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四通目③

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ユリさん

お返事、ありがとうございました。
ユリさんって、こんな字を書くんだなぁと思ったら嬉しくって、何度も読み返してしまいました。
もっともっと、ユリさんのことが知りたいです。

実は、どうしてもお会いしたい気持ちが抑えられなくって、先日ユリさんのマンションのそばまで行ったんです。
でも、やっぱりチャイムを押す勇気がなくて…少し待っていたら、ユリさんが出てきてくれたから、運命を感じちゃいました。
素敵なワンピースですね。私も似たようなのを探したんですが、なかなか見つからないんです。どこで買ったんですか?
あの日は、どこへ行ったんですか?本当は付いていきたかったんですが、残念ながら見失っちゃったんです。
ずっと笑顔でしたね。あなたはいつも、本当に幸せそうですね。
ユリさん、教えてください。
どうしたら、私はあなたになれるんでしょう?


見えない手で首筋を撫でられたような、底の知れない恐怖が沸き上がってきた。今この時も、玄関のドアの前に『佐藤 綾乃』が居るような気がして、窓から見える街路樹の陰からこちらをじっと見つめられているような気がして、震えが止まらない。寝室に駆け込み、秀夫を揺り起こした。
「何、どした…」
寝ぼけ眼をこすりながら起き上がる秀夫の目の前に、写真をぶちまけた。秀夫の表情が固まる。一気に目が覚めたようだ。
「なんだよ、これ」
「わかんない、わかんないよ!秀夫さん、変だよ!この人、おかしいよ!」
ユリはパニックを起こしていた。秀夫が着ている寝巻代わりのTシャツを握りしめて、胸に顔をうずめながら叫ぶ。涙が止まらない。
「どうしょう、どうしたらいい、秀夫さん!」
「落ち着け、まず、落ち着こう」
秀夫がユリの背中を優しく撫でる。大きな手の感触が心地よくて、震えが少しずつ収まってきた。

ざっと手紙に目を通し、写真を見ながら秀夫が聞いた。
「これ、この間出かけた時の格好だよね?」
「うん。間違いない。あの日、『佐藤 綾乃』は、ここに居たんだよ」
震える声でユリは答える。言葉にすると、改めて恐怖が足元からせり上がってくる。
「そうだ、警察…私、警察に行ってくる!」
立ち上がったユリを、秀夫が引き留めた。
「警察なんか行ったって、どうにもならないよ。何かされたわけじゃないんだから」
「何かされたわけじゃないって…されたよ!されたでしょう?」
「何もされてないよ。ユリ、落ち着けって」
秀夫の声が冷たく聞こえる。自分がおかしなことを言っているのだろうか?頭が混乱する。
「とにかくさ…この程度じゃ、警察は何もしてくれないよ。実際、写真撮られたくらいで、別に被害はないわけだし…」
被害がない?ユリがこんなにおびえているのに?
「秀夫さん、わかってる?頭のおかしい人が、私を付け回してるんだよ?」
「付け回してるって…大げさだな。先週の日曜日だけだろ?」
この人は、何を言っているんだろう。秀夫の言葉が信じられない。こんなにも、ユリの気持ちに寄り添ってくれない人だっただろうか?こんなにも、頼りにならない人だっただろうか…
「ユリ、どした?大丈夫か?」
ひどい顔色をしていたのだろう、心配した秀夫が黙り込んだユリの頬に手を伸ばす。
「触らないで!」
ユリは思わず秀夫の手を振り払った。




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