけた。ウォルナットは目を輝かせシスターから手紙を受取る。
『ウォルナットへ。手紙をありがとう。きれいな字がかけるようになったんだね。びっくりしたよ。にんじんも食べられるようになったみたいで、どんどん頼りになるお姉さんになってきたのかな。学校のお仕事が落ち着いたら遊びにいくね』
 アインの文字と添えられていた可愛らしいウサギをモチーフにしたらしいペンダントにウォルナットは喜んだ。喜ぶウォルナットにシスターも笑みを浮かべる。
「アインの写真も入っていたから後で見に行くといいわ。院長先生が食堂のアルバムに入れてくださるらしいから」
「写真? アインお兄ちゃんの?」
「ええ。写真をとるのが上手な生徒さんが撮ってくれたんですって」
 ウォルナットは掃き掃除を急いで終らせると食堂へ走った。丁度院長であるヴィグルドがアルバムに写真を入れているところだった。
「院長せんせい!」
「おお、ウォルナット。もしかしてアインの写真を見に来たのかな?」
「はい!」
 ウォルナットが元気よく返事をするとヴィグルドは写真を広げてくれた。そこへ話を聞いたらしいアインを知っている他の子ども達もやってきた。
「アイン兄ちゃんの写真は?」
「これじゃよ」
 テーブルに広げられた写真には中庭で照れくさそうに笑っているアインの写真、教室で生徒たちに授業をしているらしい写真、休憩中だったのかお菓子を食べようとしていたところを撮られた写真などが入っていた。
「アイン兄ちゃんだ! 元気そう」
「ええ、兄ちゃん、先生になったの?」
「そうじゃよ。最近らしいが授業もしているらしいぞ」
「すげえ」
 勿論彼等の記憶よりは大人びた、そしてとても柔らかな顔をしているアインがそこにいた。
「あ、この背が高い男の人、だれ?」
「ほっほっほ。賢者シェルミールさまじゃよ。アインの先生じゃ」
 一人が指差した写真にはシェルミールと共に生徒たちに囲まれて笑っているアインが写っていた。アインのすぐ隣でアインを優しく見つめるシェルミールに子どもの一人がヴィグルドに聞いた。
「ねえ、院長せんせい。この人、兄ちゃんのこいびと?」
「……さて?」
 曖昧な返答をしてしまったのはヴィグルドも驚いたからだ。噂に聞いていた人嫌いの最年少賢者であるとシェルミールについて聞いており、そんな人物の弟子になったアインを少なからず心配していたのだ。それが写真を見る限りシェルミールのアインを見つめる目は優しく、写真のアインもとても柔らかく笑っている。
(……恋は人を変える、か。人嫌いの賢者すらも?)
 脳内で独りごちて曖昧な笑みを浮かべるヴィグルドの背後にシスターから声がかかった。
「院長先生? ジェイクが見回りついでに遊びにきましたよ」
 ヴィグルドが振返れば日に焼けた肌に燃えるような赤毛を後ろになでつけた騎士風の青年が立っていた。
「ジェイクか。ご苦労さまじゃな。来月には御前試合じゃろ? 調子はどうじゃ?」
「ん? まあ、ぼちぼちって感じだな。とりあえず初戦敗退だけはないようには頑張るけどさ」
「頑張るのはいいが、大きな怪我をしないようにな」
 そんなやりとりをしていると少年がジェイクにアインの写真を一枚手にとって見せた。
「ジェイク兄ちゃん、見て! アイン兄ちゃんから写真が来たんだ」
「写真?」
「ほっほっほ。ウォルナットが手紙を書いてな。その返事と一緒に入っていたんじゃ」
 ジェイクとアインは同じくらいの時期に孤児院に引き取られジェイクが先に引き取られるまで兄弟のように育った仲である。ジェイクの方は子どものいない兵士夫婦に引き取られ、引き取られた後も、折を見て遊びには来ていたが。そんなジェイクは手渡された写真――中庭で照れくさそうに笑っているアインの写真を見て目を見張る。
「……」
 食いいるように写真を見るジェイクにヴィグルドが声をかけようとした時だった。
「ねえ、院長せんせい。アインお兄ちゃんのお返事、読めない文字があるの。教えて」
「おお、ウォルナット、そうだったのか。よしよし、貸してごらん」
 ウォルナットに手渡された手紙をウォルナットに文字を教えながらヴィグルドが読み上げる。
「ウォルナットが大きくなったのが分かって嬉しいと書いてある。そして、学校の仕事が落ち着いたら遊びに来るそうだ。よかったなあ、ウォルナット」
「ほんとう? いつかなあ、楽しみ!」
「そうじゃなあ。とはいえ学校がお休みにならんと来るのは大変じゃろうからなあ。はやくて夏頃かのう」
 大体の学校で設けられている長期休みは夏期休暇と冬季休暇である。他は学校や国によって違うので何ともいえないが。
「まあ、また連絡があるじゃろ。楽しみにまっておくといい」
「うん!」
「御前試合に来られたらいいのにね、ジェイク兄ちゃん。アイン兄ちゃんと仲良かったじゃん」
「え? あ、ああ、まあな。だけど魔法学校の先生なんだろ? 俺も最近城の警備に行くことがあるから魔術師の知り合いも出来たけど、結構大変みたいだからな。生徒は休みでも教師は仕事が山積みとかよくあるらしいし」
「そうじゃのう。それにアインはシェルミールさまの弟子でもあるからのう。研究などのお手伝いや自分の研究などもあるじゃろうからなあ」
「……シェルミール。あの人嫌いで有名な? 魔術師の知り合いが驚いてたぜ。弟子を取ったって話を聞いた時に。アインだったのかよ……大丈夫なのか?」
「写真を見る限りでは大丈夫そうじゃがな」
 ジェイクの心配する顔を見てヴィグルドはシェルミールと共に写っている写真を見せた。ジェイクは固まる。
「……」
 写真を睨み付け眉間に皺を刻むジェイクに子ども達が首を傾げる。
「どうしたの、ジェイク兄ちゃん。すっごく怖い顔してるけど」
「え? あ、いや……なんでもねえよ」
 子ども達の一人に言われてジェイクは表情を戻した、が、写真を目に入れる度に先ほどのような顔をするためヴィグルドは呆れる。
「……ジェイク。写真をいくら睨んだところでアインには伝わらんぞ」
「べ、別にアインを睨んでるわけじゃ」
「ジェイク兄ちゃん、アイン兄ちゃんのこと大好きだったもんね」
 少年に言われてジェイクは固まる。近くで作業をしていたシスターが苦笑する。
「あたしはまだ覚えてるよ、ジェイク。アインが魔法学校に行くって聞いてアインには格好つけて頑張れって言っておきながら、アタシの所に来て寂しいって泣いてたのを」
「なっ! なんで院長先生にばらすんだよ!」
「あ、アインくんの写真ってこれ?」
 別のシスターが話を聞いてやってきた。そして写真をのぞき込むと目を輝かせる。
「あらやだ。めちゃくちゃ綺麗になってるじゃない。元々綺麗な顔立ちだったけど」
「ああ、アタシも思ったよ。こう言っちゃ悪いんだろうけど、ほんと――まるで誰かに恋してるみたいな」
 シスター達の言葉にジェイクが顔を引きつらせる。
「んー、わたしは愛されてるって感じがするな。恋人でも出来たかしら?」
「ああ、かもねえ」
「……その辺にしてやりなさい」
 一人で百面相をしているジェイクを気の毒に思いヴィグルドがシスターに声をかける。シスター達は互いに目を合わせて苦笑した。
「ていうか、ジェイク、あなたね。そんなに未練あるなら、なあんでアインが魔法学校行く前に言わなかったのよ」
「そうよお」
「……こんな一度も戻らないなんて思わないじゃねえか」
 ジェイクのふて腐れた様子にヴィグルドが呆れる。
「お前みたいに見回りついでにサボりに来るような性分じゃないぞ、アインは。それに、魔術師は研究者じゃ。そりゃあ暇があれば魔術書や論文を読み込んだりするものじゃ」
「だ、だけど夏期休暇とか」
「はあ……帰ってきたところで何処に寝泊まりする。教会なんて味気ないじゃろう? そうなると宿になり、金がかかるじゃろうが。いくら支援金が出ていたとはいえ、戻ってくる余裕などあるものか」
「いくらお金を抑えても交通費がかかるしねえ。ここから例の魔法学校まで、どんなに交通費をやりくりしても1万リオ以上かかるわよ? 1万リオあったらあっちにも町はあるみたいだから、そっちで美味しい物食べた方が経済的よねえ」
「それかクロノス王国の首都まで出たほうが安上がりだし遊べるでしょうしね。あたしならそうするかな。帰ってくるわけないわよ」
 院長たちの言葉にジェイクは肩を落とす。
「金くらい俺が出したのに」
「それ、アインに言った?」
「……言ってない」
「なら意味無いじゃない。ま、いい初恋の思い出として胸にしまっておくことね」
 シスターたちに言われてジェイクは完全に心折れたのか暗い空気を引きずって食堂を出て行く。
「……詰め所に帰る」
「気をつけてな。やれやれ……重傷じゃなあ」
 そんなことがあった日から三日後のことであった。再度アインから簡潔な手紙が届いたのだ。
『来月の御前試合にシェルミール先生が招待されたので付き添いでそちらに行くことになりました。先生も一緒に院長先生に挨拶したいとのことなので、二人で伺います』

*********

 時は少しさかのぼる。
「違法な魔獣の取引、ですか?」
 シェルミールの元を一人の魔術師がお忍びで訪れた。その人は、名をレノール・ファントム――三大導師の一人、魔神の契約者である。恐ろしく整った顔立ちに、癖のある色素の薄い髪を撫でつけたレノールはシェルミールの屋敷に直接訪れた。突然の訪問に驚きながらもシェルミールは応接間に案内し腰を落ち着けてすぐ、のことである。
「昔から一定数あるけどね。とはいえ、魔獣の森の管理を魔術師協会が一部請け負うようになってからは定期の巡回とかも入れるようになったから件数自体は減っていた、んだけど。最近、また増えてきたみたいなんだ」
 話をしている二人の側にアインが静かに紅茶の入ったティーカップを置く。アインに気づいたレノールは眉を上げた。
「おや、もしかして君が噂の?」
「……せ、先生が失礼しました。あと、自分のことも大変、その、お手間を取らせてしまいまして」
 アインはひたすら頭を下げる。するとレノールは楽しそうに笑った。
「あっはっは! ああ、別に私はローグに事情を確認しに行っただけだよ? それにしても、ふうん?」
「……」
 じっと美しい翡翠色の瞳に見つめられアインは目を伏せる。シェルミールは固まっている。
「ああ、ごめんね。不思議な雰囲気の子だなあと思って。まあ、シェルミールが手元に置きたがるんだから何かあるんだとは思ったけど、なるほどね?」
 そう言ってレノールはシェルミールを見た。
「責任もって大事にするんだよ? まあ、言われなくてもそうするんだろうけど。君にとって彼は――君が人の枠を外れないための枷でもあり希望だろうから」
「……」
「それは、どういう……」
 レノールの言葉にアインが聞き返すが、導師は困ったように笑うだけだ。シェルミールは思い当たることがあるのか押し黙っている。
「ま、私が茶々を入れることではなかったね。申し訳ない。話をもどすね?」
 ふわりと柔らかな笑顔を浮かべて話を一旦終らせるとレノールの表情が険しくなる。
「さっきも言ったけど、魔獣の違法取引が最近裏の市場で増えているって情報が入ってね。どうも一部の富裕層で魔獣を飼育動物のように扱うことが流行っているらしくてね。大体が幼体で取引されてる。まあ、それでも魔獣だからね。魔術師でも手を焼く存在なのに素人が手を出して無事でいられるはずがない。大体が悲惨な死体で出てくるよ。そして残るのは暴走して凶暴化した魔獣だけ。それによる被害が増えてる。それなのに物珍しいというだけでコレクター気取りの連中が買いあさってるって話なんだ」
「……愚かにも程がある」
 レノールの話を聞いたシェルミールが吐き捨てるように言うと、レノールも頷いた。
「ああ、全くね。しかも最近は魔獣を手に入れるために魔獣の森の保護区にまで入り込んで密猟してる連中もいるみたいなんだ。私の弟子のバイナルが魔術師協会にいるんだけど困っててね。魔術師協会のメンツは潰れるわ、被害の報告は絶えないわ、踏んだり蹴ったりなんだよ」
「なるほど、事情は分かりました。それで、私に頼みたいことというのは?」
 シェルミールの問いにレノールはにっこりと笑った。
「実は、来月の頭頃にロレリア王国で御前試合っていう歴史が長い闘技大会みたいなものがあるんだよ」
「あ、知ってます。年に一回、ロレリアの守護をしている守護の神への祈祷を含めたものですよね。今ではそっちの意味は薄くて、どちらかというと下級兵士や下級騎士、または平民から力自慢だったり独学で魔術を学んでいる人材を見付けることも含めたアピール大会になってますけど」
 アインの言葉にレノールが笑みを深くする。
「おや、知ってたかい」
「はい。見たことはないんですけど、俺、ロレリア出身なんです」
「ああ、なるほどね。そうそう、同時に開催されるお祭りも盛大でね、盛り上がるんだよ。で、その御前試合に登録してきた魔術師がいるんだ」
「その魔術師に問題が?」
「まあね。魔術師協会には登録がない、いわゆる野良ってやつだ。ただ、その魔術師、平民じゃなくて伯爵の位を持ってる家の末の子らしい」
 伯爵家の息子が野良の魔術師というのは滅多にない話だ。大体貴族階級の子息は普通、それなりの学校に行くものだ。特に魔術師を志すなら尚更。
「いわゆるとりあえずの伯爵家でもなさそうでね。財政破綻起こしかけてるとも聞かない。そして末の子ってことは上の兄弟がいるんだけど、その上の子たちはきちんと正規の魔術師に登録されてる。そしておまけにこんな噂も入ってね」
 レノールは意地の悪い笑みを浮かべた。
「そこの伯爵家の近くを夜遅くに通ると獣が叫んでいるような声が聞こえるんだって。伯爵に聞けば最近、犬を飼い始めたけど中々懐かなくて大変だってぼやいていたと」
「……それは、まさか」
「じゃないかなあと思ってる。あくまでも勘だからね。押し入るわけにはいかない。そう思っていたらの御前試合に登録さ。もしかしたら魔獣に戦わせて魔獣使いの適性があるって認めさせたいのかもしれないね?」
「……正規の契約を結んでいるなら、そんなことをする必要はない」
「普通はね。だけど正規の契約どころか、何処かで買った魔獣なら?」
「……私は何をすれば?」
 シェルミールの言葉にレノールが頷く。
「実は御前試合の招待枠にローグが招かれてたんだ。だけど、元々興味なかったらしくて譲ってもらった、私に。で、私も残念ながら仕事が入った、ことにする」
「導師の名代を私が務める、ということですか」
「そういうこと。私はできる限り自由に動きたい。可能なら伯爵の確保と購入ルートの確認までしたい。そのための裏取りとかに回りたいんだ。君には御前試合で当日、その伯爵の息子が魔獣を出してくるか見ていてほしいし、もし可能なら魔獣の保護を、難しければ殲滅をお願いしたい」
「分かりました。私で良ければ」
「助かるよ。私の弟子は忙しくてね。何せ保護区に侵入した連中を追い掛けてる最中なものだから名代に出せなくてね。孫も王宮に勤めていておいそれと出てこられないし。となると任せられる名代が限られてくる」
「導師の名代は荷が重いですがそうも言ってられない状況なのは分かっています。精一杯勤めましょう。願わくば考えすぎで本当に純粋に己の力量で試合に臨んでくれるといいんですが」
「そうだね。一番いいのは、この予想が大外れであることだ。それも含めて君に名代をお願いするよ」
「分かりました。来月なら学校も休暇に入るので私も身動きが取れます」
「助かるよ。しかもお弟子さんがロレリアの出身なら道案内も不要そうだしね」
 レノールの言葉にアインは目を丸くする。
「え、お、俺も?」
「勿論。だって本当に魔獣とは限らないしね?」
 レノールの言葉にアインは目を見張る。
「それも含めてお願いするよ。シェルミールは幻獣、魔獣のエキスパート。弟子の君はローグが認めた精霊使い。これだけ網羅してれば何とかなるよね?」
「行かないつもりだったのか、お前は」
「あ、いや。道案内くらいはするつもりでいたから、ついては行くつもりでいたけど御前試合までとは考えて無くて」
 アインが慌てて言えばレノールが笑顔でつげる。
「あっはっは。弟子の君がいることは結構有名だから逆に一緒に現れなかったら、やっぱりシェルミールに弟子の面倒は無理だったかって思われるから。可哀想だから一緒にいてあげて」
「……導師」
「え? 別に私やローグが言いふらした訳じゃないよ? だけど今や有名人だよ、アイン君。名前こそあんまり知られてないけど。あのシェルミールが初めて弟子にした子ってことで。しかも聞けば二年目なんでしょ?」
「は、はい」
 レノールの問いかけにアインが頷けば導師は大笑いした。
「あっはっは。本当にアイン君って凄いねえ。人間嫌い、誰も寄りつけない、で有名なシェルミールを手なずけるとか」
「て、手なずけるって」
「だけどシェルミールって君の言うことなら大抵聞くんじゃないの?」
 レノールの言葉にアインは目を丸くする。シェルミールは苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
「導師、その辺にしていただけると……」
「困ってるシェルミールが見られる日が来るとはね。ふふ、別行動するけど私もロレリアには行くし御前試合の時は会場みられる場所にいるから。あんまり羽目外していちゃつかないでね」
「!?」
 アインが顔を真っ赤にさせるとレノールが笑みを深くする。
「素直な良い子だねえ。本当に、マーロンが言うとおりシェルミールに勿体ないなあ。うちの孫に相手がいなかったら紹介するのに」
「……導師」
「はっはっは。冗談だよ。君の――命より大事な人を奪ったりしないよ」
 不意の言葉にアインは面食らう。
「ふふ。びっくりしてるみたいだけど、シェルミールが屋敷にまで住まわせてずっと囲ってるんだから自覚してあげて? 不憫に思えてきたよ」
「え、えと……」
「……それはおいおい」
「本当に大事なんだねえ」
 楽しげに笑うとレノールは紅茶を飲み干してから立ち上がる。
「おや、いい茶葉だね」
「茶葉はそれほどこだわっていないので。紅茶だけはうまく淹れるんですよ、アインは」
「ふふ、その子が淹れたなら渋茶だって美味しく飲むだろうにね、君なら」
 言うだけ言ってレノールは去って行った。それを見送ってアインはティーカップを片づける。
「……少し早めに行ってお前の孤児院に挨拶にいってもいいな」
「え」
 シェルミールの言葉にアインは目を丸くする。
「お前が可愛がっていた子どもが待っているんだろう?」
「そ、そうだけど。いいのか?」
「良いもなにも。時間があるなら顔を見せるくらいするべきだろう? まあ、俺も行くが」
 紅茶をゆっくり飲みながらシェルミールが続ける。
「お前の師匠として、恋人としてな」
「っ!」
 顔を赤くするアインにシェルミールは笑う。
「いい加減慣れてくれないか?」
「……い、意識すると無理」
「困った奴だ」
 シェルミールが良いながらアインを側に座らせ、抱き寄せる。
「することはしてるし、最中はお前だってそこまで恥ずかしがらないくせにな」
「……してるときは、一杯一杯だし……ミールのことしか考えてないから、わからない」
 恥ずかしそうにつげるアインにシェルミールは息を深く吐いて更に抱き寄せる。
「お前は……そうやって俺を甘やかすのがうまいな」
「甘やかしてる、か?」
「自覚がないのが困ったものだな」
 呟いてシェルミールはアインの唇を吸った。

*********

 そうしてマーロン魔法学校は夏期休暇に突入した。
「羽目を外しすぎるなよ」
 アインの注意に生徒たちは夏期休暇の予定に夢中で聞いていない。
「家に帰るんだ。弟が無事生まれたらしくて」
「お、よかったなあ。俺は家の仕事手伝わないと。夏祭りがあるから、小遣い稼がないと」
「あたしも」
 口々にしゃべっている生徒を見ながらアインはため息をつく。
「……それじゃあ、良い休暇を」
「あ、アイン先生」
「どうかしたか?」
 生徒の一人が声をかけてきたので視線を向けると、にっこりと笑われた。
「シェルミール先生と旅行行くんでしょ? 婚前旅行?」
「は!? な、なにをいって」
「だってマーロン先生にシェルミール先生がロレリア王国に行くからしばらく不在にするって言ってたから」
 油断も隙も無い。アインはため息をついた。
「……はあ。一緒には行くがな、旅行じゃない。シェルミールは仕事だ。俺はその手伝いだよ」
「なあんだ、お仕事なの」
「そう。だから旅行じゃない」
「ずっとお仕事というわけじゃないでしょ? デートも少しはするでしょ?」
 最近の生徒は、考えが発展しているなと意識を別方向に飛ばしながら首を振った。
「するわけないだろ」
「でもこの時期ならロレリアのお祭りも見られるでしょ? ああ、そうだ先生知ってる? ロレリアの王都郊外に、縁結びをしてくれる精霊がいるらしいわよ」
「縁結びをする精霊?」
 初耳である。とはいえ、アインもなんだかんだとロレリアには中々帰っていないが。
「時間があれば行ってみたら? 結構人だかりがあるからすぐ分かるみたいだし」
「……気にはとめておくけど、時間があるかどうかだな」
 アインとしては精霊と聞いたのでどんな精霊か見極めたいという意味だったのだが、生徒たちは別の意味で取ったらしい。
「シェルミール先生に言えば絶対一緒に行ってくれるって」
「そうそう! しかもずっと二人幸せでいられるんですって」
「……いや、あの、そういう意味で言ったんじゃ」
 そうこうしているうちに二年生のほうのクラスへ挨拶ならびに課題を配り終ったらしいシェルミールが入ってきた。
「何をぼうっとしてるんだ」
「え、いや、あの」
「シェルミール先生、お仕事でロレリアに行くんでしょ? 王都郊外に縁結びの精霊がいるらしいって噂を聞いたからアイン先生に教えてたの」
「……ほう」
「その、ほうはどういう意味で受取ったんだよ。俺は、精霊ってところに引っかかっただけであって」
「仕事がさっさと終ったら見に行ってもいいな、その精霊とやらを」
「え、あ、うん」
 シェルミールのあっさりとした反応にアインは一人で焦って損をしたと思ったが
「本当にそんなご利益があるなら離れないようにまじないでもかけてもらおうか」
「え」
 シェルミールの言葉に生徒達、特にこの手が大好きなアンナとハンナは興奮したように声を出した。
「いい話も聞けたし、荷物の整理もあるんだ。帰るぞ」
「わ、わかってるよ」
 シェルミールに引っ張られる形でアインはシェルミールと屋敷に戻った。屋敷に戻ると玄関前に荷物が置かれていた。
「なんだ、これ」
「ふむ。ファントム導師からだな」
 荷物を中に運んで確認する。手紙が入っており、どうも御前試合の招待客は基本正装らしく名代を頼むのでファントム導師が礼装を用意してくれたようだった。
 シェルミール用には豪奢な刺繍が施されたフロックコートにベストにパンツといったものだった。対してアインは
「……え」
 袖口にフリルがついたハイネックのシフォンブラウスにフリルの使われたベスト、腰元にはアシンメトリーのフリルスカート、下にはショートパンツを履くらしい。足下はタイツにロングブーツといった出で立ちである。
「あとこれも」
「へ?」
 渡されたのは薔薇の花の髪飾り。アインは目眩がした。
「ファントム導師!? どういう趣味だ」
「俺のはそれなりに見えれば良いからアインのは派手に頼むとつい言ってしまった」
「お前か! ていうか知っててすっとぼけるな」
「いや、聞かれたの大分前だった上にまさかこの時のためのものとは思わなくてな」
 じっとはいっていた品々を見ながらシェルミールは頷く。
「まあ、悪くないな」
「何処の世界に師匠より目立つ弟子がいるんだよ! 悪目立ちすぎだろ」
「俺の溺愛ぶりがわかるだろ?」
 何を言っているんだこいつはと思いつつアインはシェルミールを睨む。
「着ないぞ」
「なるほど俺の金で俺の好み満載の衣装がいいと」
「……これより派手にするつもりがあったりする?」
 アインが聞けば、それはそれは良い笑顔をシェルミールが見せるのでアインは肩を落とす。
「馬鹿あ。普通でいいのに」
「どうせ着飾らなければいけないなら綺麗なお前を眺めてた方がいい」
「ばあか、ばあか」
 アインが顔を赤くしながら怒ってもシェルミールには何処ふく風である。
「さて、これも詰めないとな」
「うう……」
「そうむくれるな」
 アインを抱き寄せて額にキスをしてシェルミールは微笑む。
「無事に終って時間があれば町を回ろう。祭りがあるんだろう?」
「ああ、御前試合の時は毎回な。出店も出るし、夜は、花火も上がる」
 とはいえアインもその記憶は大分薄れているけれど。
「……不思議だな」
「え?」
 シェルミールが静かに口を開いた。
「お前が側にいる前なら、そんなもの、わずらわしいだけのものだったのに。今は……そうでもない」
「……楽しい?」
「悪くは、ないかもな」
 シェルミールの落ち着いた柔らかい顔にアインも微笑む。そうしてアインからシェルミールに口づけると、一瞬驚いたように目を開くが、すぐに深く舌を絡められた。そうして何度か唇を吸い合って、満たされて。
「……好きだ」
「うん、俺も」
 自然と溢れた言葉を、交わして、二人夜を越える。

*********

 ロレリア王国首都はクロノス王国首都から列車で十二時間程度である。乗り継ぎと途中、国境を越える際に両国を結ぶ大橋を渡る必要がある。
「空から見るとこんななんだな……」
 巨大な大橋に列車の線路が真っ直ぐ敷かれている。その上空を飛竜で越えているアインとシェルミールはぐんぐん列車を追い越す。
「夕方にはつけそうだな。宿は、向こうの招待ということで水の離宮だそうだ」
「ひえ。城の離宮かよ」
 ロレリア王城自体が白亜の美しい城として有名である。城の敷地内に存在する水の離宮は外からの客人や要人を歓待するための場所らしい。
「ファントム導師の名代だからな、待遇としては妥当か」
「御前試合自体は明後日だよな。早めに到着しても」
「遅れるよりはいいんじゃないか。あっちが使えと言ってきたんだ。遠慮無く使わせてもらう」
 そう言いながらシェルミールはホルプに指示を出しながら水の離宮を目指す。ロレリア王城は大橋を越えればすぐに見えた。
「……この距離でも、大きい」
「久しぶりの故郷はどうだ?」
「……帰ってきたっていうか、こんなんだったっけって感じだよ」
 真っ直ぐホルプが城を目指して飛ぶ。ぐんと高度を上げて速度を上げる。
「ホルプ、少し速度を落とせ、アインが落ちる」
「わ、わわ……!」
 アインは手綱を握りながら後ろからシェルミールに支えられてやっとの状態だ。シェルミールの言葉に少し興奮していたらしいホルプが速度を落とす。 
「久しぶりの遠出だったからな。少し張り切りすぎたか?」
「ギャワアアン」
 ごめんね、というようにアインが落ちないように気を遣うように飛ぶホルプにアインが背をなでる。
「いいよ。今くらいなら平気だ」
「ギャオオン」
 アインの返事を聞いて安心したのかホルプは速度を保ったまま城を目指す。城の手前まできたときシェルミールはホルプに城の上空で旋回するように指示する。
「アイン、魔法石を」
「了解」
 シェルミールに渡されていた美しいエメラルド色の魔法石を着ていたジャケットの内ポケットから取り出す。シェルミールに渡すと、シェルミールが魔法石を掲げた。
「我、水の招きにより推参せしもの。歓待の扉を開け」
 呪文を唱えながら魔力を魔法石に流すと城のもっとも高い塔から光が放たれる。魔法石に光が当たり、吸収される。すると
「え!?」
 アインは思わず叫んだ。城の奥――巨大な湖のような規模のそこから屋敷が水を割ってせり上がってきたのだ。
「名前の通り、水の離宮というわけか」
「え、えええ……」
 ホルプは出現した離宮の上空までくるとゆっくりと高度を下げ、離宮の手前に降り立った。
「ギャオオン!」
「ありがとうな、ホルプ」
「やれやれ。ホルプの速度で昼過ぎか。思ったよりかかったな」
 シェルメールが先に降り立って、アインを手助けして降ろす。そうこうしていると、一人の神官風の青年がやってきた。
「ようこそ、ロレリア王国へ。シェルミール様とアイン様でお間違いないですか?」
「そうだが」
 シェルメールが頷けば物腰柔らかそうな長い黒髪を後ろでまとめた青年は笑顔を浮かべた。
「わたくしはカイン=アルベントと申します。ロレリア王国神官騎士の一人です」
「神官騎士……他の国でいうところの魔術師であり騎士であるというところか」
 ロレリア王国には神官騎士という魔術と剣術を共に一定レベル以上持ちうる特殊なクラスが存在する。彼等は主に王宮内の警護や式典の補佐を行なうという。
「この魔法石は離宮の鍵でもあったんだな」
「はい。こちらの離宮はいざという時の王族の皆様のシェルター的な場所でもあります」
「いいのか、そんな大事なところを他国の魔術師に宿として提供して」
 シェルミールの問いにカインは笑顔で頷いた。
「むしろシェルミール様にご滞在いただいてこちらの離宮に所蔵している古代の魔術書も解析して頂きたいとまで陛下がおっしゃっていました」
「魔術書?」
 シェルミールが驚くとカインが説明をくわえる。
「実はこの水の離宮は、古代サンライズ帝国時代に建てられたものでもあります。定期的にメンテナンスを行なって維持している貴重な文化財にもなっておりまして。この離宮の資料室にはサンライズ帝国時代のものと思われる魔術書が多数所蔵されています」
「……」
 アインは水の離宮を眺める。アイラの記憶と結びつく場所は
(ここはネプリアを祀っていた神殿横に立てられた、神殿参拝時の滞在場所だ。そう水の宮って呼んでた)
 とはいえアイラは滅多に使うことはなかったが。
(あれ? 待てよ……確かここは地下があったはず)
「どうした、アイン」
「え? あ、いや。単純に凄いなあと眺めてて」
「古代遺跡のようなものですからね。とはいえ、使用できる部屋は限られていて」
「老朽化か?」
「いえ。単純に開けられないんです。どうやっても。以前調査していただきましたが、恐らく何か条件が必要なんだろうと」
 アインは背中に冷や汗をかく。
(条件ってまさか……)
 アインは右手の甲を見る。ネプリアの加護の印の刻まれた右手。
(いや、それなら触れなければ良い。そう、触れなければ)
 アインが一人で混乱していると、誰かの足音が聞こえてきた。
「失礼するわね。一応ご挨拶だけさせてくださいな、賢者さま」
「あなたは?」
 シェルミールが振返れば美しい青い髪をゆるく巻いた美女が立っていた。何かの鍛錬の後か、稽古着のようなものを着ている。
「で、殿下! そのような格好で客人の前に出るなど失礼です」
「あら。シェルミールさまは媚びをうるような女は嫌いと伺ったから逆にいいかと思ったのだけれど」
「そういう問題では」
 カインが叱りつけているのを流して女性は美しく微笑んだ。
「初めまして。ロレリア王国第一王女、ローラと申します。ようこそ、ロレリア王国へ」
「シェルミール・ベルドハンドです、殿下。この度はファントム導師の名代として貴重な訪問を許していただき感謝いたします」
 完璧な貴族の礼を披露するシェルミールにローラは微笑んだ。
「こちらこそ、貴重なお時間を使って来て頂き感謝いたしますわ。そちらはお弟子さん?」
「は、はい。アイン・ミストーレと申します」
 失礼の無いように必死に礼をすればローラは柔らかく微笑んだ。
「ご丁寧にありがとう。聞けば、あなたはこの国の出身とか」
「は、はい。久しぶりに戻りましたが」
「それならようこそ、じゃなくて、おかえりなさい、ね。おかえりなさい」
 ローラの言葉にアインは思わず目頭が熱くなり、慌てて頭を下げた。
「で、殿下に出迎えていただけて感無量です」
「ふふ。かしこまらないで。だって、あなたはシェルミール様の唯一のお弟子さんで、おまけにローレライ導師に認められた精霊使いなんでしょう? ファントム導師に聞きました。誰しもが何かを成し遂げられるわけではない世の中で、それだけの成果を既に残した。もの凄く尊くて、もの凄くあなたが努力をして、あなたが色々な幸運と人々に出会えた証拠でしょう? あなたはこの国の誇りね」
「……も、勿体ないお言葉で」
 恐縮しつづけるアインにローラは柔らかく笑み、シェルミールを見た。
「あまり長居しては休めないでしょうし、お弟子さんは折角戻ってきた国を見て回りたいでしょう。そろそろお暇しますね。美味しい料理と美味しいお酒が飲めるくらいしか取り柄がない国だけれど、幸いお祭りも近くて気が早い商人達が出店も出しているので、どうぞ楽しんで。それでは、失礼します」
 優雅に一礼して王女は去って行った。
「……すみません、殿下はあの、悪気はなく」
 恐る恐るシェルミールの顔色をうかがうようなカインに、シェルミールは頷いた。
「とても気持の良い歓待をしていただいた。むしろわざわざ出迎えまでしていただき感謝する」
「そう言っていただけて安心しました……」
 カインは安堵の息をついてから、シェルミールに薄い冊子を差し出した。
「あまり堅苦しい歓待は苦手と伺いましたので、王都近郊で人気の食事処や休める場所などが記載されてるガイドブックです。観光局が出しているものですが、よろしければ」
「助かる」
「こちらにはご要請がない限りメイドは基本派遣しないようにしております。ただ、定時の時間にお掃除などにははいらせていただきます。それだけご了承ください」
「何から何まで配慮してもらえて助かる。どの部屋を使って良いんだ?」
「こちらの離宮は陛下よりシェルミール様専用にすると伺っておりますのでお好きな部屋でお過ごしください。先ほど言った通り入れる部屋は限られていますが」
 至れり尽くせりである。なんという好待遇。
「他の客人もいるだろうに、いいのか?」
「ええ。他の方達は王城のゲストルームで歓待の宴など開かせていただきます。シェルミールさまはそういった席は苦手と伺っておりますが……いかがされますか?」
「……気持だけで十分だ」
「それでしたら、ご自由にお過ごしください。御前試合の日は私がお迎えにあがります」
 そして二枚、通行許可書と記された証明書のようなものを渡される。
「夜八時以降は門を閉めますので外出されて夜遅くにもしお戻りになった際は、こちらを門番にお見せ下さい。正門、裏門ともに見回りのものがおりますので」
「わかった」
 許可書はアインが預かり手荷物に入れる。
「それでは、当日までごゆっくりお過ごし下さい」
 そう言ってカインは去って行った。
「もの凄く気を遣われるぞ、お前」
「そのようだな。まあ、助かるが。ファントム導師さまさま、というところか」
 とりあえず中に入ろうとなり扉へ向かう。扉の前に立つとアインの右手の印が光った。
「え?」
 驚いている間に扉が光り――それは起った。
 離宮の下に流れる水がせり上がり、離宮を包む。そして、光があふれ、水が花びらのように散るように飛んで水の離宮はくたびれた建物から美しい白亜の離宮へと変貌した。
「……これは」
「え、ええ……」
 戸惑う二人の前で扉が開く。恐る恐る中へ入れば――広々としたエントランスに中央に美しい女性の像、その像の周りを澄んだ水が流れ、黄金の装飾品があちらこちらに置かれている。二階へ続く階段には豪奢な絨毯が敷かれ手すりも黄金。
「……嘘だろ」
 アインが呆然としながら呟くと水が動いた。
『あらあら? 久しぶりに懐かしい気配がってアインじゃない』
「ネプリア!? これ、一体どういう」
『どういうって……ここは私を祀っていた神殿の横にあった屋敷よ?』
「そうじゃなくて! なんだこの変わりようは! 聞いてない!」
『ええ……そう言われても。私の加護を持ってるあなたを王族扱いして張り切ってるだけじゃない? ここの主が』
「主?」
 黙ってアイン達のやりとりを見ていたシェルミールが問い返した。
『ええ。この館の守護者――私の夫であり、大地の精霊アーセレス。古代では富の神よ。多分あなた達が来たから目が覚めたんじゃない?』
「っ!」
 アインはネプリアの言葉に思いだした。そうだ、この館はアーセレスの加護を得るためにわざわざ像を祀っていた。地下に。
「ていうか地下への道が、あるのか?」
『あるはずよ』
 ネプリアが指し示すほうへ行けば、地下への階段が見えた。
「……」
『会う? アインなら多分、大歓迎してくれると思うけど』
「そう、か?」
 アイラの時は殆ど接触がないのだが。
「ていうかネプリアこそ、夫、なんだろう? 会いたいなら」
『あ、いいです』
「え、えええ?」
 てっきり会いたいから出てきたのかと思っていたアインは拍子抜けする。
『だってここ元は私の領域だったし。あなたが来たことで一時的に領域として目覚めたから気になって顔出しただけよ。あなた以外の水の精霊に親和性が高い誰かがきたのかと思って。そしたらあなただったから』
「……さいですか」
『会いたくないなら別に会わなくていいと思うわよ。陰気だし』
『誰が陰気だって?』
「「!?」」
 地下から大きな気配を感じた瞬間、アインはシェルミールに引き寄せられていた。その次の瞬間、現れたのは筋骨隆々な武人のような雰囲気の精霊だ。
『誰かと思ったらネプリアの可愛がってる坊主か! どうりでここに近寄りもしなかったネプリアがいると思ったぜ』
『うげ……なんで出てくるのよ、あなた』
 ネプリアは逃げるようにアイン達の後ろにくる。
『うん百年も眠ってたんだ。それが叩き起こされたと思ったら……こらまた業が深い二人組だな』
『ちょっと、あんまりそういうこと言ったら駄目なのよ? あなたって本当にデリカシーがないんだから』
 ネプリアが怒るがかの精霊は気にしないらしい。
「この精霊が……アーセレス?」
 アインが尋ねれば大地の精霊アーセレスは、にいっと笑った。
『おうよ。俺はお前にひっついてる水の精霊の番(つがい)なんだけどな。なんでか俺を気に入らねえときてる』
『いやよ、あんたなんか。暑苦しくてアタシの水が蒸発しちゃうわ』
『はは、相変わらず口が減らねえことで。で、お前さんの隣の男は……ほう』
 じっと赤い瞳がシェルミールを見据える。シェルミールも黙ってアーセレスを見つめ返す。
『はっはっは。なんて執念深い男だ。こりゃすげえ……』
『だから、駄目よ、アーセレス。勝手に人の過去覗いちゃ』
 ネプリアが注意すると、それ以上は口を閉じたが代わりに面白いことを思いついたとばかりに笑みを深くした。
『帝国が滅んだのに、ここの地下が奇跡的に無事だったせいで長らく寝るしかなかったんだ。俺も娑婆に出たいもんだ。なあ、そこのお前さん。俺と契約しねえか?』
『は!? ちょ』
「……私に言ってるのか?」
『おう、お前さんだ。精霊とは契約してねえだろ?』
 シェルミールが慎重に確認するとアーセレスは頷いた。
「確かに精霊はないな。幻獣や魔獣はいくらでもあるが」
『ならいいな。取引だ。お前さんに加護をやる代わりに俺も娑婆を楽しむことが可能になる。俺はネプリアと違ってここに俺の依り代ごと封じられてるからな、契約でもしないと外に出られねえ。お前さんを守るっていう制約がつくが、その分行動範囲が広がるってことだ』
「加護か。それは具体的にどういうことだ」
『俺の場合は土属性の魔法耐性が上がる。あとはそうだな……お前さんとの相性次第だが結構金運も上がるぜ。あとは』
 にいっとアーセレスが笑った。
『俺と契約するとお前の恋人との触れあいがめちゃくちゃ楽しくなるぞ』
「よし契約するぞ」
 アーセレスの言葉にシェルミールが即決する。アインは盛大にずっこけた。
「そんな理由で契約しようとするな、馬鹿!」
「いや、大事だろう?」
「なにが!?」
 アインが叫ぶがシェルミールは決めたらしい。アーセレスの前に立つ。
「さて、精霊は初めてなんだ。どうすればいい?」
『なに、お前さんは立ってれば良いさ。あとは、手助け頼むぜ、そこの坊主』
「え、ええ……遠慮したいんだけど」
『しなくていいわよ、アイン。だって、あいつの加護って言うほど便利じゃないわよ? 金運が上がるって小銭をたまに拾える程度だし。あとは多少体が頑丈になる、くらいかしら?』
『いいだろう、お前さんにも益があるって示してやろう。俺とネプリアは仮にも夫婦だ。俺の権能が、お前さんが恋人と一緒にいればある程度恩恵がある。あとは……離れてても大体の互いの場所がわかるぞ。しかも俺は大地の精霊だからな。地面に足がついてりゃ、行ったことがある場所なら俺を呼べばすぐに連れて行ってやれる』
「……ううん」
『それっぽっちじゃ駄目よ!』
 ネプリアが阻止しようと励むがアーセレスは笑う。
『ネプリアの権能もある程度恋人に行くぜ? 水の精霊は基本癒しの力が抜群に強い。つまりお前さんの恋人が怪我しても水場があれば多少の傷ならすぐ治る。あとは愛の女神の恩恵がそれはもう強く得られる』
「……嫌な予感しかない」
「いいから契約するぞ」
「ああ、もう! わかったよ!」
『ちょっと、ちょっと、だめ、駄目ってばあ!』
 アインが諦めて仲介人として両者の間に立つ。深呼吸をして意識を集中する。
「プア、プア、ギ、ミ、カム、パムア。プア、プア、ギ、ミ、パムア。我、仲介者として二つの魂を結ぶことを求む。来たれ、契約の扉。魂の縁を結ぶために」
 アインの魔力が練り上げられ周囲に溢れる。呪文と共に風が巻き起こりシェルミールとアーセレスを包み込む。アインは魔力を安定させながら右手をアーセレスに向けた。
「右手の先にある魂、その名、大地の精霊アーセレス」
『応っ!』
 力強いアーセレスの声に応じるように風が強くなる。そして左手をアインはシェルミールへ向けた。
「左手の先にある魂、その名、シェルミール・ベルドハンド」
「ああ」
 シェルミールが答えれば風の勢いが更に増し天井へ竜巻のように伸びていく。アインは両手を組んだ。祈るように。
「願わくば二つの魂、縁を結び契約となさん。契約の扉よ、開け。精霊王の導きを、ここへ」
 風に包まれた二人は、もの凄い光に包まれる。圧倒的な存在感、力の塊が二人の間に突如生まれ、ぶつかってくる。アーセレスは純粋な力そのものへ代わりシェルミールの中へ飛び込んだ。心臓を、体の内部を何かが巡る。シェルミールがその力に耐えているとアインの声が聞こえた。
「これより縁は結ばれた。契約という楔、魂へ打ち込まん」
 アインが力強く両手を打った。そうして――シェルミールの中でアーセレスの存在が魂に打ち込まれた。
 風が止み、シェルミールが目を開ければ、左手に違和感を感じる。見れば、アインとは違うが似たような紋様が手の甲に浮かんでいた。
「これが……契約印か?」
「そうだよ。しかも加護もちのな。上位精霊しか持ってない特別な印だ」
 アインが説明している横で再び人型を取ったアーセレスが飛び上がった。
『ひゃほお! あんな狭っ苦しい地下からはおさらばだぜえ! ああ、退屈だわ、精霊界にも逃げ込めねえわ、散々だったわ』
「依り代ごと封印されてたって言ってたな、そういえば」
 アインが聞けばアーセレスは頷く。
『そうよ。召喚に応じて出てきてみれば、まあ、ここを守れって言って俺を呼び出す時につかった魔法石ごと封じ込めやがって。ほんっと勝手だよな、人間は。まあ、お前らのお陰で解放されたようなもんだし。助かったぜ』
「契約した方がある程度の自由が利くのか」
『そうそう。契約の名の元に縛られるからな。契約主に加護を与えるために側に張り付くか、精霊界に待機してるか、になるけどな。薄気味悪い地下よりマシだ』
「なるほど」
 シェルミールが納得しているとアーセレスは、ネプリアを見た。
『てことで久々だ、やろうぜ!』
『しないわよ! やめて、あっちいってー!』
 そう言ってネプリアは近場の水に逃げ込んでしまった。
『はあん。相変わらず照れ屋だよな。ま、気配が消えたってことは精霊界に戻ったな。じゃあ、俺も戻るか。じゃあ、またな。何かあれば呼べよ』
 そう言って一瞬で消えたアーセレスを見送ってアインは頭痛をこらえるような仕草をとる。
「……ネプリアに悪いことをしたみたいだ」
「本当に嫌なら全力で止めに入っただろう。そうしなかったということは……お前と一緒で素直になれない部類かもな」
「……俺と一緒ってどういう」
 聞こうとした瞬間、唇を奪われた。絡んだ舌先がいつもより、甘く、そして酷く敏感になっている。
「ん? んん、んんーっ!」
 異変を感じてアインが引き離そうとするがシェルミールは、アインを押さえ込むように抱きしめて唇を吸い、味わった。そうしてやっと満足して唇を離す。
「……な、な、う、うそだろ」
 アインは酷く戸惑った。普段より、すごく――
「……なるほど。触れあった瞬間からわずかだが魔力の双方間の交流が生まれてるな。印を通じて」
「へ」
 シェルミールの関心したような言葉にアインは目を丸くする。
「聞いたことはないか? 魔術師同士の魔力の交流。相性がいい者同士は魔力の質が上がり魔力の量も増える。魔力を互いに流し合いそれぞれの魔術回路内の魔力を循環させることを狙ったものだ。古代は割と推奨されていたんではなかったか」
 魔術師適性のあるものは体の内部に魔術回路と言われる魔力が流れる血管のようなものがある。この魔術回路を生まれながらにもちある程度自力で魔力の流れをコントロールできるものを魔術師適性があると見なす。
「……それを強制的にしてしまうってことかよ」
「そのようだな。しかも、俺達に加護を与えているのは互いに夫婦と認め合っている精霊同士。相性が悪いわけがない」
「そ、それでどうしてこんな」
 顔を赤くするアインにシェルミールは抱きしめたまま額に唇を落とした。それだけでも体が震えてしまう。
「相性がいいと感じやすくなるらしいぞ」
 何が、とはシェルミールは敢て言わなかった。代わりに左手でアインの体をゆっくりとなぞる。それだけでアインの体は跳ねてしまう。
「……やっぱり手助けしなきゃよかった」
「もう後の祭りだ。ほら、折角だ。どうせなら楽しんだほうがいいだろう?」
 手を引かれ二階の奥に連れて行かれる。主寝室だろうか広い寝室への扉が開いており、綺麗に整えられたベッドが置かれていた。シェルミールはアインをそのままベッドに押し倒し、服を脱がせていく。指先が肌に触れるだけで震え、体を跳ねさせるアインにシェルミールは唇を舐めた。興奮を何とか押さえ込むために。
「た、のしい、の、おまえ、だけ、だろ」
「そうか? お前だって……嫌いじゃないだろう?」
 シャツを脱ぎながらシェルミールが言えば、アインの頬が更に赤く染まる。シェルミールの魔術師とは思えないほどには、鍛えられた体に見惚れ、それに気づいて恥ずかしそうに目をそらす。そんなアインに覆い被さり、唇を吸って首元に舌を這わせてシェルミールは笑う。
「俺にたっぷり愛されろ。時間は幸いあるしな」
「うう……着いて早々、これかよ」
 文句を言いながらもアインもシェルミールの首の後ろに両手を回す。
「激しくするなよ。折角、ガイドブックもらったのに、何処にも行けないのやだ」
「努力はする」
 唇を合わせて、互いの舌を舐めて貪る。アインの肌をシェルミールが撫でて、弄る。途端に上がる体温に荒くなる息。アインが吐息と共に熱を吐き出せば、シェルミールの手がアインの腹をなで下ろし、更に下へ下へ伸びる。触れた小さな陰茎を指先で擦ってやればアインから甘い声が溢れた。
「あ、や、ああっ! そこ、感じ過ぎ、ちゃ、うからあ!」
「だが、ここを……俺に好き勝手にされるの、好きだろう?」
 耳元で囁きながらアインの陰茎を指先で、手のひらで擦ったり押しつぶしたりするとアインがたまらず甘い声を出す。
「あ、あ、ああっ! す、すき、すきだけどお、あたま、まっしろに、なるから、やああ」
「なら、ここは?」
 アインの陰茎を弄っていた指先が、その下にある蜜溢れる肉壺に触れる。途端に腰を揺らすアインにシェルミールは目を細める。
「あ、ああ……そ、そこ……」
「今触ったばかりだぞ? こんなに濡らして」
「だ、だって……ミールが、男のところ、弄るからあ」
「男のところを弄るとここも気持ち良くなるのか?」
 頬にキスを落としながらシェルミールの指先がアインの肉壺を出入りする。中を擦って弾いて、出しては入り口をほじるように指先に力を加えればアインの腰が更に揺れた。
「し、しってるくせに……いじわる、しないで」
「ふ……悪かった。お前が可愛くてな」
 シェルミールが謝りながらアインの頬に、額にキスをする。
「やあ」
 顔を背けるアインにシェルミールは困ったように笑って、唇にキスをした。
「だめか?」
「だめ。もっと」
 キスをねだられ、何度もキスを降らせる。唇も、頬にも、額にも鼻先にも。
「まだだめか?」
「……もうちょっと」
 言われるままに再度唇でアインを愛して、やっと許しが出る。
「ん……許してあげる」
「アイン……愛してる」
 シェルミールが囁いて、己の既に限界に近い肉棒をアインの肉壺に押し当てた。ゆっくりと入っていく感覚にアインが耐えようとシェルミールの背にしがみつく。
「は、ん、あ、ああっ!」
「アイン……アイン」
「はっあ……ん……ミール」
 入るところまでシェルミールが入れきると、息を吐く。腹の奥まで満たされている感覚にアインはシェルミールに更に強くしがみついた。
「ミール……」
「うごいて、いい、か?」
「ん……」
 アインの肉壺の締め付けに気をやりそうになりながらシェルミールが腰を打ち込む。ゆっくり引いて、貫いて、感じるところに当たるように。
「あ、ん、ああっ! ミール、ミール……」
「はあ……アイン、きもち、いいか?」
「い、いい……ミール、は?」
 閉じていた瞳をそっと開いて伺うような目を向けたアインにシェルミールは柔らかく笑う。
「ああ……きもち、いいぞ」
 シェルミールの返答にアインは嬉しそうに笑った。
「よか、った」
「アイン……」
 アインの笑顔にシェルミールは胸が熱くなる。思いまで全て注ぎきれたら、などと馬鹿なことまで思うほど――愛しい。
「……愛してる」
「う、ん……おれも、あい、してる」
 交わされる言葉も熱も、共に溶けて一つになれたら、どれだけ幸福なのだろう。シェルミールはアインの体を抱えるようにして揺さぶって、己の欲望で貫いて、注いだ。吐き出した欲望も愛も、全部全部注ぎきりたい。そしてできれば、アインの全てを得たかった。それがどれだけ強欲なことか分かっていても、本能が求める。求め続けている――欲しいと。
 互いに果てて、触れあって、満たされて。それを何度か繰り返しているうちに、すっかり外は夜になっていた。

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