26 / 31
分岐点③
志保子との電話を切って、ユリは一人考えていた。
別に秀夫は、嘘はついていない。『尊敬する先輩』(の『沢田さん』という女性)にマンションを紹介してもらった。
(『沢田さん』という女性の)『先輩』と一緒に、長期出張に行く。
嘘はついていない?ユリが思い込んでいただけ。
ごまかしていない?説明するほど重要なことじゃなかっただけ。
隠していない?聞かれなかっただけ。
いくらでも説明はつく。ユリがちょっと、もやもやするだけだ。
『沢田さん』は、甲斐さんのことを知っていただろう。
『沢田さん』は、以前住んでいた町に佐藤綾乃という友人がいるかもしれない。
『沢田さん』は、このマンションを紹介してくれた。住所ももちろん、知っているだろう。
『沢田さん』は、秀夫から日曜日ドライブに行くことを聞いていたかもしれない。
一度考えてしまうと、疑いは次から次へとわいてくる。ユリは強く頭をふった。何一つ、確証のあることではないのだ。
「ユリ、帰ってるの?」
慌てた声がして、リビングのドアが開いた。スーパーの袋を持った秀夫が、ホッとした顔で笑う。
「おかえり。早かったね。もっと遅くなるかと思ってたから、晩飯、買ってきたんだ」
ポテトサラダに鶏のから揚げ、なすの浅漬け。おかずというよりは、おつまみっぽい、秀夫らしいセレクトだ。
「ありがとう。私も少し、買い物してきたの」
冷蔵庫から、マリネとサラダを取り出し、秀夫の買ってきた総菜と一緒にパックごとテーブルに並べる。
「すごい。やっぱり、ユリが買ってきた物のほうが、うまそうだな」
秀夫がユリの機嫌を取るように言う。
「そう?ほんとはワインも買ってこようと思ったんだけど、忘れちゃった」
「俺、今すぐ買ってくるよ。久しぶりに、今夜は二人で飲もう。白でいいんだよね?」
玄関に向かう秀夫の背中に、
「あ、メルローの…」
言いかけて、すぐに口をとじた。
「何?メルロー?」
「ううん。サーモンがあるから、辛口の白がいいな」
「了解」
秀夫が出ていく。昨夜覚えた赤ワインの味を、なぜか秀夫に秘密にしたかった。
お好み焼きがおいしかったこと。真奈美の妊娠のこと。志保子のホットプレートの使い方に感心したこと。当たり障りのない話題を、ことさら楽しそうにユリは語った。友人と一晩過ごして、ストレスが解消されたと思ったのか、秀夫は安心した表情で、笑いながらユリの話に相槌を打つ。
「それでね、もともとマナちゃんが一人で住んでたアパートで雄介君と暮らしてるんだけど、さすがに赤ちゃんが生まれたら狭いでしょう?今は結婚式の準備より、部屋探しのほうが大変みたい」
「お腹大きくなっても、式は予定通り?」
「今のところはそのつもりみたい」
「入るドレスがあるのかな?」
「ひどいこと言って!」
笑いながら、ユリは続けた。
「志保ちゃんが、私たちのマンションが広くてよかったって、マナちゃんに教えたの。そしたらマナちゃんが、すぐに見つかった?って聞くから、秀夫さんの先輩が探してくれたのよって言ったら、羨ましがってた」
「俺たちも、かなり見て回ったもんな。なかなか決められないもんだよな」
「そうね。『寺井さん』に、感謝しなくちゃ」
「そうだな」
秀夫が笑った。
ユリは、自分のグラスや取り皿、空いたパックをシンクに下げた。
「秀夫さん、ごめんなさい。やっぱり疲れたみたい。少し、酔っちゃった。先に寝るわね」
「大丈夫?」
「うん、眠いだけ。おやすみなさい」
歯を磨いて、ベッドに入る。リビングから、秀夫の見ているテレビの音がする。
5年も一緒にいたのに知らなかった。秀夫さん、笑いながら嘘がつけるのね…。
別に秀夫は、嘘はついていない。『尊敬する先輩』(の『沢田さん』という女性)にマンションを紹介してもらった。
(『沢田さん』という女性の)『先輩』と一緒に、長期出張に行く。
嘘はついていない?ユリが思い込んでいただけ。
ごまかしていない?説明するほど重要なことじゃなかっただけ。
隠していない?聞かれなかっただけ。
いくらでも説明はつく。ユリがちょっと、もやもやするだけだ。
『沢田さん』は、甲斐さんのことを知っていただろう。
『沢田さん』は、以前住んでいた町に佐藤綾乃という友人がいるかもしれない。
『沢田さん』は、このマンションを紹介してくれた。住所ももちろん、知っているだろう。
『沢田さん』は、秀夫から日曜日ドライブに行くことを聞いていたかもしれない。
一度考えてしまうと、疑いは次から次へとわいてくる。ユリは強く頭をふった。何一つ、確証のあることではないのだ。
「ユリ、帰ってるの?」
慌てた声がして、リビングのドアが開いた。スーパーの袋を持った秀夫が、ホッとした顔で笑う。
「おかえり。早かったね。もっと遅くなるかと思ってたから、晩飯、買ってきたんだ」
ポテトサラダに鶏のから揚げ、なすの浅漬け。おかずというよりは、おつまみっぽい、秀夫らしいセレクトだ。
「ありがとう。私も少し、買い物してきたの」
冷蔵庫から、マリネとサラダを取り出し、秀夫の買ってきた総菜と一緒にパックごとテーブルに並べる。
「すごい。やっぱり、ユリが買ってきた物のほうが、うまそうだな」
秀夫がユリの機嫌を取るように言う。
「そう?ほんとはワインも買ってこようと思ったんだけど、忘れちゃった」
「俺、今すぐ買ってくるよ。久しぶりに、今夜は二人で飲もう。白でいいんだよね?」
玄関に向かう秀夫の背中に、
「あ、メルローの…」
言いかけて、すぐに口をとじた。
「何?メルロー?」
「ううん。サーモンがあるから、辛口の白がいいな」
「了解」
秀夫が出ていく。昨夜覚えた赤ワインの味を、なぜか秀夫に秘密にしたかった。
お好み焼きがおいしかったこと。真奈美の妊娠のこと。志保子のホットプレートの使い方に感心したこと。当たり障りのない話題を、ことさら楽しそうにユリは語った。友人と一晩過ごして、ストレスが解消されたと思ったのか、秀夫は安心した表情で、笑いながらユリの話に相槌を打つ。
「それでね、もともとマナちゃんが一人で住んでたアパートで雄介君と暮らしてるんだけど、さすがに赤ちゃんが生まれたら狭いでしょう?今は結婚式の準備より、部屋探しのほうが大変みたい」
「お腹大きくなっても、式は予定通り?」
「今のところはそのつもりみたい」
「入るドレスがあるのかな?」
「ひどいこと言って!」
笑いながら、ユリは続けた。
「志保ちゃんが、私たちのマンションが広くてよかったって、マナちゃんに教えたの。そしたらマナちゃんが、すぐに見つかった?って聞くから、秀夫さんの先輩が探してくれたのよって言ったら、羨ましがってた」
「俺たちも、かなり見て回ったもんな。なかなか決められないもんだよな」
「そうね。『寺井さん』に、感謝しなくちゃ」
「そうだな」
秀夫が笑った。
ユリは、自分のグラスや取り皿、空いたパックをシンクに下げた。
「秀夫さん、ごめんなさい。やっぱり疲れたみたい。少し、酔っちゃった。先に寝るわね」
「大丈夫?」
「うん、眠いだけ。おやすみなさい」
歯を磨いて、ベッドに入る。リビングから、秀夫の見ているテレビの音がする。
5年も一緒にいたのに知らなかった。秀夫さん、笑いながら嘘がつけるのね…。
あなたにおすすめの小説
『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた
歩人
ファンタジー
侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。