上 下
18 / 31

四通目②

しおりを挟む
昨日、不機嫌な態度をとったからだろうか。
珍しく、日曜日の朝に自分から起きてきた秀夫が、ユリの予定を聞く。
「なぁ、天気もいいし、久しぶりに遠出しないか?ユリの行きたいとこ」
あからさまなご機嫌取りだが、いつまでもイライラしているわけにもいかないし、久しぶりのデートはやっぱり嬉しい。ユリはにっこり笑って答えた。
「海の見える、おいしいイタリアンレストラン希望。秀夫さんのおごりね。ワインも飲んじゃおっかな…」
「かしこまりました、お嬢様。運転手はお任せください」
秀夫が、ほっとした顔でおどける。面倒な話はこれで終わり、そう思ったのだろう。ちょっとおもしろくない。
せっかくだから、おしゃれをしよう。クローゼットを開けて少し悩んだ後、ユリは白地にグリーンの細かいストライプが入ったワンピースを選んだ。ノースリーブで、季節的にはまだ少し早いが、今日は本当に良い天気だ。薄手の白いカーディガンと、小さなリボンのついたオープントゥの白いパンプスを合わせることにする。
軽く化粧をして、以前秀夫がプレゼントしてくれた、小さなダイヤモンドがついた銀色のネックレスを付けた。
姿見の前で最後のチェックをしていると、
「お~い、まだか~」
玄関から、待ちくたびれた秀夫の声がする。ユリはとびきりの笑顔で振り向いた。


出張の準備が忙しいのだろうか。翌日から、秀夫の帰宅は毎晩10時前後になり、ほとんど会話らしい会話もないままに土曜日になった。休日前だからか、昨夜は特に遅かったせいで、まだ秀夫が起きてくる気配はない。今日は、フットサルにも行かないつもりらしい。
静かな雨の土曜日だった。ここ2、3日、こんな天気が続いている。洗濯物が、乾きづらい季節になってきた。タオルやシーツなどの大物は、コインランドリーで乾かそうか…悩むユリの耳に、玄関ポストに郵便物が落ちる音がはっきりと聞こえた。

嫌な予感がして、すぐに確認したポストには、飾り気のない分厚い茶封筒が入っていた。
(あれ、違った…?)一瞬首を傾げたが、見覚えのある丸文字に顔がひきつる。予想通り、差出人は『佐藤 綾乃』だった。
慎重に開封した封筒から、出てきたのは数枚の写真。
玄関のカギをかけるユリ。駐車場で、秀夫に何かを話しかけるユリ。助手席に乗り込むユリ。すべての写真に、ユリが写っていた。どのユリも、笑顔だった。
白地にグリーンの細かいストライプが入ったワンピースを着ている…ユリの口から、小さな悲鳴が漏れた。



しおりを挟む

処理中です...