16 / 31
持つべきものは③
「そんな…ひどい…」
志保子がつぶやいた。何かを考えるように、しばらく沈黙する。
いたたまれない気持ちになり、ユリは海鮮サラダを小鉢に取り分けて志保子の前に差し出した。
「ユリ、確認なんだけど…うちの会社にいた甲斐さんとは、個人的な付き合いは全くないんだよね?」
真剣な表情で、志保子が尋ねる。
「うん。話したことも数えるくらいしかないし、彼が退職した後は見かけたこともない」
ユリはきっぱりと否定した。
「そう。あのね、さっきの手紙の『甲斐さん』なんだけど、私はあの甲斐さんで間違いないと思うの」
「え…でも、甲斐さんって、既婚者でしょう?」
奥さんの実家の家業を手伝うほど、円満な家庭を築いているのではないのか?ユリは首をかしげる。
「そう、子供もいるよ。もう、小学校1年か2年生じゃないかな?でもね、あの人の女癖の悪さは、社内じゃ有名だったんだよ」
「えっ、まさか…」
ユリは驚きに目を見開く。初めて聞く話だった。
「ホント。ほら、甲斐さんって、背が高くてちょっとバタ臭いハンサムだったじゃない。あの頃ワイドショーで騒がれた、俳優に少し似てた」
大物俳優の娘との交際を反対されて、やたらと「誠意、誠意」と叫んでいたあの俳優。彼が「誠意」と口にするたびに、なぜかその言葉から離れていくような感じがして不思議だったことを思い出す。
「ユリは、入社してわりとすぐに内藤さんと付き合いだしたから、知らないかもだけど。新入社員の若い子には、ほとんど手を出してるって噂もあった」
「全然、知らない…」
「甲斐さんの奥さんの実家っていうのは、うちの町じゃ結構大きなお酒の卸問屋なのよ。別に、甲斐さんはお婿さんじゃないけど、家を建てた時の土地とか資金とか、車の購入の時とか、結構奥さんの実家からの援助が大きくって、頭が上がらなかったみたい。逆に奥さんの方も、マスオさん状態にしてることに負い目があったのかな?甲斐さんの金遣いとか、女遊びも、ある程度は目をつぶってたみたい」
初めての情報ばかりで、ユリは言葉も出ない。
「でも、甲斐さんが退職した年に、ちょっとしたスキャンダルがあったの。当時付き合ってた女の子が、思いつめちゃったのね。奥さんに突撃して、甲斐さんと別れてくれって騒いだらしい。そこまでされたら、奥さんの方もさすがに放っておけなくなって、すったもんだの末に、甲斐さんは退職。首根っこをつかまれて、奥さんの実家で働いてるってわけ」
「その女の人も、うちの会社の人?」
「ううん、違うみたい。うちの会社の子だったら、さすがにユリの耳にも入ったでしょう」
それはそうだと思う。あの頃、ユリはまだ就職して1年目で、仕事を覚えるのに毎日必死だった。同僚の退職にそんな裏があるなんて、想像もしなかった。
「あ!もしかして、『佐藤 綾乃』って、その女の人…?」
ふいに思いついて言ってみたが、志保子は首を横に振る。
「違うと思う。5年も前の話だし…もし、その女と甲斐さんが続いてても、奥さんに何か言うならともかく、ユリにあんな手紙を出すのはおかしいよね?」
志保子の言うとおりだ。やっぱり、あの手紙の意味は分からない。
「とにかくね。『甲斐さん』っていうのは、そんな人だった。だから、あの手紙を読んだ内藤さんが、心配になるのも分からないわけではないんだけどね」
あの態度はないよね…と、志保子がぶつぶつとつぶやく。ユリは、秀夫の気持ちが少しだけ理解できた気がして、なんだかほっとした。
「ユリ。さっきの手紙、持ってきてる?」
志保子に言われて、先ほどバッグに突っ込んだ手紙を取り出す。
「これ、ちょっと借りるね。真奈美にも、相談してみる。あの子、ああ見えて結構鋭いところがあるから」
ユリはうなずいた。年上の親友2人は、本当に頼もしい。
志保子がつぶやいた。何かを考えるように、しばらく沈黙する。
いたたまれない気持ちになり、ユリは海鮮サラダを小鉢に取り分けて志保子の前に差し出した。
「ユリ、確認なんだけど…うちの会社にいた甲斐さんとは、個人的な付き合いは全くないんだよね?」
真剣な表情で、志保子が尋ねる。
「うん。話したことも数えるくらいしかないし、彼が退職した後は見かけたこともない」
ユリはきっぱりと否定した。
「そう。あのね、さっきの手紙の『甲斐さん』なんだけど、私はあの甲斐さんで間違いないと思うの」
「え…でも、甲斐さんって、既婚者でしょう?」
奥さんの実家の家業を手伝うほど、円満な家庭を築いているのではないのか?ユリは首をかしげる。
「そう、子供もいるよ。もう、小学校1年か2年生じゃないかな?でもね、あの人の女癖の悪さは、社内じゃ有名だったんだよ」
「えっ、まさか…」
ユリは驚きに目を見開く。初めて聞く話だった。
「ホント。ほら、甲斐さんって、背が高くてちょっとバタ臭いハンサムだったじゃない。あの頃ワイドショーで騒がれた、俳優に少し似てた」
大物俳優の娘との交際を反対されて、やたらと「誠意、誠意」と叫んでいたあの俳優。彼が「誠意」と口にするたびに、なぜかその言葉から離れていくような感じがして不思議だったことを思い出す。
「ユリは、入社してわりとすぐに内藤さんと付き合いだしたから、知らないかもだけど。新入社員の若い子には、ほとんど手を出してるって噂もあった」
「全然、知らない…」
「甲斐さんの奥さんの実家っていうのは、うちの町じゃ結構大きなお酒の卸問屋なのよ。別に、甲斐さんはお婿さんじゃないけど、家を建てた時の土地とか資金とか、車の購入の時とか、結構奥さんの実家からの援助が大きくって、頭が上がらなかったみたい。逆に奥さんの方も、マスオさん状態にしてることに負い目があったのかな?甲斐さんの金遣いとか、女遊びも、ある程度は目をつぶってたみたい」
初めての情報ばかりで、ユリは言葉も出ない。
「でも、甲斐さんが退職した年に、ちょっとしたスキャンダルがあったの。当時付き合ってた女の子が、思いつめちゃったのね。奥さんに突撃して、甲斐さんと別れてくれって騒いだらしい。そこまでされたら、奥さんの方もさすがに放っておけなくなって、すったもんだの末に、甲斐さんは退職。首根っこをつかまれて、奥さんの実家で働いてるってわけ」
「その女の人も、うちの会社の人?」
「ううん、違うみたい。うちの会社の子だったら、さすがにユリの耳にも入ったでしょう」
それはそうだと思う。あの頃、ユリはまだ就職して1年目で、仕事を覚えるのに毎日必死だった。同僚の退職にそんな裏があるなんて、想像もしなかった。
「あ!もしかして、『佐藤 綾乃』って、その女の人…?」
ふいに思いついて言ってみたが、志保子は首を横に振る。
「違うと思う。5年も前の話だし…もし、その女と甲斐さんが続いてても、奥さんに何か言うならともかく、ユリにあんな手紙を出すのはおかしいよね?」
志保子の言うとおりだ。やっぱり、あの手紙の意味は分からない。
「とにかくね。『甲斐さん』っていうのは、そんな人だった。だから、あの手紙を読んだ内藤さんが、心配になるのも分からないわけではないんだけどね」
あの態度はないよね…と、志保子がぶつぶつとつぶやく。ユリは、秀夫の気持ちが少しだけ理解できた気がして、なんだかほっとした。
「ユリ。さっきの手紙、持ってきてる?」
志保子に言われて、先ほどバッグに突っ込んだ手紙を取り出す。
「これ、ちょっと借りるね。真奈美にも、相談してみる。あの子、ああ見えて結構鋭いところがあるから」
ユリはうなずいた。年上の親友2人は、本当に頼もしい。
あなたにおすすめの小説
『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた
歩人
ファンタジー
侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。